カタクリズム

ウナムムル

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3章:死者の国編

第22話 因果律

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【因果律】






深い深い森の中、陽射しは届かず薄暗い
天気は悪化し、しとしとと雨が降り注いでいた
気温は低くなり、雨が体温を奪ってゆく

そんな中、1人のワータイガーの少女は泣き続けていた

シャチの傍らで彼の胸に顔を埋め、大声で泣いている
徐々に冷たくなってゆくシャチの身体を必死に暖めようとこするが
その努力も虚しく、彼の身体からは熱というものが失われてゆく・・・

「シャチ・・・シャチィ」

ヒミカの大きな銀色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる
その都度、シャチの顔や身体を濡らし
血まみれの身体は徐々に綺麗になってゆく
対して、ヒミカの真っ白な体毛は赤く染まっていた

「嫌ダヨ・・・独リニシナイデヨ・・・シャチ・・・シャチ」

何度も何度も彼の身体を揺さぶっていた
しかし、もうシャチは動く事はない

「マダ・・・1回モ呼ンデナイヨ」

父様、その言葉が上手く出せなかった
シャチが父と知って以降、ヒミカは怒ってばかりだった
それはシャチがそれを隠していた事に腹を立てていたのだ
小さい頃からシャチが父様ならいいのにと何度も思った事がある
その夢が叶ったのだ、嬉しくない理由はない
だが、ずっと求めていたものを隠されていた事に腹が立ってしまった

少しばかりの気恥かしさもあっただろう
素直になれない自分にモヤモヤしたりもしていた
でも・・・こんな事になるんなら、1回でいいから言っておけばよかった
ヒミカは激しい後悔の波に飲まれ、悲しみと相まって
美しい花のように綺麗な心はどんどん深い闇へと沈んでゆく・・・・

・・・・・お嬢ちゃん

「・・・・・ナニ」

・・・・・今は逃げなくてはならん

「・・・・・・」

・・・解っておくれ・・・のぉ

「・・・・・・モウイイ・・・モウ疲レタヨ」

・・・シャチ殿の死を無駄にするのかい

「・・・・ダッテ!シャチガ・・・シャチガ・・・シャチィ」

再び大声で泣き始めたヒミカはシャチに抱きつく
何も言い返せなくなってしまった朱雀は、じっと彼女が泣き止むのを待っていた

しばらくしてヒミカが泣き止み、寝息を立て始める
疲れて眠ってしまったようだ
辺りは真っ暗になり、獣達の声が森に響く

これだけ時間が経っても現れないところをみると
先程の純白の少年は追ってこないようだ
それだけが救いか・・・・朱雀は主となったヒミカを見る
幼い少女だ、まだ10歳になったかどうかだろう
こんな小さな身体には重すぎる痛みじゃろうて

朱雀にはヒミカの心が僅かにだが流れ込んでくる
その僅かでも激しい痛みなのが分かるほどだった
彼女の悲しみは深く、このまま悲しみで死んでしまいそうなほどだった

・・・・やむを得んかの・・・・

朱雀は意識を集中し、ヒミカと同調を始める
それはヒミカの意識の中へと入るためだ
都合よくヒミカは夢の中にいる
朱雀は波長が合ったのを確認し、ヒミカの意識へと入っていった






「ドコ?・・・オ婆様、母様、シャチ・・・・父様」

暗い闇の中を歩く白いワータイガーの少女がいる
彼女の名はヒミカ・・・・真の名を"日向(ひむか)"という
この名はシャチがつけたものだ
母の名から1文字取り、この子の将来が日に照らされ続けるようにと彼は考えた
真名とはワータイガーにとって神聖なものであり
例え兄弟や夫婦であろうと教えてはいけないものである
ヒミカの真名を知る者はシャチとヒウだけなのだ

少女は暗闇の中を当ても無く歩き回っている
彷徨うように、すがるように・・・

・・・・これがお嬢ちゃんの心か・・・既にだいぶ闇に飲まれておるの・・・

朱雀はヒミカの意識、精神の中を漂う
すぐにヒミカを見つける事は出来たが、彼女に近寄る事が難しかった
ここは他者の精神の中だ、思うように動けるはずもない
拒絶の心を向けられでもしたら瞬時に弾き飛ばされるだろう
だが、主と神器という繋がりの糸を手繰り寄せ、朱雀は進む
徐々にヒミカに近づいて行き、声の届く距離に辿り着く

・・・お嬢ちゃん!聞くのじゃ!

「誰?オ爺チャンハ誰ナノ?」

・・・わしじゃよ、朱雀じゃ

「スザクオ爺チャン?知ラナイヨ」

・・・お嬢ちゃんの神器じゃよ

「神器・・・・ア、私ハソレヲ手ニ入レルンダッタ」

・・・・もう手に入れたのじゃよ、お嬢ちゃん

「アレレ?ソウダッケ?オカシイナ・・・」

・・・思い出すんじゃ

「思イ出ス・・・・神器ヲ手ニ入レテ・・・・草原ヲ・・・歩イテタ」

・・・そうじゃ、その調子じゃ

「白イ人間ノ男ノ子ガイテ・・・・イ・・・嫌・・・・嫌ァァァァァァァァッ!」

・・・逃げるでない!思い出すのじゃ!!

「嫌・・・嫌・・・嫌ダヨォ・・・・」

・・・・シャチ殿を思い出すのじゃ

「シャチ・・・・シャチ!シャチハドコ?」

・・・シャチ殿は・・・死んだのじゃよ

「嘘!シャチガ死ヌハズ無イ!」

・・・事実じゃ、受け止めるのじゃ

「嘘!嘘ヲツク朱雀オ爺チャンナンテ嫌イ!!」

・・・お嬢ちゃん、シャチ殿はお前さんの父じゃぞ
・・・それすらも忘れようと言うのかい

「・・・・父様・・・シャチガ・・・・父様・・・・ア・・・アァ・・・」

ヒミカの記憶が蘇る、冷たくなってゆくシャチの体温を
傷口から溢れる血を、幾度呼んでも動かない口を
ヒミカは頭を抱え、うずくまる

「嫌ァァァァァァァァッ!」

・・・受け入れるのじゃ!

「嫌!」

・・・でなければ先へ進めないぞい

「シャチハ死ナナイモン!」

・・・・死んだのじゃ

「嘘ダモン!」

・・・・事実じゃ

「・・・・・嘘・・・ダモン・・・」

・・・・思い出すのじゃ、真実を

「・・・・・」

・・・・もう解っておるのじゃろう?お嬢ちゃんには

「・・・・・」

ヒミカの銀色の瞳から大粒の涙がぽたぽたと零れ落ちた

・・・・お嬢ちゃん、まだ話は終わっておらんぞ

「モウ止メテ・・・・コレ以上ハ耐エラレナイヨ・・・」

・・・・聞かんのか?お前さんの大切なシャチ殿をどうにかできるとしてもかの?

「エ?」

顔をあげたヒミカの眼は大きく見開かれ、枯れ木のような老人を捉える

「シャチヲ・・・生キ返ラセラレルノ?」

・・・ほっほっほ、わしを誰と思っておるのじゃ、神器じゃぞ?

「本当ニ?本当ナノ!?」

・・・・本当じゃ・・・だが・・・・・

朱雀はそこで言葉を切り、しばし黙り込む

・・・続きは目を覚ましてからにするかの

「エ?ドウイウ意味?」

・・・ここはお嬢ちゃんの精神じゃて、わしもそろそろ限界じゃ

「ウ、ウン?」

・・・・起こる時間じゃよ、ヒミカよ

「ウン!」

元気よくヒミカが返事をすると同時に、朱雀は精神から追い出される
そして、疲れて眠っていたヒミカの眼はゆっくりと開かれた

現実に戻り、事実がヒミカに圧し掛かる
シャチの死というものが目の前にあり、再び涙が出そうになる

・・・・戻ったようじゃの

「ウン」

幸い、朱雀の声で涙が溢れる事はなかった
ヒミカは立ち上がり、ペンダントを首から外す

「朱雀オ爺チャン、本当ニシャチヲ何トカ出来ルノ?」

・・・・うむ、できるぞい

「ドウスレバイイノ?」

・・・その前に・・・これは1度しか使えぬ魔法じゃ

「1度?」

・・・・うむ、1度使えば二度と使えぬ
・・・・そして、わしの・・・神器の力の半分以上は失われる

「・・・・ドウスレバイイノ?」

・・・・ほほっ、お嬢ちゃんには関係ない事のようじゃの
・・・・解ったわい、やり方を教えよう

その後、朱雀から禁呪と呼ばれる魔法を教わった
それはとても危険なものだと・・・
魔力コントロールを少しでもミスると術者の命は無い、と
そして、これを使うのは、神の定めし因果律に反する、と

「因果律ニ反スルト、ドウナルノ?」

・・・・解らん、使った者はいないのじゃ
・・・・最悪の場合、神によって存在を消されるか・・・といったところかの

「ソッカ、ナライイヨ」

・・・ほほっ、良いのか

「ウン、シャチノ居ナイ世界ニ意味ナンテ無イカラ」

・・・・そうかそうか、解った・・・わしも覚悟を決めるぞ

「ゴメンネ、朱雀オ爺チャン、付キ合ワセチャッテ」

・・・よいて、わしが選んだ主様じゃからの

「アリガトウ」

ヒミカは優しく微笑み、朱雀という神器はきらりと光った



朱雀に禁呪の方法を教えられ、その準備をしている
準備と言っても大したものはない

四方に魔除けの結界を張り、術後の安全を確保する
これは術後にヒミカは意識を失うためだ
蘇生したシャチも直ぐに動けるとは限らない
そのため、無防備な状態で魔獣に襲われたら元も子もないのだ

その後、シャチの遺体を綺麗に拭き、仰向けに寝かせる
両手を組ませ、胸に神器である朱雀を乗せ
ヒミカは精神集中をしていた

・・・・よいか、ヒミカよ

「モウチョット待ッテ・・・・・・・ウン、イイヨ」

魔力を練り上げたヒミカの銀色の瞳は淡い光を放っている
純粋な高密度の魔力・・・ヒミカは巫女の力を最大近くまで引き出していた

・・・この歳でここまで引き出せるとは・・・ほほっ、やりおるわい

「次ハドウスレバ良イノ?」

・・・心のままの言葉を紡ぐのじゃ、後はわしが導く

「ウン」

ヒミカはゆっくりと深呼吸をする
限界まで息を吸い止め、柔らかい肉球のついた手で自身の顔を叩く
ぷはぁ~っと息を吐き出し、シャチの顔を見た

「待ッテテネ、シャチ」

瞳を閉じたヒミカは心の内から湧き上がる言葉を紡ぐ・・・

「光ニ焦ガレシ魂ヨ・・・鈴音奏デ、舞エ」

ヒミカを中心に幅10メートルほどの魔法陣が出現する
それはドーム状の魔法陣であり、ヒミカとシャチを包み込むように輝いていた
幾つもの光の輪がくるくると彼女の周りを回り
この暗い森を淡い薄緑色の光が照らし出す

「彼ノ者ノ思イヲ汲ミ取リ、輝ケッ!」

ヒミカはゆっくりと両手を上げてく
彼女の両手は黄金に輝き、まるで昼のように辺りは明るくなる
その光に反応するように空を覆っていた分厚い雲は晴れ、星空が顔を出した

付近の草花が急速に成長を始め
10秒で1センチといった速度で伸びていく
枯れかけて萎れていた花は背筋を伸ばし、美しさを取り戻す
この光に触れた全てのものは等しく彼女の慈愛に包まれていた

ヒミカの両手は朱雀を通し、シャチの胸に置かれる
眩い黄金の光が増し、それは遥か遠くに居た者にすら見えるほどの光だった

その日、空を見た者達は言う
遠くの空が光ったと思ったら無数の星がそちらへと流れて行った、と

世界は震えた

人々はその光に神聖なものを感じ、それを見た誰もが祈った
星が流れ、流星は黄金の光に吸い込まれるように集う
ヒミカ達の上空で集まった星々の光は渦を巻くように舞い降りた
そして、朱雀という神器一点に光は集中してゆく・・・

・・・・ヒミカよ、ありがとう

「ドウシタノ?朱雀オ爺チャン?」

小首を傾げて見るヒミカに、朱雀は満足そうに笑った

・・・ほっほっほ、なぁに、お前さんに出会えて良かったと思っただけじゃよ

「私モ朱雀オ爺チャンニ会エテ良カッタヨ」

ヒミカは可愛らしい笑顔でそう言った
その顔を見た朱雀の心は満たされる

・・・いくぞい、ヒミカよ

「ウン!」

光は更に強まり、ヒミカは目を開けていられなくなる
手からくるのは熱、決して火傷するような熱ではなく
しかし、すごく温かい、心がぽかぽかしてくるような不思議な熱だった

『灯耀結命(ちょうこうゆいめい)』

その日、世界は光に包まれた
闇は払われ、真昼のような明るさが訪れる
誰もが思った、あの光の向かう先には何があるのだろう、と
だが誰もが解っていた、これは優しい光だと・・・


夜の闇を払い、世界を照らしていた眩い光の全てが
神器朱雀を通し、シャチの身体へと流れ込む
シャチの身体は発光し、次第にその光が治まってゆく

「・・・・・グッ」

『シャチッ!!』

シャチの目がゆっくりと開かれる
まだ朧げな視界の中、白いワータイガーの少女を目にし彼の口が動く

「・・・日向(ひむか)・・・ナノカ」

日向、それはヒミカの真名
それを知る者はヒミカとその両親以外はいない
その名を呼ばれ、ヒミカはシャチが父であると実感した

「ウン・・・・ウンッ!」

ヒミカの目から涙が溢れ、視界は歪む
ぐしぐしと腕で涙を拭いシャチを見ると、彼はまだ虚ろな表情をしていた

シャチは自分が死んだ事を解っていた
そして、目の前に日向がいる事にとても悲しんでいた
死んだはずの自分が日向と会うという事は
日向もまた死んでしまったのだから・・・・

「・・・ウ・・・ウゥ・・・・父様ッ!」

泣きじゃくりながら抱きつくヒミカの体温が
涙で濡れる肌の感覚がシャチに伝わってくる
どういう事だ?これではまるで生きているようではないか・・・

「良カッタ・・・良カッタ・・・父様ッ!」

「何故俺ガ父デアルト・・・アノ世デハ解ッテシマウノカ?」

「アノ世?・・ウウン、違ウヨ、父様ハ生キ返ッタノ」

生き返った?馬鹿な、有り得ない
いくら生の巫女と言えど、蘇生など出来るはずがない
そんな事が出来るのは神しかいないのだから・・・

そこでシャチは気づく
神と同等の力を持つ物、神器の存在を

「ソウカ・・・神器ノ力(ちから)ナノダナ」

「ウンッ!朱雀オ爺チャンガ助ケテクレタノ!・・ネッ!朱雀オ爺チャンッ!」

ヒミカは手を置いていた神器朱雀を手に取り
シャチに見せるように持ち上げる
しかし、朱雀からは反応は無く、美しかった緑色の宝石は少し濁っていた

「朱雀オ爺チャン?」

ヒミカが神器に顔を近づけ、宝石を覗き込む
だが、いくら呼びかけようと朱雀の反応はなく
森には虚しくヒミカの呼ぶ声だけが響いていた・・・

「・・・・朱雀オ爺チャンドウシタノカナ・・・疲レチャッタノカナ」

「ソウカモシレンナ、今ハ休マセテヤレ」

「ウン」

ヒミカはしゅんっとなり
ペンダントを首かけ、大切そうに手を当てる
すると、シャチが上体を起こし真剣な瞳で言う

「ヒ、ヒミカ」

「ナ、ナニ?」

珍しくシャチがどもっている、何事かと思ったヒミカは驚いていた

「モウ1度・・・父ト呼ンデクレナイカ」

「・・・・・・ヤダッ!シャチノバカッ!」

「ムゥ」

ぷいっと横を向いて頬を膨らます少女の顔は赤く染まっていた

その後、気力の限界に達したヒミカは気を失う
シャチはヒミカの身体を抱き締め、朝まで寄り添うように眠りについた
初めて我が子として娘を抱き、シャチは今までにない幸福を感じていた

翌日から二人の旅が再開する

それから幾日も経つが朱雀の反応は無いままだった
朱雀は禁呪は神器の力が半分以上失われてしまうと言っていた
そこでヒミカは気づく、朱雀はその命を使ってシャチを蘇生したのだと
ヒミカは後悔もしたが、それ以上に感謝した
朱雀が救ってくれたこの命、父を大切にしよう、と・・・

「ヒミカ、大丈夫カ、疲レテナイカ?」

「ダ、大丈夫ダヨ、シャチハ心配シスギ」

親子という事が明るみになり、少しぎこちない雰囲気になってしまったが
以前よりも少しだけ、ほんの少しだけ距離が縮まった気がする二人だった

生の神器を手に入れたからといって彼等の使命はまだ終わっていない
親子二人の旅はまだまだ続いてゆく・・・







時間を少し戻そう

今はハーフブリードがアムリタを出立した翌日である
アムリタの街に残っているシウは旅のための支度をしていた

「あれは買ったし・・・これもよし・・・っと」

彼女がハーフブリード達と共に行かなかったのには理由がある
まず、彼女が授かった神託は彼等とは全く別のものなのだ
シウがアムリタへの到着が遅くなったのは
その神託に導かれ、ネネモリの大森林の最奥にある
とある遺跡へと向かったからだ

遺跡の名は"ヴェント"風を意味する名だ
彼女は雇った仲間と共にそこへと赴き
道中で魔獣の大軍を相手し、遺跡を守護するゴーレムとも戦っていた
その時、雇った仲間達は全滅し、彼女一人アムリタへと辿り着いたのだ

シウはもう人を雇わなくてもいいかと思っていた
どうせ外の世界で雇えるような場所も知らないし
通貨も違えば、文化も違うだろう
それに、自分に着いて来れるような逸材が早々いるとは思えなかった

そのため、いつもより念入りに旅の支度をしている
病気などの治療薬、火を起こすための着火剤、寒さを防ぐコート
簡易式のテント、干し芋や干し肉などの保存食
更には、罠を作るための数々の小物を用意していた

「こんなものかニャ?」

それを革袋へと入れ背負う・・・ずしっとくる重みが彼女に押し寄せた

「お、重いニャ・・・」

何か減らせないものかと考えるが、どれも必要に思えてしまう
その時、テーブルから棒状の物の1つの束が落ちる、矢である

「これもあった・・・・うーん」

シウは悩む、やはり人を雇うべきか
だが、この見知らぬ土地で雇われてくれる人など見つかるだろうか?

「あー!もう面倒ニャー!」

頭をがしがしと掻き、整っていたボブカットが乱れる
そこで冷静になったシウは鏡の前で髪をとかし
綺麗に決まると1度頷き、再び荷物へと目を向ける

「テント・・・無くすかニャァ・・・・」

この荷物の中で1番の重量を誇っているのが簡易式テントだ
そのテントを除外すればそれほどではない
しかし、この先の旅で屋根なし生活と思うと気が滅入る

「仕方ないニャ・・・」

シウは簡易式テントを諦め、それを店で売る
ついでに串に刺さった焼いてある鶏肉を購入し
それを頬張りながら彼女は門へと向かった

彼女の目指す地は南東の火の名を持つ遺跡
ハーフブリードが向かった南にある国で補給をしてから向かう予定だ

荷物が軽くなったとはいえ、長い旅路であるのは容易に想像がつく
ごくんっと鶏肉を胃へと流し込んだシウは気合を入れて出立した






同日、アムリタ城内・マリアンヌ私室

甘い薔薇の香りに満ちた煌びやかな部屋
黄金の燭台、ふかふかな紅い絨毯、宝石の散りばめられた花瓶
1つで豪邸が1軒立つほど高価な家具の数々
その華やかさすら霞むほどの美女がいる
マリアンヌ・フュンシュタット・リ・アムリタだ

弟のルーゼンバーグがレンブランとして即位し
彼女はルアを補佐する事を誓った
彼の嘘を墓まで持っていく覚悟の元に・・・

そんなマリアの前には一人の男がいる
男の名はオエングス・オディナ
アムリタ聖騎士団・青の大鷲の一人であり、国の英雄でもあり
神の使徒でもある彼は、マリアに劣らぬ美貌の持ち主だ

「姫、何用でしょうか」

オエングスは片膝をついて地面に目を向けながら言う

「ここには私達以外誰もいないのですよ、オーグス」

少し不機嫌にマリアが言うと、オエングスは苦笑して立ち上がる

「ごめんよ、マリア」

「許しませんわ」

マリアが口元を手で隠しながら小さく笑うと
オエングスの頬も自然と緩んでいった

「では、どうすれば許してくれるんだい」

「そうですわね・・・」

うーん・・・っと、わざとらしく悩むフリをするマリアに付き合い
オエングスは彼女の言葉を待つ
だが、彼女の口から発せられた言葉は彼の想像もしていないものだった

「私の騎士になりなさい」

「は?」

素っ頓狂な声を出すオエングスをマリアは笑う
しかし、すぐに真面目な表情になり再び言う

「私の騎士になりなさい」

「マリア、それはどういう意味なんだい」

「言葉のままですわよ?青の大鷲を抜け
 私だけの騎士になりなさいと言っているの」

マリアは当然のように胸を張って言う
今まで無茶難題を言われる事は幾度もあったが
これには流石のオエングスも黙ってはいられない

「・・・姫の頼みでも、青の大鷲を抜ける事はできません」

「何故ですか?」

「団長・・・父を裏切れません」

「ふふ、そんな事ですか」

マリアは意地悪そうに笑う

「もうディムナ団長とは話してあります」

「父は・・・何と?」

聞くのが恐ろしかった
父に捨てられるのではないか、と
だが、マリアの言葉はオエングスの予想とは全く違うものだった

「団長は貴方を聖騎士を統括する者
 アムリタという国の聖騎士にしてはどうかと提案してきました」

「なっ!」

オエングスの目が大きく開かれ、驚いている
その顔もまた可愛らしく、マリアは見惚れてしまいそうになる
が、気を引き締め言葉を続けた

「私はその提案をお断りしました
 そして、私の、私だけの騎士にしたい胸を伝えたのです」

彼女の言葉にオエングスは驚かされてばかりだ
だが、そんな彼女が真剣に考えた答えなのだろう
彼は黙ってその言葉を聞いていた

「団長は快く受けてくれました
 ・・・オーグス、貴方に"薔薇の聖騎士"の称号を授けます」

薔薇とはマリアを現す紋章に描かれている花だ
その薔薇を背負うという事は、マリア専属の騎士になるという事である

「薔薇の聖騎士・・・ですか」

「はい・・・不満ですか?」

「いえ、そんな事はありません
 しかし・・・薔薇の聖騎士とは何をする役目なのですか?」

「簡単です、私の命にのみ従ってもらうだけです
 他からの干渉は受けません、制約もありません
 完全に独立した聖騎士、それが薔薇の聖騎士です」

そこまで言ってもオエングスの顔は晴れていなかった
マリアは少しばかり頬を膨らませ、不満を表して続ける

「貴方には世界を救う使命があります
 青の大鷲のままではそれは叶いません」

その言葉でオエングスは気づく
マリアは自分のために特別な役職を作り
国という縛りを無くし、自由に動き回れるようにしてくれたのだと

「オーグス・・・私に忠誠を捧げてくれますか?」

「・・・はい、この命、姫のために」

「膝まづきなさい」

「はっ!」

片膝をついたオエングスは腰のモラルタを抜き、刃を持ち、柄をマリアへと向ける
マリアはそれを手に取り、オエングスの肩へと刃を置いた

「マリアンヌ・フュンシュタット・リ・アムリタの名において
 オエングス・オディナ、貴方を私の騎士、薔薇の聖騎士に任命致します」

「はっ!」

「最初の命令です」

「はっ!」

「すぐに国を立ち、神の使徒たる彼等を追いなさい」

「っ!」

オエングスは顔を上げ、マリアを見上げる
彼女は優しく微笑んでいた

「もう1つ命令です」

人差し指を立て、悪戯っぽく言う
しかし、その眼はふざけてなどおらず、真剣そのものだった

「死んではなりませんよ」

「はっ!」

目が潤んで視界がぼやける
愛しい彼女は自分の本心を見抜いていたのだ
彼等、エイン達と共に行きたかった事を・・・

こうしてオエングスは"薔薇の聖騎士"となった

数日後、彼はアムリタを出立する
青いマントを脱ぎ捨て、薔薇の紋章の入った赤いマントに身を包み
白馬に跨った彼は大勢の聖騎士や民に見送られて旅に出る

世界を救う旅に・・・・





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