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【第72話】黒い鎧の男
しおりを挟む大陸会議への道中、まさかリリスの木彫り細工が落ちていたリングウォルド別邸跡地に来るとは思わなかった。俺は驚きで言葉を失っているリリスにこれからどうしたいかを尋ねた。
「まさか、大陸会議の道中にリングウォルド別邸跡地に辿り着くなんてな。ここには記憶を取り戻す為の何かがあるかもしれないがリリスはどうしたい? 気分が優れないならスルーしてもいいと思うが……」
「調べさせてください。不安感があるということは裏を返せば何か記憶があるんだと思います。転生したら記憶を失う女神族の中で、私だけが転生前を思わせる情報や感覚があるのも意味があるように思えるんです」
「分かった。じゃあ行ってみよう。ただし、無理だけはするなよ?」
そして、俺達は護衛の兵士達と一時的に別れて、三人だけでリングウォルド別邸跡地の入口に近づいた、あまり大人数でぞろぞろと尋ねるのもよくないと思ったからだ。入口には大きな鉄の柵と緑のアーチがあり、庭の手入れはある程度されているものの、警備の姿も見当たらない。
外から中を覗いてみても、一部の建物が残されているが、床に使われていたであろう大理石が広範囲に見受けられることからも昔の建造物をほとんど潰してしまってるようだ。跡地と呼ばれているのにも納得ができる。
恐らく最低限の外観を維持する為に時々、庭師や使用人が来ているだけなのだろう。柵に鍵が掛かっている以上、勝手に侵入する訳にもいかない。残念だがここまでかと引き返そうとしたその時、敷地の西側にある奥の茂みからガサガサと音が聞こえてきた。
俺は外周を歩いて音のする方へ近づいてみないかと二人へ提案した。
「お、もしかしたら誰か来ているのかもしれないな。ここから居なくなられたら困る、早く向こうへ行ってみよう!」
二人は首を縦に振り、俺達は敷地の西方向へ馬を走らせた。するとそこにはどうみても屋敷の関係者ではない三人の男が忍び足で歩いていた。頭部を覆う兜とチェーンメイルを身に着けて、腰には手斧をぶら下げている、どう見ても盗賊の類だ。
俺は後ろから三人の男へ声を掛けた。
「おい、あんたら何をしてんだ?」
「え? クソ、見つかっちまったか……折角敷地に人手が足りてない時期を狙ったっていうのによ」
三人の内の一人が舌打ちをして呟いた、やはり盗賊だったようだ。三人の盗賊はそれぞれ手斧と弓を構えると、勝ち誇った顔で脅してきた。
「悪いが盗みの現場を見られちまった以上、お前等には死んでもらう。美人の姉ちゃんだけは生かしておいてやってもいいけどな、ギャハハ」
お手本のようなクズ台詞を吐いた盗賊は一斉に襲い掛かってきた。急いで棍を構えた俺だったが、その時すでにシンが魔力を両手に込めていた。
「させないよ、スプレッド!」
シンが右手を前に突き出して魔術を唱えると、手斧を持った盗賊の足元から光線のように水が噴出した。その水は手斧の先端に直撃し、手斧だけを空高く打ちあげた。一瞬で手斧を失った盗賊が唖然としていると、今度は後方にいる仲間がシンへ弓を構えた。
「この野郎! こいつを喰らいやがれ!」
「させないよ、フリーズ」
シンは弓を構えた盗賊に対し、今度は左手を突き出して魔術を唱えた。しかし、シンの手元から何か放出されたようにも見えない。かと言って矢が飛んでくる様子もない、何が起きたのかと盗賊の方を見てみると、弓の弦だけが見事に凍り付いていた、あれでは弦を引っ張ってもパキッと折れてしまうだろう。
「弓が……なんて魔術を使いやがるんだ。おい、お前ら直ぐに退散するぞ!」
弓を封じられた盗賊は懐から煙玉を取り出し、俺達に投げつけた。視界が真っ白に覆われると同時に走って離れていく盗賊の足音が聞こえる。だが、こんな煙幕は回転砂の前では無意味に等しい。
俺は魔砂を竜巻状に回転させて、煙を四方八方へと散らした。西30メード程の位置まで盗賊は逃げていたけれど、これぐらいの距離なら問題ない。
俺達が走って追いかけようとしたその時、盗賊の前方に真っ黒な鎧を着た長髪の男が立ち塞がった。このままでは盗賊が黒鎧の男を人質にとってしまうかもしれないと焦ったが、それは杞憂に終わる事となった。
黒鎧の男は片手を前に差し出すと、重く低い声で呟いた。
「止まれ、そしてひざまずけ」
黒鎧の男が呟いた瞬間、俺達全員が猛獣に睨まれたようなプレッシャーに襲われた。俺もリリスも手が震えだし、盗賊は顎を震わせながら涙を浮かべている。これは何かのスキルなのだろうか?
黒鎧の男の命令に従い、盗賊三人は地面に膝をついた。戦意の喪失を確認した黒鎧の男は俺達の方へ歩いてきて声をかけてきた。
「君達は大陸会議の為に来た他国の人間だな? そこの派手な服を着た男を私はよく知っている」
黒鎧の男はシンの方を向いて呟いた。シンは居心地が悪そうな顔で返事をする。
「久しぶりだなモードレッド。最後に関わったのは十年以上前か? 俺はお前とは会いたくなかったよ」
シンの口からとんでもないビックネームが飛び出した。これがビエードの言っていた要注意人物である現皇帝の第一子モードレッドなのか、どうりで雰囲気があるわけだ。顔は凛々しく力強さがありつつも、どこか憂いを帯びた目をしていて、所作からは気品が溢れているし、低く重い声は荘厳さすら感じる。
シンの失礼な物言いにモードレッドは微笑を浮かべながら返す。
「私はシンに会えることがそれなりに楽しみだったがな。まぁいい、何であれ我々帝国リングウォルドは君達を歓迎するぞ、盗賊から屋敷を守ろうとしてくれた件も合わせたら尚の事だ」
そういえば、何でモードレッドはわざわざ帝国領の端をうろついていたのだろうか。気になった俺は自己紹介がてら聞いてみる事にした。
「はじめましてモードレッドさん。俺はハンター兼護衛のガラルド、こっちにいるリリスも同じ役目で帝国まで来たんだ。俺達はたまたま目に入ったこの屋敷が気になって眺めていたところで盗賊に出会ったんだが、モードレッドさんはどうしてここを通ったんだ?」
「君がコロシアムで優勝した噂のガラルドか、はじめまして。私がここに来た理由はちょっとした調査をする為なんだ。訳あって過去に屋敷に住んでいた人間とそれにまつわる歴史を調べなきゃいけなくなってな」
リリスの木彫り細工が落ちていた場所を調べているという事はもしかしたら調査内容次第ではリリスに繋がる情報を得られるかもしれない。俺は探りを入れてみる事にした。
「そうだったのか、もしよかったらどういうことを調べたいのか教えてもらってもいいかな? シンの知り合いだっていうのなら、調査だって手伝うぞ? どうやら一人でここにきているようだし、広い屋敷なら尚更人手が欲しいんじゃないかな?」
「…………ありがたい申し出だが遠慮してお――――いや、逆に他国の者であれば問題ないか。それではガラルドの言葉に甘えるとしよう。私が探しているのはこちらの紙に書かれている二人の人物についてだ。些細な情報でもいいから見つけてもらえると助かる」
そう言うとモードレッドは紙を俺達に見せてきた。そこには老夫婦の写真と共に二人の名前が書かれてあった。夫の方が『シリウス・リングウォルド』妻の方には『フィア・リングウォルド』と明記されている。
老夫婦は二人とも貴族感溢れる出で立ちをしていて、夫の方はどことなくモードレッドに似ている。妻の方も歳は取っているものの綺麗な金髪が印象的な淑女で若い時は相当美人だったんだろうなと予想できる。
名字的にも見た目的にも恐らく皇族なのだろう。紙を懐に戻したモードレッドは探している二人について少しだけ話し始めた。
「この老夫婦は夫の方が先代皇帝の弟でね、つまり現皇帝の叔父であり私の大叔父にあたるわけだ。フィルという名の妻と共に時々別邸だったこの場所を訪れていたことだけは分かっているのだが、現在は行方が分からなくてね、どうにかヒントを得たいと思っているのだ」
「それは大変だな。分かった、とりあえず俺とリリスは東側から中心に向かって調べる事にするよ、シンとモードレッドさんは反対側ってことでいいかな?」
「ああ、よろしく頼む三人とも」
そして俺達は掴まえた盗賊を一旦兵士達に見張らせて、屋敷内の探索を開始した。モードレッドは危険人物らしいけれど、今のところ特に害はなさそうだし、色々と困っているようだから、一旦政治的な話は置いといて力になってやりたいと思う。
それに別邸跡地を調べる事がリリスにとって何か前進のきっかけになるかもしれないと考えると、尚更頑張らなければいけない。
=======あとがき=======
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