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【第106話】険しいコースと創意工夫

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 シルバーとサーシャの対戦当日、約束の正午に集まった二人に群がるギャラリー達は騒めいていた。勝敗次第ではドライアドの代表が変わってしまうのだから当然なのだが。

 早速俺は二人に走るルートと最後のルール確認を行った。

「それじゃあルートを発表するぞ。今回のレースはチェックポイント毎に人が立っていて、そこを通過していかないと失格になるルールだ。区間は大きく分けて三つある」

 そして、俺は地図を取り出して指差しながら一つ一つルートを説明した。

「一つ目の区間は『直線の平原と湖』だ。二つ目の区間は俺が『修行に使った荒地とその先にある沼地』だ。そして最後の区間は『林のある丘の一番上、そして丘を下った先にある吊り橋』だ。吊り橋を超えたらあとはシンプルな直線を経てゴールとなる。湖と沼は中心の小島にチェックポイントがあるから迂回することは出来ないぞ、どうにか頑張って中心へ渡ってくれ」

 個人的には少し厳しい条件を設定し過ぎたかと思ったが、二人は何も驚くことはなく頷いていた。それなりに厳しいレースになることを想定していたのだろう、いい心構えだ。面白い戦いになりそうだ。

 レースが始まったら俺とリリスは一応追いかけようと思う。アイ・テレポートを使えばすぐに追いつけるし、俺の魔砂マジックサンドで高い足場を作れば遠くだって見渡せるから、追いかけるにはもってこいのスキルと言えるだろう。

 それに、二人を見てきた俺とリリスが誰よりも一番近くで勝負を見届けなければいけないと思うからだ。

 あとは二人が準備を整え次第レーススタートだ。俺は二人へ準備を促した。

「二人とも準備と作戦が整い次第教えてくれ。ルートがルートなだけにあまりお勧めしないが馬を使いたかったら使ってもいいぞ。それに本番直前にルートを説明された訳だから地図の確認や道具の準備に充分時間をかけてくれても構わないぞ」

「それじゃあ、俺は少しだけ馬を使うかな。地図と道具の確認はもう大丈夫だ」

「サーシャも問題ないよ、いつでも始められるよ」

「分かった、それじゃあ全員スタート地点であるドライアドの入口へ行こう」

 そして、ギャラリーを含む俺達は一斉にドライアド東の入口へ向かった。余談だが、ぞろぞろと動く俺達シンバード組を見た帝国側の人間が『何か面白そうなことをやってるぞ!』とギャラリーの中に混じって賭けをし始めた。

 それを見たシンバード組も彼らに話しかけて賭けに混ざり始めた。こんなに仲が良いなら境界線なんていらないんじゃないだろうか? いつか一つの町になれたら理想なのだが……。それを叶えるのが世界を冒険する俺達の仕事とも言えるのだろう、少しずつ歩みを進めていきたい。

 ドライアド東の入口へ着き、レースをする二人は腕を回したり、リュックの中身を整理したりと最後の調整・確認を終えた、いよいよレーススタートだ。

 俺は右手を高くあげて、発砲代わりにファイアーボールを放出して開始を宣言した。

「位置について…………よーい、スタート!」

 低く響くファイアーボールの放出音と共に二人が一斉に平原を飛び出した。最初にリードしたのは馬に乗っているシルバーだった。馬代わりに黒猫サクに乗っているサーシャは少しずつ距離を離されていく。

 その二人の後を俺達も馬に乗って追いかけていると、早速シルバーが煽り始めた。

「どうしたどうしたぁ~、その程度かサーシャ? これじゃあ俺が先に湖の中心にあるチェックポイントに着いちまうぜぇ~」

「くっ……まだまだだよ!」

 距離を離されないように必死に食らいつくサーシャだったが、三秒ごとに一馬身程度の距離を空けられてしまっている。黒猫サクは並みの馬よりも素早いのだが、それを超えるシルバーの馬は相当鍛えあげられているようだ。

 順調に平原の直線を駆け抜けていったシルバーは一足先に湖の前に辿り着き、自分の馬を降りて呟いた。

「ここで待っててくれよグレートシルバー。レースが終わればたらふく飯を食わせてやるからな」

 あの馬の名前はグレートシルバーというらしい、個人的には頭の悪そうなカッコ悪い名前だと思うが、名前とは裏腹に湖の前で大人しくしている賢い馬だった。

 そして、大きなリュックから銀色の盾の様な板を取り出したシルバーは板を掴んだまま、湖の中に入って叫んだ。

「湖を駆け抜けろ、グレートアクア・ジェット!」

 またグレートと名付けてる……と半笑いになっていた俺だったが、直ぐにシルバーの技術力の高さを実感する事となった。なんとシルバーの掴んだ板から爆発したかのように空気が噴出され、湖を凄まじい速度で駆け抜けていったのだ。

 水面を移動している分、地上を移動している時の半分以下の速度ではあるものの、それでも充分過ぎるスピードだ。湖を迂回して横から追いかけている俺とリリスもついていくのに必死である。

 あの板は恐らくアイアンが作った船のように、魔石を積んで推進力を得るタイプの自作機械なのだろう、後で色々と聞いてみたいものだ。

いち早く湖中央に辿り着いたシルバーは颯爽とチェックポイントの孤島を駆けていき、再び湖に着水し、第二区間『修行の荒地・沼地』を目指して、グレートアクア・ジェットを発進させた。

 正直サーシャには厳しい展開か……とシルバーの後方へ視線を向けてみると、彼女は彼女で独特な湖の超え方をしていた。

 なんと黒猫サクは湖に微かに露出している岩礁に転々と飛び移っていき、軽い身のこなしで湖を超えているのである。時々黒猫サクのジャンプが届かず、湖に落ちる事はあるものの、水の中を進んでいないぶん瞬間的な最高速度はシルバーを遥かに超えている。

 もっとも湖に落ちた時は次の足場まで泳がなければいけないから平均速度では少し負けてはしまうのだが、それでも充分善戦している。勝負とは関係ない話だが、湖に落ちた時に犬掻きで泳いでいるサクはとても可愛かった、猫だから猫掻きと言うのが正解かもしれないが。

 シルバーが湖エリアを超えた40秒ほど後にサーシャも湖を超え、次の難所『修行の荒地エリア』を訪れた。

 シルバーは再び謎の板を取り出すと今度は板の四隅に丸い何かを取り付けて地面に置いた。そして板の上に乗ったシルバーは湖を超えた時と同じように叫び始めた。

「荒地用にカスタムしたグレートグラウンド・ジェットの力を見せてやるぜ、発進!」

 シルバーが叫ぶと同時に再び謎の板から空気が噴射された。すると四隅に取り付けた丸い何かが回転し始めて、板ごとシルバーを猛スピードで前進させた。

遠目でしかも逆光だったこともありよく見えなかったが、おそらく四隅に付けた丸い何かは車輪のようだ。あの板の応用力は相当なものだ、このままサーシャとの距離を離していく一方かと思ったが、ここで事件が起きた。

 なんと、修行の荒地の地面が文字通り荒れまくっていたせいで、板ごとシルバーの体が飛び上がってしまって転倒したのだ。その後も脱輪しかけたり左右にブレたりとシルバーは散々な目に合ってしまっていた。どうやら平坦な場所でないと使い辛い板のようだ。

 その隙にサーシャはぐんぐん距離を詰めて、あっという間にシルバーを抜き去り、修行の荒地を抜けていった。

「うふふ、お先に失礼しま~す、シルバーさーん」

珍しくサーシャが人を煽って楽しそうにしている、逆転できたのがよっぽど嬉しかったようだ。

どうやらボディバランスに優れた黒猫にとって荒地なんて何の障害にもならないようだ。サーシャに抜かれたシルバーは遠吠えかと思うぐらい大きな声で悔しがった。

「ちくしょぉぉぉぉ! 誰だこんなところに山ほどクレーターを作りやがったのは! デコボコで通りにくいったらありゃしねぇぜ!」

 ……。クレーターを作った犯人である俺は少しシルバーに申し訳ない気持ちになった。とは言っても修行を提案したのはストレングだから責める時はストレングを責めてもらう事にしよう。

 何はともあれ、これでサーシャが一歩リードだ。このまま順調に逃げ切っておくれ……信心深く無い俺が珍しく本気で神に祈った。

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