カタクリズム

ウナムムル

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4章:闇の始動編

第9話 戦場の想い

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【戦場の想い】





ヒッポグリフ隊の活躍により戦局は大きくメンフィスに傾いていた
先の究極融合魔法時に逃げ出した2体も戻り
12体の魔獣はこの戦場の空を完全に支配している

人とは上からの攻撃に弱い生き物である
幾つか理由はあるが、最大の理由は視界に入らないという点だ
上を見上げれば見える、だがこの戦争という状況で上を見ている阿呆がいるだろうか
油断すればいつ矢が飛んでくるか、いつ斬られるか分からないこの状況で
呑気に空など見ている者はいない、例えそこに最大の脅威がいようとも、だ
いや、厳密に言うと"見ている余裕のある者などいない"だろう

空を支配する事とは、この戦争を支配すると同義なのだ

空から陣形の崩れた箇所を知らせ、即座に部隊を優位な位置に動かす
偵察とは戦略を決める上で最重要なのだ
更に、攻めあぐねている部分、敵の密集している場所には絨毯爆撃を仕掛ける
メンフィス軍は目印として白いターバンを頭に巻いているため
誤爆が起こる事はほとんど無いと言っていい

そのため、メンフィス軍は上を一切気にしなくていいのだ
一方、ヒッタイト軍は頭上の脅威を見る余裕など無いが
気にしない奴はただの馬鹿か自殺志願者だろう
その集中力の差が戦局にも影響が出ていた

そして、現在のメンフィス優勢の最大の原因はジーンの活躍のおかげである

"士気"・・・この差が圧倒的なのだ
ヒッタイト軍は巫女の究極融合魔法の絶大な力に歓喜した
我らには巫女様がついてる!神が味方してくれている!
勝利は約束されたようなものだ!と彼等は歓喜した

人は一旦でも期待をしてしまうと、それが駄目になった時
その落差に精神がやられてしまうのだ、生死が掛かっている場合は尚更である
彼等は究極融合魔法という希望を見た反動で絶望してしまったのだ
あれほどの奇跡が起きても勝てないのか・・・と

これらの要因によりメンフィスは倍近い人数のいるヒッタイトを圧倒していた
しかし、この状況は徐々に変化し始める

メンフィス軍の大半は民兵である
普段は一般人として暮らしている彼等は戦闘のプロではない
一方ヒッタイト軍はその大半が傭兵だ
傭兵とは金で依頼を受け、魔獣の討伐や戦争など様々な仕事をこなす職である
そのため、傭兵達は戦いの中で生きていると言っていい連中なのだ
練度の違い、それは目に見えて分かるほどだった

正規軍同士の戦争であるなら既に勝敗は決していただろう
だが、民兵と傭兵では個々の強さが違いすぎた
その結果、この戦争は泥仕合と化し始めていた

メンフィス側は民兵は時間稼ぎにしかならず
ヒッポグリフ隊による爆撃でヒッタイト軍を減らしていった
ヒッタイト側はどれだけ殺されようと数で押し切る戦術に切り替え
犠牲は増えたが徐々に前線を取り戻しつつあった

両国共に人を人として扱ってなどいなかった
人間を消費しながら戦争は続いている・・・

・・・・・

・・・



『シャルル前出すぎ!頼むから僕の後ろにいてくれっ!』

シルトの叫び声が戦場に響く
だがそんな声に反応する者などいない、皆そんな余裕など無いのだ
しかし、名指しで言われたシャルルは別である

「ご、ごめん、何か・・・すごくて・・・・」

初めて戦争というものを経験している彼女は普段の彼女ではなかった
辺り一帯に死が溢れている、この地獄のような光景を目の当たりにし
周りが見えなくなるほど動揺していた

「怒ってる訳じゃないよ、でも離れないでね」

シルトが一瞬だけいつもの緩い笑顔をして彼女の前に立つ
そんな彼の顔もシャルルにとっては動揺してしまう1つの原因なのだ
さっき見せた一瞬の笑顔に心が少しだけ落ち着くが
すぐに変わった彼の顔は自分の知る彼ではない
ジーンとの喧嘩の時よりも、今のシルトは怖かった

それはサラも感じていた
口調こそ優しいシルトのままだが、彼女の知る彼ではなかった
サラが感じた一番の違いは剣技だ
今の彼の剣は人を殺すための剣、そう感じられるものだった
普段の守る剣技とは正反対のそれはサラにとって恐怖だった

『サラッ!』

一瞬考え事をしていたサラは油断をしていた
敵兵が彼女の後方から刺そうとしていた槍の一撃をシルトが常闇の盾で防ぐ
そのまま槍を受け流し、体勢の崩れた敵兵の喉に剣を深く突きたてる
これでシルトの殺したヒッタイト兵は既に11人にもなる

「余所見しない、ここは戦場だよ」

彼が優しい表情で言うが、やはり即座に怖い顔になってしまう
ここには優しいままではいられない何かがある
戦争って嫌だな、サラはそう感じていた

「ごめんなさい、気をつける」

彼女が剣と盾を構え直すと、シルトが敵を2人斬り殺しながら言う

「サラ、そろそろ、人を・・っと、斬れるかい?」

そう、サラとシャルルはまだこの戦争で誰一人殺していない
シルトだって殺させたい訳じゃない
むしろこの二人にはそういう事は絶対にさせたくなかった
だが、殺らなければ殺られる、そういう場所なのだ

「どうしても殺さなきゃダメ?」

「生きれるならいいよ、そうでないならダメ」

彼の言葉はキツかった
正しいのは判っている、でも怖いのだ
アムリタの時もそうだった、人間に剣を振るう事は怖かった

「出来る限り殺さずやってみる・・・それでいい?」

「・・・・判った、任せる」

一時的に敵の波が治まり、シルトは剣を地面に刺してからサラの頭を撫でる

「頑張れ」

「うん!」

「私も頑張るよ!」

後ろのシャルルも元気にそんな事を言うので彼女の頭も撫でる
嬉しそうなサラとシャルルの表情を見てシルトは苦笑した

正直そんな甘い戦い方では危険だと思っている
サラやシャルルの技量を疑う訳じゃないが、ここは戦場だ
四方八方から死が迫ってくる、一瞬の油断が死に直結する
そんな状況で相手を想う余裕のある人間がいるだろうか

答えは簡単だ、いるはずがない

だがこの二人は別だった
殺し合いの状況でも彼女達は殺す事を拒んだ
二人の顔を見て、そんな彼女達の想いを大事にしたくなってしまったのだ
水あたりにより本来の実力が出せない今の自分にどこまで出来るか分からないが
たとえこの命を投げ出そうとも彼女達の想いを守ると彼は心の中で誓う

「ったく、面倒な子に育ったもんだ」

「にししっ」

「ふふっ」

3人が少しの間だけ笑顔になり、再び敵が迫ってくる

「行くぞ!」

シルトを先頭に3人は戦場を駆けていた・・・

・・・・・

・・・



一方、エイン達は上空のヒッポグリフ隊の動きを見ながら移動していた
彼等のターゲットはそのヒッポグリフだからだ
上空70~100メートル辺りを飛び回り、火薬と油を使った爆撃を繰り返している
定期的に補充のために引き返して行く姿を確認しているため
エイン達は12体全てが揃い、尚且つ散開していない時を狙っていた

「マルロ様、大丈夫ですか?」

究極魔法を使ったイエルは既にヒッタイトに戻っているが
マルロはイエルの魔力に合わせたため、まだ少しは動く事は出来た
今はバテンに背負われ、激しい揺れに耐えるのに必死だった

「は、はい、大した力は残ってませんが、1回なら確実に出来ます」

そう言う少女の顔色はあまり良くない
それは魔力を消耗したのもあるが、激しい揺れに酔ったのもあるだろう

「頼みます」

エインは左手の風斬りの長剣を持つ手に力が入る
今、彼は鎧という鎧を胸当て以外は外している
それは身体を軽くするためである、今回の作戦には軽さが大事なのだ

「10・・・11・・・・来ました!」

リリムの声で皆に一斉に緊張が走る
バテンの背から降りたマルロはよたつく足で数歩進み
身の丈に合わない黒曜石の杖を構える

「準備はいいですか?」

「はい」

エインとマルロが目を合わせ頷く

「死ぬなよ、エイン君」

発案者であるバテンがそんな事を言う
むしろこれで死ななかったら奇跡なのでは?と思わなくもなかった
だが、この方法しか思い浮かばなかったのだ、諦めるしかない
それに、自分は決めたのだ、この国を救う、と

「大地の息吹よ、我の地踏鞴(じだたら)に呼応し、力を示せ」

マルロの黒曜石の杖が黄色く輝き、辺り一帯を照らす
その強烈な光に反応し、この一角の戦闘が一瞬だが止まった
僅かな時の静寂、そして魔法は発動しようとしていた・・・

「エインさんっ!」

マルロの掛け声でエインは抜刀し



上空のヒッポグリフの位置を確認して彼は頷く
そして、マルロは1度だけ力強く大地を踏みつけた

ドゴッ!

少女の足音と思えない音が鳴り響く
それは彼女の足音ではなく、大地が迫り上がった音だった
エインの足元の大地が迫り上がり、彼は一瞬よろめく
直後、直径2メートルほどの範囲の大地は高速で上へ上へと伸びて行く

「くっ」

想像以上の速度にエインは膝をつき、剣で身体を支える
大地は一瞬で65メートル近くまで達し急停止した
その反動でエインの身体が浮き上がり
重力が消失したかのような浮遊感が彼を包み込む
彼の身体は空中に投げ出されていた

戦場に突如現れた天高く伸びた石柱に大勢の者が目を奪われる

作戦は単純なものだった
マルロの魔法で大地を迫り上げ、それを足場にエインがフックショットを使い
ヒッポグリフに取り付き殲滅、または飛行不能にするというものである
単純だがこの作戦にはエインの生還方法が考慮されていないという欠点があった

浮遊感の中、エインは目標であるヒッポグリフ隊を睨みつける
それぞれの位置を瞬時に把握し、どのルートで行くか即座に判断する
空中で身をねじり、1番近くにいたヒッポグリフへと狙いを定めた

突如出現した石柱に驚きを隠せないヒッポグリフ隊は動きが止まっていた
それがエインにとって好機となる
銀の腕に仕込まれているフックショットを放つ
小さな発射音と共に鋭いフックとミスリルが編み込まれたワイヤーが射出され
先端にあるフックがヒッポグリフの脇腹に突き刺さり固定される

カチャンッ!ギュルルルルルルッ!

彼が手首を傾けると同時に身体はヒッポグリフに引き寄せられてゆく
突然の痛みに驚いたヒッポグリフは暴れ、騎乗していた兵は大慌てだ
そのため、エインの接近に対する反応が大幅に遅れてしまった

「いっ!」

ヒッポグリフに騎乗する彼女の悲鳴が一瞬聞こえ、その頭部は宙を舞う
エインがヒッポグリフに取り付くと同時に首を跳ねたのだ
そのまま両翼を斬りつけ飛行不能にする
高度が落ちる前に次のヒッポグリフへとフックショットを射出し
落下し始めたヒッポグリフを強く蹴り落とし、エインは飛んで行った

ギュルルルルルッ!

2体目のヒッポグリフの翼が切り落とされた頃、隊長であるナビィが指示を下す
彼女の反応が遅いように思えるが、この一連の流れは僅か10秒足らずの出来事なのだ
エインは近場にいたヒッポグリフを瞬時に撃破し、次々に飛び移ってくる

『総員!散開せよっ!!』

ヒッポグリフ隊には弱点が1つだけある
それは大量の火気を所持するため、近接武器を持っていないのだ
隊長であるナビィだけは円月輪を所持しているが、その他の隊員は所有していなかった

「バステト様、捕まっていてください」

「は、はい!」

ナビィは即座に円月輪を抜き、大きく振りかぶる
だが、背後にいるバステトが邪魔で上手く構える事が出来ず
エインを狙うには難しい状況だった

何なのだ、アイツは!何故空が飛べる!
あの腕は何だ!?あれが噂に聞く機械というものなのか?
ヒッタイトはそんなものを手に入れたというのか?
くそっ、考えても無駄だ、今はアイツを何とかしなければならない
ここで私達が落ちればメンフィスは・・・・負けるっ!

「ラナー!バステト様を頼む!」

「ハッ!」

ナビィが一番近くにいたヒッポグリフ隊員に近寄るよう合図を出し
徐々に距離は近づき、隊員はナビィのほぼ真下に陣取る

「バステト様、そちらへ移っていただけますか?」

「飛び降りるのですか?」

「はい」

「わ、わかりました」

ゴクリと唾を飲み込み、バステトは目を瞑り両手を組んだ

「女王、お任せください、必ずや受け止めます!」

「は、はい、頼みますよ」

彼女は勇気を振り絞りナビィの操るヒッポグリフから飛び降りる
すぐ下にいる隊員がバステトの身体をしっかりと受け止め
一瞬フラつくがすぐに体勢を立て直した

「ラナー、頼んだぞ」

「この命に代えましても!」

ナビィがヒッポグリフの脇腹を軽く蹴り、一気に加速する
目標は既に6体のヒッポグリフを落とした銀の腕の剣士だ

『お前ェーーーーーーーーーーーッ!!』

ナビィの怒りの叫びが空に響き、彼女の両手から円月輪が放たれる
それは弧を描きながらエインへと向かう
ヒッポグリフだけに集中していたエインは円月輪に気づく事が出来なかった
これが地上であるなら彼も気づけただろう
だが、ここは上空である、風が強く、円月輪の空気を切る音も聞こえにくいのだ
風に煽られ若干狙いが逸れるが、1つの円月輪はエインの銀の腕に直撃する

キィンッ!

「チッ・・硬いな」

傷すらつかなかった銀の腕を見て舌打ちをする

エインは腕に衝撃が来た事によりナビィの存在に気づき
次の目標を彼女の乗るヒッポグリフへと切り替えた
だが、彼女との距離はまだ40メートル近くある
流石にフックショットでも届かない距離だ

どうする?

一瞬だけ悩み、彼はすぐに行動に出る
エインは左上にいたヒッポグリフの足にフックを撃ち込み、振り子のように空を翔る
一気に30メートル以上近寄ってくる銀の腕の剣士に驚くが
ナビィは既に火の魔法と炸裂玉を用意していた

「死ねっ!」

彼女の作り出した小さな火が導火線を燃やす
導火線は通常よりも短く切られており、短時間で爆発するようになっていた
それをエインへと放る、もはやなりふり構っていられない
たとえ相打ちになろうともコイツだけは殺さなくてはいけない

だが、ナビィの狙いは偶然のような出来事に阻止される

エインがフックを放ち、それはナビィの乗るヒッポグリフの目に突き刺さる
ワイヤーを巻き取り始めた彼は長剣を前へと構え、突きの体勢に入る
その突きはナビィの放った炸裂玉を貫通し
炸裂玉の中で火薬に到達するよりも一瞬早く導火線は切れ、爆発しなかったのだ

「バッ!不発っ!?」

ナビィが目を丸くしていると、彼は一瞬で目の前まで迫り
ヒッポグリフの頭を落とすと同時にナビィの右腕を切断する

「すまない・・・」

彼が再びフックを射出し飛び出す間に呟いた言葉がナビィの耳に残っていた

先程足にフックを撃ち込んだヒッポグリフに飛び移ったエインは
騎乗していた隊員を斬り捨て、手綱を握る
だが、言う事を聞く訳もなくヒッポグリフは激しく暴れ回った
振り落とされまいと必死にしがみつき、エインは片翼を軽く斬りつける
上手く飛べなくなったヒッポグリフは蛇行しながら落下していった

腕を斬り落とされたナビィは意識を失い、首の落ちたヒッポグリフから投げ出される
一部始終を見ていたラナーは急ぎ彼女の元へと飛び
空中でナビィをキャッチし、背後にいるバステトへと預ける

「頼みます!!」

「は、はい!」

必死に抱きしめるようにナビィの身体を支えるが
彼女の腕から溢れる血がバステトの純白の服を赤く染める
バステトはナビィのターバンを解き、包帯代わりにして彼女の腕に乱暴に巻いゆく

「ナビィ、しっかりしなさい!死んではダメです!女王命令ですよ!」

しかしナビィの返答はなく、どんどん彼女の体温が奪われてゆく

「ダメ!ダメよナビィ!」

彼女の身体を擦り、少しでも温めようとするが
その程度で効果がある訳もなかった

「すぐに地上へ降りなさい!ナビィを治療します!」

「ハッ!」

ラナーはヒッポグリフの腹を蹴り、大急ぎで本陣の医療班の元へと向かった

・・・・・

・・・



傷ついたヒッポグリフはゆっくりと落下し
エインは地上4メートルほどの位置で飛び降りる
回転するように受身を取り、即座に剣を上へと構えた
そこへ上空からヒッポグリフの鋭い爪が襲う

キィィンッ!

エインは銀の腕でそれを受け止め、逆にヒッポグリフの足を掴む
そのまま地面へと叩きつけ、目へと突きを放つ
それは頭を貫通し、ヒッポグリフは絶命した
これでエインの倒したヒッポグリフは8体となる
予定より少なかったが十分な戦果は上げられただろう

「はぁはぁ・・・・何とか無事戻って来れたか・・・」

エインが辺りを見渡すとヒッタイトとメンフィスの乱戦の真っ只中だった
だが、戦闘は一瞬だが止まっており、皆が彼に注目していた
そこでエインは剣を上へと掲げる

『頭上の脅威はいなくなった!勝ち鬨を上げろっ!!』

オオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!

エインの声に反応し、ヒッタイト軍の士気は跳ね上がる
それに圧倒されたメンフィス軍は一気に押され始める
元々民兵と傭兵の違いのあった両軍の差は、士気が逆転した事により大きく開き
ヒッタイト優勢の状況へと戦局は変わった

・・・・・

・・・



「へっ、やりやがったな、疾雷の野郎」

「流石エインちゃんねぇ♪」

落下地点の近場にいたドラスリア騎士団の彼等にもエインの帰還は見えていた

「彼ならやれると思っていたさ」

バテンが普段見せないほどの笑みでそう言い
彼の荒っぽい戦い方が更に豪快になってゆく
騎士団長の名は伊達ではない、そう主張するかのような豪快な剣技で
人間を吹き飛ばす勢いで突き進んでいた

そんなドラスリア騎士団がエインと合流しようとした時
アシュの視界の隅に戦場に一瞬戦場に似合わない淡いピンク色が入ってくる

「・・・来たッ!」

アシュの顔が喜びに歪む、それはまるで餌を与えられた野獣のようだ

「アシュちゃん、喜んでる場合じゃないわよ、隣も見なさい」

プララーの珍しく真面目な声に目標であるサラから少し横に視線をずらす
すると、そこには黒い鎧の男、シルトの姿もあった

「あれは疾雷がやんだろ?俺には関係ねぇ」

槍の調子を確かめ、手に唾を吐き、アシュは低く低く構える

「不動は俺が時間を稼ごう、お前等は予定通り紅焔を止めろ」

バテンが大剣を肩に担ぎ走り出す、それに続くように二人も走り出した
それに気づきシルト達もまた戦闘体勢に入っていた

「サラは槍の奴を、僕が大剣とオカマを殺る、シャルルは前には出ないで支援を」

「わかった」

「任せてっ!」

「いくぞ!」

シルトが走り出すが彼の動きはいつもより遥かに鈍い
苦痛に顔を歪め、冷や汗もかいている
まだ水あたりが治ってなどいないのだ

「うっぷ・・・気持ちわるっ・・・早く終わらせるよ」

シルトの動きが加速してゆき、地を這うような走りに変わる
彼はそのままバテンへと突っ込み、常闇の盾を上へと構えた

『どありゃあああああああっ!!』

バテンの強烈な上段からの振り下ろしが常闇の盾を捉える
だが、盾に触れるほんの僅か手前で大剣は真逆の方向へと吹き飛ばされる
上へと跳ね上がった大剣が宙を舞い、バテンには理解できなかった
そして一瞬だが目で追ってしまい、瞬時に自分の愚かさに気づく

この男を相手に目を離すなど自殺行為だ、と

視線を戻すと、そこには喉を狙い突きを放つシルトの殺意があった
それをあえて身を屈める事でヘルムの額部分で受ける

ゴゥンッ!

ヘルムは勢いよく吹き飛ぶ、一番硬い部分である額部分は変形していた
バテンの額からも血が溢れ、ヘルムを少し貫通していた事にゾッとする

数ミリずれたら死んでいたな、だがっ!!

バテンはシルトの首に腕をひっかけ、ラリアットのような体勢に入る
そのまま彼を押し倒し、抱え込む算段だ
だが、彼の思惑はまたも上手くいかない

バテンとは大男である、190近い恵まれた体型と
鍛え上げられた筋肉と研ぎ澄まされた闘争心
一国の騎士団長の座につくほどの実力者なのだ

しかし、彼のラリアットのようなタックルでシルトは一切動いていなかった
彼の身長は170ちょっとしかなく、決して大きくはない
更に、彼の肉体はバテンほどの筋肉はなく、力の差は明らかのはずだった

「残念、それは失敗だよ」

耳元からシルトの声が響き、腋辺りから熱い感覚が襲う

「ぐぅっ!」

城壁防御を発動したシルトを簡単に押せる者などいない
止まってしまったバテンは開いた腋をミスリルブロードソードで刺されていた
だが、分厚い筋肉で止まり、致命傷にはなっていない
密着した体勢からの一撃はそれほど威力を出せなかったのだ
いや、今のシルトには出せなかったのだ

バテンはシルトを押さえ込む事を諦めて飛び退く
ゴロゴロと転がるように下がり自身の大剣を探した
だが、シルトがそんな事を許してくれる訳もなく、容赦ない追撃が襲う
彼の剣がバテンの胸を貫こうとした時
ミスリルブロードソードは何かに弾かれて方向を変え、地面に突き刺さる

「遅かったな」

「そうですか?間に合ったと思いますが」

ブロードソードを弾いたのはエインの銀の右腕だ
剣を引き抜き、1歩距離を取ったシルトは常闇の盾を前面に構える
エインもまた銀の右腕を添えるように左手で風斬りの長剣を構えた

「こっちは腹が痛いんだ、さっさと終わらせてもらうぞ」

シルトは額の汗の量が尋常ではなかった
それを見てエインは大きく息を吐き出す

「ふぅ・・・・本調子でなくとも手は抜きません」

「当前だろ、戦争だぞ」

「ですね」

互いに少しニヤけ、二人の戦いが始まろうとしていた

・・・・・

・・・



キンッ!・・・キンッ!

「だーっ!!早ぇなっ!!」

アシュがイラつきながら槍を振るい続けている
それを舞うように避けているのがサラだ
彼女はその身体能力や柔らかさやバネでヒラヒラとかわし続けている
時折剣を振ってくるが、それはどれも手や足を狙ったものだ

『舐めてんのか!てめぇっ!!』

アシュの苛立ちはピークに達しようとしていた

「私は、殺したくない、だけ」

『それが舐めてるって言ってんだよっ!!』

アシュの猛攻が続くが完全にサラに見切られており
かする気配すらない状態だった
だが、この状況は長くは続かなかった、プララーの参戦だ

「お邪魔するわよん☆」

プララーの長い足から放たれる鋭い蹴りがサラの脇腹を狙う
それを盾で防ぎ、脛当ての金属とぶつかり合い火花を散らす
若干体勢を崩したサラの元にアシュの突きが迫る
それを身体を反る事でかわすが、そこにプララーの足払いが放たれる
サラは即座にバク転し、回転しながらプララーの足を狙う
だがそれは脛当ての金属部分に阻まれた

「とんでもないわねぇ、このお嬢ちゃん」

「愚痴ってんじゃねーよ、舐められたままでいられっかよ」

アシュが唾を吐き出し、口元を拭う

「判ってるわよ、いつもの行くわよ」

「応っ!」

プララーの背後にアシュが隠れるように立ち、サラに向かい構えた
サラはシルトの体調が気になるが、今は集中しなくてはマズい
自身にそう言い聞かせ、足首を軽く回し始めた





ついに彼等の直接対決が始まった
戦況はヒッタイトへと大きく傾き、このままでは時間の問題だろう
しかし、この戦争はこのままでは終わらない



これからこの戦争で起こる、二つの大きな事象を彼等はまだ知らない・・・



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moon
大衆娯楽
念願叶ってテーマパークのダンサーになった僕。しかしそこは、有名になりたいだけの動画クリエイターからテーマパークに悪態をつくことで収益を得る映画オタク、はたまたダンサーにガチ恋するカメラ女子、それらを目の敵にするスタッフなどとんでもない人間たちの巣窟だった。 ハロウィンに行われる『ゾンビナイト』というイベントを取り巻く人達を描くどこにでもある普通のテーマパークのお話。

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