カタクリズム

ウナムムル

文字の大きさ
上 下
23 / 84
2章:ハーフブリード編

第4話 バジリスクの瞳

しおりを挟む
【バジリスクの瞳】







ハーフブリードの一行がラーズの自宅へと着き、一息ついていた
先日のフィッツィ伯爵邸襲撃はラーズにまで伝わっており
野盗の仕業、恨みのある者の仕業、内輪でのトラブルなど
様々な憶測が飛び交っていた
伯爵が関与していたと言われる黒い噂が拍車をかけ
街はその話題で持ち切りになっていた
そんな昼下がり、ジーンがシルトへと声をかける

「シルさん、ちょっといいかな?」

「ん?」

ジーンが指を差し、二人は地下へと向かう
地下への入口には大きな錠前が2つ付けられており
太い黄金色の鍵を差し込んで鍵を開けていく
分厚い鉄製の扉がギギギギと音を立てて開き、二人は階段を下りる
数段の階段の先、地下室には沢山の棚が並んでいた
そこには鉱石や触媒や消耗品、数々の武具などが並べられている
少し埃っぽく、空気はひんやりとしていた

「どったの?」

「これなんだけど」

ジーンが持っているのはジャラっと音を立てる大きな袋だった
中にはぎっしりと何かが入っており、
彼女が両手で持っている事から重い物だと伺える

「何それ」

シルトの問いに、ジーンは袋を開いて見せた
中にはドラスリア金貨が山のように入っている・・・その数323枚

「フィッツィのとこで貰ってきたの」

「まじか、足つかないかな」

「そう、それなんだけど、これすぐに使っちゃおうと思って」

「大丈夫なん?」

「うん、使える場所に心当たりはある」

「どこ?」

「キナイの店」

シルトの眉間にシワが寄る
キナイの店とは、真っ当な物は扱っていない店だった
裏の商品が流れてくる店、盗品から希少品まで様々だ
時には盗品の国宝が流れてくる事もある、違法な店である
そこを経営している連中も真っ当ではなかった

「あそこか・・・何買うの」

「うん、実験に使う触媒がどうしても欲しくて・・・バジリスクの瞳なんだけど」

「あぁ・・・そりゃまともなルートじゃ手に入らないね」

バジリスクとは、その目で睨んだものを石に変える危険な魔獣である
バジリスクは雌が極端に少ない種族だ
雌が何かを石に変えた瞬間の瞳をえぐり出すと出来る結晶がある
それがバジリスクの瞳と言われる物で、
とても強力な魔力が込められている魔道具だ

これの生成方法は基本的に誰かを犠牲にしなくてはいけない
誰か・・とは、主に奴隷である
奴隷が石に変えられている最中の雌の目を取り出すのである
ただでさえ、バジリスクは危険な魔獣だ
更にそんなリスクを背負って生成されるこの触媒は途方もない値段がする

「うん、それで護衛をお願いしたいのだけど・・いい?」

「ほいほい、了解」

「それじゃ今日の夜に」

「おっけー、用意しとくね」

二人が地下室から出て来て鍵を閉めている時、ラピが通りかかる

「何かしてたの?」

「ん、大した事じゃないよ」

「何?気になる」

「ジーンさんの実験の触媒が足りないって話だよ」

ラピが興味深々にジーンに詰め寄る

「新しい精霊?どんなの呼べるようになるの?触媒って何を使うの?」

「まだハッキリとは分からないんだけど、凄い魔力は感じるかなー」

「へー!楽しみだねー!それで、何を使うのー?」

「それは秘密」

「えー!」

不満そうなラピを置いてジーンは部屋へと入って行く
苦笑いをしながらシルトはキッチンへと向かい、夕食の下準備を始める
残されたラピは不満そうに、ウェールズを連れて街へと繰り出して行った

日が落ち、ハーフブリード全員が食卓を囲んでいる
賑やかな食事の最中、ラピがしつこくジーンを問い詰めていた

「ジーンさん、なんで教えてくれないのー?」

「ラピにはまだ早いかな」

「え、何、すごく気になる」

「煽らない煽らない」

シルトがジーンを止める
そのやり取りが気になったシャルルが釘を刺す

「一線は超えないでね」

「うん、わかった」

シャルルの一言で食卓は少し静かになった
そんな中、サラは一人理解していないようで、
首を傾げながら黙々と食べていた

皆が寝静まった頃、シルトは地下室で常闇の鎧を着ていた
階段からジーンが顔を出し、小声で行ける?と聞いてくる
彼は頷き、階段を上って行く

二人は音を立てないように玄関から外へ出て
シルトとジーンはマントのフードを目深に被り
魔法の街灯が無い薄暗い細い路地を進む

スラム街近くのボロい家の入口には不釣り合いな大柄の男が立っている
男はどう見ても堅気ではなかった
腰には40センチもあろう鉈をぶら下げ、顔や腕には古傷が見える
その男の前まで行き、ジーンが声をかける

「キナイの店に入りたいんだけど」

「何だ、お前ら」

「買い物に来たの」

男はフードを被る二人を不審そうに眺める
彼の右手は鉈に伸びていた

「誰かの紹介か?」

「ううん」

「ダメだダメだ、さっさと帰れ」

男が左手でしっしと追い払う仕草をする
ジーンの後ろからシルトが前に出て、男に近づく

「まぁまぁ、待ってくださいよ」

「なんだ、さっさと消えろ」

「二人がダメなら五人ならどうです?」

「は?五人だと?」

男は辺りを見渡し、残りの三人を探している
しかし、彼等以外の人影は見えない
シルトの口元はニヤニヤと緩む

「なんとここにドラスリア国王が三人も」

そう言い、彼は袋から3枚の金貨を取り出す
ドラスリア金貨には国王の肖像が彫られていた

「ははっ、お前面白いな」

「国王様はあなたと共にありたいようですよ」

シルトは彼の手に3枚の金貨を握らせる
男はその金貨をポケットにしまい、横を向く

「俺は何も見てないぞ」

シルトとジーンは男の横を通り、扉を開ける
キィィという高い音を立てて扉が開き、薄暗い部屋へと入って行く
ロウソクの灯りが部屋の四隅にあるだけの部屋には奇妙な物が並んでいた
瓶の中に入ったカエルのような魔物の死体
淡く光る赤いクリスタル、人の頭蓋骨に見える骨
ただの枯れ枝に見える束、銀色の杯、何かの魔物の鋭く大きな牙
鎖を巻かれた本、そして黄金色の瞳

「何用だ」

薄暗い部屋の奥から真っ黒なローブを着た男がヌッと顔を出す
男はフードを深く被り、口元しか見る事はできない
ガラガラにかれた声は年齢が判断できなかった

「バジリスクの瞳を買いに来ました」

男がジーンを下から舐めるように見る

「チッ・・・アイツまた勝手に通したな」

男は外に立つ大柄の男に向けて舌打ちをし、小さくため息を洩らす

「入っちまったもんは仕方ない、金はあるんだろうな」

ジーンの横からシルトが手を伸ばし、金貨の入った袋をテーブルにドカッと置く
中の金貨がジャラッと音を立て、男の口元が緩む
しかし、袋を置いた腕が真っ黒なガントレットを装備してるのを目にし
即座に一歩下がり、男はベルを手に持つ

「お前ら何者だ」

「素性は明かしたくないんだけど」

ジーンが淡々と答えるが、男は首を横に振る

「ダメだ、特に後ろの男は怪しすぎる、信用ができない
 フードを取って顔を見せろ、でないと売るわけにはいかない」

ジーンが振り向き、シルトを見る
シルトは頷き、フードに手をかけた

「・・・・ほぅ」

男がシルトの顔を見て唸る
ジーンもフードを取り、顔を見せた

「元素と不動か、1等級の客とは初めてだな」

男はベルを置き、警戒を緩める
しかし、僅かに汗をかき、言葉の節々から緊張の色が見える

「何でもいいんだけど、早く売ってくれない?」

ジーンが金貨の袋を開ける

「ドラスリア金貨・・・そういう事か」

男は一人で何かを納得している

「何?」

「お前らが伯爵邸を襲ったんだな?」

その瞬間、シルトが腰の剣に手をかけた

「ま、ま、待ってくれ!」

男は慌てて両手を前に出し、首を横に振る
膝はケラケラと笑うように震えていた

「お、俺はキナイだ!裏の仕事を長くやっている!
 フィッツィの事は色々知ってるんだ!それでもしやと思っただけなんだ!」

キナイは勢いよくフードをどかし、自身の顔を晒す
ジーンがシルトに顔を向け、どうする?と聞いてくる
シルトが剣から手を離し、男へと近寄る

「キナイさん、ある木に二羽の鳥が住んでいた」

何を言い出してるんだ?と不思議そうな顔で男はシルトを見る

「片方は静かに止まっていて
 片方はバタバタと翼を羽ばたかせ囀っていた
 ある時、その木に猟師がやって来る
 猟師はうるさい鳥を矢で射抜き帰って行った
 その木には静かな方だけが残った、静かな事で命拾いした訳だよね?」

「あ、あぁ・・・いい話だ、言いたい事は分かった」

目の前にいるのは、一晩で数百人を殺してきた相手だ
しかもその秘密を知ってしまった、キナイは恐怖していた
頬を伝う汗を拭い、呼吸を整える

「バジリスクの瞳だったな」

「うん」

キナイが直径8センチほどの黄金色の瞳をジーンの前へと差し出す
その瞳は未だ生きているようで、瞳孔が僅かに動いている
しかし、瞳は石のように硬くなっており、ツルツルとしていた

「いくら?」

「本来なら金貨200、ドラスリア金貨なら300なんだが
 アンタらには安くしよう・・・・ドラスリア金貨250でいいぞ」

「余っちゃうね、ドラスリア金貨70で何か買えないかな」

「70か・・・待ってくれ」

キナイは後ろにある棚を漁り、小さな瓶をテーブルに置く

「これは?」

「火薬、という物らしい・・・火をつけると爆発するらしいぞ」

「こんな少量じゃいらない、別のにして」

キナイは渋々瓶を片付け、再び棚を漁る
シルトは部屋を見渡し、ある物が目につく

「あの花はなに?」

振り向いたキナイがシルトの指差す物を見る

「魔法がかけられていて一生枯れない花だ、アンタらには無意味なもんだぞ」

「これいくら?」

「50金貨、ドラスリア金貨なら75だ」

「これ70にしてよ」

「そんなのでいいのか?俺は構わんが」

「じゃ、決まり」

こうして取引は終わり
シルトとジーンは、バジリスクの瞳と枯れない花束を手に入れた
帰り道でジーンがシルトの持つ花束を見て言う

「そんな花束どうするの?」

「家にいる皆にあげようかと思って」

「ふふ、そんなので喜ぶかな?」

「どうかなー、シャルルは肉の方が喜びそうだけど」

「ラピはお酒の方が喜ぶかもね」

「サラは喜びそうだよね」

「だね」

二人は笑いながら家へと帰るのだった



翌朝、シルトが朝食を作っているとシャルルとサラとラピが起きてくる
眠い目をこすりながら、朝食の匂いに釣られて台所へ吸い込まれて行く
しかし、今日は普段無い匂いが混ざっていた
シャルルとサラの鼻がピクピクと動き、それを見つける

「シルさん、何これ」

「ん?ああ!綺麗でしょ!」

テーブルに置かれていたのは先日買った枯れない花だ

「え?う、うん」

「花なんてどうしたの?」

ラピが聞いてくる

「皆喜ぶかと思ってね」

シルトが料理をしながら満面の笑みを向けてくる
しかし、3人は素直に喜べない・・・花とは嗜好品の類いの物である
生きる上では必要なく、贅沢とも言える物だ
基本的にケチなシルトは今までそんなものを買った事がなかった

「何かあったの?」

サラが少し心配そうにシルトに聞くが、彼は胸を張って答える

「何もないよ、本当に皆が喜ぶかなって思ってね」

「そ、そう、ありがと」

「それ凄いんだよ!なんと!魔法で枯れない花なのでーす」

目を細めてシルトが自慢げに言ってくる

「へー・・・・そうなんだ」

「・・・すごい?ね」

「うん、すごい・・・かな?」

3人の反応は思ったより薄かった
あ、あれー・・・・全然喜んでないじゃん、シルトは心の中でへこんでいた

「でも、綺麗だね」

サラが花を見つめて僅かに微笑む

「うん、綺麗には綺麗だね」

ラピも微笑み、匂いを嗅いでいる
シャルルは疑問に思った事を素直に聞いてみた

「どこで買ってきたの?」

「朝市だよ、珍しい物が~ってやっててね」

「へぇ・・・」

「高いんじゃないの?」

サラが1本の花を持ちながら言う
シルトは頭を掻きながら苦笑して答えた

「まぁ、少しはするかな」

そこでジーンが起きてくる

「どうしたの?」

「ジーン!シルさんが花なんて買ってきたの!」

「へぇ、いいんじゃない?」

「え?」

「たまには花もいいんじゃないかな」

「う、うん」

効率や合理性を重視するジーンにしては珍しい発言だった
シャルルはそこに僅かな違和感を覚えた

「魔法で枯れない花だって言ってたよ」

「魔法?すごいね」

ジーンが花を手に取り、微笑みながら見つめる
そして右手をかざし、魔力の流れを分析し始める

「これ本当に凄いね、生の巫女が作った物だと思うよ」

ジーンが淡々とそんな事を言う

「「「「え?!」」」」

買った本人のシルトすら驚いていた

「多分レンウさん作かな?」

「レンウさん!」

先代の生の巫女レンウの名が上がり、
途端に女性陣のボルテージが上がっていく
しかし、一人離れた台所に立つシルトだけは複雑だった
さっきまで興味無さそうだったのになぁ・・・おかしいなぁ、とへこむのであった

「そういえば、ウチに花瓶なんてないよ?」

サラがシルトを見ながら言ってくる

「え?無いの?」

「うん、無いよ」

「まじか・・・買ってこないとかぁ」

シャルルが二人の会話に入ってくる

「シルさん買って来たんだから、花瓶もシルさん買って来てよ?」

「えー・・・しゃあないなぁ・・・飯食ったら買ってくるか」

そんなやり取りをしていた時、玄関からコンコンッとノックする音が聞こえる

「手離せないから誰か出て~」

ラピがちょこちょこと小走りに玄関に向かい、背伸びをして扉を開ける

「どちら様~?」

「おはようございます、冒険者組合の者です」

女性は青い上着と赤いスカートの組合の制服を着ており、身分証を提示していた
ラピが振り向き、大きな声で言う

『シルさーん、組合の人だってー』

それを聞いたシルトはジーンに目で合図を出す
何も言わずジーンは立ち上がり、玄関へと向かった

「ご用件は?」

「はい、急ぎの依頼が入りまして馳せ参じました」

ジーンの足にしがみつきながらラピが覗き込む

「1等級のハーフブリード様に是非やって欲しい依頼が・・・」

「簡潔に話して」

「失礼しました・・・サイクロプス3体の討伐になります」

サイクロプスとは、オーガより大きく、遥かに素早く、力も強い
1体であれば大した事はない、2等級でも十分相手できるだろう
しかし、2体ともなれば危険度は跳ね上がる、それが3体だ
だから1等級である彼等に依頼が来たのだろう

「報酬は?」

「基本報酬として20金貨、1体につき60金貨、計200金貨になります」

「急ぎにしてはちょっと安いね、ま・・いっか」

「ありがとうございます」

組合員の女性は2枚の契約書と羽ペンをジーンに渡す
素早く契約書を読み、ジーンは玄関の扉を机代わりにしてサインをする
1枚の契約書と羽ペンを返し、女性は深く頭を下げて帰って行った
もう1枚の契約書を手に居間へ戻り、それをテーブルに置いた
興味深々に皆がそれを覗き込む

「結構近いね、だから急ぎなのかな?」

サラが契約書に記載されている場所を見て言う

「そうだね、サイクロプスは人を食べるから」

「よーし!がんばろー!」

シャルルが手を差し出し、それに皆が手を重ねる
そこへシルトが出来立ての料理を運んできた

「はいはい、今はご飯が先ねー」

「あ!食べる!」

「サラ、運ぶの手伝って」

「うん、わかった」

食卓に朝食が並び、今入ってきた依頼の内容を話しながら食事を取る
少し早めに食べ終え、一行は戦いの準備を始めるのだった

シャルルは薬草や包帯などをポーチに詰め、両手杖を持つ
ラピはウェールズのおやつの干し肉をポケットに入れ
煙幕などの緊急時の道具を確認し、腰のフックに本を引っ掛ける
サラは剣と盾に不備が無いか念入りに調べ
チェインシャツを着込み、真紅のコートを羽織い、剣を腰に、盾を背にする
シルトは常闇の鎧を着込み、大盾を右手に、剣は腰に下げる
ジーンはいつもとは違う大きな袋に様々な物を詰めていた

「ジーン、その大荷物は何?」

「ちょっと実験しようかなって」

「ふーん」

一行が出立したのは昼前だった
目的地はラーズから北東へ2キロほど進んだ場所にある岩場である
小さな洞窟があり、そこにサイクロプス3体が住み着いてしまったらしい
昼には目的地に着き、森の中から洞窟の様子を伺っていた
視界にはサイクロプスの姿は見えない

「どうしよっか、誘き出す?」

「うん!それがいいかも!」

「それじゃサラと僕で囮やろっか」

「うんうん」

そこでジーンが小さく手を上げた

「どったの?」

「今回サイクロプス3体でしょ?
 このくらいなら私達には余裕だから、実験していい?」

「僕は構わないけど、皆はどう?」

「別にいいよー」

「うんうん」

「サラマンダーの時みたいのは御免だからね?」

シャルルが釘を刺す
実験と称して初めてサラマンダーを呼んだ時
ジーンは大火傷を負い、死にかけたのだ

「うん、念のため回復の準備はお願い」

「任せて!」

シャルルは胸をドンッと叩き、二カッと歯を見せ微笑んだ
ジーンは人を頼るという事をあまりしない
その彼女が頼ってくれるのは素直に嬉しかった

簡単な作戦を決め、それぞれ配置に着く
ラピから煙幕を1つ受け取り、それをシルトが洞窟へと投げ込んだ
即座に煙が洞窟内に充満し、慌ててサイクロプス達が外へ出てくる

ガアアアアアアアアアアアアア!!

サイクロプスの雄叫びが響き、空気がビリビリと震える
薄汚れた灰色の肌、はち切れんばかりの筋肉、下顎から長く伸びた2本の牙
そして名が現す通りの一つ目、これがサイクロプスだ
3体全てが現れ、煙で目をやられており、両手で目をこすっている

『ジーンさん!』

シルトが叫び、ジーンが袋から魔道具を出していく

1つ目の魔道具は小さな瓶に入った黒い液体だ
両手の人差し指と中指をそれに漬け、自身の手や腕に独特な紋様を描いていく
これはクラーケンの墨、魔力が秘められている墨だ
それで術式を身体に描き、魔力の純度を高める効果がある

2つ目の魔道具は4つの属性、火・水・土・風の紋章が入ったナイフだった
ナイフの柄頭には赤い札がぶら下がっており、呪文らしきものが書かれている
それを放つ、それはジーンの前方5メートルほどの位置に刺さった
火と地のナイフはジーンの左側に60センチ間隔で前後に刺さり
水と風のナイフもジーンの右側に同じような間隔で地面に刺さる
左右のナイフの距離は3メートルほどだった

3つ目の魔道具はバジリスクの瞳だ
その内に秘める魔力は膨大で、一般人の魔力など比にならないほどだ
ジーンは自身に足りない魔力をこれで補うつもりだった
黄金色の瞳を握り、両手で前へと突き出し、詠唱を始める

「顕現せよ、異界の門」

バジリスクの瞳が禍々しい光を放ち、ナイフの柄頭に下がる赤い札が燃え上がる
ジーンの腕や手に描かれた紋様が淡い光を放つ

その時、ナイフに囲まれた地面が黒く染まる
横3メートル、奥行60センチの黒い地面が出来上がり
そこからゴゴゴゴゴっと黒い金属で出来たような禍々しい分厚い門が迫り上がる
それはゆっくりと迫り上がり、高さ6メートルの門が出現した
門には太い鎖が巻かれており、その中央には大きな錠がされている

その光景を皆がじっと見ていた
言葉に出来ない不安や恐怖が彼等を支配する
それは生と死の神に対峙した時のような、人の領域に無いものを感じていた

「解き放ちしは我の命、その戒めを解き放て!」

刹那、バジリスクの瞳は眩い光を放ち、砕け散り、灰となる
ガチャンッと重い音を立て、門の錠は外れ、地面に落ちた
その頃、サイクロプスが目を開き、目の前にある巨大な門に目を奪われる
その扉は重苦しい音を立てながらゆっくりと開き始めた・・・

ギギギギギギ・・・・ガコンッ

全開になった扉の中は黒と銀色の斑な世界が広がっていた
サイクロプスは何が起こっているのか理解できず動けない
門から溢れ出る禍々しい空気は辺りの気温を一気に冷やし
口から出る息は白くなっていた

ジーンは右足で足元に五芒星を描き
最後にくるりと一回転をして五芒星を円で囲む
そして門の裏側から呼びかける

「我、ジーン・ヴァルターの名において命ずる・・・現れよ!サタナキア!!」

足元の五芒星が光りを放ち、下から来る波動でジーンの服や髪がなびく
彼女の言葉で門の鎖がギュルギュルと音を立てて門の中へと入って行く
それが何かを捕え、重いものでも引っ張るようにギギギと音を立てる
徐々に鎖は引かれて行き『それ』が姿を現した

門より現れしは8枚の大きな蝙蝠のような翼を持った男だった
男は2メートルほどで、赤い長い髪で片目は見えない
全身に黒い紋様が走っており、その肌は深い紫色をしている
翼は彼の身の丈の2倍はあるだろうか、4メートル近い大きさだった
開かれた瞳は黄金色で、空中に足を組み、座るように浮いていた
男の胸や腰には門から伸びる鎖が刺さっており、不快そうな表情をしていた

サタナキアの出現により、サイクロプス達が一斉に吠える
それは恐怖からだった、目の前の存在は神にも等しいほどの力を放っていたのだ

《喧しいゴミが》

サタナキアの声は脳内に直接響いた
ハーフブリードの誰もがその声に驚いた、それは神の声と同じだったからだ
低く、威圧感のある声が脳内に直接響いてくる

《散れ》

サタナキアは空中に座りながら手を軽く払う
その瞬間、サイクロプス3体は吹き飛び、岩壁に叩きつけられ潰れる
ビチャッとサイクロプスの血が岩肌を染め、
壁はバゴッ!と大きな音を立てえぐれる
サタナキアはニヤリと笑い、舌で唇を舐める

ジーンは目を大きく開いた
彼女はまだ何も命令していなかったのだ

『みんな!逃げて!!』

ジーンの叫び声が辺りにこだまする

『私の命令を受け付けてない!逃げて!!』

ジーンは恐怖からか足がもつれてしまい、転んでしまう
シャルルが駆け寄り、ジーンを支えて走り出した

『僕がしんがりをやる!皆全力で走って!』

シルトが剣をしまい、両手で大盾を前へと構え、足を踏ん張る
心の中で「城壁防御」を発動した

サタナキアはゆっくりと空中で回転し、ジーンを睨む

《お前が我を呼んだのか・・・下等生物である人間ごときが》

その声にジーンが振り向き、彼の目を見てしまう
黄金色の瞳には恐ろしいほどの力を感じ、ジーンは立ち尽くしてしまった
サタナキアの瞳が縦に割れ、狙いを定める
シルトはジーンとサタナキアの間に入り、両手で大盾を構える

『ジーンさん!シャルル!避けて!』

シルトの叫び声で、シャルルはジーンを引っ張り横へと飛ぶ
その刹那、サタナキアが右手を前へと突き出し、手を開く
彼の手からは黒とも濃い紫とも言える色の波動が放出された
それは一直線にシルトを捉え、
彼は魔法で硬化されたミスリルラージシールドで受ける

「かはっ!」

信じられないような衝撃がシルトを襲い
彼の大盾はベキョッと音を立てて折れ曲がる
その刹那、彼の身体は後方へと吹き飛んで行く
ジーンとシャルル、そしてラピとサラの横を彼の身体が一瞬で通り過ぎた
サラはシルトを目で追う、その瞬間右手の盾に黒い波動がかする
盾を止めていたベルトは引きちぎれ、盾が宙を舞う
肩口から右腕の袖部分の真紅のコートが破れ、サラはその衝撃で横を向く
彼女の視界にはシルトが映っていた

シルトは4回ほど大きくバウンドしながら後方へと勢いよく吹き飛んで行く
そして、太い木にぶつかり、木にヒビが入り、彼は止まる
口から血を吐き出し、頭から血を流し、右腕はあらぬ方向に曲がり
ピクリとも動かなかった

『いやあああああああああ!!』

サラが絶叫する
涙をポロポロと流しながらシルトの元へとよろめきながら駆け寄る

ジーンがその光景を見て、目にいっぱいの涙を溜め、ガタガタと震え出す
そんな彼女にシャルルは力いっぱいのビンタをかまし叫ぶ

『しっかりしろ!!』

シャルルの言葉で我に返り、ジーンは涙を拭い、大きく頷いた

サラがシルトの元へと辿り着き、
彼の身体を引き寄せようとするが一切動かない

「なんで!なんで動かないの!!」

普段の冷静な彼女からは想像もつかないほど取り乱していた
木にめり込むように座るシルトはどんなに力を入れても動かなかった

『シャルル!シャルルゥッ!!』

サラが叫び、シャルルが駆け寄る

「シルトさんが、シルトさんが、シルトさんが」

『うっさい!落ち着け!!』

サラを叱るシャルルの頬にも涙が流れており、その手は震えていた

ラピはどうしたらいいか分からず、
その光景を口をあけて見ているしかできなかった
そこへジーンが指示を出してくる

『ラピ!強化魔法でシャルルとサラを!』

「わ、わかった!」

本を開きエペタムの召喚を開始する
魔法陣が出現し、ラピの身体を通り抜けて行く

「カントより・・・おいでませっ!」

雷をまとった銀色の狼が姿を現す

「二人を!」

ラピが指を差し、エペタムが中空を賭け、雷が二人へと落ちる

「エペタムおいで!」

ラピはエペタムを呼び、その背に乗る
雷撃により痛みを伴うが今はそれどころではない

シャルルがシルトに回復魔法をかける

「根源たる生の灯火よ」

彼女の両手に青い炎が宿り、シルトの頭と胸に当てられる
瞬時に頭の傷はふさがり、シルトは一瞬だが目を覚ます
薄目をあけ、彼は心の中で呟く「城壁解除」と
そして、すぐに彼は目を閉じ、再び意識を失った

「シルトさんっ!シルトさんっ!」

サラがシルトの身体を引っ張ると、
先ほどまでが嘘のように彼の身体は引き寄せられる

「シャルル!」

「うん!」

二人はシルトの身体を両脇から支え、走り出した

その頃、ジーンは精霊召喚を行っていた

「・・・・おいで、シルフィーヌ」

パチンッと指を鳴らし、それが反響していく
彼女の前方5メートルほどの位置に小さなつむじ風が発生し次第に強くなっていく
それは横2メートル、高さ10メートルもある竜巻に変わり
一気に竜巻は弾け飛び、中から緑の服を着た少年のような者が現れる
少年は身長70センチほどでとても小さく、目は白目がない全眼だった
少年は風を衣のようにまとっており、ジーンの指示を待っていた

「壁になれ」

そう言ったジーンは後ろを向いて全力で走り出す
シルフィーヌは両手を大きく開き、彼の前に大きな竜巻が4つ発生する
それが壁のように並び、土砂を巻き上げ視界を遮る
ジーンは走りながらもう1つの指示をシルフィーヌに下す

「風の加護を私にっ!」

シルフィーヌは片手をジーンに向け、その瞬間ジーンの身体が軽くなる
激しい追い風のようなものを感じ、ジーンは一気に加速した

サタナキアは風の精霊シルフィーヌを見てニヤけていた

《くだらん、この程度の下級精霊など》

彼は再び手を軽く払い、シルフィーヌの作り出した竜巻の壁を破壊する
すーっと空中を滑るようにゆっくりと前進し、シルフィーヌへと近寄って行く
シルフィーヌは再び竜巻を発生させ、壁を作ろうとした
サタナキアはパチンッと指を弾く
その瞬間、シルフィーヌの身体は膨れ上がり、体内からボンッと爆発する
竜巻はつむじ風に変わり、次第に消えて行く
サタナキアはゆっくりと進み、空中から逃げ惑う人間を見下ろし、ほくそ笑む

《ハハハハハハッ!逃げろ逃げろ!ゴミ共が!》

数十メートル進んだ所でサタナキアの身体はグンッと後ろへ引っ張られる
振り向くとそこには門から伸びる鎖が伸びきっていた
チッと舌打ちをし、鎖を引っ張るが切れる様子はない
ジーンはそれを見逃していなかった
そうこうしている間にハーフブリード達は森の中へと逃げ、姿を隠す

《我が眷属達よ》

しばらくして、サタナキアの命により門から3体の魔物が姿を現した
フクロウの頭を持つ人型の魔物・・・プルスラス
ワタリガラスの頭を持ち、蛇の尾を持つ魔物・・・アモン
赤いハットを被り、灰色のマントに身を包む紳士のような魔物・・・バルバトス
3体の魔物はサタナキアの前に跪き、頭を垂れる

「何なりとご命令を」

アモンが口を開き、命令を待つ

《森に人間が5匹逃げた、奴等を殺せ》

「「「はっ!」」」

《だが、茶髪の女だけは生きたまま連れてこい》

「「「はっ!」」」

《行け》

3体の魔物は散開し、森へと消えて行く
サタナキアは門の前へと戻り、自身を縛り付ける忌々しい鎖を見て唾を吐く

《あの女には死よりも辛い苦しみを与えてやろう》

彼の笑い声が辺りにこだまするのだった






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天空の媛

青村砂希
ファンタジー
 この物語は12世紀の欧州が舞台となっております。  主人公(クレア姫)の王国は、隣国である帝国に向けて兵を送りました。  食糧危機による侵略戦争です。  帝国は壁に囲まれた国で、兵を持たないとの情報から、侵略出来ると考えていました。  しかし帝国は、魔術を扱う力を持っており、彼らの操る巨大モンスターによって王国は崩壊。  敗戦国となった姫は国民を守る為、帝国の司令官に命を差し出しました。  12世紀の姫さま視点で、この物語は進みます。  帝国の魔術とは、21世紀のテクノロジーです。  姫さまにとって、それは魔術の様に映りました。  彼らは21世紀から12世紀へ、国ごとタイムリープしてきた訳ではなく、  この世界と21世紀を繋ぐGATEを持っている訳でもなく、  彼らは別の宇宙から来た宇宙人でもありません。  12世紀に、何故21世紀のテクノロジーを持つ彼らが存在するのか?  そして、秘密裏に進められている彼らの計画とは?  謎は少しずつ明かされていきます。  物語の前半は、敗戦国である姫さまの国が、近代国家へと生まれ変わっていく内容です。  まと外れで残念で、それでも一生懸命な姫さまです。  どうか姫さまを応援してあげて下さい。  そして、この物語にはもう1人、重要なヒロインが登場します。  サクサク読んで頂ける事を目指しました。  是非、お付き合い下さい。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

名も無き星達は今日も輝く

内藤晴人
ファンタジー
エトルリア大陸の二大強国、ルウツとエドナ。 双方の間では長年に渡り、無為の争いが続いていた。 そんな中偶然にも時を同じくして、両国に稀代の名将が生まれる。 両者の共通点は、類稀な戦上手であるにもかかわらず上層部からは煙たがれていること、そして数奇な運命をたどっていることだった。 世界の片隅で精一杯に生きる人々の物語。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

Fragment of the Fantasy

Digital&AnalogNoveL
ファンタジー
統一世界観第二作目 第一作目のCroSs MiNDとは世界も場所も違う物語、しかし、何かしらの設定的なつながりがある作品 今後公開予定の第四、第五作や執筆予定の機装戦記の延長上にある物語である。 本来原文は特殊な文字(Font)を使用しており、ここでの表示が出来ないことを残念に思う。 原文で特殊文字を使っていた場所はすべて『******』の様に伏字にしてしまいました。 原文と特殊文字でお読みしたい方はご連絡ください。特殊文字で読めるPDFでご提供いたします。                   あ ら す じ  二人の神が地上から姿を消してから約二千年、ユーゲンレシル大陸の西、ハーモニア地方にある三国、ファーティル王国、メイネス帝国、サイエンダストリアル共和国は互いに手を取り合い、長き平和が続いていた。  しかし、その平和の均衡を破るかのごとく突如、メイネス帝国が何の兆候も現す事なくファーティルの王都、エアに出現し一日も経たなくしてそこを陥落させたのである。  その陥落の際、生き延びた王国騎士アルエディーは何故、友好関係にあった帝国が突然、侵攻してきたのかその真相を探るため帝国内部へと旅立って行こうとした。だが、それを知る事も許されず王国奪還の為に決起する事になってしまう。  騎士アルエディーを取り巻き、主格から脇役まで総勢60人以上もが登場する笑い、泣き、怒り、悲しみ、そして愛と感動が織り成す会話重視系の幻想英雄譚小説。  帝国が王国に侵攻したその理由は?アルエディーとその仲間たちは帝国に圧制された王国を奪還できるのか?戦いの果てに彼等を待つものは?  争いはいつも誰もが望まなくして起こるもの・・・、そう、それは何者かの手によって・・・。  そして、英雄独りなどで、けして世界を救くえはしない。そこに多くの仲間達と平和を願う人々が居るからこそ、それは実現の物となるだ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...