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【第131話】カリギュラ
しおりを挟む「ふぅ……何とか逃げることが出来たな」
ひとまず洞窟前から西の泉へ逃げる事に成功し、俺は安堵のため息をついた。洞窟の上空にいる兵士長ソルに見つからないように茂みに隠れていたグラッジが俺達に早く身を隠すように手招きしている。
幸い高い位置にいる兵士長ソルは俺達が着地した位置を把握できていないようだ。見つめた位置にしか飛べないというアイ・テレポートのルールを知らないのだから、眼下に広がる森全てが瞬間移動先となりえるのだから見つけられないのも無理はないが。
俺とリリスがグラッジのいる位置へ移動してホッとひといきついた後、グラッジは俺達に大きく頭を下げた。
「改めて、助けていただいて本当にありがとうございました。兵士長が空へ上がってきた時はどうなることかと思いましたが、お二人が無事で本当に良かったです。ガラルドさんは兵士長に話しかけられているように見えましたが、何か言われましたか?」
「ざっくりと言えば、逃げ切ることは出来ないから諦めろって忠告だな。あの強そうな兵士長が発する凄味には正直ビビったよ」
「ソルさんはイグノーラ一の強さを誇ると言われていますからね……きっと絶対に捕まえる自信があるんだと思います」
「ソルだけじゃなく、イグノーラは兵の数も多くて厄介だ。このまま逃げ続けてもジリ貧になるだけだよな、さて、どうしたものか……」
「これまでも兵士達は僕を捕まえようとしていましたが、まさかここにきて大量の兵士を投入して、しかも殺しに来るなんて……これだけの兵士に追われたらカリギュラへの逃亡すら厳しそうです……」
グラッジは聞いたことのないカリギュラという単語を呟き、大きく肩を落とした。カリギュラというのが地名なのか街の名前なのかは分からないが、そこに行く事がグラッジの生存にとっての唯一の希望なのかもしれない、俺はカリギュラが何なのかを尋ねた。
「カリギュラってところに行くことさえ出来ればグラッジが助かる可能性はあるのか?」
「あくまで可能性レベルですが……。そもそもカリギュラというのはイグノーラよりずっと南にある街のことで、善人・悪人・多種族・多職種、あらゆる人間がいて常時犯罪が起きているような場所なんです。いや、そもそも法律やルールすら存在しないところなので他国からは『無法の街カリギュラ』と呼ばれています」
色々なところを冒険してきた俺だが法律やルールがない街なんて聞いたことがない。グラッジの話を聞くだけで行く気が削がれる場所だが、今はそんな事を言っている場合ではない。
俺が「カリギュラについて詳しく教えてくれ」とお願いすると、グラッジは暗い表情で語り始めた。
「盗みや誘拐は当たり前、至る所で喧嘩や殺人が起き、非人道的な取引や研究も行なわれている場所です。故に危険ですが腕の立つ者も多く、他国では解明されていない技術や薬なども存在するらしいです。そんな所でも僕の『魔獣寄せ』は知られているみたいで、カリギュラの一部の人間は僕の体を使って色々と実験してみたいらしいです。実際、過去に何度かカリギュラから来た刺客を撃退したこともあります」
「それは大変だったな……。つまりグラッジは危険を覚悟のうえで自分の身を差し出す代わりにカリギュラで匿ってもらおうとしているわけか?」
「そういうことです。魔獣寄せが強くなり過ぎた今、イグノーラにこれ以上負担を掛けられません。かと言って自ら命を絶つ勇気もないんです……。だったらイグノーラに匹敵する程に強い戦闘力を持つ人間が多いカリギュラに魔獣を呼び込めば、何とかしてもらえると思うんです。それにカリギュラの技術力を使って僕の体を調べれば、もしかしたら魔獣寄せを抑える手がかりを得られるかもしれません」
「本当にいいのか? カリギュラでの実験に協力したところで命が助かる保証はないぞ?」
「僕の命は魔獣を退けてくれる多くの兵士やハンターの苦労の上に成り立っていますが、その事実にずっと目を背けて生きてきました。魔獣が活性化している今、僕も覚悟を決めなきゃいけない時が来ているんだと思います……」
そう言い切ったグラッジの手は震えていた。このままイグノーラ領に居たら確実に殺されるし、かと言って大量に兵士を投入されたイグノーラ領を脱出できる確率も低い。
カリギュラに行っても無法者に殺される可能性はあるし、首尾よくカリギュラの技術者と協力できたとしても魔獣寄せをなんとかできる保証はない。手が震えるぐらい怖くなるも当然だ。
ここがシンバード領なら国を挙げていくらでも守ってやりたいところだが、ここは四方八方敵だらけだ。死の海を渡って連れ帰ろうにも物資が補充できないし航海路も分からない。
気は進まないが俺達が取れる手段は一つだけだ。俺は覚悟を決めて宣言した。
「グラッジの考えはよく分かった、グラッジの体をカリギュラの研究者たちに研究させるのは気が進まないが当の本人が覚悟を決めたんだもんな。だからガーランド団はグラッジのカリギュラ行きを手伝うよ、それでいいな、リリス」
「はい、グラッジさんをお助けするのは全面賛成です。しかし、イグノーラ領に徘徊する三千の兵士を掻い潜ってカリギュラに辿り着けるでしょうか?」
「大丈夫だ、俺に一つ考えがある。それを今から説明するぞ、まず最初に――――」
そして俺は二人にカリギュラへ行く為の作戦を伝えた。その作戦はずばり『危険なイグノーラ領を避け、船で迂回してカリギュラに行く』というものだ。
この作戦の流れは大まかに分けて三段階ある。まず第一段階は俺達が赤紫色の信号弾を上空に放つ。赤紫色はガーランド団の間で『急いでモンストル号に戻れ』という合図だ。
兵士の比重が東に偏っている今この時なら、各々問題なく西の端にあるモンストル号へ戻る事が出来るだろう、むしろ今しかチャンスがないとも言える。
それが上手くいけば第二段階の出航準備だ。全員が船に集まったのを確認してスムーズに出航出来ればベストだが、船が陸地から離れきるのには時間がかかり、兵士が邪魔をする可能性もあるだろう。その時にモンストル号に魔術や矢を撃ち込まれてしまったらマズい。
だから『船に乗って移動しつつ攻撃を防ぐ役』と『海岸で兵士を食い止める役』が必要になるだろう。船が無事攻撃の届かない位置まで移動出来たら、海岸から俺の魔砂を浮遊させて船に戻るなり、リリスのアイ・テレポートで船に帰れば問題ない。
船が陸から大きく離れることが出来れば、兵士達は追いかけるのを諦めることだろう。近くにイグノーラの船なんかないし、空中を追ってこられるのも兵士長ソルぐらいしかいないだろう。
あとは、海を走ってカリギュラに近い海岸に船を泊めれば作戦完了だ。この作戦を伝えるとグラッジは拳をグッと握りしめて、口角を上げていた。
「良い作戦ですよ! むしろそれこそが唯一全員が無事にカリギュラへ行ける手だと思います。キレ者ですねガラルドさん」
頭が良いと言われることが多いのはサーシャやシルバーの方だから、あまり賢いと言われたことがない俺は正直照れくさかった。うまい返事を思い浮かばなかった俺は褒められたことには触れずに作戦開始の準備を促した。
「それじゃあ、早速信号弾を打ち上げるぞ、そしたら三人全員モンストル号へと一斉にダッシュだ、準備はいいな?」
グラッジとリリスは俺の目を見つめて頷いた。俺が信号弾を空へ向けて放つと、赤紫色の煙が無風の空をゆらゆらと漂った、作戦開始だ!
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