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【第154話】手紙
しおりを挟む「この首飾り……お爺ちゃんが付けていたやつだ……」
机の上にあった首飾りを手にしたグラッジの手は震えていた。山盛りになった魔獣の死体の下敷きになっていた小屋――――そんなところに祖父の首飾りがあったという事実は、不吉な未来を示してしまうからだ。
机と椅子と簡単な調理場まで存在するこの小屋でグラドが暮らしていたのは確実だろう。地下に行けばより詳しいことが分かるかもしれないが、降りるのが憚られるぐらいにグラッジが顔を真っ青にして過呼吸状態になっている。
俺はグラッジだけは地下へ行かないほうがいいのでは? と問いかけた。
「グラッジ、顔色が悪いぞ。この先、ショックな光景を目にしたら耐えられないかもしれないぞ? 地下を調べるのは俺達に任せて、グラッジだけ一階にいたほうがいいんじゃねぇか?」
「ハァハァ……いえ、大丈夫です。祖父のことはとっくに覚悟できています。それに、身内の為に頑張ってきた、父や祖父、ゼロさんやサウザンドさんのような人間がいるのに、僕だけ逃げる訳にはいきません、一緒に行かせてください!」
青ざめた顔で精一杯強がるグラッジの勇姿を俺は一生忘れる事はないだろう。グラッジの覚悟に対し首を縦に振り、俺達は全員で地下へ降りていった。
階段を一段下りるごとにちょっとずつ空気がひんやりとしてくるのを感じる。さっきまでいた一階の部屋もそこそこ涼しかった事からも、暑い死の山で生活していく為に氷魔石などで何かしらの加工をしているのかもしれない。
階段を全て下りきると、そこには倉庫に似た空間が広がっていた。数冊の本と数多くの武具が置かれており、机の上には書きかけの紙とペンも置かれてある。
そして、空間の一番奥の床には男性のものと思われる鎧と灰色の砂粒があり、砂粒は鎧の中と外に桶一杯分程度の量が落ちている。
グラッジはよろけた足で鎧に近寄り、手で灰色の砂粒を掬うと、嗚咽を漏らしながら悲しい現実を口にする。
「あぁ……あぁ……やっぱり、お爺ちゃんは亡くなっていたんだ。うぅ……この灰色の砂粒は間違いなく……あぁ……」
グラッジはこの灰色の砂粒が何かを知っているようだ。俺はすぐさま詳細を尋ねた。
「落ち込んでいるところ本当にすまない……この砂粒は何なんだ? グラドがどうなったのかグラッジには分かるのか?」
「うぅ……えぐっ……えぐっ……きっと、お爺ちゃんは……魔術の……ヒグッ……そこの手紙に……」
グラッジは涙でまともに喋れそうにない。今はグラドが残したであろう机の上の手紙を読んだ方が良さそうだ。俺はグラッジの耳にも入るように手紙を読み上げた。
――――死の山に着いてから十日ほど経っただろうか。死の山に異変が起きていたこと自体は残念だが、死期が迫っている私からすれば、丁度いい死に場所が出来たとも言えるだろう。五十年以上魔獣と戦ってきた私が刻邪病で亡くなるのは、当然なのかもしれない――――
刻邪病と言えば確か毒性のある魔獣に何十・何百という毒攻撃を喰らい続けた人間が体内で合成毒を作り上げてしまい、100~200日の間に亡くなってしまう病気の事だ。
とはいえかなりの数の毒を取り込まなければ発症しないはずだから、一般的には数年に一人発症者を見かける程度の稀な病気だ。
若い頃から強かったグラドなら並大抵の魔獣では攻撃を喰らう事など殆どないと思うのだが、きっと一人で一度に莫大な数の魔獣と戦闘する日々を送っていたのだろう。グラドの過去を想像するだけで胸が痛くなる。
――――私が刻邪病に罹っていることを孫のグラッジには教えていない。もし、この手紙を読んでいるのが孫以外の人間なら私が亡くなったことをどうにか伝えてほしい。私には病名を伝えて悲しそうな顔をする孫を見る勇気が持てなかった、こんな情けない祖父を許しておくれ――――
――――単身死の山へ乗り込んで十五日が過ぎた。見ただけで眩暈がするような大穴の魔獣集落を発見してしまった。そのおかげで尚更気分が優れない。どうやら紫色の煙が上がっているところが魔獣の集落らしく、それを目印に私は49箇所にのぼる、魔獣集落を見つける事となった。同封する地図に魔獣集落の位置を記しておくことにする――――
グラドが残してくれた大穴の情報は多く、俺達が見つけた魔獣集落のうち十箇所ほどは既に見つけてくれていたようだ。だが、グラドが過去に見つけられていない箇所を俺達が見つけていることからも、まだまだ見落としがあるのかもしれない、気を付けたいところだ。
――――死の山の真実を各国に伝えたらどうなるだろうか。悪魔の虚言だと言われて信じて貰えないだろうか、それとも信じてもらえるのだろうか。かつては英雄視してくれていたイグノーラの民なら私の言葉を信じてくれるかもしれない――――
――――今すぐ伝えに行った方がいいのかもしれないが、イグノーラも周辺国も今は疲弊している。そんな状況で魔獣寄せを持つ私が出向けば、寄ってきた魔獣で追い打ちをかけてしまうかもしれない。大穴の魔獣達も今すぐ動き出す様子はないのだから『大穴の魔獣が動き出す時』もしくは『私の命があと数日で尽きそうなタイミング』で伝えに行く事にしよう――――
――――そして、情報を伝え次第、自ら命を絶つことで魔獣寄せを停止させよう。往復ではなく片道の時点で命を経てば、その分イグノーラ近辺でいる時間が減り、魔獣が寄ってくる時間を半減できるだろう。私にとって最後の仕事は情報の伝達と自害だ。その日が来るまでは一匹でも多くの魔獣を狩る事に精を出そう――――
もう読み上げるのがとにかく辛くて涙が出てきてしまった。俺ですらこんなに悲しいのだから、孫であるグラッジは立っているのも辛いかもしれない。確実に訪れるであろう死の文言に怯えながら、俺は更に手紙を読み進めた。
――――死の山の魔獣を狩って、体力と魔量が尽きそうになるとパラディア・ブルーで魔獣を遠ざける、そんなことを繰り返す毎日は地獄の様に辛い……。孫グラッジとまた一緒に暮らしたい……息子グラハムとゆっくり会話をして、父親らしい事が何も出来なかったことを謝りたい――――
――――叶いもしない妄想をしながら魔獣の返り血を浴び続ける中で、自分が今戦闘をしているのか、休んでいるのか、迫りくる死に怯えているのか、それすら認識できない浮遊状態になることが増えてきた。この手紙を書いている今はまともに頭が働いているタイミングだが、一時間後にはどうなっているか分からない。天国があるなら早く行って楽になりたいものだ――――
ここまで読んできて、あまりにも辛すぎる内容にとうとう涙で視界が滲んで手紙が読めなくなってきた。誰か他の人に読んでもらおうにもリリスもサーシャもゼロも俺と同じような状態で読めそうにない。
だが、俺とは逆にグラッジは涙を拭いて、真っすぐ俺の方を見つめ、手紙をよこすように言ってきた。目は真っ赤に腫れているが、さっきまでとは違い力強い表情をしている。そして、手紙を持ったグラッジは微かに微笑んで言った。
「僕にとってお爺ちゃんは無敵の超人でした。どんなことがあっても弱音は吐かず、いつも笑顔で誰かを悪く言う事もありませんでした。そんなお爺ちゃんがこれ程弱りながらも最後まで頑張ったのかと思うと、孫の僕がいつまでも泣いている訳にはいきません、ここからは僕が責任を持って手紙を最後まで読み切ります」
この時のグラッジは一瞬で成長したのかと思うぐらい逞しい顔をしていたように思う。人は誰かの背中を見て育つと言うが、今のグラッジはまさにその通りなのだろう。
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