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【第157話】手紙 その4
しおりを挟むグラド一人の身にはあまりにも重すぎる過去が俺達の精神を削った。追放・死別・呪い・別れ・孤独……普通の人間ならまず耐えられないだろう。
ここまで来たら最後まで手紙の内容から目を逸らさず、町へ帰ったら直ぐにグラドの墓を建ててやりたいところだ。グラッジは残り少なくなってきた手紙の読み上げを再開した。
――――長年人と関わらない一人旅を続け、自分の歳もよく分からなくなりかけていた頃、風の噂でグラハムがイグノーラの王となり、孫が魔獣寄せのスキルを発現させてしまったという情報を聞きつけた。居ても立っても居られなくなった私は魔獣寄せを持つ身であるにも関わらず、目深にローブを被って、少しだけイグノーラへ顔を出してしまった――――
――――イグノーラの広場へ着くと、そこには大勢の民衆に語り掛ける大人になったグラハムの姿があった。最後に見た七歳頃の可愛らしい面影はほとんどなく、逞しい体つきに威厳を加味する髭を携えた姿は、時の流れを感じさせた――――
――――若い頃の私と少し似ているグラハムに血の繋がりと、一緒にいられなかった寂しさを感じていると、グラハムが民衆に対し『グラッジが魔獣寄せを発現したこと』を謝った。そして『グラッジと共に我が命を絶つ』と宣言するグラハムに対し、民衆は『そんな事はしなくていい、一緒にどうするか考えましょう!』と応援する光景がそこにはあった――――
――――私が魔獣寄せを発現した時には民衆からそんな優しい言葉をかけてもらう事はなかった……きっと長い年月を経て、民衆の考え方も少し変わったのかもしれない。なんで私だけが……という気持ちが湧かないわけでもなかったが、息子グラハムと孫グラッジが強く責められていない現実は喜ばしい限りだ――――
――――その後もグラハムと民衆のやり取りは続き、魔獣寄せの被害と相談しながら今後のことを決めていく流れとなったようだ。グラッジは辛いだろうが、このまま厳重なイグノーラの街中で守られていけば死ぬことはないだろうと安心することができた私は魔獣寄せが重複して強くなり過ぎないようにイグノーラから遠く離れた地へと移動した――――
――――しかし、グラッジの魔獣寄せは想像以上に強いものだった。遠く離れた地に移動した私の耳にも届くくらいにイグノーラは魔獣の被害に苦しんでいるようだった。街道を通る行商人から定期的に新聞を購入していた私は、日に日に消耗していくイグノーラを見続けるのが耐えられなくなった――――
――――きっとグラハムとグラッジは地獄のような苦しみを味わっているはずだ。このままではグラハムがグラッジを殺す判断をしなければいけない時がくるだろう。私はもう二度と家族を失いたくはない。急いでイグノーラへ向かった――――
――――イグノーラに到着した私は城前の門番たちに止められたが、捕まるわけにはいかないと強引に突破して、玉座にいるグラハムの元へと走った。全てに疲れ切ったグラハムは私の方へ顔を向けると、挨拶も交わさず「今さら何の用だ、父さん」と睨んできた――――
――――呪いの血を受け継がせ、幼い頃に消えた私のことを恨んでいるだろうから睨まれて当然だろう。私はグラッジを救い、イグノーラの被害を減らすためにグラハムへ「孫のグラッジを父さんに渡せ、父さんとグラッジはイグノーラを離れて二人で旅をする。お前達が魔獣に襲われる頻度を下げる為にな」と伝えた――――
――――私が城へ来ることもグラッジを連れ出そうとすることもグラハムは予想していなかったようで、目を点にして驚いていた。暫く考え込んだ後、グラハムは「三十年前の父さんも子供と離れる事になって辛かったんだな、と今になってようやく分かったよ。たった一人の息子を手放すのは辛いが、グラッジの事をよろしく頼むよ、父さん」と眉尻を下げた笑顔で言った――――
――――それから私は初めて孫のグラッジと顔を合わせた。新聞で存在は知っていたものの、顔を見た事がなく、幼い頃のグラハムと同じ顔をしていてこみ上げるものがあった。グラッジは両親との別れを泣いて嫌がるかと思ったが、自身の魔獣寄せがどれ程危険なものかを充分に理解していたようで、七歳とは思えない覚悟を決めた顔で「よろしくお願いします、お爺様」と私に頭を下げた――――
――――本来グラッジぐらいの年頃なら何も悩みもなく、野原を駆け回っているのが普通なのだろうが、私の血によって重すぎる宿命を背負わせてしまった。これからは二人だけで生きていく事になる以上、私の命が尽きるまで孫の為に全てを捧げようと誓った――――
――――無理して笑顔を作り、さよならを言うグラハム、そして膝を着いて泣きじゃくるグラハムの妻の姿は今でも目の裏に焼き付いている。そんな悲しい見送りを受けつつ、私とグラッジの二人旅が始まった――――
――――グラッジは幼いながらも優秀な剣士だった。魔術こそまだ習っていないものの、七歳頃の私やグラハムよりも数段上の力を持っており、漲る魔力にも将来性を感じさせた。複雑な魔力の形成が必要になる魔術は私自身苦手な事もあって教える事は出来なかったが、それを補うように後天スキル虹の芸術が万能だから、グラッジにもはや弱点はないと思う――――
――――そんなグラッジとの二人旅は本当に楽しかった。魔獣に襲われて気の休まる日はほとんどなかったが、孤独から解放された事とかわいい孫と一緒にいられる事がこんなにも幸せだなんて思いもしなかった。私は若い頃に失った当たり前の幸せを今ようやく取り戻せたと感じた――――
――――だが、そんな楽しい日々も終わりを迎える時が来た。魔獣寄せが強くなったのか、死の山の異変が原因かは未だに分からないが、イグノーラを含む周辺国が魔獣に襲われる度合いが増えた。死の山の魔獣集落を見た今となっては、やっぱり原因は死の山にあると思う。刻邪病によって私の余命が定まり、死の山へ出向く事に決めたのも、今思うと運命なのかもしれない――――
――――死の山の目立たなない洞窟の中で苦手な地属性魔術を使ってボロい石小屋を作り、魔獣を狩り、遺言を書く、人生の最後の最後がこんな環境になるなんて本当に神様なんていないんだろうなと思えてくる。何度大切な仲間や家族を作っても私は孤独になる運命なのだ、神様はいなくても邪神はいるのではないかと思えてくる――――
――――恨み言なら無限に湧いてきそうだが、ここまでにしておこう。最後の最後は大切な者達へのお礼とプレゼントを贈りたいからだ。かつて五英雄と呼ばれた仲間達へ、強大な魔獣群と魔人相手へ共に刃を取ってくれて本当にありがとう。君達が隣にいてくれて心底心強かった――――
――――エトルとエリーゼへ、私にとって最高の妻と義妹だった、君達がいなければとっくに私の心は壊れていたと思う。幼少期のグラハムがすくすくと育ったのだって私一人では絶対に無理だったはずだ。私という人間に関わったが故に早死にしてしまったエトル、そして若くして甥っ子の母代わりをし、恨むべき私に優しくしてくれたエリーゼは私にとって誇りだ。天国で会う事が出来たなら私から、ありったけの『ありがとう』と『ごめんなさい』を受け止めてくれたらと思う――――
――――グラハムとグラッジへ、お前達には生まれてからずっと迷惑をかけ続けた。普通の暮らしをさせてやれなくて本当にすまないと思っている。ここまでの手紙と私の情けなさを反面教師にして、どうかお前達は幸せになってほしいと思う――――
――――既に二人とも精一杯運命に抗って頑張っているとは思うが、それでもこの言葉を言わせて欲しい……『最後まで幸せになる事を諦めるな』 あがく度に色々なものを失ってきた私だが、その度に新しい大切なものを手に入れることが出来た。その大切なものの中にはお前達の存在も入っている。どうか私のようにはならないでくれ――――
――――長くなったが最後にグラッジにはとっておきの技を二つ伝授しておく。それは『双蒸撃』と『六心献華』だ。特に六心献華を教えるべきかは最後まで迷ったが、グラッジが私と同じような境遇だという事も考慮して授けておくことに決めた。使わないに越したことはないが使う時はどうか使いどころを誤らないで欲しい。使い方は同封してある薄緑の紙に記しておく――――
「六心献華……ずっと教えてくれなかったこの技を遂に教えてくれる時がきたんだね、お爺ちゃん……」
グラッジは生唾を飲み込み、険しい表情で呟いた。どうやら六心献華という技はとんでもないもののようだ。気になった俺は「二つの技はどんな技なんだ?」とグラッジに尋ねると、薄緑の紙を手に持ったグラッジが寂しげな顔で教えてくれた。
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