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【第110話】サーシャの夢と皆の目標
しおりを挟むシルバーとアイアンの再会から一夜明け、朝早くに起きた俺は眠気を覚ます為に川の近くを散歩していた。川を跨ぐ橋を渡ろうとすると、そこにはサーシャが座っていた。俺はサーシャの横に座り朝の挨拶を交わした。
「おはようサーシャ、昨日のレースは大変だったな。特に崖からの落下には驚かされたよ、痛みは残ってないか?」
「おはようガラルド君、もう大丈夫だよ。むしろお爺ちゃんの嬉しそうな顔が見られてレース前より元気になったぐらいだよ。でも、お爺ちゃんが工場は取り戻さなくていいし、跡継ぎもいなくていいって言った時はびっくりしたけどね」
サーシャはどことなく寂しそうな表情で呟いた。サーシャが頑張ってお金を貯めてきた理由が工場奪還だったのだから目標が消えてしまった喪失感があるのかもしれない。俺は率直に寂しそうな理由は何かを尋ねてみた。
「なんだか寂しそうな顔をしているな、ずっと抱いていた工場奪還という目標が無くなったからか?」
「そんな事は……。いや、本当の事を言わなきゃだね、ガラルド君達に甘えながら頑張っていくって決めたんだし。うん、本当は寂しいよ。元々サーシャの病気を治す薬を手に入れる為に工場を売ったのが始まりだしね。出会ってからずっと迷惑をかけっぱなしなのに、恩を全く返せていないから」
「何を言ってんだよ、ジークフリートを奪還しただけでも大きすぎるぐらいの親孝行じゃないか。規模で考えれば工場一つ取り戻すよりもよっぽど凄い事をしているぞ」
「それは、ガラルド君達が力を貸してくれたから……」
相変わらずサーシャの自己評価は低いようだ。過去が過去だけに自分を大好きになるのは難しいのかもしれないが。そういう意味では仲間である俺達がサーシャに自信を持ってもらう為に声を掛け続けるのが大事になってきそうだ。
俺は自分の素直な気持ちをサーシャにぶつけた。
「サーシャは先頭に立って命懸けで帝国と戦いジークフリートを取り戻した。そんな事が出来る奴なんてそうそういないし、ジークフリートを取り戻す事自体がアイアンさんの宝である友人や故郷を守る事に繋がっているとは思わないか? それに『ガラルド君達が力を貸してくれたから』と言っているが、素敵でカッコいいガラルド様を故郷まで連れてくることが出来るのはサーシャしかいなかっただろ?」
「ふふふっ、自分で自分を素敵って言うの? ガラルド君は面白いね。もしかしたらサーシャは自分だからこそ出来る何かを探していたのかもしれないね、役に立っている実感が欲しかったのかも。何だか自信がついてきた気がするよ」
「だろ? それにコロシアム優勝賞金を工場奪還には使わずハンターを雇う為に使ったこともあって、今も俺達の財布にはそこそこの金が余ってる。サーシャが金を貯める理由が薄れた今、今度はこれをサーシャの夢を追う為に使えばいいんだ」
「夢を追う為?」
「血の繋がった両親に会いたいんだろ? それに両親は古代遺物の研究者であり古代文字にも明るかったんだよな? だからサーシャが持っている二つの夢『古文書の研究』と『実の両親を探す』ことはリンクしているし、それを成し遂げる為には何かと金が必要だろ?」
「そうだね、古文書の解読は時間と物量がものを言うし、人探しもとにかく人手が必要になるね。だけどガラルド班の財布は文字通りガラルド班三人のものだから使えないよ」
「まぁ流石に全額使う訳にはいかないが、6割、7割ぐらいは使ってもいいと思うぞ。旅の資金や生活費さえ何とかなればいいと思うしな。それに古代文字を本腰入れて研究する事は、もしかしたら帝国に対抗する強力な武器になる可能性もあるぞ」
――――そのとおおぉぉり!――――
俺とサーシャの耳に突然馬鹿デカい声が飛び込んできた。声が聞こえてきた川の上流を見てみると、こちらに向かって全力で泳いでくるシルバーの姿があった、朝っぱらから暑苦しい奴だ。
シルバーは川からあがり、びちょびちょの体のまま俺達の横に座ると自分の意見を語り始めた。
「少し離れた所からコッソリ二人の会話を聞かせてもらったぞ。俺もガラルドと同意見だ。サーシャはもっと我儘に生きていいし、自分に自信を持っていいぞ。昨日聞かされたサーシャの過去には驚かされたしな。それに、なんと言ったって稀代の冒険家シルバー様を負かした最強の妹なのだからな、ハッハッハ!」
盗み聞きしていたのかとツッコんでやろうと思ったがシルバーの言っていることは正にその通りだ。だから盗み聞きに言及するのは勘弁してやる事にしよう。シルバーは更に話を続ける。
「それにお金の事だって気にしなくていいぞ。何かを成し遂げるにはそれなりにお金や人手がかかるものなんだ、どこかで必ず勝負に出なければいけない時が来る。ガラルドがお金を
使っていいと言ったのも善意や友情だけではなくてメリットがあると思ったから提案してくれたんだからな」
「善意とメリット……本当にサーシャに出来るかな、ガラルド君?」
「絶対に成果を残せる……なんて気休めを言うつもりはないが、サーシャがトップに立って古代文字・古代遺物を組織的に調べ上げるのが一番確率が高いと思うぞ、他の誰よりもな」
「他の誰よりも……えへへ、そっかサーシャが一番かぁ。分かったよ、ガラルド君の期待に応えて古代研究にコストを割いてみるよ! シルバー兄さんもありがとう!」
シルバーは何も言わず照れくさそうに頭を掻いている。ストレートに褒められたから照れているのか、それとも初めて兄さんと呼ばれて照れているのか。もし後者なら気持ちはとてもよく分かる、何故なら俺もサーシャみたいな可愛い妹が欲しいからだ。
何はともあれこれで今後の方針が定まってきた。あとは細かい作業計画や人員配置を練れば本格的に進んでいく事だろう。俺達は復興本部へ戻り、皆が集まる朝礼の時間まで暇をつぶした。
※
「おはようございますガラルドさん、サーシャちゃん、それにシルバーさんも。私が一番だと思っていましたが三人とも早いですね」
復興本部で待っていると最初にリリスが訪れた。それを皮切りにアイアンや作業員達も続々と集まってきた。俺は死の海渡航計画の話し合いをする前に『サーシャの実の両親を探したい』という事を伝えた。
この事に関しては町のお金を使う訳でもなければ、危険な調査でもない事もあり満場一致で賛成してもらう事が出来た。とはいえ、どんな風に調査して、誰を派遣するかはよく考えて選ばなければいけないのだが。
そして、本格的に腰を据えて話さなければいけない『死の海渡航計画』は予想通りかなり長時間の話し合いになった。
人員、資材、工期、技術共有、造船場所など、とても一日で片がつくような話ではない。復興作業との兼ね合いもあり計画表が完成するまでに五日を要する事となった。
そして、いよいよ本格的に造船作業に着手する日々が始まった。
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