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【第139話】アビスロード40層
しおりを挟む威嚇に怯えて涙を流した弓使いは『カリギュラで一番スキル関連や古代学に詳しい奴がどこにいるか』という俺からの質問に答えるだけでなく、町の事も色々と教えてくれた。
「は、はいぃ! この町は見ての通り無法者が溢れた地であり、統制する組織もなければ法律やルールもありません。そ、そんなカリギュラに人が集まるのには訳があります。それが町の中心にある螺旋状の大穴『アビスロード』です。そ、その大穴は下層に行けば行くほど危険なのですが、そのぶん未知なる資源や道具が沢山手に入ると言われています。ゆ、故に下層には有力な組織や人材が溢れ、そこに居を構えています!」
「そのアビスロードはどんな風に危険なんだ? 一応、住んでいる人もいるんだよな?」
「は、はい! 基本的に下へ行くほど凶悪な魔獣が多く、環境も悪くなっていきます。か、火山の様に高温の空間から猛毒のガスが溢れる空間まで、層ごとに凶悪さの質も変わります」
「なるほど、よく分かった。ちなみに大体でもいいから、有力な人材や組織がいるのが何階層ぐらいか教えてもらえるか?」
「お、俺達のような表層でしか暮らせない雑魚には正確な情報は分かりません、ですが、噂によると40層目あたりで学者が数多くいると聞いたことがあります」
「そうか、よく分かった。色々教えてくれてありがとよ。それじゃあお前らは帰っていいぞ、もう二度と俺達に近寄るなよ?」
「わ、分かりましたァ! 失礼します!」
そして、弓使いの二人組は二度ほど転びながら猛ダッシュで去っていった。とりあえずざっくりとした情報を手に入れる事ができて一安心だ。
また変な奴に絡まれる前に急いでアビスロード40階層に行こうと足先を向けたが、何故かグラッジは顎に手を当て、考え込んだまま停止していた。
俺はグラッジに何か気になる事があるのか尋ねた。
「どうしたグラッジ、引っ掛かる情報でもあったか?」
「いえ、アビスロードに関しては疑問点はありません、僕が気になったのはガラルドさんの言動です。リリスさんが暴言を吐かれた際に普段のガラルドさんからは考えられない怒気を感じましたが、もしかしてお二人はお付き合いされているのですか?」
「はぁぁ?? 何を言ってんだよグラッジ、リリスは確かに俺に懐いちゃいるが、ただの仲間だっつーの!」
「……そうですか、仮に僕やシルバーさんが同じように暴言を吐かれても、あれぐらい怒ってくれますかね?」
真面目で優しいグラッジとは思えないほどのニタニタした笑顔で俺は責められていた。すると、悪乗りが大好きなシルバーが会話に加わってきやがった。
「絶対怒ってくれねぇよ、リリスちゃんだから怒ったに決まってるさ。俺が被害者だったらきっと鼻をほじりながら傍観してるぜ」
「お兄ちゃん! ガラルド君はそんな人じゃないよ、ちゃんと他の仲間でも怒ってくれるよ。ただ、リリスちゃんが一番なだけだから、イヒヒ」
とうとう、サーシャまで俺を揶揄い始めた。この状況でリリスの方を見るのはとても辛いものがあるが、全く見ないのも意識していると思われそうで癪だ。
仕方なくリリスの方を見てみると、リリスは遠くを見つめながらボソボソとひとり言を呟いていた。
「あぁぁ……苦節一年弱……遂に私にも春が来ましたね。ずっと大好きだとアピールしているのにペットのようにあしらわれ続けてきましたが、ようやく結婚の時が訪れました。やっぱり人間は窮地にこそ深層心理が現れるものなんですよね。ガラルドさんの愛が沁み渡ります」
「おい、リリス、いつも以上に気持ち悪いぞ……」
俺はトリップしているリリスを正気に戻す為に軽口をたたいてみたが、全く耳には入っておらず、その後もよく分からない趣向を呟き続けた。
「鉄板ですが、彼氏が自分の為に感情を露わにして誰かに歯向かってくれるというのは良いものですね。それに滅多に怒らないガラルドさんがちょっと不良っぽく怒る感じがキュンキュンきちゃいます。やっぱり女の子はちょっと悪っぽい男の人にときめいちゃうのでしょうか、恋愛指南本にも書いてありましたし」
もう、このままここに置いていこうかと思ったが、治安の悪いカリギュラで一人きりにさせる訳にはいかない。とりあえずサーシャがリリスの手を握って連れて行ってくれることになった。これからはリリスを興奮させ過ぎないように注意しよう……。
ちょっと変な空気になってしまったが、俺達は気を取り直してアビスロードがある町の中心へと向かった。
途中至る所から戦闘音や何かが割れるような音が聞こえてきたが、一つ一つ助けている時間はなさそうだ。悔しいがカリギュラの治安向上に手を貸すのは旅が落ち着いてからになるだろう。
町の中心に着くと弓使いの男が言っていた通り、とんでもなく大きな螺旋状の空洞が空いていた。大空洞の幅は何千メードあるのか分からず、全く底が見えないが、何故かほんのりと明るく、削れている大地の割に意外と地面の土はしっかりと硬い。
螺旋状に降りていく道の至る所にテントや洞窟型の住居が目に入ったが、そこにいる人間は表層エリアの人間より多少血色がよさそうだ。だが、相変わらず全方位に気を張った油断の無い顔をしている。
俺達はアビスロードを下へ下へと降りていった。途中多くの人とすれ違ったが、そのほとんどが値踏みするかのように俺達のことをじろじろと見つめていた。ここが人気の無いところならすぐにでも襲われていたかもしれない。
弓使いが言っていた通り、彼等もまた襲う時にこそ大きな隙が生まれることを分かっているのだろう。今後も全方位を警戒しつつ、ある程度人が多いところを進むのが得策かもしれない。
アビスロードを10層ほど下ったあたりから徐々に気温が上がりはじめたり、空気に塵芥が混ざりはじめて環境が悪くなってきた。俺達は口に布を当てて早足で降りていくと、30層あたりからは逆に気温が著しく下がり始めた。
「さ、さ、寒いぃぃですぅぅ、普通は大地を下に進めば進むほど暑くなるものじゃないんですか? さ、さっきまでは気温が上昇していたのに急に下がり始めるなんておかしいですよぉ!」
リリスの言う通りアビスロードは自然の法則を無視した、めちゃくちゃな空間だ。弓使いは高温の空間や猛毒のガスがある空間もあると言っていたから、それなりに警戒はしていたが、高温とは真逆の低温空間まであるとは思わなかった。
アビスロードの危険性が少し理解できた気がする。とはいえ40層付近で人が住んでいるのも事実だ。
もしかしたらそのあたりだけは平穏な環境で、しっかりした居住空間があるのかもしれない。とにかく俺達は消耗しきってしまう前に先を急ぐことにした。
その後も俺達はコロコロと変わる劣悪な環境を各々の得意分野を活かして乗り切っていった。魔獣が現れた時は男三人が手早く片付け、暑いエリアではリリスの氷魔術やグラッジが生成した氷防具を纏って乗り越えた。
逆に寒いエリアは火属性魔術を使える人間が三人いることもあり、問題なく進むことが出来た。途中疲れが溜まった時はサーシャのスキル『アクセラ』でスタミナを回復してもらいながら進むことにより、足を止める事なく40層に辿り着いた。
そこにはとっくに太陽の光が届かなくなり、ゴロツキの姿も全く見えなくなった。その代わりに熟練感のあるハンターや学者のような人間を多く見かけた。
環境もさっきまでとは打って変わって気温も丁度良く、空気も悪くない。相変わらず薄暗く視界の大半は土ではあるが、まるで砂漠の中にあるオアシスのように気を休められる場所だ。
道沿いの壁には所々にドアや穴が空いており、中にはそこで暮らしている人間も見受けられる。俺達は早速研究機関的な場所がないか探し始めると、シルバーが皆を呼び止めて指を差した。
「おい、あそこにある扉の表札を見てみろ、ウィッチズケトルって書いてあるぞ。如何にもウィッチズガーデンと関係がありそうじゃねぇか?」
ウィッチズガーデンが『魔女の庭』ならウィッチズケトルは『魔女の釜』という事になる。魔女と言えば釜で怪しい薬を作っているイメージがあるし、良くも悪くもここには博識な人間がいそうだ。
俺達が扉の前で話をしていると、中から白衣を着た痩せ細った不健康そうな男が姿を現した。
「ん? 君たち、我々の実験場前で何をしている?」
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