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【第175話】自分なりの工夫
しおりを挟む残る大型魔獣二匹のうち、北側にいる大型魔獣をやっつけるべく、僕とソルさんは双蒸撃を練習しながら北に走ることにした。
「いいですかグラッジ様、双蒸撃は火の剣と氷の剣が重なることにより、爆発を起こす技です。大事になるのは両方の剣における魔力のバランスと密度です、それはつまり――――」
ソルさんは出来るだけ分かりやすく双蒸撃のコツを教えてくれた。要約すると超低温に超高温をぶつけることで水蒸気の爆発を起こすような技であり、手元とパワーバランスが少し崩れれば、技として成立しなくなってしまう。
仮に成功しても自分の目の前で超爆発が起きる事になり、上手く処理しないと自分自身も怪我してしまう技のようだ。
僕は仮に暴発してもいいように、指と同じぐらいのサイズで火と氷の剣を作り出して、小規模な双蒸撃の練習をしていたが、どうしても火と氷どちらかのエネルギーが強くなってしまって、爆発にはならなかった。
二十回以上トライしてみたものの、結局一度も成功する事がないまま、僕とソルさんは北エリアに着いてしまった。そこにはさっき戦ったゴーレムをそのまま銀色にしたような魔獣が西エリアと同じように城壁へ突進を繰り返していた。
城壁を見る限り、かなり亀裂が入っているようで、これ以上突進されると穴が空いて魔獣の侵入ルートを作らせてしまう……僕は一旦、双蒸撃の修得は後回しにして、ソルさんに提案する。
「ソルさん、今は上手くいきそうにない双蒸撃は諦めて、二人でもう一度鎌穿を撃ち込みましょう」
「イチかバチかよりも確実にダメージを与えられる技を当てた方がいいのかもしれませんね……無理を言ってすみませんでしたグラッジ様。再び我々の鎌穿をゴーレムの額にお見舞いしてやりましょう!」
僕とソルさんは互いに目でタイミングを取り合い、西エリアでの戦いと同様に鎌穿を放つべく空中へ跳び上がった。北エリアの銀色をしたゴーレムも動き自体は鈍く、僕達を視界に捉えたのは目と同じ高さまで上がってきてからだった。
僕とソルさんはこの一撃で決めるつもりで鞘から豪風の刃を抜き放った。
「「鎌穿!」」
僕達が生み出した二つの刃は、さっきの戦い以上に鋭くゴーレムの額を削り取った。このまま、倒れるか、もしくは西側のゴーレムと同じように反転して同士討ちをしてくれればと思ったが、こっちのゴーレムは手で額を抑えたまま、子供の様に地団駄を踏み始めた。
「う、うわぁぁ!」
超重量が生み出す、連続の踏みしめは爆発音に似た音を放ちながら地震を起こし、思わず僕は声をあげて驚き、尻もちをついてしまった。
そんな僕を遥かに高い位置から見下ろしたゴーレムは、止まりもしなければ、暴走して同士討ちをすることもなく僕の真上に右腕を掲げると、そのまま左腕を右腕に叩きつけて砕き、大量の岩を僕に目掛けて、滝の様に放出してきた。
ただ岩が落ちてくるだけなら弾き飛ばす事も出来るが、落ちてきている岩はゴーレムの魔力も宿っており、頑丈さとスピードが乗っている。
急いで立ち上がっても避けられそうにないと思った次の瞬間、ソル兵士長が二本の風の双剣を作り出し、まるで舞をしているかのように岩を一つ一つ弾き飛ばした。
その姿は豪快でお堅い印象がある兵士長としてのソルさんとはかけ離れていて、僕が小さな頃に憧れたソルさんとはまた違うカッコよさがあった。双剣も左右で長さも太さも違っていて、その違いが舞いに一層メリハリをつけているような気がする。
ゴーレムの放った岩が次々と轟音をあげながら横の地面に弾き落されていくのを見る限り、腕が砕けたゴーレムは戦力がガタ落ちして、倒しやすくなったのではと思ったけれど、僕の考えは甘かった。
ゴーレムは地鳴りのような咆哮をあげると肩の部分を白く発光させて、地面に落ちた大量の岩を再び自身の体にくっ付けて、肩から肘、肘から手へと接続していき、あっという間に元の状態へと戻ってしまった。
幸い額の傷は修復できていないものの、それでも腕を回復したゴーレムの方が僕達よりもずっとアドバンテージがありそうだ。現に大量の岩を風の剣舞で防ぎ切ったソルさんは肩で息をするほどに疲れ切っている。
ゴーレムは真下にいる僕達を睨んでいる……復活させた腕で再び岩の雨を降らしてきそうだから逃げるか防御するかしなければ! だけど、ソルはさんは疲弊していて、もう一度防げそうにもないし、走れそうにもない、僕が守らなければ。
僕はこの窮地をどうすればいいのかを考えていた。振ってくる岩を鎌穿で蹴散らそうにも溜めの時間が足りないだろうし、得意の氷魔術で半球状の防御壁を作ろうかとも考えたが、ゴーレムが落とす岩の質量は半端じゃないから耐えられはしないだろう。
こういう時こそソルさんの剣舞のようなに力を受け止めるのではなく受け流す技が有効なのだろう、さっき見せてもらった左右で長さの違う風剣を持って、華麗に受け流す姿は本当にかっこよかった。
危機的状況にも関わらずそんなことを考えてしまっていた僕の脳へ、まるで雷でも落ちてきたかのように一つの記憶が弾けた。それはお爺ちゃんが少しだけ見せてくれた双蒸撃の事だ。
あの時、お爺ちゃんは先に氷の剣を丁寧に作り出してから、火の剣をサッと取り出して双蒸撃を発動していた気がする。これは、もしかすると二つの属性の練度が違っていて、氷の剣を生み出す方が苦手だから時間をかけていたのではないだろうか?
双蒸撃はバランスが重要な技だから、その確率は高そうだ。そう考えるとソルさんの双剣が左右で長さが違っていたのも、利き手と逆の手では役割も器用さも違うからこそ、形状を変えたのかもしれない。
僕は僕なりに結論を出して、双蒸撃を試みる事にした。目の前にゴーレムの岩墜としが迫っている以上、チャンスは一回限りだ。
そんな時に一度も成功経験の無い技を試すなんて、どう考えても馬鹿げている。それでも、横にいるソルさんは不安一つない笑顔で応援してくれた。
「グラッジ様なら確実に成功できます、頑張ってください!」
そんな顔をされたら何が何でも応えたくなってくる。僕は右手に火の魔力、左手に水の魔力を溜めると、お爺ちゃんの双蒸撃とは違う、火の投擲槍と氷の投擲槍を作り出した。
「え? 槍?」
ソルさんが口を開けて驚いているが、これが僕の編み出した答えだ。僕は体積の調整がしやすい細長い槍を作り、得意な水属性の槍は自然と魔力が強くなってしまうから、その分長さを短くして、火の槍は逆に長くした。
そして、お爺ちゃんは剣の腹と腹をぶつけて双蒸撃を発動していたけれど、僕にはそんなに広い面積で熱と氷の融合を成立させることは出来ない。だから、投擲槍の先と先を点で衝突させて、双剣の代わりとすることにした。
僕は獲物を狙う鷹のように、ゴーレムの胸の辺りを凝視して、二本の投擲槍を同時に投げた。
「これが僕なりの双蒸撃だっ!」
僕の投げた二本の槍が、合掌するかの如く吸い寄せられて、ゴーレムの胸部で衝突する。その瞬間、顔の皮膚が後ろに引っ張れているかのような凄まじい爆風と爆音が起こり、真下でいた僕とソルさんはたまらず、両手足を地面についた。
一秒にも満たない時間ではあるが、重力が100倍にでもなったかのような、風圧は今まで生きてきて経験したことの無いものであった。体が軽くなり真上を見ると、ゴーレムの体は膝から上が粉々に砕けて、周辺100メードの範囲まで破片を飛ばしていた。
自分が発動しておいてなんだけど、馬鹿げた威力である。もし、お爺ちゃんのように双剣で自分の目の前に爆発を起こしていたら僕は死んでいたかもしれない。
そう考えると、双蒸撃の使い方を紙に長々と書いて、ギリギリまで僕に教えなかったのは一歩間違うと死に至る技だったからなのだろう。
偶然とはいえ投擲槍での発動を思いついて本当に良かった、お爺ちゃんみたいに爆発の規模や方向をコントロールできるようになるまでは、至近距離での使用は避けておこう。
ゴーレムの破片がどさどさと降り注ぐ中、呆気にとられたソルさんがハッと正気を取り戻し、小声で僕に呟いた。
「まさか、こんなに危険な技になるとは……軽々しくやってみましょうなどと言ってしまい、すみませんでした……」
逞しい体を小さく丸めて謝るソルさんの姿はいつものような威厳がなくて、何だか新鮮だった。
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