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【第30話】コロシアム一回戦
しおりを挟む天井の無い空が開けたコロシアムの武舞台上で開会式が始まった。シンバードにいる偉い人達が健闘を祈る挨拶を行い、最後はシンバードのトップであるシンが壇上に立ち、挨拶を始めた。
「えー、ゴホン。まずは闘技者128名とそれをサポートする面々、そして試合を見に来てくれた皆、今日はコロシアムに集まってくれて本当にありがとう。他の人達の挨拶もあったから俺は簡潔に済ませる…………全員力を出し切れ――――」
シンが短くシンプルに命じた。数秒間の沈黙がコロシアムを支配した。
他の人が挨拶をしている時はポツポツと私語をしている者もいたけれど、今は全員が集中してシンのことを見つめている。
各国を渡り歩き、多くの為政者を見てきた俺でも、ここまでのカリスマ性には出会ったことがないかもしれない。そしてシンは言葉の真意を語り始めた。
「歴史の浅いシンバードが短い年月でここまで大きく活気のある国になれたのは、いつも皆が全力で競い合い、相手を称え、高め合ってきたからだ。今日ここに集まった闘技者は募集条件を『戦闘職の経歴が浅い者』に限定させてもらっている。つまり未来への可能性が詰まりに詰まった若手ハンターや兵士などしかいない訳だ。今日の活躍を機に四聖や俺を超えていき、戦いの歴史を、国を、そして世界を変えるような者が現れることを私は祈っている、ジャッジメントの青き光に誓って……」
シンが挨拶を終えると同時に横にいた側近がジャッジメントでシンの胸を貫いた。ジャッジメントは青く光りだし、シンの言葉が本心であることを証明した。
シンは青く光るジャッジメントを側近から受け取り天に掲げると、観客が一斉に歓声をあげた。
他の人が挨拶を終えた時には、拍手はあっても歓声があがることはなかった。そのことを考えるとシンの人気は桁違いだと言えるだろう。
観客の興奮も冷めやらぬまま、闘技者128名はトーナメントの組み合わせを決めるべく、くじ引きをはじめた。
全員がくじを引き終わったところで司会の女性が組み合わせの発表をはじめた。
「それではコロシアムの記念すべき第一試合の組み合わせは…………ガラルド選手とブレイズ選手です! 続いて第二試合は――――」
司会の女性は次々と組み合わせを発表し、壁のように大きな組み合わせ表へ書きこんでいく。観客は大盛り上がりだが、正直俺は頭に情報があまり入ってこなかった。
それは第一試合が因縁のパープルズ剣士兄弟の一人ブレイズだからである。フレイムが兄でありリーダーで、ブレイズは弟の方だったはずだけど、よく似た双子だから相変わらず区別がつきにくい。
司会が全ての組み合わせを発表したところで、初戦である俺とブレイズに十分間の準備時間が与えられた。
俺は待機部屋から出て、廊下でリリスとサーシャに強化魔術を掛けてもらいながら、初戦がブレイズであることを愚痴った。
「まさか、初戦からパープルズの一人と当たってしまうなんてな、気まずいにもほどがあるぞ」
「大丈夫だよガラルド君、一番恨まれているのは抜けた張本人であるサーシャだし」
「そうですかね? 盛大に口喧嘩した私こそが一番恨まれていそうな気がするんですけど……」
「一応パーティーリーダーである俺がサーシャを勧誘することを決定して今に至るわけだから、やっぱり一番恨まれているのは俺だと思うぞ……はぁ、気まずい……」
試合前とは思えない暗さを醸し出していると、反対側の廊下にブレイズとレインがいたようで、ブレイズが俺を睨み、絡んできた。
「誰を恨んでるかだって? 三人とも恨んでいるに決まってるだろ! 散々惨めな思いをしてきたから絶対に君には負けない。こっちにはレインを含む優秀なサポートが四人いるからな」
ブレイズは仰々しく宣言したあと、自身の後ろにいるサポートメンバーを見せびらかしてきた。後ろにはレインと同じように杖を持った人が三人いて、後ろでブレイズに光る杖を向けて強化魔術をかけていた。
「ドラゴンニュートとの戦いでは遅れをとったが、今の僕には補助魔術をかけてくれる仲間が四人もいるし、負ける気はしないな。一方の君たちはどうだ? ざっと見た限りサーシャは相変わらず強化系の補助魔術は苦手なようだし、もう一人も初歩的な補助魔術しか使えてないようだが?」
悔しいがブレイズの言う通りである。補助魔術は魔術師が一人で複数の強化を重ねることは難しいけれど、一人が耐久力、一人が敏捷性、と言った具合に分担すれば、戦士一人の能力を複数強化することができる。
資金力も人脈もバードランクも高いブレイズなら、そういった戦闘準備も出来るのだろうが、俺達レベルの弱小パーティーでは、まだまだ出来そうにはない。
何も言い返せずに黙っていると、いつものように喧嘩っ早いリリスがくってかかった。
「分かったようなことを言わないでくださいよ! 私だってこの五十日間で必死に補助魔術をレベルアップさせてきたんですから!」
「ふーん? どのくらい強くなったか具体的に言ってみなよ」
「……力をあげる魔術フィジールを私自身にかけて石を投げてみたら、25ミードしか飛ばなかったのが27ミードになりましたよ一応……」
「アッハッハ、ほとんど変わってないじゃないか。うちの優秀なサポート陣はそんなものじゃないぞ? これは僕の勝ちで決まりだな」
「うぅ、ガラルドさん、ごめんなさい」
いつもなら何かと言い返すであろうリリスが何も言い返せなくなり落ち込んでいた。純粋に能力をけなされて、劣等感や罪悪感のようなものを刺激されたのだろう。リリスは仲間が貶されている時は強く立ち向かうが自分が貶されている時は真っすぐ受け止めて凹みやすいタイプだ。
この時の俺は正直腹が立っていた。サポートメンバーとはいえ試合外のところで相手を精神的に攻撃するのはフェアじゃないし、やり方が陰湿だ。
リリスの得意分野は補助魔術ではないし、強みや誇りに思えるところだって他にいっぱいある。
俺は黙っていることができなくなり、ブレイズに言い放った。
「リリスとサーシャを貶すな、さっさと汚い口を閉じろ。お前がいくら補助魔術をかけられたところで俺には勝てねぇよ」
「なんだとぉぉ?」
ブレイズが眉間に皺を寄せて怒気をはらんだ声で聞き返してきた。しかし、あいつが俺をどう思おうが関係ない、俺は勝ってリリスとサーシャを喜ばすことだけを考えればいい。
「ほら、そろそろ時間だ、武舞台でそれを証明してやるよ」
そして、廊下でリリスとサーシャに見送られて俺は武舞台へと足を踏み入れた。
――――ワアアァァァァ――――
観客が発する音の揺れが耳だけではなく、肌でも感じるぐらいに大きく響いている。
きっとシンバードの人にとってコロシアムは最高の娯楽なのだろう。そんな事を考えていると司会が俺とブレイズの紹介を始めた。
「西陣からはギルド『ストレング』所属 南方の街 ヘカトンケイルから訪れた砂の戦士 ガラルド選手です! シンバードへ来て僅か50日程でバードランクを15まで上げ、難敵ドラゴンニュートをも沈めた期待のハンターです!」
またもや観客は歓声をあげて応援してくれた。俺の事なんて今日初めて見る人がほとんどだろうに、ここまで盛り上がってくれるのは国民性もあるのだろうが、お祭り好きで優しい人ばかりなのだろう。アウェーな雰囲気にならないだけでも、とてもありがたい。
そして司会はブレイズの紹介へと移った。
「対する東陣は最近めきめきと実績をあげているパープルズ双子剣士の一角 炎舞剣のブレイズ選手だ! こちらは若くしてバードランク50を超える今大会期待の選手です」
――――ワアアアアァァァァァ――――
観客の歓声は俺とブレイズが入場した時以上に大きくなっていた。俺より大きいのは少し気に食わないが、今までシンバードで積み上げてきた実績を考えれば仕方のないことなのだろう。
そして、司会は両手に金属の棒を持って、金属製の円盤の前に立ち、棒を大きく振りかぶって円盤を叩いた――――戦い開始の合図である。
俺はブレイズの出方を伺い、棍を構えた。一方のブレイズは両手に木剣を持ち、頭上に掲げたあと、謎の舞を始めた。
今のうちに殴ってやろうかと思ったが、あの舞自体が何か罠の可能性も考えられる。俺はしばらく眺め続けた。
そしてブレイズは両方の木剣に炎を纏わせた。舞う事で流れる様に動く火の光は少し芸術性を感じる。
そして、火は体の周辺を何周も回転した後、絡み合うように天高く昇っていき、消え去った。
ブレイズは自慢気な顔して、今の舞について語り出した。
「どうだ? これが僕の炎舞剣だ、驚いたろう?」
正直、自慢気な顔と言い方にイラっとしたけれど、どうやら観客には好評だったようで、歓声は上々だった。俺からすれば戦闘前に無駄に魔量を消費しただけだと思うのだが。
「さあ、ガラルド君、今度は君の力を見せてくれよ」
俺には見栄えのいい技なんて一つもない。司会が紹介した二つ名だって地味な『砂の戦士』だったのがそれを証明している。俺に出来る事はシンプルに真っすぐ突っ込んでぶっ倒すだけだ。
ブレイズが全身に魔力を溜めて、俺の攻撃に備えているが、俺は真正面から突っ込むことにした。ストレングとの特訓で培ったシンプルな突進技『サンド・ステップ』を使って。
「なら、俺の突進を受けてみろよ……サンド・ステップ!」
俺は叫ぶと同時に足元へ『小さく』『高密度で』『高速回転する』魔砂の車輪を作り出した。
その車輪をバネのように蹴り出し、跳躍のエネルギーと縦回転する魔砂の反発力で瞬間的に大きな推進力を得た俺の体は、想像以上に素早くブレイズとの距離を詰めた。
あまりの速さに防御反応が遅れて腹部ががら空きになっているブレイズに対し、俺は加速した正拳をお見舞いした。
「グエェェェッッ!」
潰れたカエルのようなブレイズの声が耳に入ると同時に、ブレイズの軽鎧がひび割れる感触が拳に響いた、その瞬間に俺は勝利を確信した。
ブレイズの体は暴れ牛に激突されたかのように放物線を描きながら飛んでいき、そのまま場外エリアへと着地した。
「…………」
「…………」
飛んでいったブレイズは無言で倒れたままで、司会と観客も驚いていたのか数秒間の沈黙が流れた。皆も驚いているかもしれないが、何より俺自身が一番驚いている。
特訓では最初から最後まで倒れない為に意識的に魔力と体力を節約した動きをしていたし、ストレングとの戦闘訓練はいつもヘトヘトになった状態で行っていたから、全快状態での動きのキレを自分自身把握できていなかったのだ。
圧倒的勝利と特訓の成果が実感できた喜びで、俺は握ったこぶしを天に掲げた。それを合図と言わんばかりに観客が大歓声をあげた。
「いいぞぉぉ、ガラルド!」
「このまま優勝しちゃえぇ!」
「カッコいい! ピューピュー」
「私と結婚してください!」
老若男女問わず、コロシアムの客すべてが俺のことを称えてくれた。ディアトイル生まれの嫌われ者だった自分からすれば、信じられない光景だ。
歓声の中に一つ、リリスが言ったとしか思えない言葉が混ざっていたが……。
そして司会が旗をあげて、俺の勝利をコールした。
「ガラルド選手、二回戦進出です!」
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