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【第171話】決死の呼びかけ
しおりを挟む「我が宝、イグノーラの民よ。広場に集まってもらい感謝する、どうか私の話を聞いて欲しい」
父さんは杖を力強く地面につくと、まずは死の山と魔人についての話しを始めた。
「我々は勇敢な戦士たちの協力により、魔獣活性化に関する重大な情報を得ることが出来た。それは、死の山に何十万匹と言っていいほどの魔獣と魔獣が暮らす集落を発見したのだ。そして、それらの魔獣はかつてイグノーラを苦しめた『魔人ディアボロス』とよく似た『魔人ザキール』が差し向けていることが分かった」
父さんの言葉を受けて民衆……特に年配の人々は頭を抱えていた。お爺ちゃんより十歳ぐらいまで下の世代なら実際に魔人をその目で見て、強く記憶にこびりついている者もいるからだ。
その後、父さんはあえて自身が魔獣寄せを発現していることを伏せたまま、ザキールの死の扇動と魔獣寄せが相乗効果となっているせいで、ここ最近魔獣によく襲われていたという事を伝えた。
そして今日、天地の秤で全回復したザキールが全力で死の扇動を発動し、今この瞬間に魔獣の大軍を派遣していることも伝えた。
何故自身が魔獣寄せを発現したことを伏せているのだろうか? さっきまで民衆に伝えると言っていたのに、怖くなったのだろうか? いや、王の鏡と言ってもいい父さんに限ってそんな事はあり得ない筈だ。
そして、驚愕の事実を耳にした民衆は口々に思いを発した。
「大量の兵士を死の山に投入して一か八かザキール討伐に向かいましょう王様!」
「いいや、死の扇動と魔獣寄せが相乗効果になっている以上、グラッジを殺せば一気に楽になるはずだ、まずはグラッジを討伐しましょう!」
「そうだそうだ、手ごわい魔人よりもまずはグラッジを殺すことが先決だ、まだグラッジは街にいるはずだ、皆でグラッジを探して始末するぞ!」
「呪いを持つ者に生きる資格はないのだ! グラッジを殺せ!」
一部の人間は魔人ザキールの討伐を優先すべきだと言ってくれているものの、大半の人間は魔獣寄せを持つ者こそ最優先に消すべきだと声をあげていた。
あえて自身が魔獣寄せを覚醒させたことを黙っていた父さんは、この光景を見た後にどんな言葉を掛けるのだろうかと見守っていると、次の瞬間衝撃的な言葉を発した。
「みなの気持ちはよく分かった。それと同時にイグノーラ民全てに謝らなければならない事がある。それはグラッジの父である私もまた、この歳にして魔獣寄せを覚醒させてしまったのだ。しかも、私の魔獣寄せはグラッジよりも強く、ここ一年の厳しい状況は全て私のせいと言っても過言ではない。スキル鑑定で分かったこの事実を今この瞬間まで伏せていたのは、魔獣寄せを持つ人間への本音が聞きたくて、あえて自身の覚醒を黙っていたのだ。優しい民は私が魔獣寄せを持っていると最初に伝えてしまうと言葉を控えると思ってな……申し訳ない」
父が事実を伝えると、この世にこんなにも音のない静寂があるのかと思わされるほどに広場が静まり返った。そのあと、色んなところからすすり泣く声が聞こえてきた。
殺せ殺せと憎しみの焚き木をくべていたのに、燃える対象が愛する国王にすり変わったのなら絶句するのも当然だ。
何も言えなくなった民衆を尻目に父さんは薄く笑顔を浮かべて、これからの事を話し始めた。
「イグノーラの民よ、私のせいで迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない。そして、そんな私が危機を招いていた事実を告げた時、憐れみ、涙をながしてくれてありがとう。精一杯声をあげて、イグノーラを守ろうとしてくれた民は、私の誇りだ。この演説を持って私は自身の命を絶つ。これからはソル兵士長を中心にイグノーラを立て直してほしい、そしてガーランド団への捕獲命令を今、この時をもって解除する」
そう告げると父さんは深々と民衆に頭を下げて、城の中へ戻る為に歩き出した。民衆はどうすればいいのか分からず、ただただ、俯いて黙ってしまっている。だが、僕の取るべき行動は決まっている、父さんの自害を止める事だ。
自害を止めた後、どうすればいいのかは分からないが、きっと何か解決方法があるはずだ、そう信じて足先を父さんの方へ向けると、突然リリスさんが全身鎧を脱ぎ捨て、バルコニーの端――――父さんがさっきまで喋っていた所まで走り出した。
いきなり出てきた女性に民衆が困惑しているとリリスさんは大声で民衆に語り掛けた。
「あなた達は尊敬する大事な王様が自害しようとしているのを指を咥えて見ているんですか? 今こそ王の為に動きましょうよ! 何のための武器ですか、何のための防備ですか? あなた達は誇り高きイグノーラの民ではないのですか?」
リリスさんの熱弁に言葉を詰まらせていた民衆だったが、一部の人間が「俺達に何が出来るんだよ!」「仕方がないじゃないか!」と反論する。しかし、リリスさんはそんな言葉に一歩も退かず、言葉を続けた。
「武器を取って戦いなさい! 大事なものを守りなさい! あなた達が散々憎んで命を狙おうとしたグラッジさんは、今もなおグラハム王とイグノーラを守る為、懸命に動いていますよ! あなた達も王と国を守るためにやれることをやりましょうよ!」
この言葉を皮切りに民衆の反応に変化が起き始めた。誰が言い始めたのかは分からないけど、いつの間に大勢の民衆が「皆で王を護衛しながら死の山から離れた位置まで運ぼう」と作戦を提案し始めたのだ。
リリスさんの言っていた『やれることをやりましょう』とは正にこの事なのだろう。民衆の提案通り、父さんを死の山とイグノーラから離れた位置に移動させることが出来れば、死の扇動に込められた『イグノーラに行け』という命令と魔獣寄せの相乗効果が無くなり、多くの魔獣が南に下ってきたあとに行動目標を失う形になる。
既に多くの魔獣がイグノーラに来ている以上、父さんを守りながら離れるのは難しいミッションかもしれないが、イグノーラの兵と民が固く結束すればきっとやり遂げられるはずだ。
一丸となった民衆を見て父さんは涙を流していた。絶望的な状況ではあるものの、皆の闘志は沸き立っている。僕はより一層結束を固める為に、敢えて今着ている全身鎧を外し、民衆の前に姿を現わした。
民衆は僕の姿を見て騒めいていた。その中にはきっと小さい頃の僕しか知らない人や、僕の事を一度も見た事がない子供もいる事だろう。しかし、驚きはしても僕に敵意を向ける人間なんて今は一人もいない。
僕は堂々と胸を張って民衆に語り掛けた。
「皆さん聞いてください、僕はグラハム王の息子であるグラッジです。魔獣寄せによって今まで皆さんに沢山の迷惑をかけてしまい本当に申し訳ありませんでした。そして、父グラハム王の為に武器を取る選択をしてくれてありがとうございます。僕は今から皆さんと一緒に何が何でもグラハム王を守り切ります。そして、今回の危機を乗り越えたら、魔獣寄せを持つ僕とグラハム王が皆さんに迷惑をかけず、なおかつ死なずに済む方法を必ず見つけ出してみせます。だから、もう少しだけ僕達ローラン家に力を貸してください!」
僕が喋り終わると数秒の沈黙が流れた。さっきまで討伐対象だった僕がいきなり変装を解いて出てきたことで困惑させ過ぎたのかと思ったけど、それはいらない心配だった。
――――ワアアアアアアアアァァァァァァァァァ――――
なんと、耳をつんざく勢いで歓声を返してくれたのだ。この歓声は僕が慕われている訳ではなく、民衆の大好きなグラハム王の息子をようやく応援できる状態になったからこそ生まれた歓声なのだと思う。
僕という呪われた存在を抱えていても、民衆にここまで慕われている父さんの事を僕は誇りに思う。
僕達が伝えたいことは全て伝え終わり、あとは父さんを護衛しながら遠くへ連れて行くだけだ……となったところで突然事件は起きた。
――――感動的な演説だねぇ……だが、王をこのまま運ばせると思うか?――――
空から突如聞き覚えのある男の声が聞こえた。僕は姿を見るのと同時に奴の名を叫ぶ。
「ザキール! どうしてここに!」
ザキールは魔獣集落に死の扇動を飛ばして魔獣をイグノーラに送る作業をする為に、死の山に居続ける筈だった。なのにどうしてイグノーラ城の上空にいるのか訳が分からない。
困惑する僕らを前にザキールはお決まりの不敵な笑みを浮かべながら理由を語った。
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