カタクリズム

ウナムムル

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番外編:語られぬ物語

第2話 邂逅 其のニ

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【邂逅】其の二






砂漠の外れに首都を置くヒッタイト国
テンソン達"傭兵"の大半はこの首都に籍を置いていた
それはこの近辺で戦が絶えぬためである
北にアムリタ、東にメンフィス、北東にリスティ
4カ国の長きに渡る戦争が続いているため
傭兵達は仕事にあぶれる事は無かった

今回の戦争で出番の無かったテンソンは
大急ぎで旅の支度を済ませ、ヒッタイト国の首都を出発した
馬で街道を下り、国の外れにある人口1000人程度の街を目指す
ここは2年ほど前に魔物の討伐依頼で訪れた街・レッジョだ
アムリタとの交易の拠点ともなっているこの街は商人で賑わっている
そのため、住んでいる者よりも他から来た者の方が多いくらいだった

首都から一日以上強行軍だったテンソンはレッジョで宿を取る
この街は外から来る者が多いため、宿が多い街でもあるのだ
激しい睡魔に襲われながら宿を探し
安宿の一室を借り、倒れ込むようにベッドへとダイブする
直ぐに夢の世界へと旅立ち、気がつけば日付が変わっていた

翌朝、朝食を取ったテンソンはレッジョの街へと繰り出す
この先で食糧の補充が難しいため、ここで買い溜めるつもりだ
首都で借りた馬を業者に返し、大好物のカエル揚げを多めに買い込む
今回は串に刺さったカエル揚げを6本ほど注文し、紙に包んでもらった
更に干し芋、干し肉などの保存食を数日分用意し
その足で街を出て、巨木の並ぶ深い森へと歩を進めた

巨木の森、樹齢数千年は経っているであろう巨木が幾つも生えている森である
樹高30メートルを超えるものが多く、幹周りは20メートルは優にあるだろうか
そんな樹齢数千年の大樹が珍しくもないほど生えているこの森は
この辺りの地域では神の聖域と言われており
奥の方は人が近寄る事が無い森である

巨木の森には大量の魔物が生息している
それは奥の方だけであり、外側の方に魔物達が近寄る事は滅多に無い
しかし、その中でも希に人里まで来る魔物がいる
テンソン達"傭兵"はそういった魔物の討伐も引き受けていた

太い根が地面を這い、足場は非常に悪い
シディムへの道のりで、この森を抜けるために使う時間が一番多いのである

道中で数度魔物に襲われ時間を食ってしまう
1日かけて歩くが森は抜けられず、途中で野営となった
魔除けの香を焚き、大剣を抱えたまま仮眠を取る
気温の変化により木々がパシッと割り箸を折った時のような音を鳴らす
風により落ち葉などがザザザと鳴り、木々が揺らされギギギという音も鳴る
その音1つ1つがこの状況では恐怖だ
何か来たんじゃないか、何かいるんじゃないか
そんな疑心が心を埋め尽くしてゆく
そのため、この森の中では熟睡など出来る理由もなく
テンソンはなるべく時間をかけずこの森を抜けるのだった


レッジョを出立して1日半が過ぎる頃、巨木の森を抜ける
しかしそれでシディムに到着というわけではない、ここからは山に入るのだ
山は岩肌が多く、湿度が高いためにとても滑りやすい
岩肌の表面には苔が生えており、滑りやすさを悪化させていた

山の厄介なところはもう1つある、それは天候だ
ころころと天気が変わり、晴れていたと思えば土砂降りになる
そんな思春期の女の子のような天気に翻弄されながら山を登る

半日も掛からず山頂に到達し、そこからは下りとなる
この山の危険なのはこの下りなのだ
足元が滑りやすいため、下る時は細心の注意を払わなければならない
1歩でも踏み外したら・・・・想像したくないものだ

こればっかりは仕方がない、ゆっくりと時間を掛けて下山する
気がつけば日も落ち、辺りは闇に包まれていた

「今日はここまでだな」

辺りを見渡しながら独り言ちる
傾斜の滑らかな場所を探し出し、森で拾っておいた薪を焼べる
火打ち石で火を起こし、葉についた火を消さぬよう息を吹きかけ大きくする
パキパキと音を立てて火が強まり、暖かさが身を包んだ

好物のカエル揚げを3本ほど胃の中に入れ
マントを敷いてそこに横になる
荷物から動物の毛皮で出来た毛布を取り出し、それに包まれ瞳を閉じた
疲れと睡眠不足から直ぐに眠りは訪れ、テンソンを夢の世界へと誘う

この山の傾斜では魔物など襲ってくる事はほとんど無い
疲れきった身体を癒すためにも、ここでは熟睡するのだ


翌朝、日の出と共に目が覚めたテンソンは大きなあくびを1つし
寝ぼけた頭で辺りを見渡す・・・危険が無い事を確認すると
腰の紐を緩め、朝の排泄行為を始めるのだった

「・・・・お、おぉ・・・ふぅ~」

最後にぶるぶるっと震えがくる
スッキリしたテンソンは残り少ない水筒の水を一口飲み
カエル揚げを1本咥えながら下山を再開した

山を下りると再び森が広がる
この森は以前サイクロプスの群れを討伐したあの森だ
目的地は目の前に迫っている、それがテンソンの足を軽くし
早足で森へと入って行った

2時間ほど進むと、例のサイクロプス達がいた場所へと辿り着く
何度も通っているので迷う事などは無い
目印となる木や岩を覚えておけば森の中とて迷わないのだ

それから更に3時間、ついに森を抜け、テンソンは村へと辿り着く
シディム村の入口を守るおっちゃんに挨拶をし
真っ直ぐに"はらぺこ達のテーブル亭"を目指す

途中で村人達に声をかけられる
いつもなら相手にするところだが、今日はそうはいかない
今日はスピカに想いを伝える日なのだ
村人達を適当にあしらい、足を早めた

空は陰り、今にも雨が降りそうだった

『スピカさ~ん!』

いつもより大きな声で彼女を呼びながら
"はらぺこ達のテーブル亭"の扉を開け、中へと入る・・・・
すると、見慣れない子供がそこにいた


子供の年齢は8~10歳といったところだろうか
パッと見では男か女かすら解らぬほど可愛らしい顔立ちをしている
10人いれば6人は女と答えるだろう、しかしこの子は男の子である
髪が長いせいもあって、性別がハッキリとしないが
肩幅や腰回りが男のそれである

この少年には不思議な点が幾つかある
まず一番目立つ点である"色"だ
髪や目や服、それら全てが混じりけの無い純粋な白、純白である
中でもその目は印象的で、黒目部分が白く、本当に見えているのかも疑わしくなる

もう1つの不思議な点
それは、この2年・・この村にこんな子供は居なかったという点だ
シディム村は人口200人程度の小さな農村である
2年も通い続けたテンソンに知らぬ住民などいようはずがなかった
そして、シディム村とは外界から隔離された地にある
こんな少年が迷い込めるほど生易しい場所には無いのだ

最後にもう1つ、この少年には不思議な点がある
見た瞬間から何か違和感のようなものを感じるのだ
まるで天井の見えない壁を見ているような
何とも言えない圧迫感のようなものをテンソンは感じていた


テンソンがはらぺこ達のテーブル亭の入口で固まっていると
少年を相手していたスピカが駆け寄ってくる

「テンソンさんっ!無事だったんですね!」

スピカはとても嬉しそうな笑顔で出迎えてくれた
普段なら飛び上がるくらい嬉しい事なのだが
この"異様な少年"のせいでテンソンはそんな気分にはなれなかった

「あ、あぁ、無事戻った」

素っ気ない返事をしながらも、テンソンは少年から目を離せずにいた
そんな彼の視線に気づき、スピカが少年を紹介する

「この子は昨日森の中で見つけたの」

「森の中で?」

「うん、どうやら名前も解らないみたいで・・・」

スピカが心配そうな表情で少年の前へとしゃがみ込み
少年に目線を合わせてから微笑む
しかし、少年はぼーっと無表情のままで
目の前にいるスピカなど気にしてもいなかった

「実は一昨日、森に凄い大きな雷が落ちたの」

「雷?気づかなかったな」

記憶を手繰るがそんなものを見た覚えはない
一昨日と言えば自分が山を登っている頃だろうか
山の反対側にいた時なら気づかないのも仕方ないか

「それで翌日に数人で様子を見に行ったの
 そしたらこの子がいたってわけ、不思議よね」

「記憶が無いのはその雷のせいかもな」

「髪も目も真っ白になっちゃって・・・
 相当怖い目にあったのかもね・・・・可哀相に」

スピカが少年の頭を撫でると、少年の目がギロリとスピカを睨んだ
しかしスピカはそんな目線には気づかず、優しく頭を撫でるばかりだ
だが、テンソンはその目線に気づいている
あの眼は知っている・・・憎悪、怨嗟、嫉妬、そういった負の感情の眼だ
しかし、そんな眼は直ぐに変わり、再びぼーっとした表情に戻る

何なんだこの子供は・・・
テンソンは何とも言えない不安を感じていた

「ねぇ君、何か食べる?」

「・・・・・」

「どうしよ、言葉解らないのかな・・・」

「・・・・たべる」

「っ!」

喋った、その声はとても澄んでいて、濁りなど一切ない綺麗な声だった

「すぐに作るね!何がいい?」

「おいしいもの」

「あはは、頑張っちゃうね♪」

少年は歩き出し、席に座る
テンソンは少年が見える位置に腰掛け、少年を観察していた

それからスピカが厨房に注文をし、様々な料理が運ばれてくる
少年の好みが分からないので手当たり次第作ってみたようだ
少年はそれをパクパクと食べ始める

「どう?美味しい?」

「・・・うまい」

「そっか、良かった」

スピカが少年の向かい側に座り、笑顔で相手をしている
テンソンは想いを伝えるつもりで来たのだが、何だか拍子抜けしてしまい
言うタイミングを逃してしまっていた
それもこれも全てあの少年という存在のせいだ

おのれ変なガキンチョめ・・・スピカさんから離れろっ!

っと口に出せないので心の中で思っていると
スピカが思い出したようにテンソンの元へと歩いて来る

「あ、テンソンさん、注文聞いてなかったね、ごめんごめん」

「ん?あぁ、そうだったな・・・じゃあいつもので」

少し素っ気なく返すが

「は~い♪」

スピカは元気一杯にウィンクをして厨房へと消えてゆく
・・・・・その可愛らしさにテンソンは撃ち抜かれていた
先程までの苛立ちなど完璧に消え、今はスピカの事だけで頭がいっぱいだ
くっ、スピカさんは今日も最高だぜっ

運ばれてきた料理を食べ終える頃
再び少年を見てみると、出されたはずの膨大な量の料理を全て完食したようだった
あの量を・・・?あんなガキが・・・?
にわかには信じがたい光景だが、空になった食器の山を見るに疑いようもない

「あはは、君はよく食べるね~」

「・・・うまかった」

「でしょ?うちの料理は自慢なんだ~♪」

スピカがニコニコと満足そうに少年の相手をしている
あんな笑顔、俺に向けられた事があったか・・・?
いや、考えるのはよそう、へこむ

「ずっと君じゃ呼びにくいよね、名前どうしよっか?」

「なまえ?」

「うん、君を呼ぶ時の名前だよ」

少年は首を傾げ、意味が解らないといった雰囲気だ
少しして「あっ」と小さく口を開くと、少年は言った

「人に"さいやく"と呼ばれていたことがある」

「サイヤク?変わった名前だね」

「かわってるの?」

「うん、ちょっと変・・・かな?」

スピカがこちらを見て同意を求めてくる
テンソンは1度頷き、思っている事を言った

「そうだな、サイヤクなんて名前はおかしい、サイなんてどうだ?」

「うん!それがいいね!」

スピカが満面の笑みで頷く
その笑顔に鼻の下を伸ばすが、すぐにキリッとした顔に戻し
キメ顔でこう言った

「だろ?」

だが、スピカは既にこちらなど見ておらず、サイの方へと振り向き
頭を撫でながら「いい名前もらえたね」と微笑んでいた
テンソンはがっくりと肩を落とすが
すぐに少年を睨みつけ、サイめ・・・スピカさんを返せっ!
と心の中で言うのだった

「サイ・・・ぼくのなまえ、サイ」

少年は少しだけ嬉しそうに自分の名を繰り返していた

外へ出ると雨が降っており、雲がゴロゴロと音を鳴らし光っている
ったく、今日はダメだな、こんな天気じゃスピカさんに想いなんて伝えられん
テンソンは日を改めようと決め、いつも泊まっている村長の家へと向かう
日が落ちた頃、明日の計画を練っていると外から激しい雷の音が聞こえてくる

「こりゃ荒れそうだな」

窓から外を眺めると、風は強まり、雲は恐ろしいまでの早さで動いていた
雨戸を閉め、ベッドに寝転がって明日の事を考える
この感じじゃ明日は嵐だな、となると告白は明後日か?
今回の滞在は日程を決めていないので何時でもいいのだが
覚悟を決めてきた以上、なるべく早く想いを伝えたいのだ
どう伝えるかを考えていると、気がつけばテンソンは夢の中へと旅立っていた・・・



ズガガーーーーーーンッ!!

激しい振動と轟音でテンソンは飛び起きる
何事だ?!と急いで居間へと向かうと、そこには村長夫妻がいた

「何ですか今のは!?」

「雷だ、雷が村中に落ちているんだよ」

「雷・・・だと」

ガタガタと震える村長夫妻の前を通り過ぎ
テンソンは雨戸を少し開けて外を見る
すると、幾つもの雷が竜のようにのたうち暴れているようだった

「こんな雷があってたまるか・・・くそっ!」

テンソンが部屋に戻りミスリルの大剣を持って戻ってくる

「まさか外に出るつもりなのかっ!?」

「スピカさんが無事か見てくる!」

「やめなさい、いくら君でも無茶だ」

村長の制止を振り切り、テンソンは玄関の扉を開いた
その瞬間、暴風が室内へと入り、小物やテーブルクロスが吹き飛ばされる

「俺が出たら直ぐに閉めてくれ!」

「無茶だ!やめなさいっ!」

村長がそう言い終える前にテンソンは走り出していた


ピシッ!ズガガーーーーーンッ!!


轟音と共に雷が落ち、民家の1つが炎に包まれる
その雷は落ちるだけでは消えず、這うように移動してゆく

「なんだこれは・・・くそっ!」

暴風と雷雨の中、スピカの住む"はらべこ達のテーブル亭"を目指していると
この嵐の中に一際目立つ存在が立っていた・・・・サイだ
サイはじっと空を見上げている

『サイ!お前何してんだ!早く逃げろっ!』

テンソンが叫ぶがサイは顔すら動かさず、天を見つめている
駆け寄り、両肩を掴んで揺さぶると・・・

「・・・やっぱりこうなるんだ」

サイはハッキリとこう言った

『やっぱりってなんだ!おいっ!』

そして、テンソンはようやく異様な事に気がつく
サイという少年の身体や髪、服に至るまで一切濡れていないのだ
まるで何かに守られているように・・・・

「サイ・・・お前・・・・」

テンソンがサイの両肩から手を離すと
遠くからスピカの叫び声が聞こえてくる

『・・・ィー・・・・・サイー!!』

『スピカさんっ!』

テンソンが大声でスピカを呼ぶと、それに気づいたスピカは駆け寄ってくる
だが、スピカの足は途中で止まり、ガタガタと震えて空を見上げていった
その視線を追うように、テンソンが振り向くと・・・
そこには白く発光しながら浮き上がるサイがいた

《・・・あそびたいな・・・》

突如脳内に声が響く、紛れもないサイの声だ
テンソンは口を閉じる事すら忘れてサイを見上げている
何が起こっているのか全くもって理解できない
だが、この少年・・・サイは危険だ、それだけは本能的に理解した
ギリッと歯を噛み締め、サイに背を向ける
そのまま走り出し、スピカを抱えて全速力で走り出す

『テンソンさん!サイが!』

『"あれ"は人じゃねぇっ!』

普段見せないテンソンの本気の怒鳴り声にスピカは黙る
テンソンに抱えられながら、彼女は悲しげな瞳でサイを見つめていた

サイはゆっくりと浮上し、その肩が震え出す

《・・・ふふ・・・あはは・・・・あははははは!・・・》

その笑い声はシディムにいる全ての者の脳内に響いていた

空に渦巻く雲が糸を解くように地面へと降りてくる
それは巨大な竜巻へと姿を変え、地面や家をえぐり、進んでゆく
雷もその激しさを増してゆき、まるで複数の竜が暴れているようだった

スピカを抱えて走るテンソンの前に、突如サイが現れる
瞬間移動でもしてきたかのようなその登場に、流石のテンソンも驚いていた

「おいおい、マジもんの化物じゃねぇか」

スピカをゆっくりと下ろし、背中のミスリルの大剣を抜く

「テンソンさん・・・」

不安そうなスピカに歯を見せ笑い、頭に手を置いて言う

「大丈夫、俺が守るから」

彼女の瞳から大粒の涙がこぼれる
テンソンはスピカに下がるよう手で促し、大剣を構えた

「・・・あそんでくれるの?」

サイがニタァと微笑む、その笑顔は狂気に満ちており
テンソンの背筋が凍るには十分だった

「化物め・・・へっ、やってやろうじゃねぇか」

大剣を握る手が震えているのが分かる
武者震い・・・だったら良かったんだがな
テンソンは両手に力を込めて震えを力で押さえつける

《・・・おねえちゃん、にげちゃだめだよ・・・》

脳内にサイの声が響くと、目の前にいたはずのサイの姿が消え
後ろを振り向くと、逃げていたスピカの元にサイが立っていた
突如真横に現れたサイに驚き、立ち止まってしまったスピカは
恐怖に支配され、ガタガタと膝が笑い出す

「・・・ひっ」

次の瞬間、スピカの身体は宙に浮き、赤い花を空に描いた

雷雨に混じって血が降り注ぎ
彼女の身体は何回転もしてから大地に叩きつけられる

ドシャッ

ぴくりとも動かない彼女の姿に、テンソンの思考は停止した

「う・・・嘘だ・・・・」

大剣を手放し、震える足で彼女の元へと向かう
彼女の身体からは真新しい血が溢れ続け、水たまりに溶けるように広がってゆく
テンソンは両膝をついて、彼女の身体を抱き上げ、力いっぱい抱き締める

「嘘だろ・・・こんなの・・・なぁ、スピカさん・・・」

彼女の柔らかい肌が心地いい
だが、徐々に失われてゆく体温がテンソンを現実へと引き戻す

「冗談やめろよ・・・ふざけんなよ・・・・なぁ・・・・」

彼女の身体を抱き締めながら、テンソンの瞳からは涙が溢れた

「・・・俺、まだ言ってねぇぞ・・・約束したろ・・・」

身体を離し、彼女の顔を覗き込むと
そこにはあの最高に可愛らしいスピカの顔があった
だが、閉じた瞳が開かれる事はなく、健康的な肌から血の気は失われてゆく

「・・・・・スピカさん・・・待っててくれ」

静かに彼女を寝かせると、ゆらりと立ち上がり
テンソンは大剣を拾いに戻った
カタカタと震える手で、自身の頭を思いっ切り殴る
右のこめかみからは血が流れ、大剣を拾ったテンソンはサイを睨んだ
その右目は赤く染まり、赤い涙を流していた

「お前だけは・・・お前だけは・・・・」

ギリッギリッと歯を噛み締める
歯茎から血が流れ、歯の一部が折れる
それでも彼は歯を噛み締め、血の涙を流しながらサイを睨んだ

『殺すっ!!』

テンソンが大地を蹴り、雨により泥濘んだ大地が炸裂したように飛び散る
その時、カッ!と視界が光に包まれ
テンソンは反射的に大剣で身を守るような体勢になった

ズガガーーーーーーンッ!!

太い雷が彼の大剣に落ちる
バリバリと帯電し、大剣からは雷の枝が生えているようだった

『殺すっ!殺すっ!殺すっ!!』

この奇跡のような出来事など一切気にも止めず
テンソンはサイを殺す事だけを考えていた
そして上段から大剣を振り下ろす
だが、大剣は空を切り、大地へと突き刺さった

サイの姿は見当たらず、辺りをギョロギョロと見ると
スピカの横たわる場所にサイの姿があった
そして、テンソンは目にする
巨大な雷が、竜巻が、サイを避けて通っている事を・・・

雷は落ちる間際で曲がり、サイを避けて落ちる
竜巻は急に向きを変え、サイを避けて通る
有り得ない現象が目の前で起こっていた

「そうか・・・お前の名前・・・サイヤクっつたな・・・確かにその通りだ」

サイは首を傾げている
その仕草に、顔に、やった事に、テンソンの怒りは湧水のように溢れてくる

『お前が"災厄"そのものだなっ!!』

テンソンは走り出し、大剣を上段に構える
災厄は動かずそれを待っていた
そして、テンソンの渾身の力を込めた一撃が振るわれた

ブオンッ!!

その一撃は寸でのところでピタリと止まる
剣圧だけが辺りに広がり、水たまりが波打った
テンソンのミスリルの大剣は災厄に掴まれ、ピクリとも動かない

「あそぼうよ」

災厄は微笑み、掴んでいる大剣を上へと放り投げる
ガッチリと大剣を握っていたテンソンもろとも・・・・

「っ!」

凄まじい力で投げられたテンソンは空中で体勢を立て直し
落下の勢いのまま災厄目掛けて大剣を振るった

『でぇりゃああああああああああああああああっ!!』

それを災厄は左手をかざして受け止める
大剣が災厄の手に触れるかどうかのところで
テンソンの身体は上へと吹き飛ばされた

ミスリルの大剣は真っ二つに折れ、空中で回転している
そしてテンソンの身体も空中で回転し、右肘の関節が逆を向いていた

勝てない・・・・初めて心からそう思った
"あれ"は人では到達できない領域にいる
強いて言うならば、おとぎ話に出てくる"神"というやつなのかもしれない

「あぁ・・・告白まだだったな・・・」

テンソンがそう口走ると、その身体は大地に叩きつけられる

ドシャッ!

激しい痛みが全身を襲い、そこら中の骨が悲鳴を上げる
膝は両方とも砕け、歩く事すらできなそうだ
残る左腕のみでテンソンは這ってゆく・・・・スピカの元へ・・・

ズズ・・・・ズズッ・・・・

何とかスピカの元まで辿り着いたテンソンは、彼女の手を握る

「・・・ス、スピカさ・・ん・・・・」

彼女の冷たくなった手をぎゅっと握り締める

「・・・ず・・ずっと前から・・・好きでした・・・」

顔をしわくちゃにしながら冷たくなったスピカの顔を見る

「・・・・大好きです・・うぅっ」

涙がとめどなく溢れ、それ以上の言葉は喋れなかった
喉からドロっとしたものがこみ上げ、ゲホゲホっと咳き込む
大量の血が辺りを汚し、自身がもう駄目だと気づく


大好きな人と逝けるなら・・・幸せかもな


テンソンはスピカの手を強く握り、瞳を閉じた
その瞳が開く事はなく、二人の血まみれの身体を雨が清めていた・・・・





その日、シディムという小さな農村はこの世から姿を消す
世界の中心に位置するこの村に、ある日"神"が舞い降りた
それは存在してはいけない七体目の神"災厄の神"
存在するだけで辺りに災厄をばら撒き、数多の災害が猛威を振るう

6000年前に封印されたはずのこの神は
長い年月を掛けて力を取り戻し、世界に出来たほころびから這い出たのだ
そのほころびとは、ジーンがサタナキアを召喚した"異界の門"である

異界・・・・魔界と呼ばれる悪魔達の世界
そこに封印された災厄は、魔界に漂う魔素(まそ)を吸収し続け
封印が弱まる6000年という時をじっと待ち続けていた

ジーンが悪魔を召喚しなくとも、近い未来に彼は姿を現しただろう
彼女が召喚した異界の門はそれを少しばかり早めたに過ぎない
それより以前に、世界には歪みが生じていたのだから・・・・

その歪みとは、死の概念が消えたあの事件である

災厄の力は強まり、それは次元を超え、世界に漏れ出た
漏れ出た力は"疫病"へと姿を変え、その力を振るう
死亡率99%、その病は爆発的な感染力で広がっていった

それを止めたのが"死の神"だ

死の神は力を振るい、病の広がった地域・・・いや、国を滅ぼした
そこにある大地、生命、病、それら全てに等しく死を与え、力を使い果たしてしまう
それが世界から"死の概念"が消えた原因である
しかし、これをしなければ世界は病に飲まれ、滅んでいただろう
死の神にとってもこれは苦渋の決断だったのだ


六神と災厄の戦いは既に始まっているのである


災厄は新たな肉体を手に入れ、地上に舞い降りた
これを機に六神は新たな使徒達を選抜し、新たな勇者を選ぶ
再び災厄を封印するために・・・・



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 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

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