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【第71話】胸騒ぎ

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 九十魔日きゅうじゅうまじつを危なげなく乗りきることができた俺達は、翌朝シンからの呼び出しに応えて王宮殿を訪れていた。

一、二回程しか訪れた事がない謁見の間に足を踏み入れると、玉座に座っているシンがこちらに手を振っていた。

「おはよーガラルド君、リリス君、サーシャ君、朝から呼んでしまって悪いね」

「シンさんが玉座に腰かけている姿を初めて見たよ、本当に王様だったんだな」

「ハハハ、確かに君達の前では玉座よりもギルドの椅子に座っていることの方が多いだろうね。いつもなら街を歩き回るついでにギルドへ寄って君達に仕事の話を持ち掛けるのだが、今回はより一層国交に関わるお願いをすることになるから、ちゃんと王様っぽく話をしようと思ってね」

「改まって言われると緊張するな。それでお願いっていうのは一体何だ?」

「ガラルド君とリリス君についてきて欲しいところがあるんだ。それは『モンストル大陸会議』だ」

 モンストル大陸会議――――我々が住む大陸の八割を超える国々が参加する会議で『大陸則たいりくそく』をはじめとした様々なルールを決めたり、平和と交流を強める為に話を交わす場だ。

 モンストル大陸という大陸名も、元々『魔獣や英雄の名前を元に国名を決める』事が多かった大陸の各国が、その流れを汲んで『魔獣=モンスター』と関わることが多い大陸だからモンストル大陸にしようと決めたらしい。

 『巨人ヘカトンケイル』や『竜殺しの英雄ジークフリート』なんかも、その例に当てはまる。

 そんな大事な大陸会議は各国の要人が集まる事もあり、何かと物騒な事も起こりやすい。だからシンが俺達に依頼したい内容もなんとなく想像がつく。

「俺とリリスに護衛を頼みたいっていったところか?」

「話が早いねガラルド君、その通りだよ。腕っぷしの強いガラルド君と緊急離脱の得意なリリス君がいれば恐いものなしだからね。それに、ドライアド復興計画についても各国に話しておくつもりだから、代表者であるガラルド君の顔見せも兼ねたいしね」

「ちょっと待ってくれ! 大陸会議には帝国も来るんだよな? そんな場で堂々とドライアド跡地を使うと宣言してもいいのか? 相手はドライアドの民をまるごと自治領に連れていったような連中だぞ?」

「正直帝国からしたら良い気はしないだろうね。ただ、ドライアドに住んでいた民を奪っていき、跡地もほったらかしにしているのも帝国だ。文句を言われる筋合いはないだろう。それに、我々もただ、帝国に丸め込まれるだけの国々じゃないと釘を刺しておかなきゃね」

 いくら帝国があからさまな武力制圧をしてこないとはいえ、色々な手を使い領土を拡大してきたのがリングウォルドだ。今度も何かしら理由をつけて復興計画を邪魔してきそうな気がするのだが大丈夫なのだろうか? この計画はシンにとって一種の賭けなのかもしれない。

 俺とリリスはシンの依頼を了承した。シンは嬉しそうに笑いながら日程を教えてくれた。

「ありがとう二人とも。大陸会議は三十日後に行われるから、それまでは今まで通りドライアド復興計画を進めておいてくれ。そして、サーシャ君。君には大陸会議が行われている間にドライアド跡地に行って、より現場に寄り添った計画を立ててきて欲しい。勿論計画の中心人物としてね」

 シンからサーシャへのお願いは、護衛以上に重要な役割かもしれない。そんな大事なことを任されると思っていなかったサーシャは慌ててシンへ問い返す。

「ほ、本当にサーシャでいいんですか? ガラルド君達の帰りを待ってからじっくり進めた方がいいような……」

「大丈夫だよサーシャ君。一応現地にはストレングや他のハンターも付いていくから君一人という訳ではない。それに俺自身サーシャ君のことは高く評価しているのだよ。戦闘でもジークフリート解放の件でもサーシャ君は本当に素晴らしい活躍をしてくれた。君はガラルド君にも負けないくらい優秀な人材だよ、自信を持ちたまえ」

「あ、ありがとうございます、頑張らせてもらいます」

 サーシャは耳まで真っ赤にしながらお辞儀をして了承した。

 元々サーシャは自己評価が低いところがあったから、国の長であるシンから直々に褒めてもらえたのは俺も凄く嬉しい。それは勿論リリスも同じで、とろけるような笑顔でサーシャを見つめている。

 俺達三人から了承を得られたシンは玉座から立ち上がり、手拍子を打って側近を呼んだ。

「それでは早速、出席の通知を大陸会議が開かれるリングウォルドへ送ってくれたまえ。そして、三人とも俺のお願いを聞いてくれてありがとう。大陸会議は三十日後に行われるから、しっかり準備をしておいてくれ」

 俺達は別れの挨拶をかわして解散し、王宮殿から出て行った。

 準備と言ってもやることは特にないから、出発の日までドライアド復興計画と魔獣討伐の仕事をこなし続けた。







 そして、出発の当日、馬に乗った俺とリリスとシンと数人の兵士達はリングウォルドに向けて出発した。馬を走らせながら俺はシンへ質問する。

「リングウォルドって確かめちゃくちゃ広大な領地だったよな? 帝国領のどこで会議をするんだ?」

「会議が行われる場所自体は幸運なことにリングウォルドの東端だよ。地図的に言えばヘカトンケイルから西方向へ馬を二日ほど走らせれば着くだろうね」

「とはいえ結構遠いな、今日含めて移動時間は四日しかないが間に合うのか?」

「君達がヘカトンケイルからシンバードに来たときは、直進したこともあって沼地や山岳地帯を通ることになってハードな道程になったとは思うが、今回我々は先に西方向へ大きく移動してから南下してリングウォルドに行くから楽な道のりだよ。商人の通り道でもあるから地面も硬く馬で走りやすいしね」

「なら安心だな」


 シンの言う通り俺達は順調に移動を続ける事ができた。土砂崩れもなければ、魔獣に襲われることもなく、一日目、二日目の移動を終えた俺達は予定よりも早い三日目の朝に帝国領の国境へとたどり着いた。

 シンは現在地から見て南に見える川を指差すと帝国領の地理について教えてくれた。

「あそこの細い川を越えたら帝国領に足を踏み入れる事になる。あの川は東から西へ真っすぐ流れているだろう? 帝国はわざわざ石で舗装して直線の川にしているらしい。きっちりとしている帝国らしいだろう?」

 コンパスで方向を見てみると確かに東から西へ狂いなく整えられている。川の向こうに広がる平原を見ても、石畳で舗装された道が東西南北が分かるようにピッシリ格子状に整備されている。

 脇に見える草花や樹ですら、画一的に綺麗なカットが施されていて、まるで貴族の庭園だ。誰かの私有地でもないのに、何故ここまで整えられているのかが気になって俺はシンへ尋ねてみた。

「ここは帝国領だがあくまで平原だろ? どうしてここまで綺麗にしてあるんだ?」

「帝国の理念に『世界を背負う立場として模範足れ』というのがあってね。たとえ人がほとんど通らない場所であろうとも綺麗に几帳面にしておきたいらしい。民衆もどこか気品がある人が多くてね。シンバードみたいな商人の呼び込み声が飛び交い、複雑な裏通りも多い国とは大違いだよ、ハハハ」

 シンは少し自虐的に笑っている、とは言ってもシンバードにはシンバードの温かみや人情があって俺は好きなのだが、帝国の調和のとれた美しさに圧倒される気持ちも分かる。

 結構ガサツで適当な俺でも感心させられるぐらいだから、リリスはもっと楽しんでいるんじゃないかと思ったけれど、何故かリリスは気分が悪そうだった。

「どうしたリリス? 浮かない顔をしているが体調が悪いのか?」

「……いえ体は元気ですし、私も凄く綺麗な景色だとは思うのですが、何故かここにいると気持ちがモヤモヤするんです」

「そうか、まぁ慣れない土地なのに加えて、大事な遠出でもあるから緊張して疲れたのかもしれないな。あと一時間ぐらい馬を走らせればリングウォルドの東街区へ着くから、そこでゆっくり休むといい」

「はい、ありがとうございます」


 そして、俺達はリリスの様子を確認しながら進み続けた。川を越えてから三十分ぐらい経った頃だろうか。平原の中で一層綺麗に整えられている植木に囲まれた屋敷を発見した。俺は屋敷を指差しながら言った。

「あれは貴族の屋敷か何かか? 綺麗にされてはいるものの、人が住んでいる感じはしないし別荘か? 俺達の住むボロボロの集会所とは大違いだなリリス」

「…………」

 いつもなら元気に賛同してくれるはずのリリスが胸を抑えて沈黙している、あきらかに様子がおかしい。

「おい、リリス、本当に大丈夫か?」

「……はい、大丈夫です。ただ屋敷を見ていると今まで以上に気持ちがモヤモヤするんです」

 屋敷を見ていると胸騒ぎがすると言うリリスの言葉に俺はハッとさせられた。それはシンも同じだったようで俺達は同時に互いの目を合わせた。俺は答え合わせをするようにシンへ尋ねる。

「シン、聞かせてくれ。この屋敷は誰のものだ?」

「リリス君の胸騒ぎの原因が屋敷の名に関係があると、ガラルド君も考えたようだね。君の想像通りだよ、ここはリングウォルド別邸跡地……リリス君が持つ木彫り細工が落ちていた場所だ」

 やはり、俺の予想は正解だった。シンの言葉を聞いたリリスは目を見開いて驚いていた。もしかしたら今日ここでリリスの過去に繋がる何かを得られるかもしれない。

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