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【第146話】リリスのセンス
しおりを挟む「おめでとうガーランド団、ここがパラディア・ブルーのある60層だ」
ゼロが両手を広げて、歓迎のポーズをしてくれている。とはいえ、パラディア・ブルーが枯れずに咲き続けているような空間なだけあって、とても暗い。
一応数メード先を確認できる程度の明るさはあるものの、非常に探索し辛い。俺達は五人ずつのグループに分かれて、四方を警戒しながら、端から順にパラディア・ブルーが咲いていないか探し続けた。
残念ながら60層にはパラディア・ブルーがほとんど生えていなかったが、61層からは20本程度見つかり、それから下に行くにつれて、どんどんとパラディア・ブルーの数が増えていった。
沢山持ってきた袋が次々に詰まっていく様子に喜んでいると、66層の途中から俺達の耳に太く濁った音が飛び込んできた。
重低音の弦楽器でも表現できないような威圧感のある音はどこか寝息の様にも聞こえる。もしかしたら近くに超大型魔獣がいるのかもしれない。
俺達はこのまま先に進むか一旦引き返すかを小声で話し合い、結果一旦引き返す事にした。そろりそろりと忍び足で道を引き返していると、さっきまで聞こえていた太く濁った音が突然鳴りやんだ。
もしかしたら、寝ていた超大型魔獣が起きたのかもしれない……俺はグラッジの横に移動して、ヒソヒソ声で指示を出した。
「グラッジ、50メード先まで見えるような強い光を放つ剣を生み出してくれ、ただし音は立てないように」
「分かりました、それじゃあ早速出しますね」
もし、この音が寝息だとしてもたまたま寝息の波が静まっただけの可能性もある。今も寝ていてくれているなら光での確認だけなら起こさずにすむと考えた訳だが、俺の希望は打ち砕かれた。
明るくなった空間には見た事のない怪物が浮遊していたのだ。しかも俺のすぐ目の前、約10メードの位置で低空浮上しているそれは、鷲のような頭部と羽と前足を持ち、獅子のような胴と後ろ足をしていた。
大きさも馬が七頭ぶんはありそうなとんでもないサイズで、こんな巨体が闇に乗じて音を立てずに俺達のすぐ近くまで来ていたのが信じられない。
俺達は反射的に武器を構えて戦闘態勢に入ったが、その時にゼロがこの場を切り抜けるシンプルで楽な方法を思い出した。
「袋を持っている者は全員パラディア・ブルーを魔獣に投げつけるんだ!」
元をたどれば俺達は魔獣対策の為にパラディア・ブルーを集めにきていたのだから、それを使わない手はない。大型魔獣の体中にパラディア・ブルーが投げつけられると、グラッジが作った光の剣が発する光を受けたパラディア・ブルーが一斉に粉状になり飛散した。
散らばった大量のパラディア・ブルーの匂いで俺の鼻はひん曲がりそうだが、魔獣の鼻は俺の比ではないだろう。大型魔獣は両翼を顔に交差させた。
後は大型魔獣がこの場を去ってくれるのを待つだけだ、俺達の間に十秒ほどの沈黙が流れる。
しかし、大型魔獣は俺達の予想を裏切り、この場から逃げなかった、それどころか別段辛そうな顔もしていない。生唾を飲み込んだゼロが震える声で呟いた。
「この魔獣、パラディア・ブルーが効かないのか? 程度の差はあれどパラディア・ブルーが効かない魔獣なんて今まで一匹たりともいなかったのに……」
大型魔獣は顔にかかった粉を翼で全て払い終わったあと、鋭い目つきでこちらを睨んだ。いつ突撃してきてもおかしくない状況の中、サーシャがハッとした顔で大型魔獣について言及する。
「もしかしたら、この生き物は魔獣じゃないかも……お父さんの日誌に書いてあった『神獣グリフォン』の特徴にそっくりだよ、サイズは日誌に書かれているより随分と小さいけど」
どうやら俺達の目の前にいるのは魔獣ではなく神獣だったようだ、どうりで魔獣が嫌がるはずのパラディア・ブルーが全然効かない訳だ。
しかし、効かない理由が分かったところで危機を脱出できる訳ではない、むしろリヴァイアサンと同じ神獣というカテゴリーのグリフォンに目を付けられた時点で俺達は絶望的な状況なのではないだろうか?
この窮地を切り抜けるにはどうすればいいのか分からない、現状分かっているのはグリフォンが無音で空を飛べるという事と未だに一度も攻撃を仕掛けてきていないということだけだ。
もしかしたら、一斉に逃げれば戦闘の意思なしとみなして見逃してくれるかもしれない、俺は全員に指示をだした。
「みんな、合図と同時に三方向に散らばって逃げるんだ。グリフォンがさほど好戦的ではない事に賭けよう。行くぞ、3、2、1、走れ!」
俺の合図と共に総勢26人の探索班が一斉に散らばった。グリフォンは声を出した俺のことを最初は睨んでいたが、追いかけてはこなかった。
あと二つのグループのうち、シルバーとサーシャがいる方のグループのこともチラッと横目で見ていたが、全く興味無さそうに目を逸らした。
しかし、何故か北方向に走るリリスとグラッジのグループを見つけた途端、目を血走らせて憤怒の鳴き声をあげながら、高速でリリス達の方へ飛んでいった。
あの様子は単に捕まえやすい敵を狙って声をあげたものではない、明らかに何かの怒りを買っているように見える。魔獣寄せを持つグラッジが神獣の神経を逆なでしてしまったのかとも思ったが、グリフォンは何故か一直線にリリスに向かっていった。
「キャアァァ!」
リリスの悲鳴と同時にグリフォンの鷲のような前足がリリスの体を掴んだ。一瞬で体を宙に浮かされたリリスはそのまま、魚を捕まえる鳥のような高速落下で地面に叩きつけられた……かと思ったが、寸でのところで単身アイ・テレポートを使って離脱していた、怪我が無くて本当によかった……。
だが、まだ安心はできない。リリスが咄嗟に使ったアイ・テレポートは飛んだ位置が仲間から離れた奥まった位置なのだ。
いつものリリスなら単身だと二連続でアイ・テレポートが出来るはずだから直ぐにこっち側へ戻ってくるのだが今回は戻ってくる様子がない、ずっと重力の強い空間で移動をしてきた疲れが溜まっている今では連続使用は厳しいのかもしれない。
俺はサンド・ステップ、グラッジは突風の加速を使い、急いでリリスを守りに向かったが、グリフォンがリリスに到達する方が速かった。
「ギィェェェッッ!」
甲高い声をあげたグリフォンが逞しい前脚の爪をリリスへ振り下ろした。
「リリスゥゥッッ!」
俺の叫びが66層に轟くと同時にグリフォンの爪が何か硬い物と擦れる音が鳴り響いた。
俺が今いる位置ではグリフォンの背中に隠れてリリスがどうなっているのかが分からなかったから、側面へ回り込んで確認すると、そこには錫杖でグリフォンの爪撃を受け流しているリリスの姿があった。
武の達人を彷彿とさせる受け流しに驚いていると、リリスの体の周りを薄っすらと青い魔力が巡回していた。その姿を見たゼロが目を点にして呟く。
「あれは、水の色堅だ……ろくに特訓もしていないのに凄すぎる……」
なんとリリスは土壇場でゼロと同じ属性の色堅を繰り出して、グリフォンの爪撃を感知し、受け流していたのだ。
爪を地面に深くめり込ましたグリフォンは慌てて地面から爪を抜き、リリスから距離を取った、どうやら本能的に危険を感じ取ったようだ。その間、リリスは自身が繰り出した色堅に驚いていた。
「死にたくなくて無我夢中で錫杖を構えたら出来ていました……これが水の色堅……」
リリスは自分の手を見つめながら色堅の感覚を噛みしめていた。
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