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【第114話】ネリーネ家
しおりを挟む俺達は船室のベッドで横になっているフレイム達のところへ行った。四人は体の至る所に包帯を巻いて消耗しきっている。
「久しぶりだなフレイム、早速で悪いがウィッチズガーデンとの往復で何があったか聞かせてくれないか?」
「ハァハァ……分かった、それじゃあまず最初に調査内容について話そう。僕達はスライグラスの運搬も終わりが近づき、そろそろ町での調査を切り上げようかと思っていたんだが、最後の最後にサーシャのご両親に関わる情報を3つ見つけたんだ、それは『失踪状況』『ご両親の研究内容』そして『ご両親の居場所』だ」
「大手柄じゃないか! よくやったぞパープルズ!」
「恩がある君達に喜んでもらえる事ほど嬉しい事はないよ。まず一つ目の『失踪状況』についてだが、当時ネリーネ家の屋敷からご両親の体を担いで出てくる謎の男達がいたらしい。昔ネリーネ家の隣に住んでいた人からの証言だ。といっても夜で姿が見え辛く確信が持てないから、残された幼いサーシャには伝えてなかったらしいけどね」
これは大きな情報だ。拉致されたという事実からサーシャが捨てられたという可能性はなくなったからだ。この情報を受けてサーシャも「サーシャはいらない子じゃなかったんだ……」と嬉しそうに呟いていた。
欲を言えば、残されたサーシャにその事実を伝えてあげて欲しかった気もするが、伝えたら伝えたで幼いサーシャが恐怖に苛まれたり、絶望してしまうと危惧して隣人は言えなかったのかもしれない。
次にフレイムは二つ目の情報について話し始めた。
「二つ目の『ご両親の研究内容』についてだが、その内容は『希少な動植物とアーティファクト』についての研究だった。僕達がウィッチズガーデンにある研究機関や資料を片っ端から調べた結果、どうやら研究内容の一つに『パラディア』の量産に関するものもあったらしい」
パラディアと言えばリングウォルド別邸跡地で見つかった珍しい花だ。確かモードレッドの探し人であり、現皇帝の叔父の妻にあたる女性『フィア・リングウォルド』が好きだった花でもある。
サーシャの実の両親が研究していて、しかも研究者である夫妻が拉致されたという点に何か因縁めいたものを感じる。
そして、フレイムは最後の情報を伝えてくれた。
「最後に『ご両親の居場所』についてだが、これは正直なところ確証は持てないレベルの話だけど『ククルカン』という場所に連れ去れた可能性がある」
「すごいな、どうやって調べたんだ?」
「空き家となったネリーネ家を探索中、書斎にある机の引き出しを引っ張った際に一段だけ妙に重みを感じる引き出しがあってね、よく調べたら二重底になっていて中に日誌が入っていたんだ。拉致された時に家の中にあるあらゆる書物は持っていかれていたようで、本の類はほとんど残っていなかったけど、この日誌だけは無事だったんだ。日誌の最後には『ククルカンに連れ去られる日が来ない事を祈る』と書いてあるから、そこへ連れ去れた可能性は高いと思うんだ」
『ククルカン』というのが地名なのか組織名なのかは分からないが名前さえ分かれば世界中で聞き込みが出来るのだから、重要なヒントになるのは間違いないだろう。
もしかしたらネリーネさん達は拉致されると『全ての書物・研究道具類』を奪われる可能性を見越したうえで、日誌を二重底の下に隠し、いつかサーシャが見つけてくれることに賭けたのかもしれない。
当時六歳頃のサーシャへ事前に二重底の事を教えておかなかったのも、サーシャが悪者に尋問される可能性を考慮していたとも考えられる。大きくなった今のサーシャが日誌を読み込むことで得られる情報があるかもしれない、俺はサーシャに日誌を読み込んでみるよう提案した。
「サーシャ、今のうちに日誌を読み込んでみたらどうだ? 何か重要な情報が得られるかもしれないぞ?」
「実は、鉄仮面の追跡から逃げている時も少し読んでみたの。だけど日誌という事もあって日常的なことも色々と書いているうえに、ページ数も500以上あって文字もびっしりと書き込まれてあるものだから読み込むのには時間がかかりそうなの」
「なら死の海を渡っている最中に読むのがよさそうだな。それにしてもパープルズは本当によくやってくれた。特に引き出しの重さから二重底に気付いたのは凄いぞ。大雑把な俺だったら絶対に気が付かないぞ」
パープルズの四人はベッドの上で顔を赤くして照れ笑いを浮かべていた。結果的にさっきから褒めまくる事になっているから恥ずかしくなったのだろう。誤魔化すように咳払いをしたフレイムは続いて鉄仮面について話しだした。
「ゴホン、まぁ色々見つける事は出来たけど、結果的に僕達は鉄仮面達にネリーネ家を調査していることがバレてしまったからね、手放しに褒めてもらう資格はないかもしれない。ウィッチズガーデンで僕らが鉄仮面達の尾行に気が付いていれば、こんな逃亡劇にはならなかったんだけどね……」
「そもそも、鉄仮面は一体何者なんだろうな」
「結局身なりや喋り方からは何も分からなかったけど、彼らは自分達のことを『エンド』と呼んでいたよ」
「エンドだとぉっ?」
俺は大きな声をだして驚いてしまった。エンドと言えばビエードが俺に『きみはエンドの一人なのか? それともエンドの仲間がいるのか?』と尋ねてきた過去がある。
モードレッドもエンドについて何か知っていそうな雰囲気だったこともあるし、帝国に近しい組織の様にも思えるが、今はまだ情報が少な過ぎて判断できなさそうだ。
ただ遥か北方にあるウィッチズガーデンでシンバードの人間がネリーネ家について嗅ぎまわっていること自体がエンドにとって不都合であることは間違いないだろう。俺達に知られたくない情報があるとしか思えない。
レナ達『帝国調査班』が得た情報を携えて、ネリーネ夫妻に会う事が出来れば一気に事態は進展しそうな気がする。とにかく今はレナ達が無事に戻ってきて情報を伝えてくれることを祈るばかりだ。
パープルズから一通り話を聞き終えたところでシルバーが駆け足で船室に入ってきた。
「物資と燃料魔石の補給が完了したぜガラルド! パープルズが持って帰ってきてくれたスライグラスもシンバードでバッチリ加工してきたぜ、とは言っても塗って乾かすだけだから一時間ぐらいで終わったけどな。とにかくこれでいつでも死の海に行けるぜ!」
「分かった、それじゃあ全員が三隻の船に乗り込んだら、一度甲板に来るよう各自伝えてくれ。出向前に話す事がある」
そして、三隻の船の甲板に約50名の同志が集まった。いや、50名だけじゃない、統治や別行動によって今回の旅に来られなかったアイアン、レナ、ヒノミさん、ボビ、シン、ストレング達全ての思いが今、この船に宿っている。
俺は全員に聞こえるように大きな声で語り掛けた。
「あの日、ヘカトンケイルでリリスが言った『平和な世界をつくる』という使命を成し遂げる為には死の海を避けては通れない。だが、死の海は文字通り死と隣り合わせの危険な海域だ。それでも今まであらゆる危機を乗り切った俺達ならきっと全員無事にイグノーラに辿り着けるはずだ。ここからの旅はより一層結束を高めて互いに支え合い、絶対に誰も死なずに旅を終えよう。平和な世界にはお前達も生きていなきゃいけないんだからな」
そして、俺は拳を強く握りしめ、天に掲げて宣言する。
「今この時をもって、我々の船をモンストル号と名付ける。由来はモンストル大陸を自由に駆ける船であれという願いを込めたからだ。我々がモンストル号で世界を変えるんだ。行くぞ! モンストル号発進!」
――――オオオオォォォォ!――――
遠く離れたシンやヒノミさん達に届ける気持ちで全員が大きな雄叫びをあげた。力強い音の揺れを肌で感じながら、俺達の大航海が始まった。
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