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【第58話】サーシャの小技
しおりを挟むサクリファイス・ソードによって俺達の目の前に強大な二人の敵が誕生してしまった。ビエードは狂人化した帝国兵に命令を出した。
「なるほど、魔力を吸い過ぎるとそういう状態になるのだな、自分は二人分しか魔力を強奪しなかったわけだが、どうやら正解だったようだ。それでは我が部下よ、残り短い命でガラルド達を殺してこい!」
「グガガルルルゥゥゥ! ガウッ!」
帝国兵はまるで狼のような唸り声と共に俺へ突進してきた。瞬時にサンド・ストームを繰り出した俺だったが、たった一回のタックルでサンド・ストームを半壊状態にされてしまった。
「まずい……膂力が強すぎる……」
俺の中で一番防御性能が高い技でも二発も耐えられそうにない。それほどまでに狂人化した帝国兵は強かった。帝国兵は次のタックルを繰り出そうと、姿勢を低く構えている。次は殺されるかもしれないと手が震える俺を見て、ビエードは嘲笑する。
「フハハハハ、もうチェックメイトかガラルド。まだ親玉である自分とろくに戦ってすらいないのにな。早く部下を倒して自分と刃を交えようではないか。とは言っても君の強さでは厳しそうだがね」
悔しいがビエードの言う通りだ、恐らく狂人化した帝国兵は今のビエードよりも弱いと思う、その帝国兵にすら敵わないのが現状だ。
何か手はないのかと頭をフル回転させるが何も思い浮かばない。そしてビエードはトドメの命令を下した。
「我が部下よ、ガラルドを殺して終わらせろ!」
「グルルルゥゥガアアァゥゥ!」
ビエードの命令を受けて、帝国兵が突進の態勢に入った。もう終わりかと絶望感に包まれたその時、俺の視界が真っ暗闇に包まれた。
一瞬俺は死んでしまったのかと思ったが、帝国兵の唸り声はいまだに遠くから聞こえている、どうやら生きているようだ。すると舌打ちをしたビエードが暗闇の中で呟いた。
「チッ、川を下っているうちに自然のトンネルに入ったか」
どうやら知らぬ間にトンネルに侵入していたようだ。互いに視界がままならず戦いが一時中断したのはありがたいが、奥の方から薄っすら光が見えることを考慮するに、三十秒ほど下れば直ぐに明るいエリアに出てしまいそうだ。
今のうちに川へ飛び込んで逃げることも考えたが、いくら暗闇とはいえ、水面をバシャバシャと音を立てて進むと位置がバレてしまうし、ずっと水中を泳いで逃げ切る泳力とスタミナだってある筈がない。
仮に流れの激しい川に落ちたとしても逆走は無理だから必然的にトンネルの出口に泳いで向かう事になる。先に船で出たビエードに待ち伏せされたら、その時点でアウトだ。
何も対策が思い浮かばないまま時間だけが流れていく。
船の中心にいる俺達は船の先頭にいるビエード達と対峙していた位置関係だったこともあり、暗いトンネルの出口から溢れる眩しい光が直に目に刺さった。明暗差の影響で俺の視界は一時的に見え辛くなった。
この眩しさが解消される頃に俺は殺されているかもしれない……回復してきた視界で恐る恐る敵の方を見てみると、俺とサーシャの目に信じられないものが写り込んだ。
トンネルの出口から更に200メード程前方、高い位置にある吊り橋にストレングが立っているのである。更に良く見ると、ストレングから少し離れた位置にも数人のハンターが立っている、遅れて応援に来てくれている道中だったようだ。
あの橋を俺達は一度渡った覚えがある。どうやら東西南北をぐねぐねと流れる川を進んでいるうちに、シンバードからの道中にある吊り橋まで船が進んでいたようだ。
師匠という頼もしい援軍に涙が出そうになったが、現在ビエード達はストレングに背中を向けていて存在に気づいていない状態だ。だから俺の表情で悟られてはいけない。このまま吊り橋から飛び降りたストレングに不意打ちしてもらうのが一番だ。
船が吊り橋の下まで進み切るまで、どうにか時間を稼がなければならない。その為の策を考えていると、俺よりも先にサーシャが行動に移った。
「うぅぅ……グス……ヒグッ……ビエード様ぁぁぁ、サーシャ達が悪かったです、許してくださいぃぃ」
何と大粒の涙を流す完璧な芝居を始めたのだ。確かに命乞いをしていれば船が吊り橋下にくるまで会話で時間を稼げるかもしれないが、それにしたって芝居が俺の百倍上手い。
俺は初めてサーシャのことを恐ろしいと思った。サーシャの絶望感溢れる演技に気を良くしたビエードは恍惚とした表情で語り出した。
「フフフ、いくら可愛らしい子供でも君は帝国に牙を剥いたんだ、生かしておくわけにはいかないなぁ、ただ君がどうしてもと言うなら誠意の見せ方次第では考えなくもない。生意気なガラルドは絶対に殺すがな!」
何で俺だけ敵意むき出しなんだよ! とツッコんでやりたかったが今は我慢だ。ビエードが気分よく喋れば喋るほど船はストレングに近づいていく。そしてサーシャの演技は更に続いていった。
「ほ、ほ、本当ですかぁ? サーシャは何だってやります、だからどうか命だけは! 命だけは!」
そう言ってサーシャはビエードに土下座した。一層気分が良くなったビエードはサーシャの目線に近づけるようにしゃがみ込んだ。
「いい子だ、自分は君のような賢い子は嫌いじゃないよ。それじゃあ最後に忠誠の言葉を聞かせてくれるかなサーシャ君」
ビエードがわざとらしく耳に手を当てて、服従の言葉を促した。その間に船は吊り橋のすぐそばまで近づいていた。
頭を地面に付けていたサーシャは、下を向いたままニヤリと微笑み、ビエードの催促に言葉を返す。
「いやだよ! べーっだ!」
「なっ!」
サーシャの変貌にビエードは驚きの声をあげた。目を点にして一瞬の隙が生まれた瞬間、吊り橋からタイミングを合わせて飛び降りたストレングは落下の力を乗せて、大剣を豪快に振り下ろした。
「ビッグバァァァン・スイィィング!」
炎の力を纏ったストレングの大剣がビエードの頭に振り下ろされる……と思ったが、落下のタイミングが若干ズレてしまい、大剣は甲板へと振り下ろされた。
しかし、ストレングのパワーは凄まじく、落下の勢いもあいまりビエードと帝国兵を巻き込む大爆発を起こした。船の前半分がバラバラに弾け飛び、敵味方全員がそのまま川へと落ちていった。
俺は川に落ちてすぐにサーシャの体を片腕で抱え、そのまま陸へと上がった。ビエードと帝国兵、そしてストレングはどうなったんだろうか。俺は川を注視し全員を探していると先にストレングが陸へと上がってきた。
ストレングは服から水分を絞り出しながら、照れくさそうに俺へ話しかけた。
「いやー、バッチリ大剣をヒットさせられると思ったんだがなぁ。ワシは思った以上にリズム感がないようだ、すまんなガラルド」
「再会して第一声がそれかよストレングさん。そもそも技名を叫びながら斬りかかってちゃ、威力は上がっても敵にバレバレじゃないか……。いや、でもあんたらしいと言えばあんたらしいのかもしれないな。それよりまずは礼を言わせてくれ、依頼を受けて助けに来てくれて本当にありがとう」
「ん? ああ、今回ワシを含む四人のハンターが来たのはガラルドの依頼という訳ではないぞ」
「え? どういうことだ。じゃあ皆はどうしてここへ?」
「一応ワシはギルド長じゃから依頼の手紙自体は読んでいてな。かわいい愛弟子が困ってそうだったから、他の仕事をサッサと片付けた後、応援と旅行を兼ねてジークフリートまで来ただけだ。だからお助け賃は無料だぞ無料。そもそも新人ガラルドに雇えるほどワシは安くないしな、ガハハハッ」
この人の面倒見の良さには本当に頭が上がらない。見た目通りの豪快さ故に時々ドジなところはあるけれど、心から尊敬できる師匠だ。俺は他のメンバーが来てくれた理由も尋ねてみた。
「他の三人はどうして来てくれたんだ?」
「それは直接聞いた方がいいんじゃないか? ほら、向こうの坂道から降りてこっちへ来ているぞ」
遠くから俺達の元へ駆け寄る三人の姿が少しずつ明らかになり、その正体が分かった瞬間、俺は心底驚かされた。
なんとコロシアム準決勝で戦ったレナ、そしてパープルズのフレイム・ブレイズ兄弟が来ていたのだ。
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