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【第62話】デジャヴ
しおりを挟む戦闘不能になってしまったレナを急いで守らなければ! 慌てて立ち上がろうとした俺だったが、すぐ横に立っていたビエードが冷たい笑みを浮かべ、見下しながら何度も何度も蹴りを放ってきた。
「ぐっっ! ぐっっ!」
俺の体に連続して鈍痛が響く。俺を起き上がらせたくない狙いもあるだろうが、一番の狙いは痛ぶる事なのだろう、ビエードは今日一番の猟奇的な顔を浮かべたまま俺への蹴りを止めなかった。
「オラッ! オラッ! ほら、立ち上がれるものなら立ち上がって逃げたまえ、その時は今度こそサクリファイス・ソードでトドメを刺してあげようではないか! フッハッハ」
今すぐトドメを刺さないということは、まだ少しはビエードのスタミナが持つということなのだろう。
レナが戦闘不能になった今、俺にはビエードの近距離技も遠距離技も防ぐ力は無いことを分かっているようだ、心から楽しそうに俺を蹴っている。地獄の様な時間が続いた。
二十発? 三十発? 何度蹴られたか分からなくなった頃、溜息をついたビエードが剣を手に持ち、冷めた顔で呟いた。
「ハァ~。君を蹴り飛ばすのはもう飽きたよ。命乞いもしなければ泣きもしないし、叫び声だってあげない。こんなにつまらない相手はいないよ。奴隷や部下を蹴り飛ばしている時の方がよっぽど楽しいんだけどね」
ビエードはゴミの様に汚い目でゴミの様な台詞を吐いた。そして、剣に魔力を込めると、両手で持って頭上へと掲げた。魔力が練りに練られた剣を振り下ろして、トドメを刺すつもりだろう。
「それじゃあ消えてもらおうかガラルド!」
目をカッと開いたビエードは倒れている俺に魔力を込めた剣を振り下ろした。最後の最後までビエードから離れる方法がないかと知恵を絞ったものの、打開策も浮かばなければ、躱す脚力も残っていない。
俺が自身の命を諦めかけたその時――――目の前に人の背丈程の大きさを誇る鋼板が現れて、ビエードの剣撃をギリギリのところで防いだ。
何が何だか分からなかった俺は逆光で影になっている鋼板を凝視すると、そこにはリリスが立っていた。
「ハァハァ、お待たせしましたガラルドさん、助けに来ましたよ」
「リ、リリス! どうやってここに?」
「話は後です! 今は私の手を!」
そう言って、リリスは俺の方へ手を伸ばした。急いで立ち上がってリリスの手を握ろうとした瞬間、鋼板の横から回り込んだビエードが俺達を剣で斬りつけようとしていた。
しかし、一瞬だけ俺とリリスの手が触れるのが早かった。
「アイ・テレポート!」
ビエードの剣が空を切ると同時に俺達は近くの丘の上まで瞬間移動した。連続でアイ・テレポートを使用したリリスは膝を着き、肩で息をしながら話し始めた。
「ハァハァ……間に合って……よかったです、私は……ボビさんの操縦する船を壊されてから……ハァハァ」
「喋るなリリス、ゆっくり息を整えるんだ。リリスが助けに来られた理由は戦いに勝った後、ゆっくりと聞かせてもらう」
俺が休憩を促すとリリスは地面に座り込んで呼吸を整え始めた。周りを見渡した感じだと、ビエードはまだ俺達が丘の上にいることには気づいていないようだ。
そして、一つ気が付いたことがある。それはビエードが立っている位置から川の上流が見えるという事だ。それはつまり暗闇に覆われた自然トンネルよりも上流の位置も見ることができて、ボビが操縦していた船が破壊された辺りも見えるという事だ。
恐らくリリスは川に落ちたボビとアイアンを救い出したあとに、川の下流でビエードと戦っている俺達を視界に捉えたのだろう。
本当はもっと体力を回復させてから参戦したかったとは思うが、俺が殺されそうになっていたから、川に散らばっている鋼板に触れた状態で、慌てて俺の目の前にアイ・テレポートして助けてくれたのだろう。俺はヘカトンケイル近くの神託の森で助けられた時のことを思い出していた。
今度は俺がリリスを守る番だ。俺はビエードに見つからない様にリリスへ姿勢を屈めるように指示を出した。ビエードはサクリファイス・ソードの影響で普通に立っているだけで消耗していくのだから、とにかく一秒でも時間を稼ぐことが大切だ。
ビエードは焦って周囲を何度も何度も確認していると、遂に俺達の姿を視界に捉えた。ニヒルな笑みを浮かべたビエードは一直線に俺達のいる丘に向かって走り出した。
その走りは消耗しているとは思えない程の速さだった、恐らく十秒もかからずにここまで来てしまうだろう。更にビエードは地中を移動する技を持っている、近くまで寄られてから地中を移動されれば360度どこから攻撃されるか分かったもんじゃない、とてもじゃないがリリスを守り切ることは出来ない。
俺は横にいるリリスの様子を確認したが、息切れは全然収まっておらず、走って逃げるのは不可能だ。
「追いかけっこは終わりだ、ワームーブ!」
ビエードが三十歩手前の距離から地中移動の体勢に入った。このままではやられてしまう……俺の取れる手段は一つしかない。
「リリス、じっとしていろよ」
「えっ? 何をす――――」
リリスの返答を聞き切る前に俺はリリスの腰を左腕で抱えて走り出し、近くの巨木の枝へと飛び移った。そして、足の裏に魔砂を纏わせることで摩擦を増やし、無理やり巨木の樹幹を駆け登った。
「チッ、考えたな……」
ビエードは舌打ちして、根元で止まったようだ。
ビエードの地中移動が土の中しか移動できないという可能性にかけて、巨木に登ったのは正解だったようだ。これでビエードの進行方向は一つに絞れるから、側面や背後を取られる心配はない。
巨木の頂点まで登った俺は下を確認すると、生い茂る葉と枝のせいでビエードの姿が見えなくなった。俺は巨木の一番上でビエードの消耗とリリスの回復を待った。
「地中移動対策は出来たものの、上がってこられたら俺達の逃げ場はない。どうかこっちへこないでくれ……」
俺は静かに願いを呟いた。しかし、その願いは違う形で潰されることとなった。
――――巨木の根元から突然轟音が鳴り響いた――――
何事かと身構えていると、頂点にいる俺達の体が少しずつ左へと傾く感覚に襲われた――――巨木を丸ごと切断されたのだ。
「嘘だろおい、直径10メード以上ある樹を一撃でぶった斬りやがった!」
巨木の傾きに比例して少しずつ地面に近づいていった俺達は下にいるビエードと目が合った。
「フフフ、さぁゆっくりと降りてくるがいいガラルド。その時が君の死ぬ時だ」
嬉しそうに歓迎の言葉を囁くビエードに背筋が凍った、あいつの言う通り地面に降りた時が俺達の死ぬ時だ。傾き続ける巨木の上で俺は最後の抵抗をするべく、痺れが治りかけてきた右手に魔力を込め、スキルを解き放った。
「イチかバチかだ! 俺達を上へと押し上げろ、サンド・ピラー!」
俺はコロシアムでローブマンが柱状の植物を伸ばした時の様に、砂の柱を地面に向かって伸ばした。見よう見真似ではあるものの、俺とリリスの体は砂の柱に押し上げられて、切られる前の巨木よりも高い位置へと上がっていた。
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