上 下
109 / 459

【第109話】伝えなければいけないこと

しおりを挟む

 サーシャとシルバーのレース勝負の場に何故アイアンが現れたのかが全く分からない……。俺はここに居る理由をアイアンへ尋ねた。

「アイアンさんどうしてここに? ドライアドを出てシンバードで仕事をしたあと、一度ジークフリートへ帰るはずだったよな?」

「ガラルド君の言う通りシンバードで仕事をした後そのままジークフリートへ帰るつもりだったよ。だが、帰る前に一度ドライアドへ行ってサーシャの顔を見ておこうと思ってな。シンバードからドライアドは近いし、ジークフリートへ帰ってしまったら、また何日会えなくなるか分からないからのぅ」

 どうやらアイアンの親馬鹿が発動して、ドライアドへ顔を出してしまったようだ。とはいえ、たった数日という短い期間会えないだけで寂しくなるとは……。

ここ最近親子で一緒にいる事が多かった反動なのかもしれない。アイアンは更に言葉を続ける。

「それで、いざドライアドへ戻ってきたら妙に住民が少なくなっている事に気付いてな。近くにいた住民に理由を尋ねたらサーシャとシルバーがレースをしていて、一部住人は応援に出かけていると言うではないか」

 確かに各チェックポイントに数十人のギャラリーがいる事を考えれば、町の人間が少なく感じる事だろう。アイアンは更に話を続けた。

「ワシは住人から賭けの内容と、レースのルートを聞き出してゴール地点から逆走する形でサーシャ達を探していたのじゃ。そうすれば馬鹿息子を確実に捕まえられると思ってな」

 そう言ってアイアンはシルバーの方を見た。シルバーは気まずそうに目を逸らしながらぼそりと呟き謝った。

「ごめんな親父、勝手に出ていってしまって」

 シュンとするシルバーの元へ近づいたアイアンは少し涙目になりながら、シルバーの肩に手を当てて言った。

「生きていて本当によかった。十年も会わなかったせいか別人みたいに逞しくなっているな。だが、好奇心旺盛で生意気な面はあの頃から全く変わっていないがな……」

「親父……許してくれるのか?」

「許すわけないだろう、この馬鹿息子が! どれだけ心配したと思っとるんじゃ!」

「ええぇぇ? 今、そういう雰囲気だった筈じゃ……」

「何を訳の分からないことを言ってるんだ! 大体いつもお前はそうやって――――」

 そこから長い長いアイアンのお説教が始まった。シルバーはいつの間に地面に正座し、サーシャは何故かとても嬉しそうに笑っている。シルバーにとっては地獄の様な時間かもしれないが、家族がいない俺にとっては親に怒鳴られることすら正直羨ましく思えた。

 アイアンの説教がようやく落ち着いた頃、珍しくリリスが両者をなだめて、一旦ドライアドの復興本部へ戻ることになった。帰り道ではコメットサークル領であった出来事をアイアンに伝えながらの移動となり、アイアンは常に驚き顔を浮かべていた。







 復興本部の扉を開け、椅子に座ってようやく一息つくことが出来た俺達は改めて、サーシャが勝った時の約束事を確認する事にした。サーシャはアイアンとシルバーの顔を交互に見ながら呟いた。

「えーと、サーシャが出した二つの条件は『お爺ちゃんお婆ちゃんに直接会って話す事』と『ドライアドの人間として400日間働いてもらうこと』だったね。まぁお爺ちゃんが直接来ちゃったから、仮に負けていても実現していたんだけど」

 サーシャはシルバーの方を向いてクスッと笑っていた。その様子を見たシルバーが気まずそうに頭を掻きながらこれからの事を話し始めた。

「400日間ドライアドの人間として働くことに関しては一生懸命やらせてもらうよ。そして、直接会う件に関しては、まだ母さんには会えていないから近々会いに行ってちゃんと謝るよ。それと今此処に親父がいるから俺の正直な気持ちを伝えておくことにするぜ」

「正直な気持ち? 何じゃ改まって」

「家出して散々心配かけた挙句、義理の妹に背中を押されてようやく直接話せるようになった今、この時に言う事じゃないかもしれないけどさ、俺は親父の跡を継ぐつもりはねぇ! 俺にはやりたいことが色々あるんだ、それは――――」

 そしてシルバーは世界を旅するうちに『全世界を股にかけた技術者になりたい』という夢を抱いた事をアイアンに伝えた。

ジークフリートやアイアンの工場のことは愛しているが、それでも一つの場所に留まるのは性に合わないという事を伝え、愛しているからこそ義妹であるサーシャに跡を継いでほしくて勝負を仕掛けたことをアイアンに伝えた。

 この時アイアンは切なげな表情を浮かべながらシルバーの言葉を噛みしめていた。ずっと探していた息子に会えた嬉しさと、継いでくれると思っていた家業を十年越しに断られた寂しさが混濁しているのかもしれない。

 横で聞いているサーシャも何とも言えない寂しそうな表情をしている。誰が悪い訳でもないのに気まずい沈黙が流れ続けていたが、アイアンが苦笑いを浮かべながらその沈黙を破った。

「正直なところワシはシルバーに家業を継いで欲しかったし、ずっとジークフリートに居てほしかったよ、勿論サーシャもな。だがそれはあくまでワシの願望や寂しさからくるものであって押し付けるものではない、子供というのは巣立っていくものだからな」

 アイアンは自分なりに見つけた答えを伝えた。そしてサーシャとシルバーを交互に見つめながら更に話を続ける。

「それにワシは願望を叶えてもらうよりもずっと大きなプレゼントを既に二人から貰っておる。だから家業を継がれなくても構わないんじゃ」

「プレゼント?」

 シルバーとサーシャが全く同じタイミングでアイアンへ聞き返した。

「一つはサーシャが工場を取り戻す為に頑張ってくれていた事、そしてジークフリートを帝国の支配から取り戻すために戦ってくれたこと、これがワシにとっての大きすぎるプレゼントじゃ」

「お爺ちゃん……」

 子供の成長と親孝行を喜ぶ父親、そして父親の温かい心情を知れて言葉が出ない娘、血は繋がっていなくとも家族愛に満ち満ちた理想の親子の姿がそこにはあった。

 その一方でジークフリートから長らく離れていたシルバーはビエードが支配していた頃の事をよく知らないようだったので、俺が教えることにした。

 サーシャが工場を取り戻すためにずっとハンター業を頑張っていた事、コロシアム優勝賞金を工場を買い戻す為の資金にしようとしていたが、ジークフリートを支配していた帝国に抗う為に多くのハンターを雇って消費したこと、そしてビエード達との激闘、その全てを伝えた。

 その話をしている間、シルバーは声を失う程に驚いていた。それと同時に、安易に勝負を仕掛けてしまったことを大いに反省していた。俺が過去の事を一通り伝えたあと、アイアンは続けてシルバーの話に移った。

「シルバーはサーシャ程立派な人間じゃないかもしれないが、持ち前の好奇心を発揮し、今ではアーティファクトを見つけ出して、一国の渡航計画の主軸になろうとしている。国の代表を務める自慢の娘、ワシの大事な友であり大陸の英雄であるガラルド君とリリス君、そして馬鹿息子が手を取り合って大きなことを成し遂げようとしている現状……これもまたワシにとって大きすぎるプレゼントじゃ」

「親父……昔は職人肌でとにかく厳しくて継がせることばかりに注力している人だったのに、何か変わっちまったな」

「まぁ六十年以上生きていれば色々変わる事もあるんじゃよ、かわいい娘と手のかかる息子がいれば尚更な」

 アイアンとシルバーは互いに軽口を叩き合いながら笑っていた。サーシャの時とはまた違う親子関係が見られた気がした。そんな二人を見つめているサーシャもとても幸せそうだ。

 そしてアイアンは最後にこれからのことを話し始めた。

「だから工場を取り戻すために内緒でお金を貯めてくれていたサーシャには悪いが、ワシにはもう工場は必要ない。これからはジークフリート・シンバード・ドライアドを行き来する一技術者になるとしよう。そして死の海渡航計画をワシの人生最後の大仕事にさせてくれ」

 そう言い切るアイアンの表情はとても晴れやかだった。世の親は口を揃えて子は宝だと言うが、アイアンの言動はまさしくそれだろう。

 アイアンの説教から始まり、ラナンキュラ家のこれからについてもある程度話が進んだところで、俺は話し合いを締める事にした。

「シルバーとの再会も無事果たす事が出来て、めでたしめでたしってところだな。それじゃあ皆、明日からはドライアドの復興を進めつつ、死の海渡航準備の方もよろしく頼む、それでは解散!」

 そして俺達は各々の場所へ戻っていった。シルバーという強力な仲間を手に入れた俺達はきっと無事に死の海を渡ることが出来るだろう。明日の活動計画書を見つめてワクワクする気持ちを高めながら俺は眠りについた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

勇者のハーレムパーティを追放された男が『実は別にヒロインが居るから気にしないで生活する』ような物語(仮)

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが 別に気にも留めていなかった。 元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、彼には時期的にやりたい事があったからだ。 リヒトのやりたかった事、それは、元勇者のレイラが奴隷オークションに出されると聞き、それに参加する事だった。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 そんな二人がどうやって生きていくか…それがテーマです。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公になれない筈の二人が主人公、そんな物語です。 最近、感想欄から『人間臭さ』について書いて下さった方がいました。 確かに自分の原点はそこの様な気がしますので書き始めました。 タイトルが実はしっくりこないので、途中で代えるかも知れません。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

処理中です...