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【第92話】モンストル大陸の真実
しおりを挟む歓迎食事会の前にモードレッドは大事な話をさせてくれと言いだし、俺は了承の頷きを返した。
「ドライアドの統治が正式に決まった時にする話ではないのかもしれないが、各国の代表者が集まっているからこそ聞いて欲しいことがある。それは死の海を越えた先にある街『イグノーラ』についてだ。最近、帝国の考古学者が発見した古文書によるとイグノーラには魔獣の大軍に対抗する術が存在することが分かったのだ、だからそう遠くない内に我々帝国軍は死の海を越えてイグノーラへ行くことになるだろう」
この発言に俺を含む全ての代表者達が驚いていた。死の海は長い歴史の中で生還者がほとんどいない程の危険な海域だ。そんな場所に国が軍をあげて挑むと言うのだから、驚かない訳がないのだが。
そして、俺がもう一つ驚いたのが『魔獣の大軍に対抗する術が存在する』という情報だ。それが兵器の類なのか、それとも想像もつかないような別の何かだろうか。俺はモードレッドに古文書の内容を尋ねた。
「対抗する術というのは何なんだ?」
「それは我々にもまだ分からない。兵器やアーティファクトの類なのか、もっと別の何かなのか……。腕利きの考古学者の力を以てしても得られた情報はその程度なのだ」
「そんな確証の持てない情報だけで危険な死の海に挑戦するのか? 俺達もイグノーラの存在が気になってはいるが……」
「死の海に挑む理由は他にもある、これを見たまえ」
そう言うとモードレッドは大きな地図を机の上に広げた。その地図は俺どころかシンですら見た事がない大陸全土の詳細な地図であった。しかし、この地図はかなり黄ばんでいて所々ボロボロになっている、相当な年代物だろう。
モードレッドは地図を指差しながらモンストル大陸全土について話し始める。
「この地図も考古学者が最近遺跡で発見してくれた大昔の大陸地図だ。まずは大陸の形を見てくれ、この大陸は大まかに言って東側に膨らんだ三日月の形をしているんだ。北にシンバードやジークフリートがあり、遥か南――つまり三日月の中心部分にがある。死の大地のすぐ北にディアトイルがあり、すぐ南にイグノーラがある、ここまではいいかな?」
ディアトイル出身の俺はすぐ南に死の大地があることは知っていたが、まさか死の大地のすぐ南にも街があるなんて思わなかった。地図だけ見るとイグノーラはとても近い存在に感じる。モードレッドは更に話を続けた。
「三日月型の大陸をそのまま南下していけば死の大地を通らなければいけなくなるから必然的に内海である『死の海』を通って迂回することで死の大地をスキップして、イグノーラに行くしか方法が無いのが現状だが、地図の表記をよく見てほしい。『死の海』は灰色で塗りつぶして表記されている訳だが、大陸の外――――いわゆる外海も灰色で塗りつぶされているのだ。これはつまりモンストル大陸は死の海レベルの危険海域に包囲されている形になる」
冒険者の端くれである俺にとっては信じたくない事実だった。大陸全土の形が分かった事自体は嬉しかったし、大陸の南側はほとんど未開拓で冒険のしがいがあるとすら思える。だが同時に大陸から出るのは実質不可能だという事実も突き付けられた形になる。
何とかして内海に相当するエリアを突破できたとしても、地図で見る限り内海経由のショートカットはとても短い距離にしか過ぎない。
外海や地図よりも外の世界に飛び出していく為には内海の何十倍もの距離を超えていかなければならないことになる。
しかも危険度は死の海と同等というおまけ付きで、地図の外を出てすぐに別大陸がある保証もない。
俺も各国の人間も厳しい現実に頭を抱えていると、モードレッドはまるで演説のように希望溢れる未来を話し始めた。
「大丈夫だ代表者達よ、段階を踏んで対処すれば必ず死の海を克服できる。まず我々は短い距離の死の海――――つまり内海を渡り切ることから始めよう。内海は長い歴史の中でごくわずかだが、生きて帰ってきた者もいるという事実もあるうえ、過去よりも航海術・造船技術は発展している。イグノーラへ渡ることが出来たら、その技術を応用して少しずつ外海への進出を模索していこうではないか。魔獣の脅威に対抗する為に日々進化を遂げてきた我々なら必ず成し遂げられるはずだ」
モードレッドの言葉で正直元気が湧いてきた。全てを一度に片付ける必要はないし、皆で協力すればきっと何とかなるはずだ。高圧的な帝国に励まされている感じが少し釈然としないが、誰が言っているかよりも正しい事を言っているかを判断しなければ道理ではない。
どっちみちイグノーラには行かなければいけないと思っていた俺は各国の代表が集まっているこの場で宣言しておくことにした。
「俺もイグノーラを目指すつもりだ、もっとも動機はモードレッドみたいに立派なものばかりじゃなくて、ローブマンという男にそそのかされたというのもあるけどな。帝国はモードレッドが主導となって渡航するのか?」
「いや、私ではなくレックに行ってもらうつもりだ。レックも元はハンターの端くれ、冒険慣れしているだろうしな」
この判断は弟を信頼しているからなのだろうか? それとも未だに役立たずだと思っていて命を軽く見積もっているのだろうか?
探りを入れたかったが、要人が集まるこの場でする事ではないと判断し、俺は何も言わなかった。肝心のレックは武者震いをしているのか、微笑を浮かべながら手を震わせていた。
その後、モードレッドは『死の海渡航計画』と題し、各国へ協力を仰いだ。金や資源の話で盛り上がっている姿を見て、置いて行かれる訳にはいかないと思った俺達はシンバードにも力を貸してくれと他国にお願いした。
結局、昼食会は実質大陸会議のような場となり、話し合いは夕方まで続いて解散となった。
各国の代表を宿へ見送ったところで今日の俺の仕事はようやく終了だ。肩が凝っていたから背筋を伸ばしていると、俺の前にレックが現れた。
「ガラルド、少し二人で話がしたい、構わないか?」
「ん? なんだ、別に構わないが」
そして、俺達は拠点本部から少し離れた川沿いに足を運んだ。小さな懸け橋に腰をおろすと、レックが深呼吸をしたあと、意外な言葉を発した。
「ガラルド、お前には礼を言わなければならないな。お前がいなければ俺は二度命を落としていたし、自分の殻だって破れなかっただろうからな」
「俺だって色んな人間に山ほど助けられて生きているんだから似たようなもんだよ、それに結局自分の意思の力でミストルティンを耐えきったんだから、レックが頑張ったんだよ」
「…………ガラルドならそう言う気がしたよ。神託の森ではハイオークを前にお前を見捨てて、ドライアドでは功を焦って部下を危険に晒した俺の様な奴にでも優しくするんだなガラルドは」
「見捨てたのも俺がディアトイル出身っていう足枷を持っているから捨てたんだろ? いや、足枷というより嫌悪感に近いか、俺の素性を知った人間の多くは、俺へ害虫でも見るかのような目を向けてくるからな」
「いや、ちがっ――――」
「違わないだろ、現にレックは俺を見捨てたのに対し、ブルネとネイミーの事は命懸けで助けに行ってたからな」
俺は反省しているであろうレックに向けて苛立ちをぶつけるように言ってしまった。
多くの人に認められるようになってきた今でも、やはり生まれに対するコンプレックスは持ち続けてしまうし、過去に自分を攻撃してきた相手には捻くれた態度を取ってしまう。過去を水に流せない自分が嫌いになりそうだ。
レックの目を見て真っすぐ言葉を発した俺とは対照的にレックは目を逸らしながら返答する。
「魔屍棄の地 ディアトイルは忌むべき場所と十年以上教育されてきたからな。正直今でも根っこの部分で差別意識は消え切ってはいないかもしれない、これだけ助けられたのにな。俺はそんな自分が大嫌いだ、だから俺はガラルドに宣言しに来たんだ」
「宣言?」
「俺は親父や兄貴に負けないぐらい強く立派な皇族になる。そして、ガラルドを遥かに超える実績をあげて大陸の英雄となってみせる。お前にはもう二度と負けない、どんなに泥臭い道のりになろうともな」
そして、今度は眩し過ぎるぐらい真っすぐに俺の目を見てレックは宣言した。今までレックにとって俺はコンプレックスを刺激するだけの存在だったのかもしれないが、ここにきてはじめてライバルと認識されたのかもしれない。
過去にレックから受けてきた扱いを忘れる事は出来ないと思うが、それでも頑張って変わろうとしている今のレックのことを応援しようと思う。レックに抱いているマイナスの好感度をいつかプラスにできることを祈って。
「おう、頑張れよ。まぁ絶対に俺は負けないけどな」
そう強がった俺はレックの肩をポンッと叩いて、そのまま川から離れていった。横目で見たレックの横顔は少し笑っていたように見えた、俺と同じように。
=======あとがき=======
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