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【第140話】エンド
しおりを挟む「ん? 君たち、我々の実験場前で何をしている?」
ウィッチズケトルと書かれた扉の中から痩せ細った白衣の男が現れ、問いかけてきた。俺は白衣の男に目的を話した。
「俺達は旅の者だ、訳あって優秀な学者を探している。もしよかったらスキル・魔術・古代学などに詳しい機関があったら教えてもらえないか?」
「それでわざわざ40層も降りてきたわけか。既に多くの人間に知られているから隠さずに答えるが、ここ『ウィッチズケトル』がまさに、最高ランクの研究機関なのだよ。アビスロードには不可思議な物や希少な素材に溢れているからね、故にここに居を構えているわけだ」
「なら丁度良かった、俺達にはあなた達が食いつきたくなるような、とっておきの手札がある。ひとまず中に入れて貰えないか?」
俺はグラッジのことは直前まで伏せる形で白衣の男にアピールをした。知的好奇心の塊であろう学者ならすぐにでも喰いついてくると思ったが、意外にも白衣の男は首を横に振った。
「悪いがお断りさせてもらうよ。以前にも同じようにとっておきの実験材料を提供すると言って中に入ってきた奴らが貴重なアイテムを盗んでいったことがあってね。それ以降ウィッチズケトルは紹介制でしか中に入れないことになっているのだよ。だからいくら金を積まれたり希少な物や生物を持ってこようが入れる事はできない、諦めておくれ」
ここにきて紹介制という壁にぶち当たるとは……。魔獣寄せスキルを持つグラッジを連れて行けば大丈夫だろうと思っていたし、最悪大量のゴールドを渡せば協力してくれると思っていただけに正直参った。
俺はこの時何も言えなくなっていたのだが、サーシャは扉を見つめながら何か考えが浮かんだようで再び白衣の男に話しかけた。
「紹介制ということは理解しました。なら、せめてウィッチズケトルの皆さんに伝言だけでもお願いできませんか?」
「まぁ、伝言くらいなら構わないぞ、言ってみろ」
「ウィッチズガーデンからネリーネ・サーシャが来たとだけ伝えてくれたら結構です。サーシャ達はしばらくこの辺にいますので、もし入れてくれる気になったら教えてください」
なんとサーシャは一か八か実親と関連のある場所という可能性に賭けて、過去の名前を語り接触を図った。白衣の男は少し悩んだ後、了承の言葉を返した。
「ネリーネ……どこかで聞いたことがある気がするな……分かった、とりあえず所長から順に伝えてこよう」
そして、白衣の男は扉を開けて中に入っていった。それから五分ほど経った後、白衣の男が急ぎ足で帰ってきて、扉を開けたまま俺達を手招きしてくれた。
「所長に伝えたらすぐに上がってもらえとのことだ。私が所長のところへ案内する、ついてきたまえ」
白衣の男の後をついて中に入ると、そこは壁も床も大理石のようにツルツルとした綺麗な内装で、とてもアビスロードの中とは思えないものだった。
埃一つ無さそうな清潔感ある空間には人の体ほどに大きな縦長のガラス容器が等間隔に並べられており、その中には色とりどりの液体と見た事がない植物・虫・動物・魔獣などが入れらている。
清潔な空間を除けば、正に魔女の釜という名を持つに相応しい実験場で気味の悪さを感じる。そんなエリアをいくつか通り過ぎて一番奥の部屋に着くと、二十歳前後の若い学者が本を片手に座っていた。
若い学者は目の下に大きなクマがあり、まん丸な瞳だが黒目が小さく目つきも悪い。髪もボサボサで肌も日光を全く浴びてない感じの不健康そうな白さをしている。
若い学者は俺達を見つけると不気味に笑いながら自己紹介を始めた。
「はじめまして皆さん。僕の名前はゼロ・パラディアだよ、一応ウィッチズケトルで所長をしている」
パラディアと言えばリングウォルド別邸跡地で見つけた不思議な花と同じだ、これは何かの偶然だろうか? 俺は本題に入る前に自己紹介がてらパラディアのことを尋ねてみた。
「はじめましてゼロさん。大陸の北方から来ましたガーランド団代表のガラルドと言います。そして、こちらから順にリリス、サーシャ、グラッジ、シルバーです。少し気になったのでお聞きしたいのですが、パラディアという名字に聞き馴染みがありまして、もしかして植物のパラディアと何か関係があるのでしょうか?」
「堅苦しいのは好きじゃないから敬語じゃなくてもいいよガラルドさん。花のパラディアについてだけど、あれは僕の祖父が全ての人間の中で最初に見つけた花だよ。植物にしても動物にしても最初に見つけたり、開発した人物が命名できる決まりだからね。だから祖父は誇りある家名パラディアを付けたらしいよ。パラディアの花を知っているということは君達は帝国領から来たのかい?」
パラディアを命名したということも驚きだが、それ以上にびっくりしたのが帝国領に関連がある事を言い当てたことだ。
どんな組織なのかも分かっていないし、こちらの情報をどこまで開示していいのかも分からない、どうしたものか……。
ただ、ここで懐を見せなければ怪しまれてしまい、今後関りを持ってくれなくなる可能性もありえる、俺は帝国であった出来事に加え、ネリーネはサーシャの過去の家名であり、実の両親が攫われたことも全て正直に話した。
俺が喋っている間、ゼロは特に驚くことはなく静かに頷いている。するとゼロは顔をサーシャの方に向けて昔話を始めた。
「ガーランド団の皆さんには色々話したいことがあるんだけど、まずはサーシャさんの事から話そうか。まずネリーネ夫妻についてだが、僕は数年前に一度だけ会ったことがある。その時は北方から攫われてきたなんて知らなくてね、普通に植物学の話をしていたんだが、植物学に関しては僕でも敵わないぐらいに優秀な人達だったよ」
「……父と母は元気そうでしたか?」
サーシャが少し不安そうに両親の事を尋ねると、ゼロは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ネリーネ夫妻のことで僕は謝らなければならない事があるから、昔話を聞いてほしい。ネリーネ夫妻は昔、僕の父が代表を務めている研究機関の職員だったんだ。僕の父は研究者としては群を抜いて優秀だったけど、研究の為なら非人道的な事を躊躇いなく行う人間でね。恐らくネリーネ夫妻を拉致したのも父の指示を受けた部下達だ」
ゼロの話を聞いたことで俺の頭の中で複数の情報が交わり始めた。約十年前にネリーネ夫妻を拉致したゼロの父親の部下、そして、ネリーネ家を調べていたパープルズを執拗に追いかけてきた鉄仮面ことエンド、この二つは同じ存在なのではないかと思えてきた。
俺は二つの存在を知っているかゼロに尋ねた。
「急に変な事を聞いて悪いんだが、ゼロはエンドっていう鉄仮面を被った組織を知っているか?」
「エンドだって? それは父の研究機関の名だ。鉄仮面はそこのエージェントが任務を遂行する際に被っているものだ、どこでその情報を知ったんだい?」
俺はパープルズがネリーネ家を調査し、エンドと名乗る鉄仮面に襲われたことを伝えた。するとゼロの顔色がみるみる悪くなり、頭を抱えてぼやき始めた。
「最近姿を消して大人しくなっていたと思ったら……エンドは暗躍していたのか。それに、自分達の力だけで死の海を渡って大陸北部にも渡っているなんて……」
「おい、顔色が悪いぞゼロ、それに暗躍って……どういうことか教えてくれ!」
俺がゼロの肩をゆすって問い詰めるとゼロは乾いた笑いを浮かべながらぼそりと呟いた。
「ハハッ……このままじゃモンストル大陸から人という種が消えるかもしれない……」
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