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【第158話】グラドの託した技
しおりを挟むグラドが伝えようとした『双蒸撃』と『六心献華』について、グラッジの説明が始まった。
「双蒸撃は端的に言いますと、火の剣と氷の剣を同時に斬りつけるような技ですね。単純に二つの剣で同時に斬るだけなら僕でも出来るんですが、以前お爺ちゃんが見せてくれた双蒸撃は、爆発の魔術かと思えるぐらい凄まじい威力でした」
爆発する魔術なんてものは恐らく過去から現在までモンストル大陸では存在しないものだ。そもそも爆発というものは鉱山作業で起きてしまう粉塵爆発のように自然的なものしか聞いたことが無く、人でも魔獣でも任意で起こせるものだとは思えない。
原理が気になった俺はグラッジに詳細を尋ねた。
「どうしても人間単体で爆発なんて現象を起こせない気がするんだが、どうやって起こすんだ?」
「ざっと見た感じですと、やっぱり火属性と水属性の兼ね合いが肝心な技のようですね。紙の表側にびっしりと細かく双蒸撃のコツが書かれているので一朝一夕では完成しなさそうです、後で読み込んでみますね」
「そうか、分かった。それじゃあ、次は六心献華について教えてくれ」
「……すいません、六心献華については皆さんに言いたくありません……」
グラッジは何故か俺の問いかけに対して目を逸らし、回答を拒否した。プライベートなことを聞いたのならともかく、技を聞いただけなのに拒否するなんて何かあるとしか思えない。
グラドが『使わないに越したことはない』と書いていて、グラッジが目を逸らした点から俺の中で一つの予想をたてて、グラッジに問いかけた。
「六心献華はもしかして、自壊技なんじゃないか?」
「なっ!」
グラッジはあからさまに動揺している、どうやら当たりだったようだ。そんな危険な技を修得しようとすれば間違いなく止められてしまうと判断してグラッジは答えなかったようだ。
それにしてもグラドがまさか自壊魔術の使い方を知っているとは……確か自身の命を犠牲に大ダメージを与える自壊系の魔術は長い歴史の中で使ったことがある人間がほんの僅かしかいないと歴史書で読んだことがある。しかし、誰も術式を解明できていなかったはずだ。
というのも命を犠牲に大打撃を与えられるような魔術が広がってしまうと、金で自壊者を買う者が現れたり、自壊魔術ありきの戦争形態となってしまいかねないから、自壊魔術の開発や伝授は大陸則で固く禁じられている。
その大陸則を国が破ると、破った国が今後あらゆる権利を失い、国として扱われなくなる決まりだ、それはすなわち他国から責められても守られることもなく、何を訴えても聞く耳を持ってもらえなくなる国になるということだ。
そんな危険な魔術を知っているとは流石は五英雄と言ったところか、こんなところで感心なんかしたくはなかったが……。
経緯はどうであれ優し過ぎるグラッジが六心献華会得する前に、存在を知れてよかった。俺はグラッジに六心献華を覚えさせるつもりはないと断言した。
「悪いが大切な仲間であるグラッジにそんな技を絶対に覚えさせるつもりはない。グラッジだって俺達のうち誰かが自爆されたら嫌だろ? そんなものに頼らなくても俺達はこの先戦っていけるさ」
「……大切な仲間と言っていただけるのはありがたいですが、この手紙はお爺ちゃんが僕に託したものです……何と言われようと会得させてもらいます。呪われた血を持つ僕にはお爺ちゃんと同じ散り方を選らぶ権利だってあるんです!」
「お爺ちゃんと同じ……もしや、ここにグラドの遺品があるにも関わらず遺体は無くて、灰色の砂粒が落ちているのは……」
「ええ、それが六心献華を使った者の成れの果てです。まるで燃え尽きて灰のように、人の形すら残さず、広範囲の敵の魔力を消失させる自壊技なんですよ六心献華というものは。そして、六心献華は名前の通り、六つの属性を同時に使役しなければ発動できないと聞いています。つまり、虹の芸術を扱える僕、もしくは全属性の魔術を使えるお爺ちゃんの二人にしか使えない技なんです、基本的に人間は火と水のように相反する属性は使役できませんからね」
この小屋に来た時に砂粒を見たグラッジがグラドの死を理解していたのはそういう事だったのかとようやく合点がいった。小屋の周りで山盛りになっている魔獣も六心献華を受けて、死んでいたのだろう。
グラドがかわいい孫に自爆技を教えるなんて普通では考えられないが、魔獣寄せを持つ者同士だからこそ分かる『死への望み・死の意味』を見出したくなる気持ちがあるのかもしれない。
その後、俺の説得を無視したグラッジは薄緑の紙を裏返しにして、六心献華の説明を読みだそうとした。しかし、サッと飛び出てきたサーシャが勢いよくグラッジの手首を叩き、紙はひらりと床へ落ちた。
何をするんだ! と言わんばかりにサーシャを睨んだグラッジだったが、サーシャの目を見た瞬間にグラッジの眉は八の字へと変わった、それはサーシャが涙目になりながら怒っていたからだ。
サーシャは床に落ちた紙を拾うと、強い声でグラッジを叱った。
「自分を犠牲にする技なんて絶対に覚えさせないよ! グラドさんが六心献華を使って命を失ったことは残念だし、立派な人だとは思うけど、グラッジ君とは事情が違うんだよ? 今後何があっても呪われた血なんて言わないで!」
「でも、僕は絶対に勝てないような敵に相対した時に備えて六心献華を覚えておきたいんです。実際に僕達はこの目で死の山にいる大勢の魔獣を見てきたじゃないですか!」
「備えなんて必要ないよ……万が一なんて起きないようにみんなで頑張れば――――」
「まだ、何も現状を変えられていない僕達がそんな悠長なことを言っていられますか? 理想を持つのは大事ですが、現実はシビアですよ……」
サーシャの言う事もグラッジの言う事もよく分かる。お互いがお互いを思い合っているからこそ、守る力を得たい者と、守る力に守られたくない者に分かれるのだろう。
二人は再び睨み合うと、数秒間の沈黙が流れた。すると、サーシャが手に火の魔力を込めて、掌を落ちている紙の方へ向けて宣言する。
「グラッジ君が紙を拾おうと動き出した瞬間にサーシャは火球で紙を燃やすよ?」
「そんな脅しみたいな真似……ズルいですよ」
「ズルくたっていい! サーシャはグラッジ君が大事だもん、何だってするよ! それにグラドさんだって運命のいたずらで何度も孤独にされてきたけど、グラドさんが不幸になる事を望んだ人なんて一人もいないんだよ? それはグラッジ君も同じ、グラッジ君がいなくなればサーシャ達はずっと心にナイフを刺したまま生きていくことになる……サーシャはそれが耐えられない、サーシャが嫌なの! グラッジ君の命は皆の宝だもん!」
「ぐっ……」
サーシャのあまりの迫力にグラッジは手を引っこめた。思えば、サーシャが本気で怒るところを始めてみたかもしれない。ましてやそれが、正しい正しくないを度外視した嫌だと言う気持ちのみをぶつけたものであれば、グラッジが退くのも無理はない。
「分かりました……少なくとも今は諦めます。技を書いた紙はガラルドさんが預かっておいてください……まだ残っているお爺ちゃんの手紙の続きを読みますね」
そう言ったグラッジの顔は険しくありつつも何故か少し笑っている様にも見えた。俺の勘違いかもしれないが、サーシャのストレートな言葉がグラッジの孤独感を溶かしつつあるのかもしれない、もしそうだったならこんなに嬉しいことはない。
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