上 下
115 / 459

【第115話】死の海 その1

しおりを挟む

 モンストル号がセイレーンを出発して約四時間が経った頃、前方が突然薄暗くなり強風が吹き始めた、いよいよ死の海の入口に到着したみたいだ。まるで境界線でもあるかのような豹変っぷりに驚いていると、操舵室にいたシルバーが甲板に飛び出し、後ろを振り返った。

「どうやら完全にエンドを撒けたようだな。あいつらシンバード付近でも運河でも、ずっとしつこく追いかけてきていたからな、せいせいするぜ。サーシャもそう思うだろ?」

「確かに執念深かったね。でも本当に逃げ切れたのかな? エンドが死の海の中にまで追いかけてくる事はないの?」

「あいつらの船はそれなりの速度は出るものの所詮は軽い小型船だからな、絶対に死の海には入ってこられねぇよ。そもそもエンドと繋がりがありそうなモードレッド自身が死の海を越えられないと嘆いていたくらいだしな」

 エンドが完全に帝国側の組織だという確証は持てないがシルバーの言う事は一理ある、一旦エンドの追跡に関しては忘れてもよさそうだ。俺は全員に再度気合を入れた。

「よし、それじゃあいよいよ死の海とのご対面だ。事前の打ち合わせ通りに三隻の船を直列にして進行していく。ここからはずっと何日間も気の抜けない海域が続いていく、覚悟を決めろよ」

 そして、俺達は事前に決めていた通り、三隻の船をそれぞれ先頭から順に『先導&戦闘船』『物資運搬船』『技術者搭乗船』に分けて進んでいった。

『先導&戦闘船』には俺、シルバー、リリス、サーシャを含めたハンター達が乗っていて、シルバーが全知のモノクルによる『岩礁・小島の確認』と『船の進路を決める役割』を担当している。

 それ以外のメンバーは操舵に加わりつつ、周囲の確認と海棲魔獣の撃退が仕事だ。とにかく俺達は全力で物資と技術者を守らなければならない。

物資と技術者のどちらが欠けてしまっても小島に簡易灯台を建設する事が不可能となり、方角と経路の確認が出来なくなり、船の修繕もままならないからだ。

 船が進むにつれて風が強くなり、叩きつけるような雨も降り始めた。事前に聞いていた通り本当に視界が悪く、風力の乱高下も激しくて、小柄で体の軽いサーシャは何度か転がりそうになっていた。

俺達は互いに体を支え合い、手分けして全方位を警戒した。その間にシルバーはマストへ上がり、全知のモノクルで片っ端から海に光を飛ばして岩礁と小島を探し当てた。

「全知のモノクルに反応有り! 土や木の反応があるから。恐らく三時の方向に小島があるぞ! まずはあそこに簡易灯台を建てる、全船いそげ!」

 なんと俺達は渡航が始まって早々に小島を見つける事ができた。肉眼では薄暗い海と豪雨しか確認できないが全知のモノクルで検知したのなら間違いないだろう。俺達はシルバーの指示通りに進んでいると、突然リリスが大声をあげる。

「右舷側と左舷側に大量のウォーター・リーパーが現れました!」

 もう少しで小島に辿り着けるというところで厄介な魔獣が現れやがった……。俺の位置からはまだ敵の姿は見辛いが、確かウォーター・リーパーはカエルの様な体と魚の様なヒレと尾を持つ白色の魔獣だったはずだ。

 肉食故に人に噛みついてくるうえに動きが速く、それだけでも充分厄介だが一番恐ろしいのは奴らが発する『甲高い鳴き声』だ。キーキーと耳に刺さる鳴き声を人間が聞くと、たちまち肉体が正常に働かなくなり気絶する事があるそうだ。

 その特性を踏まえると、船に乗り込まれる前にとにかく甲板から魔術や弓をガンガン撃ち込んで、叫ばれる前に倒し切る事が重要になる。

「全員、放てぇぇっ!」

 俺の掛け声と共に全員がウォーター・リーパーの群れに遠距離攻撃を放った。五十匹以上いたウォーター・リーパーが次々と倒れていき、あっという間に半数近くを撃破した。

 俺は同行してくれたハンターや兵士達の強さに驚いていた。エナジーストーンでの修練効果が予想以上に大きかったからだ。

モンストル号に乗った戦士たちは出自も様々だ、ドライアドを含むシンバードの属国や周辺国の戦士達、遠方のヘカトンケイルなどから来てくれたギルドの有志たち、そして門番兄弟をはじめとしたエナジーストーンの戦士達など種族や価値観もバラバラだ。

 そんな彼らが一丸となって特訓し、絆を深め、今は大陸最難関の海で逞しく戦い抜いている。ディアトイル生まれの嫌われ者だった俺が、今は一団の長として素晴らしい光景を目にする事ができている、こんなに嬉しい事はあるだろうか。

 その後も俺達は少しずつ確実にウォーター・リーパーを撃破していった。このまま順調に全滅させられるかと思っていたが、一部のウォーター・リーパーが船から離れていくと、自身の体を大きく膨らませた。

「キィィィィッッーーーー!」

 耳が破裂しそうなぐらい甲高い鳴き声が周囲に響き渡った。俺も周りの仲間達も平衡感覚が薄れていき、足元がふらつき始めた。

だが、不幸中の幸いか気絶している者はいなかった、どうやら弓と魔術を警戒してウォーター・リーパーが距離を取ったことに加え、強風と豪雨が鋭い鳴き声を少しだけ軽減してくれたようだ。

 とはいえ二度、三度叫ばれては俺達の体が持ちそうにない、どうにかしなければいけないが手で耳を塞ぐ以外の対策が思い浮かばない、しかし、それでは攻撃が出来ない。どうすればいいんだと頭を捻っていると、サーシャが大声で叫んだ。

「みんな聞いて! 服でも何でもいいから、今すぐ布を細かく千切って、雨で濡らしてから耳の穴に突っ込んで! そうすれば手で塞がなくても超音波を軽減できるから!」

 俺達は各自急いで布を用意して耳の穴に突っ込んだ。するとサーシャの言う通り、全ての音が聞こえづらくなった、まるで水中にいるような感覚だ。

言われて気が付いたが確かに水は減音度合いが強い。そんな水を耳の穴に固定する為に千切った布を利用するのは非常に理にかなっている。

 サーシャの機転によりお手軽に強い耳栓を手に入れた俺達はトドメの反撃に移る。

「これでもう超音波でふらつく事はない。勝負を決めるぞ、お前ら!」

――――オオオォォォォ!――――

 皆が雄叫びをあげてからは一方的な戦いとなった。ウォーター・リーパーの鳴き声を何度か喰らう事にはなったものの、俺達の攻撃を止められる程の妨害にはならなかった。

遠距離攻撃を途切れさせることなく放ち続け、無事全てのウォーター・リーパーを倒すことが出来た。

 激しい戦いの末にようやくシルバーが示めした小島に辿り着いた俺達は急いで簡易的な作業場を立てた。とは言っても俺を含むハンター達は資材を運んでいるだけで、組み立ては全てシルバー達技術者がやってくれたのだが。

 彼らは豪雨にさらされているにも関わらず、十五分ほどで縦横10メード高さ2・5メード程度の簡易作業小屋、そして船を固定する船着き場を組み立てた。地属性魔術師が少し補助に入ったとはいえ恐ろしい建築スピードだ。

 安堵のため息をついたシルバーがこれからの行動についてざっくりと説明してくれた。

「よ~し、ここまでは比較的順調だ。あとは作業場で簡易灯台を作り出して、地面にがっちりと固定するぞ。質の良い高級な光属性の魔石を加工し、光を一束に集中させて灯台から死の海の入口に向けて真っすぐ放てば小島から死の海の入口までの道筋を作る事ができる。それが終わるまで技術者以外の人間は船の中でゆっくりしといてくれ、勿論魔獣の警戒も忘れずにな」

 個人的には初動から大混乱だと思ったのだが、シルバーから見れば順調だったようだ。彼がこれまでどれ程凄い冒険をしてきたかが伺える。

 まだ航海を始めて半日も経っていないのにどっと疲れた。こんな危険な航海がまだ何十日も続く事を考えると眩暈がしてきそうだ。とりあえず俺達はシルバーの言葉に甘え、交代で見張りをしながら船で休むことにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜

ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。 その一員であるケイド。 スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。 戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。 それでも彼はこのパーティでやって来ていた。 彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。 ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。 途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。 だが、彼自身が気付いていない能力があった。 ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。 その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。 自分は戦闘もできる。 もう荷物持ちだけではないのだと。 見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。 むしろもう自分を卑下する必要もない。 我慢しなくていいのだ。 ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。 ※小説家になろう様でも連載中

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

処理中です...