カタクリズム

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2章:ハーフブリード編

第9話 1等級

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※今回の挿絵は「厠 達三さん」からのファンアートを使わせてもらっています。

【1等級】






月夜の明かりに照らされて、一人佇む女性がいる
彼女の名はシウ、ネネモリの1等級冒険者チーム月光のリーダー
またの名を月華のシウと言った

大きな羽のついたツバの広い帽子を深く被り、そこから覗く赤いおかっぱの髪
瞳の色は髪と同じ赤で、まつ毛は長く、猫目のように少しつり上がっている
背丈はシャルルとサラと同じくらいだろうか
首にはチョーカーをしており、胸元の少し開いた服を着ている
服の袖口は広がっていて、ひらひらとしていた
そこから覗いている綺麗な長い指には不釣り合いなゴツい指輪を2つずつしている
その上には革のベストを着込んでおり、銀色の装飾が施されている
肩から背中に細いマントのような赤く分厚い布が2本垂れ下がっており、風に揺れていた
短いスカートから見える脚には片脚だけ濃い黒のタイツを履いている
腰には矢筒があり、羽根のついた矢が30本程度入っていた
ブーツは分厚いベルトが巻きついており、全体的に細い彼女には少しゴツくも見えた
そんな彼女の左手には金色の骨組みで出来た大きな弓があり
その弓には夜の闇のように黒い蝙蝠の翼のような飾りが強く主張をしていた
全体的な雰囲気はかっこいい印象を受ける女性だ

シウは横にいるハーフブリードへと顔だけを向ける
全員を顔を見た後に、シャルルとサラだけもう1度見る
彼女の目が一瞬大きく開かれ、元のクールな雰囲気に戻った

「君達がハーフブリード?」

「あ、ども、シルトです」

にやけ顔でペコペコと頭を下げる

「サラ・ヘレネスです!よろしくお願いしますー!」

サラは緊張しているようだ、尻尾が膨らみピーンと立っている

「シャルル・フォレストだよ、よろしくね~♪」

シャルルは手と尻尾を大きく振っている

「ジーン・ヴァルター、よろしく」

いつもと変わらぬ雰囲気でジーンは答える

「ラピ・ララノアだよー、よろしくー」

ラピは手を大きく振りながらぴょんぴょんと自分をアピールしている
そんな彼女達を見て、シウは僅かに微笑んだようにも見えた

「わたしはシウ、しばらくよろしく」

しかし、彼女はどこか警戒しているような雰囲気を醸し出していた
挨拶が終わる頃、ラーズ軍の勝ち鬨も止み始める
ラーズ軍はこの勢いに乗じて攻撃をするべきだっただろう
しかしそれはしない、あくまで倒すのは1等級である彼等で、ラーズ軍は首都防衛が最優先だ

「1等級の方々、準備はよろしいだろうか」

軍の将校らしき人物が声をかけてくる

「待って、うちのがまだ来てない」

シウが目だけで将校を見て言う

「分かった、揃い次第赤い帽子の魔物と、奥にいる本体を頼む
 42いるアイツ等は私達が何とかしよう・・・時間稼ぎ程度だがな」

「了解です、シウさんもそれでいいかな?」

「いいよ」

そう言うとシウは弓を下げ、背中にある留め金に引っ掛ける
そして、シャルルとサラの元へと歩いて行く
シャルルの目の前まで行き、彼女の周りを回りながら顔や身体や尻尾を舐めるように見つめる

「え、な、なに?」

「気にしないで」

「すごく気になるんだけど!」

シャルルが変な汗をかき始めた時、シウはぷいっと横を向き、サラの元へと歩を進めた
解放されたシャルルは何だったんだろ?とシウの背中を見つめる
そして、シウはサラの周りも回り始め、ゆっくりと観察している
バツの悪いサラは縮こまってしまっていた

「ふむ、本当にハーフキャットなのね」

「え?はい・・・そうです」

サラが緊張でガチガチになりながらシウをチラチラと見ている

「差別されない?」

「?・・・・昔はよくされてましたけど・・・シルトさんと知り合ってからは大丈夫です」

「そー」

続いてシウはシルトの元へと向かう
解放されたサラは大きく息を吐き、力が抜けている
シルトから数歩離れた位置で彼の目を睨みつける

「なんでしょ?」

「気にしないで」

「それは無理でしょ」

「そー、わかった」

シウは興味が失せたように歩き出し、元の位置に戻り、ラーズ軍の左翼側を見ている

「自由な感じだね?」

シルトが小声でラピに言う

「そうだねー、でもかっこいいなー」

そこへジーンが口を挟む

「あの弓は凄いね」

「だね、あれあれば楽だろうなぁ」

「魔力使ってるのかなー?」

「そうだろうね」

「なるほど、じゃあ無限に撃てる訳じゃないのか」

そんな噂をしていると月光のメンバー達が馬に乗ってやってくる
4人の男達は皆細く、ゆったりとしたローブを着込んでいる
その風貌からも魔法使いであるのが見てとれた

先頭を走るのは褐色で細身の男、名をモカと言う
整った顔立ちではあるが、右耳が無く、右目も白く変色している
髪は黒く、後ろで束ねているが、背中の中程まであった
薄汚れた黄土色のローブに、鋼鉄製の片手ワンドを腰に下げている
彼は地の魔法使いで、主に硬化系の強化魔法を得意としていた

その後ろに3人が横並びに走る

右を走るのは、色白でやつれた男、名をハラーと言った
目の下のクマが濃いのもあり、今にも倒れそうな雰囲気のある男だ
元は若草色であったであろう使い古されたローブを着込んでおり
赤みがかった金髪をしており、その額には金のサークレットが見える
彼は風の魔法使い、主にスピード強化系の魔法を得意としていた

中央を走るのは、この中でも最高齢であろう男だ、名をシダモと言う
顔はしわくちゃで、まぶたは垂れ、白髪混じりの髪は生きてきた年数を感じさせる
この4人の中で唯一綺麗な白いローブを身に纏っていた
彼は水の魔法使いで、主に衝撃耐性などの防御系魔法が得意である

左を走る男は鋭い目つきで、どことなく裏のありそうな人物だ、名をマタリと言う
袖口や裾がほつれた濃い紫色のローブを着ており、腰には魔導書が見える
栗色の髪はボサボサに伸びており、無精髭もちらほら見えた
彼は死の魔法使い、主に破壊力強化系の魔法を得意としていた

シルトの感じた第一印象は、本当に1等級か?である
装備は大した物には見えない、それに全員細く、強者特有の覇気というものが感じられない
彼等は魔法使いなのだから見た目だけで判断してはいけないが
どうもシルトには彼等が1等級冒険者である気がしなかった
先ほど見たシウの圧倒的な力を目にして、尚更そう思うのだった
明らかに、不釣り合い、と

彼等が馬を降り、シウの元へと集まって行く

「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

モカがシウに深く頭を下げ、後ろの3人も深く頭を下げる・・それにシルトは驚いた
同じチームの仲間に敬語を使い、あんなに深く頭を下げるのか・・・?
これじゃまるで絶対的な上下関係があるみたいじゃないか、と
冒険者チーム内には基本的に上下関係はない、それはあってはならないからだ
リーダーは必須だが、それはあくまで作戦や物事を決める人だ
お互い信頼し合い命を預ける、そういう間柄でなければ必ずチームは割れる
上下関係があるチームは長続きはしない、それが冒険者の常識だった
シルトとサラのような師弟関係などはよくあるが
そこは技術を教える間柄なだけで、上下関係とは少し違うのだ

「いいよ、それより強化切れそうだから早くかけて」

「はい」

4人の魔法使い達が同時に詠唱を始める

「地よ身を守る壁となれ」

「疾走する風よ」

「全てを包み込む大いなる水よ」

「滅びの刃を」

それは全て強化系の上位魔法だった、その全てがシウへとかけられる
彼女は拳を握り、感触を確かめるようにして、1度頷いた

「長期戦になると思うから、効果が切れる前にかけて」

「「「「はい」」」」

4人は再び深いお辞儀をする
そんな月光の様子をハーフブリードの面々は驚きの表情で見ていた
ワンマンチームというのはこういう事か、とシルトは納得する
シウは強化魔法を得意とする人だけをチームに集め
その全ての強化を一人で受け、そして一人で戦って来たのだろう
なんて無茶な、と一瞬思うが、先ほどの実力を思い出し、そうなるのも仕方ないかとも思った
彼女は圧倒的だ、ほとんどの依頼は彼女一人で事足りてしまうだろう
しかし、こんな間柄でもやっていけるのか?シルトには不思議に思うところがあった
そんな事を考えていると、シウがこちらへ歩いてくる

「わたしはもう行けるけど、そっちは?」

「いつでも行けますよ」

「それじゃ、行こ」

シウとシルトが先頭を歩き、その後ろにハーフブリードの女性陣が続き
その後ろに月光の魔法使い達が続いていた
1等級達が動き出した事により、魔物達も大きく動き出す
42の悪魔達は左右に分かれ一斉に走り出す
それに合わせてラーズ軍も左右に展開し、突撃を開始した
大勢が動き、土煙が上がるその中央、バルバトスへとゆっくりと歩を進める1等級達がいる
歩きながらシウがシルトへ言う

「できるだけ矢を温存したいから、アレは任せていい?」

「了解、こっちで対処するよ・・・サラ」

シルトが正面を見ながらサラを呼ぶ、サラは小走りで彼に並び顔を覗き込んだ

「何?」

「頼める?」

「うん、わかった」

「それじゃ、ラピとシャルルはサラの援護を」

「任せて!」

「はーい」

「それじゃ、行きますかっ」

「「「「おー!」」」」

ハーフブリードの様子をシウが呆けた顔で見ている
自分のチームとの違いに驚いたのだろうか
そんな彼女にシルトは声をかける

「シウさん、僕らは突破して奥のをやりますよ」

「いいよ」

「ジーンさんも離れないでね」

「うん」

1等級の彼等が一斉に走り出すと同時にラピが耳のピアスを指でぴんっと弾く
チリーンッという綺麗な音が響き、彼女の周りに銀の粉が煌く
ラピの身体が銀の粉に包まれ、彼女は目を閉じ、微笑んだ

「・・・・おいでませ、ディナ・シー」

目を瞑り両手を組んで、お祈りでもするようにディナ・シーへと呼びかける
ラピの頭上へと銀の粉が集まり渦巻いていく
光が強まり弾ける・・・・そこから15センチほどの蝶の羽根の生えた少女が姿を現した
髪はピンクの花のようであり、その目は白目の無い全眼で黄色い
花びらでできたようなワンピースを着ている少女が羽根を羽ばたかせて浮いている
銀色の光を放つ少女からは、光の粒子がキラキラと舞い落ちていた

一瞬後ろを確認したシウの目が大きく開かれる
それは最後尾を走る月光の魔法使い達もそうだった
聖獣でも精霊でもない見た事もない存在、妖精
それを目にした月光達は驚嘆していた

「ディナ・シー・・・皆を守って!」

ラピがお願いするようにディナ・シーへと笑顔を向ける
彼女の上でくるりと一回転し、ディナ・シーはヒュンッと20メートル上空へと上っていく
ディナ・シーがくるくると円を描くように回り始め、通った道は光の残像のような線が残る
光の線で描かれた円は直径3メートルほどで、キラキラと輝いていた
それはまるで天使の輪のようでもあった
その輪から七色の光と銀の粒子が降り注ぐ、その範囲は広大だった
ディナ・シーを中心におおよそ半径100メートルが七色の光と銀の粒子に包まれる
光や粒子を浴びた全ての者が内から湧き出る力を感じる
感覚は研ぎ澄まされ、体内から力が溢れ、世界がゆっくりに感じるほどだ
そして、悪魔と戦い、かすり傷を負っていた兵士の傷は銀の粒子により癒される

『バカな!なんだこれは!!』

月光の死の魔法使いマタリが目の前の信じられない光景に叫ぶ
だが、彼は更に信じられない光景を目の当たりにする
七色の光や銀の粒子は悪魔達には真逆の効果があったのだ
悪魔の動きは僅かに鈍り、銀の粒子が触れた部位は小さな煙を上げる

「なんなんだ、なんなんだ、これは!」

マタリは驚嘆というよりも恐怖の表情になっていく
目の前にいる小さな白髪の少女を見て、歯がガチガチと音を鳴らす
彼は普段2等級冒険者なのだ、そんな彼には到底信じられないレベルの光景だった
月光とは、シウが強化魔法の得意な2等級を一時的に雇い、使っているだけのチームなのだ
雇われる彼等の報酬は少ないが、1等級として名乗れる事や
自分が戦わなくてもお金が入ってくる事など、利点が多く、よく雇われていた
それは、モカ、ハラー、シダモも同じであった
そして、初めて見るシウ以外の1等級の桁違いの実力に、彼等は恐怖すら覚えていた
そんな彼等にラピが幼い声と笑顔で言う

「妖精さんだよー」

こんな少女が何故あんなとんでもないものを呼べる
エルフと言っても少女じゃないか、まだ子供だろ!
1等級ってのはどいつもこいつもどうなってやがるんだ!
マタリは2等級の中でも中位程度だ、彼は羨ましいのだ、その才能が、その力が
それが歪み、妬みとなり、憎しみとなる
殺意すら篭った眼差しでラピを見るが、彼女はそんな事には気づかず走り続ける



その頃、先頭を走るシルトとバルバトスが対峙する
バルバトスがレイピアを縦に構えた後、切っ先をシルトへと向ける
シルトは心の中で反射!と唱え、盾を構えた
放たれたレイピアの1撃目は空を斬り
2撃目はシルトが盾を動かし、レイピアは常闇の盾に防がれる
切っ先が盾に沿って滑って行き、バルバトスはサラの方へと流される

『サラ!』

サラは右手の剣で突きを放ち、それはバルバトスのレイピアでいなされる
サラとバルバトスは向き合い、停止する
シウとシルトとジーンはそのまま駆け抜けて行った
少し遅れて月光の魔法使い達もその横を駆け抜けて行く
シャルルとラピは少し距離を取り停止していた

「これはこれはお嬢さん、久方ぶりですね」

その言葉にサラの目つきが鋭くなる

「同じ種族の別の魔物かと思ったけど、私が倒したのみたいね・・・なんで生きてるの?」

ケタケタと笑い、バルバトスは手で顔を覆う

「サタナキア様により力を頂きましてね・・・貴女を殺すためのねぇ!」

バルバトスは手を顔に押し付けながらそのまま下へとズリ下げてゆく
彼の顔の皮膚が伸び、ベリベリっと剥がれていった
その下には赤黒い肌があり、鼻は尖っており、目は猛禽類のそれだ
歯はノコギリ状で、ケタケタと笑う度にギギッギギッと音を鳴らす
バルバトスは灰色のマントを脱ぎ捨て、その全貌が明らかとなった
全身赤黒い肌をしており、肩から腕には魚の背びれのようなものがあり
鋼のような筋肉が現わになった
そして、バルバトスはすぅーっと大きく息を吸い込み、黒い息を吐く
その瞬間、バルバトスの身体は膨張していく
筋肉は膨らみ、一回りも二回りも大きくなった
背丈は3メートル近くまで大きくなり、手に持つ刀身の黒いレイピアも巨大化していた



ナックルガード部分の悪魔の顔がはオオオオオオオォと気持ちの悪い声を上げ
バルバトスの右手と融合していく

「さぁ、始めましょうか・・・一方的な虐殺を」

ケタケタケタと笑い、レイピアの切っ先をサラへと向ける
その瞬間、サラが視界から消える
赤い閃光のようなものがバルバトスの横を通り抜け、一瞬遅れて脇腹から痛みが走る

「ぐっ・・・・ほほぅ」

振り向いたバルバトスは10メートルほど先でズザザーっと滑るサラの後ろ姿を見つける

「っとっと」

サラがバランスを崩しそうになるが何とか耐え、止まっていた
バルバトスは脇腹を指でなぞり、紫の血をすくう
それをペロリと舐め、ケタケタと笑い始める

「いいっ!いいですよ!お嬢さんっ!」

両手を広げ、目を瞑り、まるでこの瞬間を堪能するように愉悦に浸る
目を開き、片手を腹に添えて深いお辞儀をして言う

「お嬢さんのお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「嫌です」

サラは即答した

「ケタケタケタケタ!つれないお嬢さんだ・・そこもまたいいっ!」

サラがうへぇと顔を歪ませる

「貴女をグチャグチャにしたくなってきました・・・ケタケタケタケタ」

邪悪な笑みを浮かべ、バルバトスの目に殺気が篭る
しかし、突如バルバトスは大きく跳躍し、逃げて行く

「っ!」

突然の事に驚くが、サラが大地を蹴り、土砂と土煙を上げる
一瞬でバルバトスの下まで行き、上を見上げている

「ケタケタケタケタ!いいですねぇ、堪りませんよお嬢さんっ!」

着地地点を狙い、サラは駆けるが通り過ぎてしまう
ズザザーっと土煙を上げ、ブレーキをするサラの後方でバルバトスは着地し、再び跳躍する
バルバトスの1回の跳躍の飛距離は30メートルを優に超えていた
そして、何度かの跳躍を経て、バルバトスは森へと入る・・それに続き、サラも森へと入った
ラピとシャルルは慌ててそれを追うが、二人の速度は尋常ではなかった
サラとバルバトスが森へ入る頃には120メートル近い距離を離されていた

「あの、二人、はや、すぎっ!」

シャルルが途切れ途切れに喋りながら走る
ラピは妖精の強化を受けており、何とかシャルルに追いついている
しかし、喋る余裕は無さそうだった

森の中、大木が並び、それほど広いスペースはなかった
サラは森を駆けるが、自身の速度が早すぎて木にぶつかり転がる

「うっ」

4回転ほどしてから止まり、肩から痛みが走り、苦痛に顔を歪める
サラがぶつかった木の30メートルほど先にはバルバトスがレイピアを構えて立っていた
サラはブーツの効果が出ない程度に走り、左手に盾を、右手に剣を構える

「ケタケタケタ、ここでは貴女のスピードは出せませんね」

「・・・・・」

「どうやってその力を手に入れたのかは分かりませんが・・・
 いや、それとも以前は隠していたのでしょうか?ケタケタケタ」

「・・・・・」

「流石にあのスピードは厄介です、封じさせて頂きますよ」

バルバトスはフェンシングスタイルのように右側を前にし、左手は後ろに回し構えた
レイピアの切っ先がぴくりとでも動くと、サラの身体もぴくりと反応する
睨み合いが続き、互いに動けない状況が続いていた
そこへシャルルとラピが走ってくる

『いたー!追いついたー!』

シャルルの大きな声が木々に反響し、鳥の声が止む
サラの意識はほんの一瞬だがそちらへと向いてしまった
バルバトスはそれを見逃さない
すかさずレイピアによる突きを放ち、それがサラの顔面へと迫る
その巨体からは想像も出来ないような鋭い突きだった
サラは顔を右に逸らす事で何とか回避するが、頬にかすり
髪が数本ひらひらと宙を舞う
彼女は首を逸らしながら右手の剣を下段から左上へと振り上げていた
それはレイピアを引いたバルバトスによっていなされる
体勢の崩れたサラに、バルバトスの渾身の力を込めた強烈な突きが放たれる
サラはそれを左手の盾で真正面から受けた

ギィィィィィンッ!

足を踏ん張るサラの身体が50センチほど後ろへと下がる
彼女の持つミスリルカイトシールドの中央には窪みができていた

「ディナ・シー!」

ラピがサラを指差し叫ぶ、妖精ディナ・シーが木々の隙間を縫うように舞い
銀の粒子がキラキラと舞い散り、それがサラの身体にも降り注ぐ
盾を持つ左手の痛みが消え、頬のかすり傷が癒えてゆく
そして、バルバトスの剥き出しになった肉体からは小さな煙が上がっていた

「・・・・妖精族ですか、これはこれは」

バルバトスはすーっと大きく息を吸い込み、その鋼のような胸が膨らむ

『カッ!!』

それはただの大声だった、しかしその大きさは尋常ではない
シャルルとサラは耳がいい、そのためその大声には顔をしかめた
音が振動となり、ビリビリと辺りを震わせる
その衝撃により銀の粒子は飛散し、消えていった

「突然大声を出してしまい、失礼しました・・ケタケタケタ」

礼儀正しくお辞儀をする、邪悪な笑みを浮かべながら
その時、サラの身体に異変が起きる

「うっ」

突然片膝をつき、ゲホゲホと咳き込み
彼女の足元には血が飛び散った、それは彼女の口から溢れたものだった

「ケタケタケタ・・効いてきたようですね」

バルバトスが顔を手で覆い、指の隙間から覗き込んで笑っている

「貴女はミスを犯した、それは私の剣をその身に受けてしまった事ですよ」

肩を振るわせて笑うバルバトスは続ける

「私の魔器のお味はいかがですか?」

バルバトスはケタケタと笑う
サラは立ち上がる事ができず、むせながらも目の前の魔物を睨みつける
シャルルが駆け寄り、サラの背中に手を当て、魔法を詠唱する

「清らかな生命の流れよ」

シャルルの両手がエメラルドグリーンの光を放ち、サラを包み込む
しかし、サラの苦痛の表情に変化はない
この時、シャルルは焦っていた
普段なら毒などの状態異常を受けたのは即座に見抜けるからだ
それが手で触れている今でもサラの異常が全く分からない

『お前!サラに何したの!』

「ケタケタケタ、そちらのお嬢さんはサラさんとおっしゃるのですね、ケタケタ」

焦ったシャルルは迂闊にも名前を言ってしまった
バルバトスは醜く顔を歪め、その口からは涎が垂れる

「チッ・・何したのよ!」

苛つくシャルルは再び聞く

「お名前を教えていただいた礼にこちらも教えて差し上げましょう・・・呪いですよ」

人差し指を立て、片目を閉じて言う
特別ですよ、とでも言いたそうな表情で

「呪い・・・何それ・・・」

シャルルは呪いを知らなかった
いや、ほとんどの者は知らないだろう、そんな状態異常はラルアースには無いのだから
サラがげほげほと咳き込み、血を吐き出す

「ほらほら、早く解呪しないと死んでしまいますよ、ケタケタケタケタ」

バルバトスは遊んでいるようだった
まるで苦しむサラの表情を見て喜ぶように
それを救う手段の無い二人を見てほくそ笑むように
今なら簡単に殺せるはずだが、バルバトスはそれをしなかった

出血量が尋常ではなかった
このままではサラが死んでしまう、そう思ったシャルルは気が動転する

「やだ・・・やだ、やだ、やだ、やだ!サラ!死んじゃやだ!」

目に涙を浮かべてシャルルは両手をサラの背へ当てる

「根源たる生の灯火よ!」

青い炎が宿り、サラの背に消えてゆく

「深く静かな川の流れよ!」

淡い青い光がサラを包む

『ラピ!手伝って!!』

慌てて駆け寄るラピは、ディナ・シーにお願いする

「サラを助けて」

しかし、ディナ・シーはラピの周りをぐるぐると回るだけで何もしない

「助けて!お願い!」

目から涙を流してラピはお願いするが
ディナ・シーは小さく頭を横に振り、ラピの頭へと舞い降りる

「癒しの息吹よ!」

緑色の息が吹きかけられる
しかし、サラの苦痛の表情に変化はなく、一向に咳は止まない
サラの前には血溜りが出来、相当量の血を吐き出した事が伺える

「ケタケタケタケタ!いいですよぉ、その顔!その涙!!」

『うっさい!黙ってろ!!』

シャルルが怒鳴り、バルバトスは一瞬だがひるむ
その時、シャルルの右手の中指と薬指にある指輪を繋ぐチェーンがシャラっと音を立てる
シャルルは自身の左手を、指輪を見て一瞬考える
もしてかして、これなら・・・と
シャルルは目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます・・・・

「・・・・・・あ」

彼女の心に温かい優しい風が吹いた気がした
自然と彼女は両手を広げ、その感覚のまま言葉を紡ぐ

「・・・聖なる風よ、その汚れを払え」

2つの指輪が輝き、シャルルの足元から風が発生する
両手が淡い緑の光を放ち、その両手でサラの背中をパーンと叩く
その瞬間、体内を風が通り抜けるような感覚がサラを包む
サラのコートが、髪が風でバサバサと揺れ
咳が止まり、先程までの苦しさが嘘のように消えてゆく

「バカな!私の魔器を上回るだと!」

完全に油断していたバルバトスは急いでレイピアを構え、サラへと突っ込む
ふわっと風が止み、サラは目を見開いた
そして、サラの居た大地は弾け、ふっと姿が消える
目標を見失ったバルバトスは止まり、辺りを見渡す・・・が、サラはどこにもいない
その代わり、木が砕けるような音が辺りに響き、数本の木がメリメリと音を立てて倒れる
上を見上げたバルバトスの目に映るのは、赤い閃光が木と木を繋ぐように伸びている光景だった
全方位からバキッと木の弾ける音とメリメリと倒れる木々の音が響き
バルバトスはぐるぐると辺りを見渡す
そして、気づいた時には魔器であるレイピアを握る右腕が落ちていた
ズザザザーっと落ち葉を舞い上げながらサラが姿を現し、そしてふっと消える

『ぎゃあああああああ!!』

右腕から紫の血が吹き出し、叫ぶ

「バ、バカな、こんな狭いところでは貴女のスピードは!」

落ちた右腕が握る魔器を左手で拾いながらバルバトスは上を見上げる
赤い閃光は蜘蛛の巣のように辺りの木々を繋いでいた
そして、突如耳元で声がする



「お前たちは許さない」



その瞬間、バルバトスの首は飛び、視界がぐるぐると回る
視界の隅で捉えた首の無くなった自身の身体と
落ち葉を舞い上げながら滑り、そして止まるサラの姿を見てバルバトスは気づく
自分が負けたのだと





「サラー!」

シャルルが両手を広げてサラに向かって走ってきて、そのまま強く抱き締める

「シャルル、痛い」

「へへへ、サラー!」

頬ずりをし、目の淵に涙が見えるシャルルが笑顔になる

「ホント痛いから」

若干涙目のサラを見て、ハッ!となったシャルルがサラの足を見る
直ぐ様しゃがみ込み、サラの両足に生の灯火を充てがう
ラピはディナ・シーにお願いし、ディナ・シーはサラの周りをぐるぐると回る
徐々に痛みが緩和されていくが、サラはまともに歩ける状態ではない
両足の数箇所の骨にヒビが入っていた


森の中、二人の治療が続けられている頃
シウとシルト達はアモンとサタナキアと対峙していた・・・・






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