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【第83話】プライド

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 ドライアドの統治権を決める大陸投票の日まであと十日に迫る中、俺とストレングは相変わらず荒地で特訓を続けていた。最近になってようやく『無纏むてん』『緋纏ひてん』『双纏そうてん』の三つの型を瞬時に切り替えられるようになってきた俺は、ストレングの大剣攻撃を受け続ける日々から解放されて特訓の第二段階に入っていた。

 ストレングは豚ぐらいのサイズがありそうな謎の袋を何十袋も運んできて、今日の特訓内容を告げた。

「型を素早く変えられるようになってきたガラルドに新たな特訓を用意した。その名も投石防御トレーニングだ」

「なんか名前だけで嫌な予感がするな……」

「そんなことはない、楽しいトレーニングじゃぞ。今からワシがお前に三色の石を力強く投げる。白い石が来たら腕でガード、赤色の石が来たら破壊しないよう左右のどちらかに弾き飛ばす、黒色の石が来たら全力の拳で破壊しろ、それだけじゃ」

 この特訓期間の間に分かったことがある。それは三つの型に得手不得手があることだ。無纏むてんは今まで使い慣れているぶん、繊細なコントロールが出来るものの、火力面で少し劣る。緋纏ひてんは逆にコントロールに難はあるが、火力は高い。そして双纏そうてんは火力特化でとにかく燃費が悪い。


火力面だけを見れば無纏むてんを100とした場合、緋纏ひてんが150、双纏そうてんが200といったところだろうか。恐らくこの特訓は短所を克服し、長所を伸ばすためのものなのだろう。

きついトレーニングはやりたくないが、この特訓を超えた先にきっと強い自分が待っていると信じ、了解の言葉を返した。

「また、体が痣だらけになりそうだな……でも、やるしかねぇよな、さぁ来い!」

「諦めが悪くて助かるぞ。それじゃあ、いくぞ!」

 そこから三種の型を素早く切り替え、ひたすら投石を捌いていった。

無纏むてん! 緋纏ひてん! 無纏むてん! 双纏そうてん! 緋纏ひてん! 無纏むてん! 痛っ! 無纏むてん! 双纏そうてん! 双纏そうてん! 痛てぇ!」

 まるでダンスの振り付けをしているかのようで頭がパンクしそうだった。途中何度も型を間違えたり、石を上手く左右に弾けなかったり、もろに投石を喰らったり、失敗も多かったものの徐々に上手くなっていき確かな手ごたえを感じた。

そんな特訓は三日間続き、遂にストレングから修了の言葉が発せられた。

「これだけ出来れば上等だな、投石防御トレーニングはここまでだ」

「……やった……遂に遂に、地獄の日々から解放される……これで俺も復興作業の方に移れるな」

「何を言っている。まだ最後の特訓、ストレング式魔術講座が残っておるぞ? お前はワシと同じ火属性に適性があるからな。バシバシ鍛えてやるぞ、ガッハッハ!」

「嘘だろ…………亡命しようかな俺」

 そこからも特訓は続いたが脳が拒否反応を示しているのかあまり記憶が無い。無心となりひたすら特訓を続けていると、俺達のいる荒地にサーシャが訪れた。

「ガラルド君、お疲れさま。今日は特製手料理を持ってきたよ、お昼一緒に食べよ」

「め、女神だ……ありがとうサーシャ……」

「え? 女神はリリスちゃんだけど、まぁいっか。それとね、ガラルド君が喜ばないお客様を連れてきたよ」

「喜ばないお客様?」

 サーシャはそう言うと西方向を指差した。すると少し離れた位置でキョロキョロとしているレックの姿があった。俺と目が合ったレックはゆっくりとこちらへ近づいてきた。

「聞こえているぞ小娘……。まぁいい、俺もガラルドと会えたところで嬉しくないどころか不愉快なぐらいだけどな」

 レックはあの頃と変わらないデカい態度で小言を呟いていた。サーシャもレックに聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で「小娘じゃないもん」と呟いていた、この二人は仲が悪いのだろうか?

 とりあえず俺はレックを刺激しない様に過去の話題は避けて話しかけた。

「久しぶりだなレック。大陸一の大国リングウォルドで第四部隊のトップを務めているなんて凄いじゃないか。今日は荒地の修行場までわざわざ足を運んでくれたのはどういう理由だ?」

「薄っぺらい持ち上げはやめろ、俺が皇帝の四男坊で何も期待されていない男だという事ぐらいモードレッド兄さんから聞いているだろう。今日お前のところまで来た理由は統治権を争う相手がどんな様子か見に来たに過ぎない」

「だとしたら、服が破れて土汚れも酷い今の姿を見て、一層勝ちを確信したんじゃないか?」

「…………いや、確かに何をしているんだろうとは思っていたが、大量のクレーターと砕けた石が山盛りになっている様子からも激しい特訓をしていたことは想像がつく」

 レックはクレーターを眺めながら呟いた、心なしか少し身構えているようにも見える。レックはいつも俺に厳しかったが、久しぶりにあったせいか今日は大人しかった。そんな姿を見ていると皮肉の言葉をかける気も起きず、当たり障りのない言葉しか言えなかった。

「昔は仲間だったが今回は統治権を求めあうライバルだ。とはいえ、戦争の様に直接ぶつかり合い血を流すようなものではないし、競技に近い争いだ。お互い精一杯他国にアピールして悔いの残らない投票戦にしよう」

「ああ、そうだな……。ところで話は変わるが、ヘカトンケイルを出てからというもの活躍続きらしいじゃないか、それにこの特訓の跡、相当強くなったようだが昔は手でも抜いていたのか? 昔は身体能力と頑丈さしか取り柄の無い無能な囮役だったが」

 無能な囮役という言葉に俺は正直腹が立った。確かに実力が伴ってなかったのは事実だが、それでも精一杯仲間の為に壁となってきたし、追放された後にヘカトンケイルが魔獣の大群に襲われた時は死に掛けていたレックをギリギリのところで助け出したというのに。

 もっとも神託の森で俺を見捨てて逃げている時点で性格的に期待できないのは分かり切っているのだが。とりあえずレックに『昔の俺はスキル鑑定の石版を正しく読めていなかった』ことを説明した。

「スキルの解釈を間違っていたんだ、偉くて学もある第四皇子様がすこぶる嫌いなディアトイル出身の俺は古代文字がまともに読めなくてな。スキル鑑定の石版に記された文章を誤読していたんだ。まぁそれ以外にも強くなった理由はあるんだけどな」

「やっと皮肉の一つも返せるようになったか、無能な囮役という言葉でカチンときたか? さっきまでクールぶって喋っていたから気に食わなかったんだよ」

「ああ、確かに腹が立ったよ、そもそも顔すら見たくないぐらいだしな。お前は俺の生まれを貶したし、俺もお前の事を名前負けした第四皇子様と皮肉ったから、これでおあいこって事にして終わりにしようぜ。早く帰ってくれよ」

「クソッ! 『名前負けした』って言葉は今付け足しただろうが……。まぁいい、要件はもう一つあって今日はそれを伝えに来たんだ。それは投票戦前に俺とガラルドで前哨戦をしようという提案だ。両陣営とも日々開拓作業で疲れているだろうし、娯楽も無いからな。ここらで代表同士が模擬試合をして、互いの士気と今後の命運を占ってみてはどうかと思ってな」

 レックは自信ありげに喧嘩を売ってきた。穴だらけの荒地を見て特訓の激しさは理解しているだろうに、それでも勝てるつもりのようだ。俺を追放した後、奴なりにかなりの努力を積んできたのかもしれない。俺はレックの提案に言葉を返した。

「断る」

「は? 何故だ? これだけ特訓を積んできて、活躍してきたんだろ! ここは承諾するところだろうが! そんなに負けるのが恐いのか?」

「九割負けないと思うが、仮に負けたらこちらの士気が下がりそうだからやりたくないな。それにシンバード陣営は疲れてはいても士気は下がっていないから模擬試合をするメリットがない。それにこのまま開拓作業を続けていても投票戦でお前らに勝つ自信があるから現状維持でいいんだよ」

「勝つ自信があるだの、メリットがないだの、完全に舐め腐ってやがるな……。勝負を挑まれて逃げるなんて戦士のプライドが傷つかないのか?」

「俺個人の評判が落ちようが、シンバード陣営が上手くいけばそれでいいだろう? ただの合理的な判断だ」

「クソッ! 合理的だって? モードレッド兄さんみたいなこと言いやがって……いいから、承諾しろ!」

「何度も言わせるな、断る」

 俺とレックが言い合っていると、間にストレングが入り込んで俺達を制止した。するとストレングはシンバード陣営と帝国陣営の間にある境界線を指差しながら提案してきた。

「受けてやれガラルド、戦ったことのない相手との模擬試合も良い特訓になる。それからレック殿、取引を持ち掛けてきたのはそちらだ、ならばもう少しメリットを提示して頂かないと我々の気持ちは動きませんぞ。だからワシから提案させて欲しい、もしうちのガラルドが勝てば、境界線を少し西側へ寄せてシンバード陣営を広げさせてくだされ。ほんの3%程の面積で構いません」

 意外にもストレングが取引を持ち掛けた。ストレングの言葉に口角を上げたレックは嬉しそうに模擬試合の時刻を告げて去っていった。

「よし、師匠の方は話が分かる奴だな。その条件で構わない、模擬試合は二日後の正午とする。それまで精々修行しておくといい、じゃあな、フハハハ」

 レックは俺に返事をする間も与えてくれなかった。勝手に決めたストレングに文句を言ってやろうかと思ったが「頑張れよガラルド、ガッハッハ!」と背中をバシバシ叩きながら満面の笑顔で激励するストレングを見て、言い返す気力が無くなった。

 ストレング、リリス、シン、レック、ジークフリートの面々、俺の周りの人間は行動力の塊みたいな奴らばかりで圧倒されっぱなしだ。とはいえ決まってしまったものは仕方がない、俺は二日後の模擬試合に勝つことだけを考えよう。

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