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【第46話】竜背の町 ジークフリート

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「おおぉぉ! 凄いです! あっちもこっちも工場・採掘場・商店だらけですよ、見てくださいガラルドさん、サーシャちゃん!」

 リリスが『竜背の町ジークフリート』を手あたり次第指差していた。サーシャの育った場所なのだからサーシャに催促しても意味はないのだが、興奮するリリスをサーシャは微笑ましいと言わんばかりに見守っている。

 興奮するリリスを見て笑っていた俺だったが、正直俺もジークフリートの異様さには驚いている。工場の多さもそうだが、際立っているのは町の形態だ。

 工場、商店、酒場などの施設が軒並み一階部分に建てられていて、その上に石造りの住居がいくつも建てられているのである。

狭い町に高い建物が多いこともあり多少の窮屈さは感じるものの、観光者である俺達からすれば視線の高さに目を引くものが所狭しと並んでいて、歩くのがとにかく楽しい。

 そして各工場で作られたであろう荷物がジークフリート各所から伸びる金属製のロープに吊るされ、滑らすことで低地の町々に運ばれている。ロープ以外にトロッコも沢山あり、高さを活かした運搬方法をこれでもかと見せつけられた。

 もしかしたら、ここで作られた物もシンバード付近に運ばれているのかもしれない。そんな町を見物していると、どことなく誇らしげな顔をしているサーシャが更にジークフリートのことを説明してくれた。

「ジークフリートは大昔、この地にいたドラゴンを倒した英雄ジークフリートの名を冠して作られた町でね、豊富な鉱石がとれる地で出来るだけ製造・運搬を捗らせる為に工場を一階部分に作って町民の住居を上に設置してるんだ。そうすればこの狭い町で各工場・商店の行き来も運搬もスムーズに行う事ができるし、観光もしやすいでしょ?」

「確かに。細長い崖の上に作られた町だから、狭い面積を如何に有効活用するかが大事になってくるな。最初に考えた奴は賢いな」

「でしょでしょ? 実はジークフリートを形作る上で中心人物になったのはサーシャの育ての親のご先祖様なんだよ、凄いでしょ?」

 サーシャは普段、自分自身の自慢をすることは全然ないが、育ての親に関しては饒舌になる傾向がある。改めて思うがよっぽど育ての両親のことが好きなのだろう。

 サーシャの解説に感心しながらサーシャの実家へ歩を進めていると、目に入る工場の至る所に『剣と蛇のマーク』が記されていた。町や工場の紋章みたいなものなのだろうか? 俺はサーシャへ質問した。

「サーシャ、質問なんだが、各工場の入り口や目立つところに記されている『剣と蛇のマーク』は一体何なんだ?」

「実はサーシャも分からなくて気になってたの。サーシャがここを巣立っていった時にはあんなマークを付けた工場は一つもなかったから。おじいちゃんなら何か知っているかもしれないから聞いてみるね」


 そして俺達はあまり寄り道をせず、サーシャの実家へ向かった。玄関を開けるとサーシャの育ての両親である老夫婦が短い廊下を慌ただしく駆け、俺達へと近づいてきた。

確か名字はサーシャと同じだから『ラナンキュラ』だった筈だ。年齢は二人とも見た感じ60代半ばぐらいだろうか? 少し涙目になったお婆さんがサーシャをハグして出迎えた。

「おかえりなさいサーシャ! 元気にしてたかい?」

「うん、サーシャは毎日元気だよ。あのね、聞いてほしい話がいっぱいあるの!」

「玄関で話すのもなんだから、ガラルドさんもリリスさんもこっちの部屋へきてゆっくりしてくださいな、美味しいお菓子とお茶を用意しますよ」

 そして、俺達はサーシャの両親から手厚い歓迎を受けた。どうやらサーシャはコロシアムの十日ほど前に手紙を送っていて、コロシアムの結果次第では一度ジークフリートへ戻る旨を伝えていたらしい。

 サーシャは今まで両親には伏せていた『パープルズでの辛い日々』を話した。その話を終えた後は俺達と出会ってから毎日が楽しいという事やコロシアムで優勝できた事など、全てを話していた。

 サーシャの話を両親はずっと頷きながら聞いていた。パープルズの話を聞いている時は辛そうだったが、今のサーシャはとても幸せだという話が始まってからは蕩けるように嬉しそうな顔をして聞いてくれていた。

 俺とリリスに何度も何度も感謝の言葉をかけてきて、正直むず痒いところもあったが、ラナンキュラ一家が嬉しそうで何よりだ。サーシャの近況を伝え終えた後は、サーシャの母が手料理を大量にご馳走してくれた。

 比較的よく食べる俺とリリスでも食べきれない程に用意された料理はどれも美味しく、両親はずっと俺とリリスにおかわりを追加してくれていた。まるで俺達を無限に食べる生き物だと思っているかのようだ。

 世間一般では祖父母というのは孫を溺愛し、こんな風に御飯やお菓子を必要以上に大量にあげてしまうと聞いたことがある。俺にも祖父母がいればきっとこんな感じなのだろうかと温かい気持ちにさせてもらった。

 そして、近況報告と雑談が一段落し、サーシャは工場奪還についての話を始め、コロシアムの賞金とサーシャの親孝行っぷりに両親は終始驚いていた。

 サーシャの両親は困り眉の笑顔を浮かべ、父親の方が俺達に気持ちを伝えてくれた。

「ガラルドさん、リリスさん、娘の為にここまでしていただいて、本当にありがとうございます。ですが、賞金は全部ガラルドさん達で使ってくだされ。ワシらはもう歳ですから工場を取り戻したところで以前のように働く体力もありません。当時、工場を売っても足りなかった薬代は少し借金をして工面しましたが、それもあと少しで返せますしな」

「だが、サーシャの話を聞く限り、親父さんは相当な腕を持つ鍛冶師で経営も上手くやっていたんだろ? だったら工場を取り戻してから、若者たちに仕事を教えて跡を継がせればいいじゃないか。何代も続いてきたラナンキュラ家の工場なんだろ?」

 工場奪還はサーシャたっての願いであり最大の親孝行だから、何とか叶えてやりたい。しかし、俺の説得は二人には響かなかったようで首を縦に振ることはなかった。

 そして親父さんは更に遠慮する理由を語った。

「仮にお金を受け取ってラナンキュラ工場として再出発しようにも、今のジークフリートではそれが不可能なんじゃ」

「え? どういうことなのお爺ちゃん。今のジークフリートって……何か町が変わってしまったの?」

「ワシらの家に来る前に各工場に描かれている『剣と蛇のマーク』を見たか? あれは『帝国リングウォルド』が管轄していることを示すマークでな。サーシャが巣立って間もない頃、突然現れた帝国が強制的に工場の生産物を決めて、ジークフリートの工場で働く者の大半を管理し始めたんじゃ」

 あのマークを見た時に何となく嫌な予感がしていたが、まさか帝国だったとは。どうやら帝国はドライアド以外にも支配の手を伸ばしているようだ。

 そして、親父さんは席を立ち、戸棚から何かの箱を取り出して机の上に置き、蓋を開けた。中には切れ味の良さそうな包丁が入っている。親父さんは包丁を見つめながら説明を始めた。

「自分の工場を売り払った後も、ワシは別の工場の作業員としてそれなりに楽しく魔獣討伐用の武具製造に励んでいた。しかし、帝国が来てからは厳しいノルマのもと、用途不明の武具を大量に作るように命令されてな。こんな気持ち悪い現場で働きたくなかったワシは『加齢の影響で武具製造業務は厳しくなってきた』と嘘をついて退職し、細々と家具職人を続けておるんじゃ、この包丁も家具職人として生み出したものの一つじゃ」

 俺は帝国への苛立ちを抱えながら、包丁をしっかりと見せてもらった。その包丁はディアトイル出身の俺が驚かされるぐらい良くできた物だった。きっと本職である武具の製造ならもっと腕の立つ職人なのだろう、帝国の所業が憎いかぎりだ。

 最近の帝国の躍動ぶりは貿易商からもよく耳にしており、元々大きかった勢力を更に拡大しているようだ。

そんな帝国が武力制圧に出たらとてもじゃないが太刀打ちが出来ないだろう。その点を考慮するに暴力的な手段で制圧をされていないだけ、ドライアドとジークフリートはマシな方かもしれない。

 俺はジークフリートに来ているであろう帝国の人間と話がしてみたいと思い、親父さんに居場所を聞いてみた。

「親父さん、帝国がジークフリートを支配しに来たと言うのなら町に帝国関係者がいるはずだよな? 話をしてみたいから居場所を教えてくれないか?」

「今日は時々視察に来ているビエード大佐が町中央の工場に来ている筈だが、目を付けられたら厄介だ。辞めておいた方がいい」

「大丈夫だ、俺はジークフリートの人間として会うのではなく、コロシアム優勝者のガラルドとしてビエード大佐って奴に面会するつもりだ。あくまで表面上はにこやかに挨拶を交わしつつ、大佐がどんな人間で、どんな計画を立てているのか聞き出してみせるよ」

「…………分かった、じゃが、しつこいようだがくれぐれも気を付けとくれ。ビエードは狡猾こうかつな人間の多い帝国軍の中で大佐を勤めているような男じゃからな」

「ああ、気を付けるよ。親父さんとは製造・加工が得意な人間同士まだまだ話したいことがいっぱいあるからな」

「ワシも同じじゃ、礼だって全然し足りないしのぅ。美味い酒を用意しておくから無事帰ってきておくれよ」

 俺は親父さんと握手を交わし、サーシャ、リリスと共にラナンキュラ家を後にした。

 俺は心の中で気合を入れた。出来るだけ愛想を良くしてビエード大佐に近づく為、表情筋を揉みほぐしつつ『剣と蛇のマーク』がある中央工場へと向かった。
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