カタクリズム

ウナムムル

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4章:闇の始動編

第19話 常闇

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【常闇】





メンフィスに帰還したハーフブリードは
バステトの用意した宴で英気を養い、約束していた常闇の外套を受け取った
授与式で再びシルトが王の座につくことを嘆願されたが
それは丁重に断り、その話は再び"保留"という形となった

「しっかし、なんで僕を王さまにしたがるかね」

式を終え、用意されたメンフィスで最高級の宿へと向かいながら
シルトがため息混じりに言うと、その横に居たジーンが口を開く

「この国では常闇を所持してるって事がそれほど大事なんだろうね」

シルトの手に持つ常闇の外套が気になるのか、ジーンはチラチラと見ていた
彼女の様子が気になり、シルトは外套を広げて彼女に差し出す

「これジーンさんが使ったら?どうせ僕じゃ魔力が足りないだろうしさ」

その言葉を待っていたと言わんばかりにジーンの目が輝き
即座にシルトの手から外套を奪い取り、大きく広げてみる

「だよね!シルさん魔力ないもんね!」

漆黒のマントは風になびき、バサバサと音を立てていた・・・その時

「っ!!?」

突如、ジーンが常闇の外套を投げ捨てる
まるで、綺麗な花だと摘んでみたら毛虫でもついていたかのような動きだ

「ん?どったの?」

ジーンの顔を覗き込むと、その顔に浮かぶのは"恐怖"だった
異変に気づき、皆がジーンを心配して集まってくる

「どうしたの?ジーン」

シャルルが彼女の肩に手を置くと、その肩は小刻みに震えていた

「・・・え・・あ、うん・・・ちょっとね」

歯切れの悪い言葉にジーンらしくない何かを感じ取り
シャルルは少しだけムスッとして続ける

「何、ちゃんと言わなきゃ判んないでしょ!」

ジーンが投げ捨てた常闇の外套をシルトが拾い
何か虫でもいたのか?とマントを調べている

「シルさん・・・私はそれ使えないや」

ジーンは先程までとは真逆の事を言い出し、皆怪訝そうな顔をする

「なんで?理由を言って」

シャルルがジーンの肩に置く手に力を込め、自分へと向けさせる
彼女の額にはじんわりと汗が滲み、震えも止まっていなかった

「アスタロトがね・・・すぐに離せって」

「悪魔王さんが?」

シャルルの背後からサラが聞き、ジーンは軽い深呼吸をしてから続ける

「悪魔にとって常闇は天敵みたい
 ・・・さっき手にした時に声が聞こえたの
 その声が聞こえた瞬間、アスタロトの様子が変わって・・・」

そう、ジーンは常闇の外套に恐れたのではない
自身の内にいる悪魔王アスタロトに怯えたのだ

「だから私には使えないかな・・・巫女のシャルルなら上手く使えるかもね」

「アタシ?やだよ、あんな真っ黒の着たくない」

デザインの好みで装備を選ぶのはどうかと思うのだが
この子・・・シャルルはそんな子だったのを思い出し、ジーンは苦笑する

「それじゃ・・・サラとか?」

「え、私?」

サラがシルトの手に持つマントを見て「うーん」と唸る

「私はスピード重視だからマントは邪魔かなぁ・・・」

「それじゃ、ラピは・・・・無理だから、やっぱシルさんかな」

「なんで私だけ無理扱いなの!?おかしいでしょー!」

ラピが不満を洩らすが、それは全員一致で答える

「背が足りんだろう」
「背が足りないよね」
「ラピ小さいじゃん」
「ラピじゃ身長が」

「・・・・・」

ぐぬぬとラピが拳を震わせていると
ウェールズがラピの頭の上で彼女の頭を軽く叩き、落ち着かせる
これではどっちが飼い主か分からない光景だった

「例の影への移動は使えそうにないけど・・・僕でいいの?」

「いいんじゃないかな、それは鎧と盾とセットみたいだしね」

皆ジーンの意見に賛成だった
サラとシャルルがシルトへと歩み寄り、彼のマントを取り外し
シルトが持っていた常闇の外套をサラが手に取り
外套についているフィブラと呼ばれる留め具に目を奪われた

「これ綺麗だね」

「ん?あぁ、見たことない装飾だな」

フィブラを見ればどの地方の出身か分かると言われるほど地域差がある
更には装飾などにより、社会的な階級まで分かるようになっているのだ

「これだけ綺麗なら王様のって分かっちゃうかもね?」

小さく笑いながら留め具を外し常闇の外套をシルトに羽織らせる
上手くフィブラが付けられず、サラは少しだけ踵を浮かせて顔を近づけ
やっと留め具がハマり外套を固定できた

「うん、これでいいよ」

「ん、ありがと」

思ったより顔が近い事に気づき、サラの顔は熟れた林檎のように赤く染まった
慌てて離れる彼女を見て、シルトの表情は沈んでゆく

やっぱりそうなのか・・・

落ち着きを取り戻したジーンが常闇の外套を羽織るシルトを見て微笑んだ
だが、彼女の眉間にシワが入り、鋭い目つきで辺りを見渡す

「シルさん似合うじゃん、更に真っ黒になったね!あはは」

シャルルが笑い

「うんうん、とっても・・・に、似合ってるよ」

サラが照れながら褒め

「いいなー、私もマント欲しいなー」

ラピが羨ましがり、ウェールズがはしゃぐ
そんないつもの彼等の光景はこの数秒後にジーンの一言で一変する

『敵襲っ!』

彼女の一言で微笑ましかった光景は一瞬で張り詰めた緊張の世界へと変わった
即座に武器を抜き、ラピとシャルルを囲むように3人が構える
辺りに敵影は見当たらない、だがジーンが叫ぶほどだ、必ずいる
静寂が妙に気持ち悪く、嵐の前の静けさを表しているようだった

「200・・・いや、300以上いるかも」

メンフィスの街には高い建物は王宮以外は無い
民家は並んでいるがどれも1階建てだ
そのほとんどが土壁で出来ており、薄い茶色の風景が続いている

「人間?」

「そう」

サラの表情が曇る、また人を相手しなくてはいけないのだ
不殺を通すには厳しい状況であるが、彼女は覚悟を決め、気を引き締めた
その時、民家の上に弓を構えた兵が4人ほど姿を現す
即座にシルトがそちら側に移動し常闇の盾を構える

「ここは僕が」

「お願い」

入れ替わったサラも盾を構え、矢に備えていた
飛んできた矢はシルトが弾き、彼は声を荒立てる

『300くらいいるのは分かってる!出て来い!何が目的だ!』

少し間を置いてからぞろぞろと姿を現した敵は
先の戦争でメンフィス軍が着ていた鎧を身に纏っていた

「え・・・なんで」

ラピが涙目になりながら呟くと

「なるほど」

ジーンが何かを納得したように呟いた
シャルルが彼女に追求し、彼女なりの見解を口にする

「多分、そのマントを取り返しに来たんだと思うよ
 私達は騙し取ったようなものだしね?反対派がいる事は予想出来てた」

「騙し取ったのジーンじゃん」

「ふふっ、そうだったかしら?」

シャルルの鋭い突っ込みを笑って受け流す

「ど、どうするのー?返す?」

ラピは300人近くに囲まれ怯えている様子だ
そんな彼女の頭の上でウェールズが大きく翼を広げ
彼女を守っている気になっていた

「僕が話し合ってくるよ
 ジーンさん、障壁を全方位広域展開して皆を守っておいて」

「了解」

シルトが歩き出し、サラは彼の後ろ姿に手を伸ばすが何も言えなかった
ジーンが障壁を操作し、彼女等を囲むように展開される

『何で僕らを狙う!話し合いは出来ないのか!』

シルトが飛んでくる矢を歩調を変える事無くことごとく弾く
弓矢での攻撃が効かないと判断したのか、メンフィス兵達が動き始めた

「話す気はないってか・・・くそっ」

シルトが城壁を解除し、少し下がりながら構える

「・・・・ん?」

何か声が聞こえた気がした

「・・・・」

注意深く辺りの音を探るが、先程の声の持ち主はいない
だがどこかで聞いた事がある声だった

「・・・・は?」

突如シルトの身体から力が抜けたようにガクッと剣と盾が下がる
様子がおかしい事に気づいたサラが1歩前へと出るが
ジーンがそれをよしとせず、静観する事しか出来ないでいた

チャンスとばかりにメンフィス兵がシルトに特攻をかける
彼はまだ力が抜けたような体勢で微動だにしない

「シルトさん・・・」

サラの声が洩れた時、変化が起きる
シルトの背にある常闇の外套が一瞬で闇へと変わり
彼の姿がフッと消える

「え?シルさんあのマント使えるの?」

シャルルが驚き、目をパチクリしている
その横でジーンの表情からは急速に余裕が消えてゆく

「・・・何あれ」

ラピが恐怖のあまり腰を抜かす
ぺたんと地面に座り込み、ガタガタと震えている
慌ててシャルルが彼女の肩を抱くが、シャルルもまた何かを恐れていた
いや、何かというのは間違いだ・・・・目の前の光景を恐れていた

常闇の外套が闇へと変わってからの彼は一言で現すなら"鬼"だった
彼の一振りで数名がバラバラの肉塊へと姿を変える
そして、影から影へと一瞬で移動し、次々に人間を肉へと変えてゆく



「シルさんってあんな強かったっけ・・・」

「元々化け物じみてるとは思ってたけど、今日はすごいね・・・」

シャルルとラピがお互いの言葉で安心を得ようとしているのか
目の前の光景が本当なのか確認を取るかのような会話をする
それほど、今彼女達が見ている光景は現実味を帯びていなかった

「あまり見ない方がいい」

ジーンが彼女達の前に立ち、その視界を遮る
だが、サラだけはジーンの横に立ち、その両目でしっかりと見ていた

「あれはシルトさんじゃない」

彼女がそう断言する

「どうしてそう思うの?」

ジーンは何故サラがそう思ったのか気になった
魔力を見る眼も持たず、何故分かるのだ、と・・・・

「あんなのシルトさんの剣技じゃない・・・
 なんか・・・・なんか・・・・嫌な予感がする・・・」

サラは彼から譲り受けた剣の柄を撫でる
今は魔法剣であるダマスカス鋼の剣を使っているが
彼から貰ったこのミスリルロングソードは彼女の宝物なのだ
そのため、今のサラは腰に2本の剣を差している

メンフィス兵の悲鳴が響き、絶叫が響く
シルトの現れる度に肉片と化した人だったものが大量に転がり
臓物や汚物や血の臭いが辺りに充満し
まさに地獄絵図という言葉がぴったりだった


戦闘開始から3分が経過した頃
この場に動く者は誰一人いなくなっていた・・・


辺りは静まり返り、先程までの騒々しさが嘘のようだった
彼女達の先には大量の返り血で赤黒く染まったシルトの姿がある
彼はうつ向き、その表情は見て取れないが
違和感のようなものは皆が感じていた

「あ、あの人数もう倒しちゃったの・・・?」

ラピがジーンの腰辺りから覗き込むと
辺りは血や臓物が飛び散り、赤黒く染まった土と砂の世界になっていた
背筋がゾッとする、これが人間の仕業なのだろうか

先の戦争でもこれほど無残な戦場跡は無かった
人間としての形を保っている死体はほとんど無いと言っていい

エルフとは本来争い事を好まない種族である
そのため、ラピには人間という種が恐ろしく思えてしまった
あの優しいシルさんでもこれだけの業を秘めているのか、と

「何か・・・怖い・・・」

シャルルもこの光景を見て震えている
ジーンは黙って障壁を操作し、広域から通常へと移行する
そして、サラは剣を納めて歩き出す

「・・・・シルトさん」

彼との距離はまだ20メートル以上あるが、か細い声で呼ぶ
何かを掴むようにサラの手は前へと伸びた
その時、シルトが顔を上げる

ゾクッ!

彼女達全員が背筋に嫌なものを感じた
サラの足はそれ以上前へ行く事を拒むように止まり
伸ばされていた手はゆっくりと下りてゆく
そして、その手は太ももにある魔法筒へと伸び
魔法剣を抜刀し、火の筒を装填する

シルトは笑っていた
邪悪な笑みで、返り血まみれのその顔で
彼の眼は黄金のように光り、異様な気配が激流のように彼女達を襲う



「なんなの・・・これ・・・」

シャルルとラピはやっと気づく
シルトから溢れ出る膨大な魔力と、おぞましい感覚
悪魔王アスタロトの濃密な魔力とは少し違う、だが同質のものに思えた

「なんでシルさんに魔力が?無かったよね?」

ラピがジーンの袖を引っ張り聞いてくるが
ジーンはシルトから目を離す事なく口を開く

「アスタロトが全力で逃げろって言ってる」

「え・・・」

「アスタロトが・・・怯えてる」

そう言うジーンの手は震えていた

・・・・・

・・・



先の戦闘でシルトの常闇の外套が闇へと姿を変えた瞬間
ジーンの目にはハッキリとシルトの姿が映った
それまで朧気にしか見えなかった彼がハッキリと見えたのだ
その色は純粋な黒、闇の中にあっても分かるほどの黒だった

そして、心の中で警報が鳴り響く
同時にアスタロトの声が届き、ジーンは驚愕した

・・女!今すぐ全力で逃げろっ!!

・・ど、どうしたの急に

・・いいからつべこべ言わずに逃げろっ!!

・・だってシルさん戦ってるじゃん、逃げる訳にはいかないよ

・・お前には"あれ"がまだ奴に見えているのか?

アスタロトの言わんとする事は何となく理解している
今のシルさんは明らかに異常だ
無かったはずの魔力が宿り、その量はどんどん膨れ上がっている

・・今のお前では勝てない、今すぐに逃げるんだ

アスタロトの声は明らかに怯えていた
だが、本当に逃げていいのだろうか
また仲間を見捨てる選択をしていいのだろうか・・・嫌だ、それだけは嫌だ
ジーンはアスタロトの気を紛らわせるため会話を続ける

・・なんで逃げなきゃいけないの?シルさんは仲間だよ?

・・お前は本物の阿呆か!"あれ"がお前の言うシルさんとやらに見えるのか?

・・いや、シルさんだとは思うけど・・・魔力があるのは不思議ね

・・"あれ"は悪魔の最大の敵だ

・・悪魔の敵?

・・"あれ"に喰われた悪魔は数知れん
 私が力を取り戻していれば勝機は無いこともないが
 まともにやれば勝ち目は無いに等しいだろう

アスタロトにそこまで言わせる存在なの?
悪魔王って四神より強いんでしょ?そう思ったがジーンは聞かずにおいた
その答えは明白だったからだ

シルトの魔力は膨れ上がり続け、すでにジーンの魔力を優に超えている

・・"あれ"は何なの?

・・人の王だ

・・王?メンフィスの?

・・人間の国など知るか、だが"あれ"は人類の王というべき存在だ

・・それって神話戦争で戦ったってこと?

・・そうだ、嫌な事を思い出させる・・・
 "あれ"は神の使徒なんて生易しいものじゃないがな

・・シルさんそんな長生きだったの?

・・お前は馬鹿か、その眼でしかと見てみろ!"あれ"の中身をな

ジーンは言われるまま眼をこらす
シルトを象っている闇の内側、更に奥を・・・

ゾクッ!

気持ち悪い、寒気が気持ち悪い
なんだこの全身の毛穴が開くような悪寒は
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い

それは本能からくる恐怖心だった
触れてはいけないモノ、見てはいけないモノ、感じてはいけないモノ
そんな類のモノだった

「あれはシルトさんじゃない」

そんな時、サラが不意にそんな事を言う
驚いたジーンは彼女が何故その答えに辿り着いたのか気になり聞いてみた

「どうしてそう思うの?」

「あんなのシルトさんの剣技じゃない・・・
 なんか・・・・なんか・・・・嫌な予感がする・・・」

サラも本能で感じ取っているのだ
"あれ"はもはやシルトではないと・・・・

・・・・・

・・・



「アスタロトが・・・怯えてる」

ジーンの言葉にシャルルとラピが驚く
尋常じゃない事が起きている、それだけはハッキリと分かった
眼前にいるシルトの魔力はまだ膨れ上がり続けている
もはや神の領域に踏み込み、人智など及ぶはずがない力を感じていた

「で、でも、シルさんだから大丈夫だよね?」

ラピが不安をかき消そうと口にするが、誰もそれには答えられなかった
その瞬間、シルトの姿が消える

「っ!?」

ジーンが辺りを見渡し、シルトの姿を探すが
常闇の外套の移動は魔力の眼でも追えないのだ
そして、右隣から声が聞こえ、反射的に飛び退いた

「ほう、半亜人か・・・珍しいが悪くはないな」

シルトの声は普段より低く、口調は全く別人のものだった
シャルルの髪に指を通し、舐めるような視線を向けてくる

だが、シャルルは動けずにいた

恐怖と嫌悪感、その両方が同時に押し寄せ
頭がパニックになり止まってしまっていた

「1晩くらいなら相手をしてやってもいいぞ」

シルトの口からそんな言葉が聞こえてくる

『はぁ!?ふ、ふざけんな!!何言ってるか分かってんの?!』

シャルルが怒り、シルトの方へと向いて拳を握る
顔を真っ赤にして怒るシャルルの目の前からシルトの姿はフッと消える
そして、彼女達の元へと戻ってきたサラの背後へと現れた

「え・・・」

サラは突如背後に現れた気配に振り向くと
シルトが彼女の髪を撫でる

「悪くない髪だ、よく手入れがされている」

サラはシルトに触れられ、初めて嫌悪した
反射的に飛び退き、魔法剣を構える

「だが胸が貧相だな、青い方がまだマシか」

いきなり胸の事を言われ、サラは咄嗟に胸を腕で隠す

『シルさんっ!ふざけるのもいい加減にしろっ!!』

シャルルがぶちギレ、シルトに食ってかかろうとするが
ジーンの震える手がそれを制した

「ダメ・・・・近寄ったら殺される」

「は?なんで?」

ジーンの様子がおかしいのは分かっていたが
この怯え方は尋常じゃない
シャルルは怒りで我を忘れかけていたが、その熱は急速に冷めてゆく

「な、な、何が起きてるの・・・?」

ラピが目から涙をポロポロと流しながら言う
その頭上にいるウェールズも震え、身を丸めて小さくなっていた

「お前は・・・ほう、懐かしい奴がいるな」

シルトがジーンを見てニタァと歯を見せる

「チッ」

ジーンは障壁を前方と後方の2つに分け、分厚くなるよう範囲を狭めた

「死ね」

シルトが大地を蹴ると彼の足元は爆発し、大量の土砂が舞い上がる
ジーンとの5メートルほどの距離は瞬きをするよりも早く詰められ
彼の持つミスリルブロードソードの突きが障壁にぶつかる

ガシャンッ!

分厚くしていたはずの障壁は粉々に粉砕され
1枚2枚と次々に割れてゆく

「嘘っ!?」

ジーンは慌てていた、まさか破られるとは思っていなかったのだ
あの分厚さならファゴ・メティオールでもヒビすら入らないはずだ

ダメ、止められないっ!

そう思った瞬間、彼女の視界が切り替わる
まるで自分の中から外を見ているかのようなこの視点は
アスタロトと入れ替わった時のものだと気づいた

《久しいな、人の王よ》

『ふははは!ここでお前に会えるとは俺はツイている!!』

アスタロトは障壁を操作し前面に全ての障壁を集める

『ぬるい!ぬるいぞ!悪魔王!!今日こそその魔力をいただく!』

《くっ・・・》

アスタロトの障壁が8枚破られた時、ミスリルブロードソードに異変が起きる

パキンッ

真っ二つに折れたのだ
これまでの戦いで消耗、蓄積していったダメージがここに来て限界を迎えたのである

「チッ、なまくらが」

瞬時にシルトは姿を消し、少し離れているラピの目の前に現れる

「ひゃぁっ!」

ラピが変な声を上げると同時に彼女の身体は宙に浮く
シルトが蹴飛ばし、吹き飛んだのだ
まだ幼い身体の彼女は勢いよく飛んで行き、15メートルほど離れた民家に激突する
土壁を壊し、家の中へと消えたラピは起きてくる事はなかった

「・・・・・シルさん・・・」

すぐ近くにいたシャルルの拳がぷるぷると震える

『お前ぇぇぇぇぇぇっ!!』

シャルルの髪が逆立ち、膨大な魔力の波が溢れ出る
この時、シャルルは無意識に今までの限界を突破していた
巫女としての覚醒には程遠いが
今までのシャルルの魔力からすると数十倍の魔力が溢れていた

「押し寄せる大海のうねり!」

彼女の両手から放たれたのは水の究極魔法だった
究極魔法としては下位の方に入るものだが
水の魔法の上級10章を超えるそれを本能だけで発動していた

だが、それはシルトの常闇の盾で防がれる

「喰らえ」

水は盾に触れると同時に消える
まるで最初から無かったかのように、だ

「そんな・・・なんで」

シャルルが目の前で起こった事が理解出来ず震えていると
常闇の盾から先程放った水の魔法が時間差で返ってくる

「ぐぅっ!」

メリメリっと嫌な音がし、骨が数本折れる
シャルルの身体は20メートル以上吹き飛び
砂の上を転がり、止まった彼女はピクリとも動かない
その口からは大量の血が吐き出され、命にかかわる状態だとすぐに分かった

『シャルルーッ!!』

サラがシャルルの元へ向かおうと大地を全力で蹴る
凄まじい移動速度にシルトは思わず唸った

「ほぉ」

その時、アスタロトが障壁を使った拳を放つ
だが、それは空振りに終わった、また姿が消えたのだ

くっ!また消えたか、厄介な奴だ
そう思った瞬間、背中に激痛が走る

《ぐっ》

折れたミスリルブロードソードで斬りられていた
障壁を全て拳に使っていたためガードが出来なかったのだ
即座に振り向き、再び拳を放つ
だが、それは常闇の盾で防がれ、その衝撃は跳ね返ってくる
吹き飛んだアスタロトは障壁で衝撃を吸収し、何とか着地した

「おい、悪魔王・・・お前まさか魔法を使わずに俺に勝つ気か?」

《・・・ふっ・・・まぁ無理だろうな》

覚悟を決めたアスタロトは両手を広げる

《灰燼と化せ、原初たる炎、始まりの竜》

左手に白と黒の炎が交じる事なく合わさってゆく

詠唱を始めるだけで身体が軋む
おそらくこの1撃を放てば身体は崩壊するだろう
やむをえん、後で女の小言なら聞いてやろう

《理りを統べし刻を我が手に》

右手には時計のようなものが現れ、その針が止まる
その瞬間、シルトの身体がピタリと止まった
髪の1本まで全て、である

そして、アスタロトは1枚の障壁で大地を蹴り
シルトに向けて左手の白黒の炎を伸ばす

《滅》

その炎が触れるか間際、シルトの姿が消え
アスタロトの真横に現れる

《っ!》

「遅い」

折れたミスリルブロードソードによる斬り上げが放たれ
アスタロトの残る4枚の障壁が木っ端微塵に破壊され
ジーンの身体は右太ももから左肩まで一直線に切り裂かれる

《が・・・はっ》

倒れたアスタロトはこれ以上の負荷は身体が持たないと判断し
精神を引っ込め、ジーンと入れ替わり
身体の再生、肉体の時間の巻き戻しに集中する事にした

「チッ・・・このなまくらが折れていなければトドメだったものを」

シルトは唾を吐き捨て、残る1人・・・サラを見る
サラはシャルルの様子を見ていたが
こちらへ向けられた殺気に気づき立ち上がった

「シルトさんを・・・・」

「ん?なんだ?」

サラの声はシルトまで届かず
シルトはわざとらしく耳に手を当て聞く

『シルトさんを返せっ!!』

サラの目には涙が溢れ、噛まれた下唇からは血が流れていた

「はははははっ!残念だったな、ヤツはもう消えたよ」

『お前は・・・お前だけは許さないっ!』

サラが走り出し、魔法剣に炎が宿る

「ほぅ、珍妙な剣を使う」

サラの突進からの振り下ろしを紙一重でかわし
シルトはサラと平行して移動する

「お前、なかなか良い脚をしているな」

「っ!?」

あのフルプレートで自分のスピードについてきている事に驚く
無理矢理方向転換をしたりしてもシルトはぴったりとついてきていた

「このっ!」

サラが身体を捻りながら剣を振るうが空振る
再びシルトの身体が消えたからだ
消えたシルトは一瞬でサラの背後に現れ、彼女の太ももを撫でる

「っ!?!!?」

人に太ももを触られた事などないサラは驚きの余り盛大に転んだ
高速移動中だったため6回転しないと止まる事が出来ず
身体のあちこちが痛かった

「ほぅ、下着は白か、嫌いではないぞ」

ゲスな眼を向けるシルトに慌ててスカートを抑える

「隠す事もあるまい、抱いてやると言っているのだ」

『誰がお前なんかに・・・っ!
 シルトさんと同じ顔で、同じ声でそんな事言うなっ!』

「なんだ、お前はこの男を好いているのか」

サラの叫びに含まれる感情を見透かされた
それはサラ自身が自覚していなかった感情
違和感はあれど何なのか分からずモヤモヤしていた感情
それを呆気なく、あっさりとコイツは言い当てた

「違っ・・・」

「何が違うというのだ、本当は嬉しいのだろう?
 この男に抱いてもらえるのだぞ、ほら、喜ぶがよい」

『違うっ!!お前はシルトさんじゃないっ!』

サラは太ももからナビィから使ってはいけないと言われた筒を取り出す
最終手段として用意はしておくが、これを使えば剣が耐えられないかもしれない、と
そう言われた筒を装填し、柄の上部を叩く

「シルトさんを・・・返せ」

涙目で、弱々しく、今にも消えそうな声で彼女は言った
そして、彼女の持つ魔法剣から黒いモヤが漏れ出す
これは死の魔法、リリムが魔力を込めた筒だ

『返せっ!!』

サラが大地を蹴り、魔法剣が空気を殺しながら突き進む
だが、シルトの身体は消え、瞬時に背後に現れる
そして、耳元で声が聞こえてくる

「できぬよ」

ゾクッとした、でもそれ以上に許せなかった
サラは振り向き、渾身の力を込めて剣を振りかぶる

ドスッ・・・・

何かが身体に当たり、振り下ろそうとしていた剣が止まった

「え・・・・」

自身の身体を見てサラはぽかんとしていた
みぞおち辺りに深々とよく見知った剣が刺さっているからだ

その剣は私の宝物
シルトさんが長年使って、それを譲り受けたものだ
誰よりも憧れ、誰よりも信頼し、誰よりも・・・・大好きな人の剣

それが何故私の身体に刺さっているのだろう
何故こんな奴の手に収まっているのだろう
何故・・・・

「ごふっ・・・あ・・・あ・・・・」

サラは口から溢れる血で言葉を発する事が出来ずにいた
涙が溢れる、手から剣と盾が落ち、力なく垂れ下がる
止めどなく血が流れ体温が奪われてゆく

寒い・・・あの温もりが恋しい
ハーフブリードの暖かな雰囲気、優しい家
全て彼が与えてくれた、一緒にいてくれた

温かい手、ふわふわの髪、傷だらけの身体、綺麗な黒眼
厳しくて、甘くて、優しくて、格好良くて、時々情けなくて
全てが愛しかった・・・・私は彼が大好きだったんだ





遠のく意識の中、愛しい人の悲しい叫びがこだましていた




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