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【第119話】優しい釣り人と名前決め

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 ウォーター・リーパーで腹を満たすようになってから早三日が過ぎた。口の中に広がる不味さと全身に広がる痺れに少しずつ慣れてきた俺達はゆっくりと船を進めていた。

 リヴァイアサンと接触して以降、じわじわと嵐も魔獣も弱くなっていき、今日は昼前の現在まで一匹も魔獣が現れていない。ゴールが近いのか天国が近いのか分からないが約三十日ぶりに空から太陽の光が神々しく差し込んできた。

 太陽の光が鍵だと言わんばかりに雨雲が徐々に左右へと分かれていき、俺達の頭上に眩し過ぎる青空が広がった。疲れもあってか太陽の光で少しふらついてしまったが、精神力はみるみる回復している気がする。

 食事でも取るかのように太陽光を体で味わっていると、マストから空を眺めていたシルバーが甲板にいる俺達に呼びかけてきた。

「おい、お前ら! 前方に陸地が見えるぞ!」

 シルバーの声に従い前方を確認すると薄っすらとだが、確かに陸地が見えた、遂に俺達は死の海を越えたんだ。全員が隣にいる人間とハイタッチをして喜び合った。

 しかし、ここからも色々と課題はある。大陸地図を見た限りだと上陸してからもそれなりに移動しなければイグノーラには辿り着けない。だから上陸したら、まず最初に移動に耐えうるだけの食糧を確保しなければならない、とはいえ陸地だから海上よりもずっと食糧確保は楽だとは思うが。

 あと三十分もしないうちに上陸できることを考えると嬉しい気持ちが大半だが、食糧確保の不安も多少はある。少しずつ大きく見えてくる陸地を眺めていると、海岸で釣りをしている人が見えたような気がした。俺は一応皆に見えたか尋ねてみた。

「なぁ、海岸で誰か釣りをしているように見えないか?」

 リリスが双眼鏡を片手に確かめてみると、どうやら俺の言った通り釣りをしている人がいたらしい。

「よく、肉眼で釣りをしているのが見えましたね、ガラルドさんは本当に人間ですか?」

「女神族に言われたくねぇよ。それより、運よく人を発見できたんだ、どっかにいってしまう前にリリスのアイ・テレポートで釣り人を足止めしといてくれ。上陸したら色々と話を聞きたいからな」

「分かりました、それでは行ってきます、アイ・テレポート!」

 リリスは釣り人をびっくりさせないように少し離れた位置へ瞬間移動した。そこから釣り人の方へ近づき、会話を始めた。遠くから見た感じだが、特に警戒もされず順調に話しているように見える。

このまま警戒せずにモンストル号上陸まで待っていてくれるよう祈っていると、予想だにしない出来事が起きた。なんと船の上にリリスと釣り人がアイ・テレポートで直接乗り込んできたのだ。

「皆さん、釣り人さんは良い人そうだったので、すぐに連れてきちゃいました。とりあえず私達の紹介と旅の目的をお話しますね」

 ものの数分で同意を得て連れてくるとはリリスの話術が凄いのか、それとも釣り人の警戒心が薄すぎるのだろうか? とは言っても釣り人は見た感じだと14,15歳程度の男の子のようだし、警戒心が薄いのも仕方がないのかもしれない。

 そしてリリスは主要メンバーの紹介と旅の目的を釣り人に伝えた。釣り人は俺達の存在どころか瞬間移動にも動じる事はなく、真剣に話を聞いてくれた。俺達の話が一通り終わったあと、今度は釣り人が自己紹介をしてくれた。

「はじめまして、僕の名前はグラッジです。みんな消耗しているみたいだから上陸したらすぐに食事を用意しますよ。とは言ってもそこら辺の木の実や動物を焚き火で焼いたり煮込むだけの野営料理ですけどね」

 グラッジは無邪気な笑顔で歓迎の意思を見せてくれた。彼の風貌は野営料理というワードを使うに相応しく、狼みたいなボサボサの髪型と服の所々に擦った傷が見えるワイルドなものだった。

だが、顔立ちは優しく目もクリクリとしていて、どことなく品の良さも感じる。身長も俺より頭一つ分は小さいからリリスと同じぐらいしかなく、小柄でどこか中性的に見える。そんな彼に俺はお礼の言葉と共にいくつか質問を投げかけた。

「ありがとうグラッジ、本当に助かるよ。すまないがいくつか聞きたいことがある。君は一人で釣りをしたり狩りをしたりしていて、野営料理をご馳走してくれるとのことだが、この近辺で野宿をしているのか? 近くに村や町はあるのか?」

「海岸から東方向にイグノーラという大きな街がありますよ、距離的には馬があれば一日もかからず着きますかね。僕のことは、まぁ旅人か何かと思ってくれればいいです、すぐに忘れちゃってください」

「旅人……一人旅をするには少し若い気がするが、歳は幾つなんだ?」

「歳は最近十五歳になったところです。そんなことより、ほら、そろそろ上陸できそうですよ、直ぐ近くに僕が住んでいる洞穴があるから案内しますね」

 そう言ってグラッジはやや強引に話を終わらせると、洞穴の方向を指差した。あまり自身の事を触れられたくないのかもしれない、俺はそれ以降グラッジの身元を探る言葉は言わないことにした。

 俺達は船を海岸に固定する為の準備を進めていると、リリスが一足先に陸地へ飛び降りた。

「はい! 私が死の海を越えて最初に足を踏み入れましたよ! これで歴史の教科書には私の名前が載る事でしょう」

 その為にわざわざ飛び降りたのか、そもそもアイ・テレポートを使った時点で最初に上陸している気がするのだが。いや、それ以前に死の海を越えた人類は俺達が最初なわけじゃない……俺はリリスの言葉を訂正した。

「喜んでいるところ悪いが、過去に死の海を越えた船団は存在するらしいから俺達が最初じゃないぞ? まぁ大昔のことらしいから詳しい資料とかは残っていないらしいがな」

「ぐぬぬ、悔しいですね。その船団の名前は何ていうんですか?」

「実はそれすらも分かっていないんだ。当時死の海から帰ってきた少数の人間はみんなボロボロだったり、怯えてたり、ちゃんと喋れなくなってしまった人ばかりで正確な記録が残させなかったらしいんだ」

「なるほど、それは気の毒ですね……。だったら、私達の船団を歴史の教科書に刻んじゃいましょうよ。あれ? そう言えば私達って船には名前を付けましたけど、船団には名前を付けてないですね、何か付けませんか?」

 海賊団じゃないんだし、普通にシンバード使節団とかドライアド渡航団とかでいい気がするのだが、何故か周りは名前決めで盛り上がりはじめた。グラッジもキョトンとしているし、早く船を降りたいのだが……。

 この名前決めに何故かサーシャがノリノリで、一人で四つも案を出していた。そして、ハッとした顔で両手を叩いたサーシャは自信満々に五つ目の提案を出した。

「ねぇねぇ、ガーランド団はどうかな? ぴったりの名前だと思うんだけど」

 ガーランド? 俺の名前と少し似ているが聞いたことがない言葉だ。サーシャは続けて言葉の意味を教えてくれた。

「ガーランドって響きはガラルド君と似ているでしょ? 実はどっちも古代語に存在するんだよ。ガラルド=革新・革命みたいな意味があって、ガーランドはそれの複数形みたいな感じかな。多くの人と多くの夢を乗せた船団に相応しい名前だと思うの、どうかな?」

 正直俺は自分の名前を付けられているようで気恥ずかしいのだが、全員がサーシャの案に賛成していた。特にリリスは挙手しながらうるさいぐらいジャンプしている。

「やった、それじゃあサーシャの案で決まりだね。実はヘカトンケイルからずっと活躍しているはずのガラルド君がこれといった名誉を与えられてなくてモヤモヤしてたの。ドライアドの代表も結局サーシャになっちゃったから、外部からはサーシャばっかり褒められるし。ちょっとだけ恩返しができた気がして嬉しいよ!」

「サーシャはそんなことを気にしてくれていたのか、俺は目立つことがあんまり得意じゃないから全然気にしないでいいのに、でもその心遣いが嬉しいよ、ありがとな」

 俺が礼を言うとサーシャは両こぶしを握り締めて小さく喜んでいた。船団の名前も決まったことだし、いい加減グラッジを待たせ続けるのもよくないから、さっさと作業を済ませて俺達は全員上陸を果たした。

 先頭を行くグラッジについていき、海岸横の森をしばらく進んでいくと、高さ20メードはありそうな大きな洞窟の入り口に辿り着いた。後ろへパッと振り返ったグラッジは笑顔でこの場所を紹介してくれた。

「ようこそ、ガーランド団のみなさん。ここが僕の住んでいる千年樹せんねんじゅの洞窟です。自分の家の様にくつろいでいってくださいね」

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