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【第127話】五英雄の本
しおりを挟む接見の間から早歩きで城外へ出て行くサーシャを俺は慌てて追いかけた。
「ちょっと待ってくれサーシャ。グラハム王に危機的状況を何とかするなんて言い切っていたが、何か策はあるのか? 傍から見てるとちょっと喧嘩腰にすら見えたぞ」
「いや、怒っているつもりはないんだけど、とにかく絶対グラッジ君を救いたい一心で語気が強くなっちゃったかも。正直サーシャもどうすればいいかなんて全く分からないよ。だからとにかく過去の情報を調べて、グラッジ君ともじっくり話し合って解決策を見つけるしかないよ」
サーシャは自分自身が理不尽な目にあっている時は怒らないが、大事な仲間が傷つけられている時は、普段の気弱さを捨てて強く出る事がある。そういうところはリリスと通じるところがある、二人の仲がいいのも似た者同士だからかもしれない。
「そうだな、グラハム王もきっとどうにかする為に色々と頑張ってきていたはずだ。それでも諦めてしまったのには理由があるだろうし、外部の人間である俺達だからこそ見つけられる解決策もあるかもしれない。とにかく今は図書館にいるリリス達と合流して、情報を整理しよう」
城を出た俺達は早速イグノーラ図書館へと向かった。
地図に従い進んでいた俺達はすぐさま図書館を見つける事となった、それは城から近いという理由もあるが、それ以上に建物がかなり大きいのだ。
小国なら城と見間違えそうなほどに大きな図書館は、全体が赤レンガのような色味とサイズで統一された綺麗な円柱状の作りだ。中に足を踏み入れると視界全体を本棚が埋め尽くしていた。
まるでエナジーストーンが図書館にでもなったと言わんばかりの縦横に広い屋内は、少しでも階段の上り下りを減らす為か、入り口の看板に事細かく本のジャンルエリアを記しており、地上にも地下にも10階以上の螺旋階段が設置されている。
上にだけ建物が広がっていれば、目当ての本が遠い場合二十階ぶん上らなければいけない事を考えると地下に空間を作っているのは良心的と言えるだろう。密集して防衛力を上げ、所狭しと建物が並ぶイグノーラでは理にかなった建築だと思う。
蔵書も50万冊を超えているらしく、いつか時間が余ったらゆっくり読書に励みたいものだ。
俺とサーシャはリリス達を探して歴史関連の本が置かれてある三階エリアに足を踏み入れると、早速椅子に座って本を読むリリスの後ろ姿を見つけた。俺はリリスの横に座り「何か見つかったか?」と話しかけると、何故かリリスは青ざめた顔で汗を掻き、具合が悪そうだった。
「おい、大丈夫かリリス? どこか体が悪いのか?」
「いえ、問題ありません……。ただ、この本を読み進めたら、リングウォルド別邸跡地でパラディアの花を見つけた時と同じように頭痛に襲われたんです。もしかしたら、イグノーラの歴史を調べる事は私が人間だった頃の記憶と繋がっているのかもしれません」
「そうだったのか……とりあえず、リリスは休んでおけ。記憶を一気に刺激し過ぎるのは良くないかもしれないからな。本は俺とサーシャが読み進めるよ」
リリスが手に持っていた本には『五英雄と魔王ディアボロス』とタイトルが記されている。俺は一旦リリスを近くにあるソファーで休ませて、サーシャと一緒に本を読み進めた。
――――晴界歴460年 モンストル大陸の中心に人語を話す魔獣が現れた。その名は『ディアボロス』 人と同じような身体に赤と黒の紋章を刻み、蝙蝠の羽に似た強靭な翼を持ち、狼の様な鋭い牙と目を持ったディアボロスは圧倒的な魔力と膂力、そして他の魔獣を恐怖によって操る力で各国を苦しめていた――――
「今から60年近く前の出来事みたいだね。確かサーシャが子供の頃に読んだ歴史本には、この頃に魔獣の大移動が始まって、多くの町で被害が出たと書いてあったけどディアボロスが原因なのかな?」
「だとしたら原因がディアボロスだという事実が大陸の北半分には届いていないという事か。まぁ、ろくに行き来もままならない位置関係だから仕方ないか。で、話を戻すが、ディアボロスが本当に人の言葉を話せたなら他の魔獣とは桁違いに頭が良いだろうから、魔獣の群れを戦略的に動かすことが出来て大移動が起きたのかもな。とりあえず続きを読むぞ」
――――『魔王』と呼ばれ恐れられたディアボロスだったが、後に五人の戦士たちによって葬られることとなる。その五人の名は『グラド』『リーファ』『ディザール』『シルフィ』『シリウス・リングウォルド』彼らは後に五英雄と呼ばれる事になる――――
「名前と絵を見る限りグラドって……グラッジ君のお爺ちゃんだよね? それに、シリウス・リングウォルドもモードレッドさんが探していた現皇帝の叔父にあたる人だよ!」
サーシャは目をカッと開き、図書館では少し大きすぎる声をあげてしまった。俺は慌てて指を自分の唇に当てて、静かにするよう促した。
「だだっ広い図書館で周りに人もいないけどボリュームは抑えろよ、サーシャ」
「ご、ごめん、あまりにも驚いちゃって。ローブマンさんが五英雄の伝承を追いかけろって言っていたけど、サーシャは勝手に大昔の話かと思っていたから、現代の老人世代に直撃する話だとは思わなかったし、知った名前が二人も出ると思わなかったよ」
「さっきも言ったが、やっぱり大陸の中心を境に情報の伝達が出来ていない印象だな。帝国の人間であるシリウス・リングウォルドがどうやって死の海を往復したのかが気になるところだが、それは一旦後回しだ、とにかくこの本を一通り読んでしまおう」
――――グラドを中心とした五英雄は長き戦いを経て魔王ディアボロスを討伐し、五人の功績は大いに称えられることとなった……のだが、ディアボロス討伐から一年も経たないうちに、ディアボロスによく似た人型の魔獣が現れて、イグノーラを中心に人々を襲い始めることとなってしまった――――
――――ディアボロスによく似た魔獣は人型という事もあり『魔人』と呼ばれるようになり、人々に恐れられた。今回もまた五人が人々を守ってくれるかと民は期待していたが、現れたのはグラドとリーファだけだった――――
――――ディアボロス以上の力と頭脳を持つ『魔人』を前に半分以上が欠けた五英雄では勝ち目がなかった。魔獣群と人間の戦いは連日続き、民衆に比例するように消耗していったグラドとリーファは、どうにかして逆転の芽を見つけるべく、改めてスキル鑑定を行ったのだが、そこで悲劇が起きた――――
――――なんと、グラドに新たな先天スキル『魔獣寄せ』が発現していたのだ。魔獣寄せはその名の通り、グラドの意思に関係なく大量の魔獣を呼び寄せる性質を持っていることが分かり、民衆は『グラドが諸悪の根源』ではないかと激怒し、強く当たった――――
――――民衆から石を投げられ火矢を撃たれたグラドであったが、たった一人彼を守ろうとする女性がいた。それが、グラドと共に魔人と戦った唯一の五英雄リーファであった。彼女はボロボロの体で民衆からグラドを守り、グラドと共に人々の前から姿を消した――――
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