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【第86話】樹白竜

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 西の洞窟に入ったレックを助ける為、俺達シンバードのハンターは全速力で向かった。俺、リリス、サーシャを含めた総勢二十名のハンターで構成されるグループは中々圧巻で、道中にすれ違った魔獣達はこぞって逃げ出していた。

 ドライアドから三十分かけてようやく西の洞窟に辿り着いた俺達は近接職を先頭に洞窟内に足を踏み入れた。中は洞窟にしては縦も横も広い上に、光を放つ鉱石のお陰で夕暮れ時程度の明るさは保たれている。

過去に西の洞窟へ足を踏み入れたハンターの手記によると、一番奥にいる樹白竜じゅはくりゅうの親玉以外にも幼体が点々と道を塞いでおり、それらを全て倒さないと親玉には出会えないらしい。

 まずは幼体とやらがどれ程強いのだろうかと身構えながら進んでいた俺達だったが、一向に現れる様子はなく、順調すぎるほど早く進むことができた。

 そして、洞窟に入って十分ぐらい経った頃だろうか、一定間隔ごとに幼体の死骸が転がっている光景が目に入った、とは言っても幼体とは思えないぐらいに大きく、一匹一匹が昔戦ったドラゴンニュート程のサイズなのだが……。

 親玉はどれくらい大きいのかと震えながら歩を進めると、奥の空間から光が漏れだしてくると同時に人の声と竜の雄叫びが聞こえてきた、レック達はまだ生きているようだ。

 俺達が奥の空間へ駆けつけるとそこにはレックと六人の帝国兵、そしてドラゴンと大樹が融合したような馬鹿デカい魔獣がレック達を威嚇していた。

 レック達が生きていて安堵すると同時に俺は樹白竜じゅはくりゅうに見惚れていた。竜の体は十階建ての建物ぐらいの大きさがあり、皮膚は黒色で足には樹の根っこが絡みついていて、体にも樹の幹が絡まっている。

他の竜と違い手の代わりに翼があるワイバーン種に近いタイプで、翼の内側には白い葉が生い茂っている。肉体の黒色、そして樹木の茶色と葉っぱの白色が織りなす姿は神々しく、名高い絵画でも見ているかのような荘厳さだ。

 そんな存在が今まさに俺達へ牙を剥こうとしている。どうやってこの場から逃げるかを考えているとレックがレイピアを構えて宣言する。

「この竜は俺が始末し手柄とさせてもらう、手を出すなよガラルド」

「馬鹿野郎! こんな化け物相手にするな、今すぐ逃げるぞ!」

 俺は大声でレックに忠告したが、レックは聞く耳を持たず、単身樹白竜じゅはくりゅうへ突撃した。

「喰らえ、ウインドカッター!」

 レックの手から風の刃が射出された。以前ヘカトンケイルでオーガに対して放った魔術と同じではあるものの、威力・数とも格段にレベルアップしていた、どうやら魔術の修行も相当積んできたようだ。

 レックの放った風の刃は樹白竜じゅはくりゅうの足首に向かって直進すると、紙で指を切った時の様にスッパリと樹白竜じゅはくりゅうの足首の表皮を削った。樹白竜じゅはくりゅうの足元には人間や獣とは違う紫色の血が流れていた。

 レックはこれを好機と言わんばかりに一気に火と風の魔術を連射する。

「速攻で片を付けてやる、喰らえぇぇ!」

 レックの手から力強い魔力がいくつも飛び出した。しかし、樹白竜じゅはくりゅうは最初の攻撃で警戒したのか、両翼を交差させた堅牢な防御姿勢を取り、魔術を全て防ぎ切った。レックと樹白竜じゅはくりゅうの間に沈黙が流れる。

 そして、次に動き出したのは樹白竜じゅはくりゅうの方だった、防御姿勢から一転、体を180度捻り、力を溜め始める。何か凄く嫌な予感がした俺は直ぐにレックへ叫んだ。

「今すぐ離れろッ!」

 しかし、俺の忠告は遅かった。樹白竜じゅはくりゅうは太くて長い尻尾を豪快に振り回し、レック達帝国パーティーを豪快に薙ぎ払った。その勢いは凄まじく、離れた位置にいる俺達をよろめかせる程の突風を巻き起こした。

 離れた位置にいる俺ですらあまりの強風に目を瞑ってしまった。閉ざされた目を恐る恐る開けると、そこには竜巻の魔術を展開し、防御壁を貼ったレックの姿があった。

 しかし、レック自身は無事なものの部下の帝国兵が一人、頭から血を流して倒れている。レックの風魔術では全員を守る事は出来なかったようだ、あれだけの衝撃なら仕方がないのだが。

 倒れた仲間を見たレックは悲しみで手を震わせ涙目になっていた。しかし、心は折れていないようで直ぐに部下達へ指示を出す。

「すまない、俺が未熟で大怪我をさせてしまった……。こうなったらこいつを使うしかない、俺は必ず樹白竜じゅはくりゅうを倒してみせる、だからお前達の力を貸してくれ」

 そう宣言するとレックは信じがたい行動に出た。なんとサクリファイス・ソードを取り出して頭上へ掲げたのである。まさか、第四皇子であるレックまでもが危険な兵器を使うとは思っていなかった。周りの帝国兵からみるみる魔力が注がれていく。

 自身の手を見つめたレックは湧き上がる魔力を噛みしめながら呟く。

「これがサクリファイス・ソードで得られる力か、確かに強力だ。しかし、あくまで仲間の魔力を借りて強くなる危険な兵器には違いない。お前達は俺が負けたら直ぐ逃げられるように提供する魔力を少量にしておけ、負けても死ぬのは部隊長である俺だけで充分だ」

 そう言ってレックは部下の帝国兵達に離れるよう指示を出した。俺の事を簡単に見捨てたレックが自分よりも部下の命を優先している。

思えばレックは神託の森でも他二人のパーティーメンバーの為に命懸けでハイオークと戦っていた。本来はそれなりに仲間想いな男なのかもしれない。改めて自分だけが嫌われていたんだなと少し悲しくなってきた。

 仲間の魔力を吸って強くなったレックは、素早く樹白竜じゅはくりゅうの側面へ回り込み、斬撃を繰り出した。より素早さを増した剣によって、樹白竜じゅはくりゅうの横腹あたりに幾つもの切り傷が入った。

 斬撃を喰らって激昂した樹白竜じゅはくりゅうは両翼を振り回して反撃したものの、俊敏に動くレックを捉えること出来なかった。その後もレックは斬撃と魔術と回避を繰り返し、着実にダメージを与えていった。

 魔力を吸っているとはいえ本当にレック一人で勝てるのではないかと思えたが、樹白竜じゅはくりゅうは新たな攻撃手段に出た。翼を広げて天井付近まで飛び上がった樹白竜じゅはくりゅうは左右に翼を大きく広げて、魔力を練り始めた。

 下から見上げる事しかできないレックはレイピアに魔力を込めて攻撃に備える。

 そして、魔力を練りはじめて数秒後、樹白竜じゅはくりゅうの両翼から数えきれない程の白い葉っぱがレックに向かって放出された。

葉っぱの量と勢いは凄まじく、もはや葉っぱで滝が出来ているかと思わされる程の迫力だ。人間でも葉っぱを飛ばして攻撃する魔術を使う者はいるものの、はっきり言って次元が違う。

 上から降ってくる葉っぱの滝を睨んだレックはバニッシュ・レイピアをより一層輝かせて、目にも止まらぬ連続突きを放ち続けた。

「どれだけ降らせようと全てかき消してやる! オラオラオラァ!」

 レックの気合に比例し樹白竜じゅはくりゅうの魔術はどんどんとかき消されていく、次々と生成される葉っぱの数と消失していく葉っぱの数が均衡し、三十秒以上の膠着状態が続いたところで遂に樹白竜じゅはくりゅうが葉っぱの放出を諦めた。

 レックの粘り勝ちだと思った俺だったが、バニッシュ・レイピアで全ての力を使い切ったのか、レックはその場で膝を着いた。

「レック様ぁぁぁ!」

 虚ろな目をしたレックの耳に部下の悲痛な叫びは届いているのだろうか? 絶望的なレックとは対照的に樹白竜じゅはくりゅうはまだまだ体力が残っているようで、上からレックを見つめていた。

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