カタクリズム

ウナムムル

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2章:ハーフブリード編

第16話 ハーフブリード 其の四

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【ハーフブリード】其の四






ジーンがハーフブリードに加入してから1年以上の月日が流れる
既にハーフブリードは2等級に上がっていた
ほとんどはシルトとジーンの実力でだが、シャルルとサラもそれに着いて来ていた
2等級の依頼は3等級の比ではない
1つ1つの依頼の難易度は高く、命の危険も多かった
だが、その経験が彼女達を大きく成長させていたのも事実だった

シャルルは失敗を経て自身の無力さを痛感し、更なる努力をしていた
寝る間を惜しんで勉強をし、生の神信仰は毎日欠かす事なく続けている
彼女の修行は風呂の時間まで続けられており
湯船につかる彼女は目を閉じ、瞑想する
これは魔法の感覚をより具体的にイメージするために必要な行為だ
しかし、風呂場でやらなくてもいいとは思うが・・・
案の定、シャルルは何度かのぼせている
1つの事に集中しすぎてしまう傾向があるのだ
その度にジーンが下級魔法をかけてやっていたりした

ジーンはこの1年シャルルの努力する姿を目にしてきた
並の人間が出来るレベルではない、まさに血のにじむような努力である
出会った頃は中級4章だった彼女は、今現在は上級6章まで会得している
たった1年で12章進むというのはジーンですら信じられない速度だった
そして、後で知った事だが、シャルルは本格的に魔法の勉強を始めてまだ2年という事だ
元は信仰がなく感覚だけで魔法を使っていたという無茶苦茶な状態だったが
それが後押ししたとしても、たった2年で自分が7年かかった範囲を終わらせている
しかし、ジーンはそれを才能という一言で終わらせたくなかった
実際に見てきたからだ、彼女の尋常ならざる努力の日々を
言うなれば、彼女は努力の天才といったところだろうか
ジーンは特に努力はせず、普通に勉強し、普通に覚えていった
それが他者より圧倒的に早く、天才と呼ばれていたに過ぎない
今まで見下していたシャルルという存在を、ジーンは認識を改めざるを得なかった

「ねぇジーン、この文字なんて読むの?」

シャルルが上級魔導書6章の項目を開いてジーンに見せる
あの失敗を経て、悔しいがジーンに文字を習ったりしていた
そんな安いプライドなど捨て、シャルルは上を目指したのだ

「ん・・・エスペーロ、希望って意味だよ」

「エスペーロ、エスペーロ・・希望っと・・・・ありがと!」

にししと笑顔を向け、シャルルは勉強に戻る
以前のギスギスした空気は無くなり、今は穏やかな空気が流れていた
その1番の理由は、ジーンが彼女を認めた事だろう
キツい言葉も減り、突っかかるような事もほとんど言わなくなっていた
ジーンの中で大きな変化があったのだ
彼女の実力を認めた事も事実だが、それ以外にもある・・・それはサラの事だ


少し前の話になる


サラは腹部を汚い槍で刺されたあの依頼以降、更なる修行を続けていた
手が血だらけになっても剣を振り、シャルルに癒してもらい、再び振り続けた
そんな無茶苦茶な修行が続けられていた
そして、サラはシルトに本気の手合わせを嘆願する

「シルトさん、お願い」

「いいけど・・・怪我するよ?」

「分かってる、でもお願い」

「うーん・・・分かった、覚悟してね」

「うん」

今までの木刀と木盾ではない、真剣での稽古が始まった
その光景を初めて見たジーンは目を疑った
稽古というレベルではなかったからだ、それはまさに実戦だった
シルトの剣には明らかに殺意が込められていたからだ

キィィィィン!

サラの剣が宙を舞う
シルトの剣はサラの喉元でぴたっと止まっていた

「ほら、早く拾って」

サラは痺れる手を振りながら剣を拾ってくる
そして構えると、シルトは自身の大盾を家の壁へと立てかけた

「盾使わないの?」

「うん、今度は剣だけで攻めるから、耐えてみな」

「分かった」

シルトがミスリルブロードソードを両手持ちにする
こんなシルトは見た事が無かった、サラは左手の盾に力を込めて足を踏ん張る
刹那、シルトが大きく踏み込み、上段からの鋭い一撃が放たれた

ギィンッ!!

盾で受けたシルトの1撃は想像を遥かに超える重さだった
サラは吹き飛び、家の壁へとぶつかる
何これ、シルトさんこんな重い攻撃ができるの?
サラの持つアイアンカイトシールドを見ると、亀裂が入り、今にも壊れそうだった
そしてサラは気づく、自身の左腕が折れている事を・・・

「うっ」

「立って」

「でも腕が」

「立て」

シルトの目は本気だった
サラは痛みに耐えながらも立ち上がり、構え直す
そこでシルトが笑顔になった

「よし、今日はこれで終わり」

「え?」

『シャルル~、サラの腕を治してあげてくれ~』

『いいよー!ちょっと待ってー!』

シルトが剣をしまい、サラの持つ盾を奪う

「あちゃ、こりゃ買い替えかなぁ」

そんなシルトを見て、サラは聞く

「なんで立たせて終わったの?」

「簡単だよ、諦めるな、って事」

「どういう事?」

「骨が折れてようが敵は待ってくれない、だから立て、分かった?」

「うん、分かった」

自身の甘さに悔しさが込み上げる
戒めのため、左腕からくる痛みを忘れないよう脳裏に刻み込んでいた

「ちなみにさっきの一撃は本気じゃありません」

「え!?」

「ホントだよ、本気でやればアイアンの盾なんて余裕で斬れるよ・・・見てな」

そう言うシルトはボロボロになったアイアンカイトシールドを壁に立てかける
そして、腰のミスリルブロードソードを抜き、一閃する

カチンッ

彼が剣を鞘に納めると、アイアンカイトシールドは真っ二つになった

「嘘・・・片手でも斬れるんだ・・・」

「うん、だからさっきのでも手を抜いてるよ、そこは理解してね」

「・・・うん」

サラは思っていた、私程度がシルトさんと本気でやり合うなんて無理なんだ、と
今はまだその土俵にすら立てないんだ、と
全然力が足りていない、その想いがサラの中で大きくなっていた

「またさっきみたいな稽古つけてくれる?」

「え、いいけど、また怪我するよ?骨折れるかもよ?」

「うん、構わない」

「そっか、サラが望むなら僕は付き合うよ」

その光景をジーンは見ていた
実戦で使う装備を壊し、骨が折れる稽古があってたまるか
今までの仲間はそんな激しい稽古はしなかった
しかし、サラは骨が折れても再びその稽古を望んでいた
力への渇望が常人のそれではない、ジーンはそれを強く感じていた

その後、シャルルがサラを治療し、次の日には稽古が再開される
そんな日々が続き、サラは格段に強くなっていった
ジーンはそんなサラを見下す事など出来ない
今までの仲間には無い何かを彼女から感じる事が出来たのだ




「希望・・・エスペーロ、エスペーロ・ルーモっと・・・」

シャルルがぶつぶつと呟きながら勉強をしている
庭ではシルトとサラの実戦のような稽古の音が響いている

ジーンは二人の姿を見て思う
この二人は底が見えない・・・もしかすると、このチームは化けるかもしれない、と
今はまだ自分より下の実力しかないのは事実だが
それも近いうちに並ばれるだろう、それがジーンにはとても嬉しかった
このチームに入った理由はシルトという対等の者がいるからだ
それが更に二人も対等になり得る者がいる、これほど嬉しい誤算はない
初めて信頼できる仲間ができたかもしれない、ジーンはそう思っていた

いつしかハーフブリードの名は広がる
ハーフキャットという存在が目立つのもあるだろう
そして、不動のシルト、天才ジーンがいるのもあるだろう
色々な要因が重なり、彼等の名はラーズの冒険者なら知らぬ者がいないほどになっていた・・・





「懐かしいね」

「うんうん」

「あの頃のシャルルとサラは無茶してたよなぁ」

「だって追いつきたかったんだもん!」

「足は引っ張りたくなかったよ」

「ジーンさんキツかったよねぇ」

「ね、まじでムカついた」

「あはは、今は丸くなったよねー」

「そんなに変わったかな?」

思い話に花が咲き、気がつけば空はオレンジ色に染まっている

「そういや、ラピ遅いね」

「だね、珍しいかも?」

「またラーズ兵に担がれてたりしてね」

「女神さま~って?」

「「「あははは」」」

彼等は知らない、この時ラピが小さな冒険をしている事など・・・・






昼頃にハーフブリードの家を出たラピはふらふらと散歩をしていた
特に目的もなくふらふらと街を歩く
ウェールズの散歩も兼ねており、これはラピの日課でもあった

今日のウェールズは上機嫌だ
甘えるような声を出し、ラピの頬に頬ずりしている
くすぐったそうにするラピの表情は幸せに満ちているようだった
そんな彼女達に声をかける者がいる

「これは女神さま!」

ラーズ軍の兵士だ
ラピを見るや深々と最敬礼し、彼女がよしとするまで動かない

「ああ、やめてください、人が見てますよー」

ラピがあわあわして彼に頭を上げてとお願いする
兵士は頭を上げ、今度は軍の敬礼をし、ラピに微笑んだ

「いやはや、こんな場所で女神さまとお会いできるとは、自分はツイておりますな!」

「あはは、そんな大げさなー」

「いえいえ、仲間に自慢できますよ!」

照れるラピはまんざらでもない
いや、調子に乗ってると言ってもいいだろう

「わたしなんてただのエルフですからー」

「何をおっしゃいます女神よ!その白銀の髪、そしてあの七色の光、まさに女神!」

「やめてくださいよ~」

兵士の声は大きく、道行く人がラピと彼を見ていく

「あ、自分は仕事がありますので失礼します!女神よ!」

「はいはーい、がんばってくださいねー」

「はっ!」

兵士は再び敬礼し、駆け足で去って行く
その後ろ姿を見送り、ラピは頬が緩むのを感じていた

「ウェールズ、私って女神なんだってさー」

アギャ?

「そんな美しいかな~、うへへ」

アギャ?

「嬉しいけどちょっと恥ずかしいよねー」

ギャアギャア

ウェールズとそんなやり取りをしながら散歩を続けていると
再びラピに声をかける者がいた

「お姉ちゃん」

「え?わたし?」

振り向くとそこには5~8歳くらいの子供達が立っていた
一番大きな少年はまだまともな格好だが、他の子供達はおそらく戦争孤児だろう
ボロボロの服、薄汚れた髪、泥だらけの肌、独特の臭いがしていた
お姉ちゃんという響きがよく、ラピは上機嫌になる

「どうしたの?」

「えっとね・・・お姉ちゃんすごい人なの?」

「え?なんで?」

「さっき兵隊さんが敬礼してたし、そうなのかなって」

「ふふん、まぁねー」

ラピは少し上向きになり、鼻の下を人差し指でこする

「おー、やっぱりそうなんだ」

「じゃあこのお姉ちゃんにおねがいしてみようよ」

「だな!」

「ディズ、たのんでみろよ」

「うん」

この中で一番大きく、まともな服を着ているディズと呼ばれた少年が前に出る
少年の表情は暗く、何か悩みがあるようだった

「どうしたのー?」

「えっとね・・・宝物をなくしちゃったんだ・・・」

「宝物?」

「うん、ブリキの兵隊さんなんだけど・・・たいせつな物なの」

「そうなんだ・・・」

「おねがい、てつだって!」

「え?」

「お姉ちゃんすごい人なんでしょ?」

「え・・・あ、うん、そうだよ!」

「おねがい!」

「・・・・ま、任せなさい!」

しまったー!適当な事言っちゃったー!
ああああああああ!どうしよーーー!物を探す魔法なんて無いよー!!
あ、そうだ!あの子なら!

「少し離れてね」

ラピが少年達に言うと、両手を組み、目を瞑る

「・・・・おいでませっ、ディナ・シー」

優しくお願いするように言うと
ラピの身体の周りに銀の粒子がキラキラと舞い、頭上へと集まっていく
光が強まり弾けると、15センチほどの少女が姿を現した
髪はピンクの花のようであり、目は全眼で黄色かった
花びらで出来たようなワンピースを着ており、可愛らしい印象を受けた
その背には蝶のような羽根があり、パタパタと止まる事なく羽ばたいている
全体的に黄緑色の少女は銀の光を放っており、キラキラと光の粒子が舞い落ちる

「わー、かわいいー」

「なにこれー」

「ふふふ、これは妖精さんだよー」

「ああああっ!」

突如ディズ少年が大声を上げ、皆が彼を見る

「こないだの虹のお姉ちゃんなんだ!!」

「虹?あぁ、ディナ・シーの光の事かな」

「わー、すごーい!」

ディズは大はしゃぎで妖精の周りをくるくると回っている
そんな少年の反応にラピの頬も緩んでいった

「ディナ・シー、この子の宝物を・・・えっと、なんだっけ?」

「ブリキの兵隊さん!」

「そう、ブリキでできた兵隊の人形を探して」

ディナ・シーはラピの頭上をくるくると回りながら頭を捻る
あまり理解出来ていないようだ
ラピは街を歩くラーズ兵を指差し、あれの小さいのを、と命令を下す
ディナ・シーはラーズ兵の真似をして敬礼し、ひらひらと飛んで行った

「じゃ、みんな手分けして探そうー」

「「「「はーい」」」」

ディズが通った道を一通り聞いたラピはウェールズと共にスラム街の方へと向かう
道端や、木箱の裏、お店の看板の下、排水口、色々な場所を探すが見当たらない
困り果てたラピは、ディナ・シーを心の中で呼び戻す
しばらくして、ひらひらと舞い降りた妖精はラピの頭の上に止まる

「おかえり、見つかった?」

ディナ・シーは頭を横に振り、ラピの頭に肘をついて顎を乗せ、ため息を洩らす

「そっかぁ・・・どこだろー」

1人と2匹はふらふらと捜索を再開する
細い路地、店のゴミ箱の中、椅子の下、馬車の下、色々探すがやはり見つからない
ラピは途方に暮れ、近くのベンチに座って1つ息を吐く

「安請け合いしちゃったなぁ・・・どうしよ・・・」

褒められて有頂天になっていた
あんなに認められた事が無かったのだ
数千という兵達に担ぎ上げられ、皆が一斉に私の名を呼ぶ
それはまるで本当に女神にでもなったような感覚だった
嬉しかった、調子に乗っていた、そしたらこの有様だ
子供の些細な願いすら叶えられない、何が女神だ

「はぁ・・・・見つからなかったらどうしよ・・・」

ラピが困り果てていると、ウェールズが鳴き始める

ギャアギャア

「どうしたの?」

ペチペチとラピの頬を叩き、ギャアと鳴く
励ましてくれてるのかな?

「ありがと、ウェールズ、わたし頑張るよ」

再びディナ・シーに命令を下し、妖精は飛んで行く
気合を入れたラピとウェールズはブリキの兵隊の捜索を再開した


どれほど時間が経っただろうか
歩き疲れたラピの足は棒のようだった
ウェールズがずっと肩に乗っているのも地味に疲れる要因となっている

「ウェールズ、ごめん、降りてー」

ギャアギャア

ウェールズがラピの肩から飛び降り、小さな翼をパサパサと羽ばたかせて着地する
まだ飛ぶ事は出来ないが、着地の衝撃を和らげる程度なら出来るようだ
軽くなった肩を少し回し、こりをほぐす
ポキポキと音が鳴り、僅かな気持ちよさが伝わってくる

「ふー、もうひと頑張りするかー!」

ギャアギャア

ウェールズも乗り気のようだ
その時、ディナ・シーが戻ってきた

「おかえりー、見つかった?」

ディナ・シーはコクコクと頷き、指を差す

「おおおお!案内してー!」

ディナ・シーが先導し、1人と1匹がそれを追いかける
先ほどまで棒のようだった足が嘘のように軽く動く
これは気持ちの問題ではない、ディナ・シーの銀の粒子を浴びているからだ
ディナ・シーは存在するだけで周りのものを自動で癒していく
その効果範囲内にいるため、ラピの疲労感は和らいでいった

ディナ・シーが指を差し「それ」の上でくるくると回る
「それ」を見たラピは膝から崩れ落ち、大きなため息を吐いていた

「そうきたかー・・・」

ディナ・シーが回るその下には、武具店の看板があった
看板は鎧を来た男の形をしており、確かに小さな兵士に見えなくもない

「また振り出しに戻っちゃったなぁ」

ディナ・シーは落ち込むラピを不思議そうな表情で見つめ、彼女の頭の上に降り立つ
ラピの後ろをウェールズが着いて行き、ラピはトボトボと力無く歩いて行く
今度は別の路地に入り、地面を見ながら歩いていると・・・

「ん?なんだろあれ」

排水口の鉄格子に引っかかるように光る物が見える

「もしかして・・・」

ラピが駆け寄り、それが何であるかを理解した

「あったー!!」

それはブリキの兵隊だった
ラピがそれに手を伸ばすと、水の流れが増し、ブリキの兵隊は鉄格子の隙間をすり抜ける

『ああああああああっ!!』

必死に手を伸ばすが届かない
ブリキの兵隊は排水口の鉄格子の先、ラーズ水路へと消えて行った・・・

「あああああぁ・・・・・あぁ・・・」

ラピががっくりと肩を落とす
一応鉄格子を引っ張ったりしてみるがビクともしない

「どうしよぉ・・・うーん」

アギャ?

ウェールズがラピの顔を見て首を傾げる

「ウェールズ・・・あ!あの時のブレス使える!?」

アギャ?

「死の魔法のブレスー!ふーって!ふーって!ここに!」

鉄格子に必死に息を吹きかけ、ウェールズに説明する

ギャアギャア!

ウェールズも理解したようで、大きく息を吸い込んだ
胸が膨らみ、そして口から黒い煙の輪っかが吐き出される
ノロノロと進み、それは鉄格子の端っこに当たって飛散する
その瞬間、鉄格子は腐食し、ボロボロと崩れた

「おおおー!ウェールズよくやったー!!」

ウェールズを抱き上げ、頬ずりする
ラピが喜んでいる事がウェールズも嬉しく、ギャアギャアと鳴いていた

ウェールズの活躍により鉄格子は外れたが、その入口はラピの身体がやっとの狭さだ
無理矢理身体をねじ込み何とか通り抜けるが、服が汚れてしまう
水路の中は暗く、何も見えないと言ってもいい
ラピに続き、ウェールズとディナ・シーも狭い入口を通り抜ける
ディナ・シーの光によって水路内が照らされた

ラーズ水路とは、ラーズ首都全土の地下に走る水路である
迷路のように入り組んでおり、地図を片手に進んでも迷子になるような場所だ
本流となる部分が中央通りの地下に走っており、その水路は道幅も広い
そこから枝分かれして、更にその先でも幾つもの分岐が存在する
そして、枝分かれした先の道は細く狭く、独特な臭いが漂っている

「うぅ・・・くさい」

カビの臭いだろうか、それとも汚水の臭いだろうか
色々な臭いが混じり合い、鼻が曲がりそうになる
ウェールズは顔をしかめ、ギャアギャアと騒がしく鳴いている
その声が反響し、水路が奥深くまで続いているのが分かる

「うぅ、とりあえず流れに沿って行こう・・・」

大の大人では身を屈めないと歩く事すら困難なくらい狭い通路だ
しかし、ラピの身長では屈まなくても歩く事ができる
その点は自分が小さくて良かったと思えた

壁に手をつくと、ぬるっとした感触が手に伝わり、不快感が増していく
ディナ・シーの照らす通路は苔だらけで、油断をすると転びそうになるほどだ
ぬちゃ、ぐちゃ、そういった音を立てながらラピは歩いて行く
しばらく歩くと分岐点に差し掛かった

「えー・・・どっちだろう・・・」

ラピの足元でウェールズがギャアギャアと左の道の方を向き吠えている

「こっちなの?」

アギャァ!

ウェールズを信じ、1人と2匹は狭い水路を進んで行った
途中、足の本数が多い謎の虫が出現し、ラピが大騒ぎするが
ウェールズがそれをペロリと食べ、アギャ?と首を傾げていた
ラピは若干ウェールズから距離を取りつつ、先に進んで行った

1時間以上歩き回り、今自分がどこを歩いているのかも分からない
ウェールズを信じてついて来たが、これだけ歩いても見つからない事に不安になってくる

「ウェールズ、本当にこっちでいいの?」

アギャァ!

自信満々に吠えるウェールズを見て、ラピは1つ息を吐く
今更引き返す事もできない、というか、もう道が分からない
ここはウェールズの野生の勘を頼ろう・・・先を歩くウェールズの背中を見ながら進んでいた
しばらくして、光が見えてくる

「あれ?外?」

アギャァ!

ウェールズが駆け出し、ラピがそれを追う
ディナ・シーはラピの少し前を飛んでおり、彼女の足元を照らしている
一行は出口の光に吸い込まれるように走った

「あった!」

出口の鉄格子にブリキの兵隊が引っかかっていた
やっとの思いでそれを手にし、嬉しさと達成感で涙が出そうになる

「やったー!やり遂げたぞー!」

ラピがキャッキャとはしゃいでいると、その声は水路に反響している
途端に一人で何をやってるんだろうと虚しくなり、我に返る
そして、気づいた

「どうやって戻ろう・・・」

出口にも鉄格子がついている
入ってきた場所の鉄格子よりも太く、頑丈そうだった

ギャアギャア!

ウェールズが吠え、鉄格子へと向かって行く

「え、これ壊せるの?」

ギャア!

ウェールズが大きく息を吸い込む
胸が膨らみ、しばらく溜めた息を勢いよく吐き出す

プワッ

黒い煙の輪がふわふわと飛んで行き、鉄格子に当たり飛散する
4センチはある鉄の棒が腐り、穴があく

「おおー!」

ウェールズは続けて隣の鉄の棒にブレスを吹きかけ、少しずつ鉄格子を腐らせる
上部は届かないので、ラピがウェールズを持ち上げ、ウェールズがブレスを吐く

ガララランッ・・ゴォォン

太い鉄の棒が落ち、大きな音を立てながらぐるぐると回ってから止まる

「あぶっ」

それを飛び退くようにかわし、ラピはウェールズを頭の上に乗せ
鉄格子を通り抜けて行った

外の爽やかな風が頬を撫で、清々しい気分になる

「きもちいいー!」

うーん、と伸びをし、夕焼けに染まる空を眺める

「あ、ディナ・シー、戻っていいよー」

ラピが言うと、ディナ・シーはくるくると回転して光の粒子になって消える

「ありがとねー」

消えてゆくディナ・シーに手を振り、ラピはウェールズと共に歩き出す

「ここ、城壁の外かー・・・すごいとこまで来ちゃったなぁ」

城壁をぐるっと回り込み、正門からラーズ首都へと入って行く
その頃には日が落ち、空は薄紫色に染まっていた
中央通りを歩いていると、ディズ少年と戦争孤児の子供達の姿を見つける

「あ、いたいた」

ラピが小走りに駆け寄り、ディズにブリキの兵隊を差し出す

「これかな?」

「わー!お姉ちゃんありがとー!!」

ディズ少年はブリキの兵隊をギュっと抱き締め、微笑むが

「なんかくさい・・・」

人形をつまむように持って、自分の鼻をつまむ

「ごめんね・・水路に落ちてて・・・」

「ううん、見つけてくれてありがとう!」

少年の笑顔にラピの心は晴れていく
頑張った甲斐があった、臭いのを絶えた甲斐があった
ラピも笑顔になり、手を振って少年達と別れた

「今日は大冒険だったね、ウェールズ」

ギャアギャア

「服泥だらけだなぁ・・・臭いも・・・うぅ、早くお風呂入りたい」

前にシャルルがドラゴンゾンビを倒した後にお風呂入りたいと言っていた気持ちが分かった
ラピが家に着く頃には日も落ちて、夜の闇が辺りを支配する頃だった

「ただいま~」

「「「「おかえりー」」」」

「遅かったね」

「うん、ちょっとねー」

フラフラと居間を通り抜けるラピを見て、皆が驚く

「どうしたのそれ」

泥だらけのラピはがっくりと肩を落とし、はぁ、と大きなため息を洩らす

「女神さまは大変なの・・・」

「そ、そっか・・・」

元気のないラピをからかう気にはなれなかった
そのままラピはウェールズと共にお風呂に入り
風呂上りにキンキンに冷えた麦を発酵させた酒を一気に飲み干す

「ぷはぁっ!くぅ~~~~~~~~!このために生きてるわー!」

ラピは幸せそうに満面の笑みで2杯目を注ぐ

「ラピ、おっさんだよね」

「だね」

「えっ!どこが!?」

「どこって、色々と、ねぇ?」

「ね?」

「うんうん」

「えー!」

ハーフブリードの家は笑いに包まれていた
それはとても幸せな雰囲気だった

「皆は何してたの~?」

「昔話だよ、ハーフブリード作った頃とか」

「おー!混ぜて混ぜて!」

「おっけー」

ぐびぐびと酒を煽るラピを横目に話し出す、彼等の出会いを・・・・




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