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3章:死者の国編
第2話 銀の腕
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【銀の腕】
少し肌寒い風が吹き、辺りの木々が騒めく
日は傾き、空気はひんやりとしていた
「真剣で宜しいのですか」
エインは抜刀せずウェイル・レ・クシュタードの前に立っている
彼は既に抜刀しており、愛刀であるミスリルロングソードを構えていた
「もちろん真剣だとも・・・これは決闘なのだぞ?」
「では、命を奪っても構わないと」
エインは冷静に、感情というものを感じさせない声で言い放つ
その態度にウェイルはたじろぐが、この一戦に今後の人生が掛かっている事を思い出す
クシュタード家は長い歴史を持つ名家だ
しかし、死の概念が消失した頃、かの家は率先して戦争へと趣いた
死なない身体ならば武功を好きなだけ挙げられる、そう考え、一部の者が功を焦ったのだ
その結果、一族の猛者という猛者はこの世を去った
ウェイルは長男という事もあり、戦争には行かなかったのが不幸中の幸いだった
元々剣の才能だけで言えばクシュタード家の中でも頭一つ出ていた
クシュタード家は剣の才に溢れた家だと言われている
それは幼少期からの英才教育という名の厳しい修行のせいだった
ウェイルもその厳しい修行をこなし、その中で見つけ出したのだ、自身の才能を
彼の才能は1つ、そこだけを鍛え上げ、宮廷剣術で右に並ぶ者がいないほどになった
しかし、あくまで宮廷剣術・・・エインのような実戦剣術とは大きく違う
宮廷剣術とはポイント制であり、弱点と言われている部位を捉えればポイントが加算され
先に10ポイント、もしくは制限時間を過ぎた時にポイントが高い方の勝利である
ウェイルにはこの宮廷剣術の才能があったのだ
彼は上手くポイントを稼ぐ方法だけを鍛え上げたのである
比べて、エインの学んできたものは実戦剣術
それは人の殺し方、生き残り方をひたすら鍛え上げる
そしてエインは磨き上げた、自身の唯一秀でていた部分である突きのみを・・・
幾度となく戦場を駆け、命のやり取りをし続けた
彼は死の概念を取り戻す旅でも沢山の経験を積んでいる
その結果、今のエインは疾雷と呼ばれた頃の彼より遥かに強くなっていた
エインの強さは分かっている、だが自分もそれに劣ってなどいないと思っている
相手は先日まで腕の無かった男だ、何ヶ月も剣を握っていなかった男に負ける訳が無い
剣術は剣術、弱点も人体の急所と大差はない
宮廷剣術ではかすれば良かったのだが、実戦はそうもいかないだろう
違いと言えばその程度のはずだ、ウェイルはそう考えていた
「構わんさ・・・こちらもそのつもりで行く」
「分かりました、いざ尋常に・・・」
エインが抜刀すると空気は一気に変わる
そういったものに敏感な野生動物である鳥達が我先にと逃げ出す
ウェイルは目の前に壁を感じていた、それは巨大な壁だ
次元が違う・・・剣を構えただけでそれがありありと伝わってきた
「・・勝負!」
エインが一歩を踏み出す
気迫にやられ、反応が遅れたウェイルには何が起こったのか全くもって理解出来なかった
気がつけば彼の突きが頬をかすめていた、それだけしか分からなかった
頬の皮が裂け、薄らと血が滲む・・・
「・・・・わ、わざとか・・・?」
「はい、心ここにあらずのようでしたので、仕切り直しましょう」
「・・・あ、あぁ・・・」
エインが剣を下げ、背を向け距離を取る
勝てない、到底勝てる相手ではない、それだけは確信した
くそっ!ミラさんの自信はこういう事か!くそっ!
自分の実力を過信していた事や、エインという男を侮っていた事に腹が立つ
しかし、今ここで逃げる訳にはいかない
ウェイルは覚悟を決めて剣を構えた・・・・
エインの鋭い突きがウェイル卿の頬をかすめると、彼は止まり、何かを話している
そして背を向け距離を取って再び構え直した
それを見てミラは思う、彼らしいと
「今ので決められたでしょうに・・・ふふ」
思わず口から洩れてしまった言葉に、母サイネが反応する
「随分彼を買っているようですわね」
「はい、お母様・・・彼こそラルアースの真の英雄、真の勇者ですわ」
「貴女がそこまで言う人物、見極めさせてもらいます」
「はい」
ミラはエインを見て改めて思う、彼こそ本当の英雄だと
誰よりも勇気があり、誰よりも優しい、そんな彼を見て確信する
神の言う勇者とは彼で間違いないだろう、と
わたくしは彼を支えるのが使命なのですわね・・・
「わたくしの勇者・・・」
言葉にして恥ずかしくなってくる
まるで最愛の人を想って出た言葉のようだったからだ
ミラの胸はドキドキと高鳴り、頭から余計な事を払おうと首を振る
そして、目を見開いて彼の戦いを見逃すまいとした
リリムはエインを応援したい気持ちはあるが、とても複雑な状態だった
エインが勝てばミラと結婚するかもしれない
そう思うと応援する気になれなかった
でも、エインには頑張って欲しい、負けないで欲しい
その2つの考えが彼女の中でせめぎ合い、頭はパンクしそうだった
そうこうしていると、エインの突きがウェイルの頬をかする
速い・・・何も見えなかった、いつ突きを放ったんだろう
エインはウェイルに何かを言い、背を向け歩き出す
そして再び構え直した、どうやら仕切り直したようだ
先ほどの突き、ウェイル卿は微動だに出来ていなかった
やっぱりエインが勝ってしまう・・・いや、勝って欲しいのだけど
あー!もー!どうすればいいのー!
リリムは頭を抱えて一人悶える
今この場にリリムを見ている者がいなかったのが幸いだ
傍から見た今のリリムはどれほど珍妙だっただろうか
一人で頭を抱えて大きく振っていたのだから
ハッ!と我に返り、決闘へと目を向ける
エインが剣を構えてる・・・やっぱりカッコイイなぁ・・・
やっぱりエインには勝って欲しい・・・結果がどうなっても
それに、エインは言ってくれた、私を守ると決めているって
思い出して顔を赤くする
「よしっ!」
リリムは心を決めた、エインを応援すると
私が応援しないで誰が応援するのよ!
リリムは両頬をパンッと力強く叩き、目を大きく開いてエインを見る
『エインがんばってー!!』
もう迷いはない
離れた位置からリリムの応援する声が聞こえる
この数ヶ月、彼女には世話になりっぱなしだった
食事を作ってもらったり、この手でも使えるスプーンやフォークを作ってくれたり
この腕でも背負える籠を作ってくれたり、上手く洗えない身体を洗ってもらったり
数え出したらキリがないほどある
そんな彼女からの声援だ、応えない訳にはいかない
今持てる自分の最高の力でその声援に応えよう
エインは銀の腕に力を込める
腕は自分の考えがそのまま反映されるよう出来ているようだった
人が腕を動かす場合、脳で考え、それから筋肉を動かすという流れがある
しかし、この腕は考えた瞬間には既に動いているのだ
そのため、以前より遥かに早く鋭い突きが放てるようになっていた
それに加え、この腕の力は人間の領域には無いレベルまで達していた
痛覚は無いため、エインはどこまでの力が出せるのか試してみたのだ
大木を全力で殴ってみたところ、この腕はその大木に大穴を開けた
肩への負担は凄かったが、これほどの力が出るとは想像していなかった
そして、この右腕にはまだ秘密がある・・・
「リリムだけじゃなく、ミラ様にも頭が上がらなくなってしまったかな・・・」
そんな言葉を洩らし、エインは僅かに微笑む
そして表情を引き締め、銀の腕で剣を構えた
目の前にいるウェイル卿に失礼が無いよう、全力を出すために
勝負は一瞬だった
エインが駆け出し、ウェイル卿がそれを剣で防ごうとする
しかし、エインの突きの軌道は曲がり、ガードの隙間を針に糸を通すように抜けてくる
その突きはウェイル卿の肩を貫通し、剣先が30センチほど出ている
「ぐっ・・・・・・参った」
エインは剣は抜かず、リリムを呼ぶ
『リリム、生の魔法使いを呼んで来てくれないか』
『はいっ』
リリムが走り去ると、エインはウェイル卿に肩を貸し、座れる場所まで案内する
「痛むでしょうがお待ちください、剣を抜いては血が出てしまいます」
「・・・あ、あぁ・・・すまない」
完敗だ、この男には勝てる気がしない
あの技量であれば命を取る事も簡単だっただろう
しかし、彼は肩を狙った、手を抜かれたのだ
エインはそのつもりではなかったのだが、ウェイル卿にはそう思えた
エインはこんなくだらない決闘で命を奪うなどしたくなかっただけなのだが
「ヴァンレン卿の勝利のようですわね」
サイネが勝負を終えた二人に歩み寄り言う
その後ろにはミラの姿もあった
「えぇ・・・完敗です・・・うっ」
ウェイル卿は苦痛に顔を歪ませる
「この度の婚姻の話、無かった事で宜しいですか」
「男に二言はありませんよ」
ウェイル卿は負けたというのに少しスッキリしたような顔だった
「分かりました・・・・ミラさん」
「はい、お母様」
「後はヴァンレン卿に委ねる、それで構いませんね?」
「はい」
ミラは微笑み、エインを見つめる
その顔は僅かに上気しているようにも見えた
「サイネ様、申し訳ありませんが・・・俺・・自分はミラ様と結婚する気はありません」
「それは何故かしら?」
「自分にはやるべき事があります」
「ミラさんとの結婚よりも大事な事ですの?」
「はい、この命に換えましても守らねばならないものがあります」
「なるほど・・・先ほどの巫女様の事かしら」
「はい、死の巫女リリム・ケルトを守ると誓っております」
エインの真剣な言葉にサイネが笑い出す
「ふふふ、ミラさんが気に入った訳が分かりましたわ」
「・・・?」
「お母様?」
「ヴァンレン卿は若き日のお父様にそっくりですわよ」
「お父様に?」
ミラが驚いていると、サイネは続ける
「えぇ、真っ直ぐで折れない剣のよう・・・わたくしが若かったら惚れていたかもしれませんわね」
ほほほ、とサイネは冗談っぽく笑う
そして、サイネは真剣な表情になり、エインを見て言う
「エイン・トール・ヴァンレン卿」
「はい」
「うちの娘、ミラさんとの事、今一度考え直してくださいまし」
「お、お母様!」
『お黙りなさい!』
サイネが怒鳴り、ミラは俯いた
エインは静かにサイネの言葉に耳を傾けている
「低級貴族なのは知っております、ですが貴公には光るものがございます」
「ありがとう御座います」
「世界を救った英雄、それならばミラさんとも釣合いましょう」
「しかし、自分は結婚する気は・・・」
「わたくしは貴公が気に入りましたのよ、悪い話ではないのではなくて?」
「申し訳ありません」
エインの意思は揺るがないようだった
彼は深く頭を下げて詫びる
「そう・・・残念ですわ・・・・気が変わったらいつでも言ってくださいまし」
「・・・・・」
「このじゃじゃ馬の貰い手など滅多におりませんが故、良き返事をお待ちしておりますわ」
「お、お母様・・・」
ミラの顔は真っ赤だった
エインとの婚姻というものが現実味を帯び、気恥ずかしくなってきたのだ
チラチラとエインの顔を見るが、直視はできない
「勿体無き御言葉の数々、感謝致します・・・ですが期待はしないでいただきたい」
エインはいつもの堅物な表情で言う
そんなエインの顔を見て、ミラも少しばかり冷静になるのだった
しばらくしてリリムが生の魔法使いを連れ戻ってくる
ウェイル卿の肩に刺さる剣をゆっくりと抜き、すぐに治療が始まった
その光景を黙って眺めていると、突如声が響く・・・
《・・・・我が巫女よ・・・》
エイン、リリム、ミラの3名がビクッと肩を揺らす
その様子にサイネが怪訝そうな顔を向けると、3人は空を見上げていた
サイネも上を見上げるが特に変わった様子はない、ただの夕焼けだ
リリムが両膝をつき、胸の前で手を組んで目を瞑る
その目には僅かにだが光るものが見えた
「はい、我が神よ」
サイネはリリムが何をしているのか理解出来なかった
そんな彼女にミラが耳打ちをする
「神託です、神の言葉が降りてきました」
「なんですって!まさかミラさんにも聞こえているのですか」
「はい、それと・・先日、生の神より神託を授かりました」
「そういう事は早くおっしゃいなさい!」
聞こうとしなかったのはお母様じゃない、とミラは不貞腐れる
《・・・災いが迫っておる・・・・既に始まっている・・・》
「災い・・・」
《・・・・心せよ・・・世界の終わりが近づいている・・・》
「世界の終わり?!・・・守る事はできないのですか、神よ」
《・・・・聖域外の神々を巡れ・・・そして・・・世界を知れ・・・・》
「聖域外・・・?どういう事なのですか」
《・・・人がラルアースと呼ぶ世界・・・すなわち神々の聖域・・・》
「ラルアースより出ろと言う事ですか」
《・・・左様・・・・災い・・・災厄は迫っておる・・・・心せよ・・・》
「はい、我が神よ」
《・・・・人よ・・・銀の腕を持ちし人よ・・・・》
突然呼ばれた事に驚くが、エインは片膝をついて頭を垂れた
「はっ!死の神よ」
《・・・神の力を集めよ・・・・六神の加護を求めよ・・・》
「どうすれば宜しいのでしょうか」
《・・・・我が巫女と共に・・・世界を知れ・・・・災厄に備えよ・・・》
「はっ!」
《・・・これより北の地・・・・災いの種が育とうとしている・・・》
「種・・・」
《・・・・死を汚す者を許すな・・・》
「はっ!」
そして死の神の気配は消える
エインとリリムが立ち上がり、目を合わせて頷いた
「ミラさん、説明なさい」
神の声が聞こえないサイネはミラに言う
「はい、わたくしが授かった神託もお話しますわ」
その後、リリムの家でミラの授かった神託や、今さっき授かった死の神からの神託を伝える
サイネはこの件を国へ報告するため、すぐに馬車で帰り、ウェイル卿もそれに同行した
翌朝、ジーン・ヴァルターから手紙が届き、皆がここへ向かってる事を知る
エイン達は彼等の到着を旅の準備をしながら待つ
翌日、ネネモリは大きく揺れる事となる
死の概念の一件以降、大森林の約3割が枯れていた
それは虫の死体のせいである
大量の虫の死体が大地を覆い尽くし、木々は枯れていった
そして、薄くなった大森林は全てを拒んでいた厚みは無くなり
外界と行き来出来るほどになっていた
もちろん魔獣達がいるので危険ではあるのだが
そして、エイン達が神託を受けた翌日
ネネモリの北、大森林の奥底から"それ"は現れた
アンデッドの軍勢である
ゾンビと呼ばれるアンデッド・・・動く死体だ、その数3000
道中で魔獣達に襲われて数が減ったのが不幸中の幸いだろうか
それでも3000という不死者の数は民を恐怖に叩き落とすには十分だった
ラルアースにはアンデッドと呼ばれるものはほとんど確認されていない
それが3000も一気に現れたのだ
ネネモリは全軍を持ってそれに対応した
もちろん、死の巫女であるリリム、その守護者であるエイン
一緒にいたミラもその戦に参戦した
斬っても斬っても死なない存在・・そして、疲れを知らない存在
それは戦において驚異でしかない
たった3000のアンデッドを相手に、ネネモリから出た犠牲者は6000を超えた
火、生、死の魔法以外ほとんど効果が無かったのだ
戦は3日に渡って続き、何とか退ける事が出来たが、1つ恐ろしい事が分かった
それは、このアンデッドは人間が操っているという事だ
アンデッド軍の中には少数だが生身の人間が混じっており
彼等がアンデッド達に命令を下していたのだ
捕まえた人間の捕虜から聞き出した情報は以下の通りだ
ここより北に"アムリタ"という国がある
そこでは死者を労働力、軍事力として使う技術がある
世界には幾つもの国がある
この地、ラルアースは神々の聖域と言われていて、どうやっても踏み込めなかった
最近、森が薄くなり、国が先遣隊として自分達を向かわせた
争う意思は無かった、人間が住んでいる事すら知らなかった
ラルアースの人々が使う魔法は自分達の知っている魔法とは大分違う
自分達の世界では魔法とは補助的なものでしかなく、科学というものが一般的らしい
にわかには信じがたい話が多かった
しかし、彼等が嘘を言ってるようにも思えなかった
アンデットとの戦から2日後、ハーフブリードとワータイガー二人がイオマンテに到着する
「シャチさん達の服なんとかしないとね」
「ム・・・コレデハ駄目ナノカ」
シャチが身体に巻きつけている魔獣の毛皮を掴んで言う
「目立っちゃいますし・・・北に行くらしいから寒いかもですよ」
「ムゥ・・・」
「ヒミカちゃんも可愛い服着たいよね?」
「着タイッ!!」
ヒミカの眼がキラキラと煌やく
太い尻尾がフリフリと揺れる度にシャチの足に当たっていた
「ムゥ・・・シカシ、人ノ金ナド持ッテイナイゾ」
「まじすか・・・どうしよかね」
「とりあえず、リリムさん達の家まで行きましょ」
ジーンが馬車を走らせ、彼等はエインとリリムの家の前まで辿り着いた
彼等を出迎えたのはエインとリリムに加え、ミラの姿もあった
「あれ?ミラさんもいたんだ、早いですね」
「わたくしは数日前からここにいますわ」
「そうなんですか?随分早く手紙届いたんだな・・・」
「手紙?」
「あれ?届いてませんでした?ジーンさんからの」
「いえ、慌ただしかったので確認しておりませんわ、申し訳ありません」
「いえいえ、気にせずに!ここに集合しようって内容なので」
「何かあったのですか?」
「実は・・・・」
シルトとジーンが今回の神託について説明すると
エイン達3人もまた同じような神託を授かったと言う
そして、アンデッドの軍勢の話を聞き、彼等に緊張が走る
これからアンデッドが来た場所、そこへ行かないといけないのだ
「凄い事になってますね・・・」
「えぇ、神は災いは始まっているとおっしゃってましたわ」
「アンデッドの軍勢もその1つだと?」
「わたくしはそう考えておりますわ」
「なるほど・・・」
シルトが納得していると、ジーンが口を挟む
「それは違う気がします、アンデッドは人が操っているんですよね?人為的な物です」
「・・・確かにそうですわね」
「災いというのが何かは分かりませんが、もっと別の何かな気がします」
「別の何か・・・・想像も出来ませんわね・・・」
沈黙が流れていると、シャチが口を開いた
「スマナイ、服ノ話ヲシタイノダガ」
シャチはヒミカに背中を押されて前に出る
どうやらヒミカが早く可愛い服を着たいようだ
「人ノ金ハ無イガ、コレナラアル・・・何トカナルカ?」
そう言ってシャチが差し出した物を見て、ミラの目が大きく開かれる
「これは!オリハルコン!?」
「人ハソウ呼ブノカ、コレハ我等ノ宝ナノダ」
「えぇ・・・これは間違いなくオリハルコンの原石ですわ・・・まだあったなんて・・・」
「コレデ何トカナルカ?」
「もちろんですわ、その大きさですと、一生遊んで暮らせる額にはなりますわ」
「ムゥ・・・ソンナニハ要ランノダガ・・・」
「では、この原石をわたくしが買い取るという事にして
今後必要なお金は全てわたくしが出すというのではいかがですか?」
「ソレデ構ワナイ」
「もちろん、余った分は後々お支払いしますわ」
「ヒミカ、良カッタナ」
「ウンッ!シャチ、アリガトウッ♪」
ヒミカがシャチの足に抱きついて尻尾を大きく振っている
その嬉しそうな表情を見て、シャチは頬を掻くのだった
シャチとヒミカに合う服など無かったが
ヒミカが選んだふかふかのコートを手直ししてもらい、それを購入した
その日の夕暮れにドラスリアから王国騎士団も到着した
彼等は今回の旅に同行するとミラに言って来ている
ただの王国騎士団なら構わなかった、だが彼等の事は簡単によしとは言えなかった
王国騎士団長、バテン・カイトス
大柄な温厚な男性で、40手前といったところだ
しかし、いざ戦闘となるとこの男は野獣のような戦いを見せる
圧倒的な戦闘能力の高さから、彼は騎士団長という座についていた
全身をミスリルのフルプレートで固め、両手持ちの大剣を持っている
その大剣もまたミスリル製で、更に魔法まで掛かっている一級品だ
王国騎士団、プララー・チャンヤット
長身細身の男で、どことなく異様な雰囲気が漂っている
褐色肌で白い短髪というラルアースでは珍しい人種だ
そして、彼の一番の特徴は化粧をしている事だろう
真っ赤な口紅を塗り、紫のアイシャドウを入れ、甘い香水の香りすらする
そう、彼は男色・・・ようはオカマなのだ
生の魔法使いでありながら、拳で戦う事の出来る格闘家でもある
滑らかな動きと、柔軟な身体を利用した体術を得意とし
その実力は騎士団随一とも言われている
王国騎士団、アシュ・ブラッド
燃えるような赤い髪はツンツンに立てられており
つり上がった目は獲物を捉えると逃がさないと言う
熱血バカ、プララーにそう呼ばれるだけあって、彼は熱い漢だ
しかし、戦い方は性格とは少し違い、彼はしなる槍を使う
その槍を棒高跳びのように使い、大ジャンプをしたり、トリッキーな戦闘を好む
ドラスリアから派遣されたのはこの3名だった
騎士団長はまだいい、しかし残りの2名が問題なのだ
騎士団の中でも問題児とされている2人である
しかし、実力だけで言うならば騎士団の中でもトップクラスだろう
正直、ミラはこの2人が苦手なのだ
「ミラ様ぁ!よろしく頼んますわっ!」
アシュがミラの背中をバシバシと叩きながら言ってくる
これだ、これが嫌なのだ、礼儀というものが無い
「あらぁ、アシュちゃんダメじゃないの、ミラちゃん困っちゃってるわよん」
まとわりつくような甘ったるい喋り方なのはプララーだ
「あぁ?んだコラ、やんのかカマ野郎」
「誰がカマ野郎だゴラァ!」
プララーから先ほどまでとは別人のような野太い声が出る
「お前等、大人しくしなさい」
バテンが二人の首根っこを掴み、ミラから引き剥がす
「ミラ様、申し訳ありません」
バテンが深く頭を下げる
「いいですわ・・・それより、貴方達は着いてくる気なのかしら」
「えぇ、王命ですので」
「そう・・・・分かりましたわ」
王命と言われてはミラでも断れない
諦めるしかない・・・はぁ、と深いため息を洩らした
「あらぁ、このイ・ケ・メ・ン☆は誰かしらん?」
プララーがエインの頬に指を這わせながら言う
「自分はエイン・トール・ヴァンレンと申します」
「あらやだ、貴方が疾雷のエインちゃんなのねぇ!」
プララーがエインに抱きつき、頬ずりする
頬が擦れる度に僅かにジョリジョリという感触がエインの頬に伝わってきていた
「離れていただきたい」
「あらぁ、照れちゃって可愛い、うふ☆」
プララーが頬ずりしながらエインの頭を撫でていると、その間に無理矢理割り込む人物がいた
『す・み・ま・せ・んっ!と・お・り・ま・すっ!!』
プララーを押し退け、エインと離れさせたのはリリムだ
リリムはプララーを睨みつけ、プララーもまたリリムを睨みつける
二人の間に火花でも散っているかのような状況だ
エインはその光景を見て、先が思いやられた
大丈夫なのだろうか、この旅は・・・
翌日、マルロとイエル、そして神殿騎士団8名も到着し
神を復活させた旅の生き残りが久々に集合した
思い出話でもしたいところだが、今はそんな状況ではない
彼等は其々が授かった神託を話し合い、今後を決めていく
当面の目的は1つ、北へ向かう事だ
こうして、彼等の旅が再び始まった
少し肌寒い風が吹き、辺りの木々が騒めく
日は傾き、空気はひんやりとしていた
「真剣で宜しいのですか」
エインは抜刀せずウェイル・レ・クシュタードの前に立っている
彼は既に抜刀しており、愛刀であるミスリルロングソードを構えていた
「もちろん真剣だとも・・・これは決闘なのだぞ?」
「では、命を奪っても構わないと」
エインは冷静に、感情というものを感じさせない声で言い放つ
その態度にウェイルはたじろぐが、この一戦に今後の人生が掛かっている事を思い出す
クシュタード家は長い歴史を持つ名家だ
しかし、死の概念が消失した頃、かの家は率先して戦争へと趣いた
死なない身体ならば武功を好きなだけ挙げられる、そう考え、一部の者が功を焦ったのだ
その結果、一族の猛者という猛者はこの世を去った
ウェイルは長男という事もあり、戦争には行かなかったのが不幸中の幸いだった
元々剣の才能だけで言えばクシュタード家の中でも頭一つ出ていた
クシュタード家は剣の才に溢れた家だと言われている
それは幼少期からの英才教育という名の厳しい修行のせいだった
ウェイルもその厳しい修行をこなし、その中で見つけ出したのだ、自身の才能を
彼の才能は1つ、そこだけを鍛え上げ、宮廷剣術で右に並ぶ者がいないほどになった
しかし、あくまで宮廷剣術・・・エインのような実戦剣術とは大きく違う
宮廷剣術とはポイント制であり、弱点と言われている部位を捉えればポイントが加算され
先に10ポイント、もしくは制限時間を過ぎた時にポイントが高い方の勝利である
ウェイルにはこの宮廷剣術の才能があったのだ
彼は上手くポイントを稼ぐ方法だけを鍛え上げたのである
比べて、エインの学んできたものは実戦剣術
それは人の殺し方、生き残り方をひたすら鍛え上げる
そしてエインは磨き上げた、自身の唯一秀でていた部分である突きのみを・・・
幾度となく戦場を駆け、命のやり取りをし続けた
彼は死の概念を取り戻す旅でも沢山の経験を積んでいる
その結果、今のエインは疾雷と呼ばれた頃の彼より遥かに強くなっていた
エインの強さは分かっている、だが自分もそれに劣ってなどいないと思っている
相手は先日まで腕の無かった男だ、何ヶ月も剣を握っていなかった男に負ける訳が無い
剣術は剣術、弱点も人体の急所と大差はない
宮廷剣術ではかすれば良かったのだが、実戦はそうもいかないだろう
違いと言えばその程度のはずだ、ウェイルはそう考えていた
「構わんさ・・・こちらもそのつもりで行く」
「分かりました、いざ尋常に・・・」
エインが抜刀すると空気は一気に変わる
そういったものに敏感な野生動物である鳥達が我先にと逃げ出す
ウェイルは目の前に壁を感じていた、それは巨大な壁だ
次元が違う・・・剣を構えただけでそれがありありと伝わってきた
「・・勝負!」
エインが一歩を踏み出す
気迫にやられ、反応が遅れたウェイルには何が起こったのか全くもって理解出来なかった
気がつけば彼の突きが頬をかすめていた、それだけしか分からなかった
頬の皮が裂け、薄らと血が滲む・・・
「・・・・わ、わざとか・・・?」
「はい、心ここにあらずのようでしたので、仕切り直しましょう」
「・・・あ、あぁ・・・」
エインが剣を下げ、背を向け距離を取る
勝てない、到底勝てる相手ではない、それだけは確信した
くそっ!ミラさんの自信はこういう事か!くそっ!
自分の実力を過信していた事や、エインという男を侮っていた事に腹が立つ
しかし、今ここで逃げる訳にはいかない
ウェイルは覚悟を決めて剣を構えた・・・・
エインの鋭い突きがウェイル卿の頬をかすめると、彼は止まり、何かを話している
そして背を向け距離を取って再び構え直した
それを見てミラは思う、彼らしいと
「今ので決められたでしょうに・・・ふふ」
思わず口から洩れてしまった言葉に、母サイネが反応する
「随分彼を買っているようですわね」
「はい、お母様・・・彼こそラルアースの真の英雄、真の勇者ですわ」
「貴女がそこまで言う人物、見極めさせてもらいます」
「はい」
ミラはエインを見て改めて思う、彼こそ本当の英雄だと
誰よりも勇気があり、誰よりも優しい、そんな彼を見て確信する
神の言う勇者とは彼で間違いないだろう、と
わたくしは彼を支えるのが使命なのですわね・・・
「わたくしの勇者・・・」
言葉にして恥ずかしくなってくる
まるで最愛の人を想って出た言葉のようだったからだ
ミラの胸はドキドキと高鳴り、頭から余計な事を払おうと首を振る
そして、目を見開いて彼の戦いを見逃すまいとした
リリムはエインを応援したい気持ちはあるが、とても複雑な状態だった
エインが勝てばミラと結婚するかもしれない
そう思うと応援する気になれなかった
でも、エインには頑張って欲しい、負けないで欲しい
その2つの考えが彼女の中でせめぎ合い、頭はパンクしそうだった
そうこうしていると、エインの突きがウェイルの頬をかする
速い・・・何も見えなかった、いつ突きを放ったんだろう
エインはウェイルに何かを言い、背を向け歩き出す
そして再び構え直した、どうやら仕切り直したようだ
先ほどの突き、ウェイル卿は微動だに出来ていなかった
やっぱりエインが勝ってしまう・・・いや、勝って欲しいのだけど
あー!もー!どうすればいいのー!
リリムは頭を抱えて一人悶える
今この場にリリムを見ている者がいなかったのが幸いだ
傍から見た今のリリムはどれほど珍妙だっただろうか
一人で頭を抱えて大きく振っていたのだから
ハッ!と我に返り、決闘へと目を向ける
エインが剣を構えてる・・・やっぱりカッコイイなぁ・・・
やっぱりエインには勝って欲しい・・・結果がどうなっても
それに、エインは言ってくれた、私を守ると決めているって
思い出して顔を赤くする
「よしっ!」
リリムは心を決めた、エインを応援すると
私が応援しないで誰が応援するのよ!
リリムは両頬をパンッと力強く叩き、目を大きく開いてエインを見る
『エインがんばってー!!』
もう迷いはない
離れた位置からリリムの応援する声が聞こえる
この数ヶ月、彼女には世話になりっぱなしだった
食事を作ってもらったり、この手でも使えるスプーンやフォークを作ってくれたり
この腕でも背負える籠を作ってくれたり、上手く洗えない身体を洗ってもらったり
数え出したらキリがないほどある
そんな彼女からの声援だ、応えない訳にはいかない
今持てる自分の最高の力でその声援に応えよう
エインは銀の腕に力を込める
腕は自分の考えがそのまま反映されるよう出来ているようだった
人が腕を動かす場合、脳で考え、それから筋肉を動かすという流れがある
しかし、この腕は考えた瞬間には既に動いているのだ
そのため、以前より遥かに早く鋭い突きが放てるようになっていた
それに加え、この腕の力は人間の領域には無いレベルまで達していた
痛覚は無いため、エインはどこまでの力が出せるのか試してみたのだ
大木を全力で殴ってみたところ、この腕はその大木に大穴を開けた
肩への負担は凄かったが、これほどの力が出るとは想像していなかった
そして、この右腕にはまだ秘密がある・・・
「リリムだけじゃなく、ミラ様にも頭が上がらなくなってしまったかな・・・」
そんな言葉を洩らし、エインは僅かに微笑む
そして表情を引き締め、銀の腕で剣を構えた
目の前にいるウェイル卿に失礼が無いよう、全力を出すために
勝負は一瞬だった
エインが駆け出し、ウェイル卿がそれを剣で防ごうとする
しかし、エインの突きの軌道は曲がり、ガードの隙間を針に糸を通すように抜けてくる
その突きはウェイル卿の肩を貫通し、剣先が30センチほど出ている
「ぐっ・・・・・・参った」
エインは剣は抜かず、リリムを呼ぶ
『リリム、生の魔法使いを呼んで来てくれないか』
『はいっ』
リリムが走り去ると、エインはウェイル卿に肩を貸し、座れる場所まで案内する
「痛むでしょうがお待ちください、剣を抜いては血が出てしまいます」
「・・・あ、あぁ・・・すまない」
完敗だ、この男には勝てる気がしない
あの技量であれば命を取る事も簡単だっただろう
しかし、彼は肩を狙った、手を抜かれたのだ
エインはそのつもりではなかったのだが、ウェイル卿にはそう思えた
エインはこんなくだらない決闘で命を奪うなどしたくなかっただけなのだが
「ヴァンレン卿の勝利のようですわね」
サイネが勝負を終えた二人に歩み寄り言う
その後ろにはミラの姿もあった
「えぇ・・・完敗です・・・うっ」
ウェイル卿は苦痛に顔を歪ませる
「この度の婚姻の話、無かった事で宜しいですか」
「男に二言はありませんよ」
ウェイル卿は負けたというのに少しスッキリしたような顔だった
「分かりました・・・・ミラさん」
「はい、お母様」
「後はヴァンレン卿に委ねる、それで構いませんね?」
「はい」
ミラは微笑み、エインを見つめる
その顔は僅かに上気しているようにも見えた
「サイネ様、申し訳ありませんが・・・俺・・自分はミラ様と結婚する気はありません」
「それは何故かしら?」
「自分にはやるべき事があります」
「ミラさんとの結婚よりも大事な事ですの?」
「はい、この命に換えましても守らねばならないものがあります」
「なるほど・・・先ほどの巫女様の事かしら」
「はい、死の巫女リリム・ケルトを守ると誓っております」
エインの真剣な言葉にサイネが笑い出す
「ふふふ、ミラさんが気に入った訳が分かりましたわ」
「・・・?」
「お母様?」
「ヴァンレン卿は若き日のお父様にそっくりですわよ」
「お父様に?」
ミラが驚いていると、サイネは続ける
「えぇ、真っ直ぐで折れない剣のよう・・・わたくしが若かったら惚れていたかもしれませんわね」
ほほほ、とサイネは冗談っぽく笑う
そして、サイネは真剣な表情になり、エインを見て言う
「エイン・トール・ヴァンレン卿」
「はい」
「うちの娘、ミラさんとの事、今一度考え直してくださいまし」
「お、お母様!」
『お黙りなさい!』
サイネが怒鳴り、ミラは俯いた
エインは静かにサイネの言葉に耳を傾けている
「低級貴族なのは知っております、ですが貴公には光るものがございます」
「ありがとう御座います」
「世界を救った英雄、それならばミラさんとも釣合いましょう」
「しかし、自分は結婚する気は・・・」
「わたくしは貴公が気に入りましたのよ、悪い話ではないのではなくて?」
「申し訳ありません」
エインの意思は揺るがないようだった
彼は深く頭を下げて詫びる
「そう・・・残念ですわ・・・・気が変わったらいつでも言ってくださいまし」
「・・・・・」
「このじゃじゃ馬の貰い手など滅多におりませんが故、良き返事をお待ちしておりますわ」
「お、お母様・・・」
ミラの顔は真っ赤だった
エインとの婚姻というものが現実味を帯び、気恥ずかしくなってきたのだ
チラチラとエインの顔を見るが、直視はできない
「勿体無き御言葉の数々、感謝致します・・・ですが期待はしないでいただきたい」
エインはいつもの堅物な表情で言う
そんなエインの顔を見て、ミラも少しばかり冷静になるのだった
しばらくしてリリムが生の魔法使いを連れ戻ってくる
ウェイル卿の肩に刺さる剣をゆっくりと抜き、すぐに治療が始まった
その光景を黙って眺めていると、突如声が響く・・・
《・・・・我が巫女よ・・・》
エイン、リリム、ミラの3名がビクッと肩を揺らす
その様子にサイネが怪訝そうな顔を向けると、3人は空を見上げていた
サイネも上を見上げるが特に変わった様子はない、ただの夕焼けだ
リリムが両膝をつき、胸の前で手を組んで目を瞑る
その目には僅かにだが光るものが見えた
「はい、我が神よ」
サイネはリリムが何をしているのか理解出来なかった
そんな彼女にミラが耳打ちをする
「神託です、神の言葉が降りてきました」
「なんですって!まさかミラさんにも聞こえているのですか」
「はい、それと・・先日、生の神より神託を授かりました」
「そういう事は早くおっしゃいなさい!」
聞こうとしなかったのはお母様じゃない、とミラは不貞腐れる
《・・・災いが迫っておる・・・・既に始まっている・・・》
「災い・・・」
《・・・・心せよ・・・世界の終わりが近づいている・・・》
「世界の終わり?!・・・守る事はできないのですか、神よ」
《・・・・聖域外の神々を巡れ・・・そして・・・世界を知れ・・・・》
「聖域外・・・?どういう事なのですか」
《・・・人がラルアースと呼ぶ世界・・・すなわち神々の聖域・・・》
「ラルアースより出ろと言う事ですか」
《・・・左様・・・・災い・・・災厄は迫っておる・・・・心せよ・・・》
「はい、我が神よ」
《・・・・人よ・・・銀の腕を持ちし人よ・・・・》
突然呼ばれた事に驚くが、エインは片膝をついて頭を垂れた
「はっ!死の神よ」
《・・・神の力を集めよ・・・・六神の加護を求めよ・・・》
「どうすれば宜しいのでしょうか」
《・・・・我が巫女と共に・・・世界を知れ・・・・災厄に備えよ・・・》
「はっ!」
《・・・これより北の地・・・・災いの種が育とうとしている・・・》
「種・・・」
《・・・・死を汚す者を許すな・・・》
「はっ!」
そして死の神の気配は消える
エインとリリムが立ち上がり、目を合わせて頷いた
「ミラさん、説明なさい」
神の声が聞こえないサイネはミラに言う
「はい、わたくしが授かった神託もお話しますわ」
その後、リリムの家でミラの授かった神託や、今さっき授かった死の神からの神託を伝える
サイネはこの件を国へ報告するため、すぐに馬車で帰り、ウェイル卿もそれに同行した
翌朝、ジーン・ヴァルターから手紙が届き、皆がここへ向かってる事を知る
エイン達は彼等の到着を旅の準備をしながら待つ
翌日、ネネモリは大きく揺れる事となる
死の概念の一件以降、大森林の約3割が枯れていた
それは虫の死体のせいである
大量の虫の死体が大地を覆い尽くし、木々は枯れていった
そして、薄くなった大森林は全てを拒んでいた厚みは無くなり
外界と行き来出来るほどになっていた
もちろん魔獣達がいるので危険ではあるのだが
そして、エイン達が神託を受けた翌日
ネネモリの北、大森林の奥底から"それ"は現れた
アンデッドの軍勢である
ゾンビと呼ばれるアンデッド・・・動く死体だ、その数3000
道中で魔獣達に襲われて数が減ったのが不幸中の幸いだろうか
それでも3000という不死者の数は民を恐怖に叩き落とすには十分だった
ラルアースにはアンデッドと呼ばれるものはほとんど確認されていない
それが3000も一気に現れたのだ
ネネモリは全軍を持ってそれに対応した
もちろん、死の巫女であるリリム、その守護者であるエイン
一緒にいたミラもその戦に参戦した
斬っても斬っても死なない存在・・そして、疲れを知らない存在
それは戦において驚異でしかない
たった3000のアンデッドを相手に、ネネモリから出た犠牲者は6000を超えた
火、生、死の魔法以外ほとんど効果が無かったのだ
戦は3日に渡って続き、何とか退ける事が出来たが、1つ恐ろしい事が分かった
それは、このアンデッドは人間が操っているという事だ
アンデッド軍の中には少数だが生身の人間が混じっており
彼等がアンデッド達に命令を下していたのだ
捕まえた人間の捕虜から聞き出した情報は以下の通りだ
ここより北に"アムリタ"という国がある
そこでは死者を労働力、軍事力として使う技術がある
世界には幾つもの国がある
この地、ラルアースは神々の聖域と言われていて、どうやっても踏み込めなかった
最近、森が薄くなり、国が先遣隊として自分達を向かわせた
争う意思は無かった、人間が住んでいる事すら知らなかった
ラルアースの人々が使う魔法は自分達の知っている魔法とは大分違う
自分達の世界では魔法とは補助的なものでしかなく、科学というものが一般的らしい
にわかには信じがたい話が多かった
しかし、彼等が嘘を言ってるようにも思えなかった
アンデットとの戦から2日後、ハーフブリードとワータイガー二人がイオマンテに到着する
「シャチさん達の服なんとかしないとね」
「ム・・・コレデハ駄目ナノカ」
シャチが身体に巻きつけている魔獣の毛皮を掴んで言う
「目立っちゃいますし・・・北に行くらしいから寒いかもですよ」
「ムゥ・・・」
「ヒミカちゃんも可愛い服着たいよね?」
「着タイッ!!」
ヒミカの眼がキラキラと煌やく
太い尻尾がフリフリと揺れる度にシャチの足に当たっていた
「ムゥ・・・シカシ、人ノ金ナド持ッテイナイゾ」
「まじすか・・・どうしよかね」
「とりあえず、リリムさん達の家まで行きましょ」
ジーンが馬車を走らせ、彼等はエインとリリムの家の前まで辿り着いた
彼等を出迎えたのはエインとリリムに加え、ミラの姿もあった
「あれ?ミラさんもいたんだ、早いですね」
「わたくしは数日前からここにいますわ」
「そうなんですか?随分早く手紙届いたんだな・・・」
「手紙?」
「あれ?届いてませんでした?ジーンさんからの」
「いえ、慌ただしかったので確認しておりませんわ、申し訳ありません」
「いえいえ、気にせずに!ここに集合しようって内容なので」
「何かあったのですか?」
「実は・・・・」
シルトとジーンが今回の神託について説明すると
エイン達3人もまた同じような神託を授かったと言う
そして、アンデッドの軍勢の話を聞き、彼等に緊張が走る
これからアンデッドが来た場所、そこへ行かないといけないのだ
「凄い事になってますね・・・」
「えぇ、神は災いは始まっているとおっしゃってましたわ」
「アンデッドの軍勢もその1つだと?」
「わたくしはそう考えておりますわ」
「なるほど・・・」
シルトが納得していると、ジーンが口を挟む
「それは違う気がします、アンデッドは人が操っているんですよね?人為的な物です」
「・・・確かにそうですわね」
「災いというのが何かは分かりませんが、もっと別の何かな気がします」
「別の何か・・・・想像も出来ませんわね・・・」
沈黙が流れていると、シャチが口を開いた
「スマナイ、服ノ話ヲシタイノダガ」
シャチはヒミカに背中を押されて前に出る
どうやらヒミカが早く可愛い服を着たいようだ
「人ノ金ハ無イガ、コレナラアル・・・何トカナルカ?」
そう言ってシャチが差し出した物を見て、ミラの目が大きく開かれる
「これは!オリハルコン!?」
「人ハソウ呼ブノカ、コレハ我等ノ宝ナノダ」
「えぇ・・・これは間違いなくオリハルコンの原石ですわ・・・まだあったなんて・・・」
「コレデ何トカナルカ?」
「もちろんですわ、その大きさですと、一生遊んで暮らせる額にはなりますわ」
「ムゥ・・・ソンナニハ要ランノダガ・・・」
「では、この原石をわたくしが買い取るという事にして
今後必要なお金は全てわたくしが出すというのではいかがですか?」
「ソレデ構ワナイ」
「もちろん、余った分は後々お支払いしますわ」
「ヒミカ、良カッタナ」
「ウンッ!シャチ、アリガトウッ♪」
ヒミカがシャチの足に抱きついて尻尾を大きく振っている
その嬉しそうな表情を見て、シャチは頬を掻くのだった
シャチとヒミカに合う服など無かったが
ヒミカが選んだふかふかのコートを手直ししてもらい、それを購入した
その日の夕暮れにドラスリアから王国騎士団も到着した
彼等は今回の旅に同行するとミラに言って来ている
ただの王国騎士団なら構わなかった、だが彼等の事は簡単によしとは言えなかった
王国騎士団長、バテン・カイトス
大柄な温厚な男性で、40手前といったところだ
しかし、いざ戦闘となるとこの男は野獣のような戦いを見せる
圧倒的な戦闘能力の高さから、彼は騎士団長という座についていた
全身をミスリルのフルプレートで固め、両手持ちの大剣を持っている
その大剣もまたミスリル製で、更に魔法まで掛かっている一級品だ
王国騎士団、プララー・チャンヤット
長身細身の男で、どことなく異様な雰囲気が漂っている
褐色肌で白い短髪というラルアースでは珍しい人種だ
そして、彼の一番の特徴は化粧をしている事だろう
真っ赤な口紅を塗り、紫のアイシャドウを入れ、甘い香水の香りすらする
そう、彼は男色・・・ようはオカマなのだ
生の魔法使いでありながら、拳で戦う事の出来る格闘家でもある
滑らかな動きと、柔軟な身体を利用した体術を得意とし
その実力は騎士団随一とも言われている
王国騎士団、アシュ・ブラッド
燃えるような赤い髪はツンツンに立てられており
つり上がった目は獲物を捉えると逃がさないと言う
熱血バカ、プララーにそう呼ばれるだけあって、彼は熱い漢だ
しかし、戦い方は性格とは少し違い、彼はしなる槍を使う
その槍を棒高跳びのように使い、大ジャンプをしたり、トリッキーな戦闘を好む
ドラスリアから派遣されたのはこの3名だった
騎士団長はまだいい、しかし残りの2名が問題なのだ
騎士団の中でも問題児とされている2人である
しかし、実力だけで言うならば騎士団の中でもトップクラスだろう
正直、ミラはこの2人が苦手なのだ
「ミラ様ぁ!よろしく頼んますわっ!」
アシュがミラの背中をバシバシと叩きながら言ってくる
これだ、これが嫌なのだ、礼儀というものが無い
「あらぁ、アシュちゃんダメじゃないの、ミラちゃん困っちゃってるわよん」
まとわりつくような甘ったるい喋り方なのはプララーだ
「あぁ?んだコラ、やんのかカマ野郎」
「誰がカマ野郎だゴラァ!」
プララーから先ほどまでとは別人のような野太い声が出る
「お前等、大人しくしなさい」
バテンが二人の首根っこを掴み、ミラから引き剥がす
「ミラ様、申し訳ありません」
バテンが深く頭を下げる
「いいですわ・・・それより、貴方達は着いてくる気なのかしら」
「えぇ、王命ですので」
「そう・・・・分かりましたわ」
王命と言われてはミラでも断れない
諦めるしかない・・・はぁ、と深いため息を洩らした
「あらぁ、このイ・ケ・メ・ン☆は誰かしらん?」
プララーがエインの頬に指を這わせながら言う
「自分はエイン・トール・ヴァンレンと申します」
「あらやだ、貴方が疾雷のエインちゃんなのねぇ!」
プララーがエインに抱きつき、頬ずりする
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