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1章:死のない世界編
第17話 共同火葬
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【共同火葬】
コムラーヴェでの話し合いから10日が経ち
各国の軍が遺体を運んでナーテアの南
15キロほど行った場所の荒野へと集まっていた
遺体の数は4国合計21万にも及ぶ
腐敗は進んでおり、辺りからは死の臭いが漂っていた
一般人達も参列しており、ほとんどの者が喪服を着ている
誰もが口に布を当てていたり、マスクをしている者もいた
それほど臭いが酷いのもあるが、病に感染したくないのもあるだろう
その群衆の中央には巨大な穴が掘られていた
4国の地の魔法使いを総動員して連日連夜作られた長方形の大穴である
南北の長さは500メートル、東西の幅は300メートルにもなる
その深さは15メートルはあるだろうか、遺体は綺麗に並べられており
周りには木材で出来た骨組みのようなものがあり、
そこには藁が敷き詰められている
今回の共同火葬に参列した者は各国合わせておよそ80万人
穴の東と南と西側に遺族達が集まっており
北側には各国の幹部や代表、巫女達もそこへ集まっている
参列者の多くが、家族や友や恋人との別れを悲しんで涙していた
彼等の中にはこの火葬を反対する者も含まれていた
敵国と一緒になど、そういう考えの者は必ずいる
まとめてなんて、そういう考えの者も少なからずいた
日も落ち、辺りはオレンジと青紫の空が支配していく
その時、巨大な角笛が低い大きな音を発した
ブオオオオオォ……
辺りのすすり泣く声が消え、その音に誰もが顔を向けた
北側の東西に設置された二つの巨大な角笛が鳴らされ
中央にいた4つの人影が前へと出る、各国の代表者達だ
ドラスリア王国、国王イーリアス・ベル・ドラスリア6世
まだ幼い彼は7歳の時に王位を継承、現在は12歳である
幼さに合っていない王冠をかぶり、赤いマントをしている
身の丈もありそうな錫杖を手にしている金髪碧眼である彼は
言われなければ女の子と間違えそうなほどの美少年だった
ふわりとした柔らかそうな髪質で、
肌はきめ細かく、人形のような美しさだった
宗教国家カナラン、大司教エレアザル・オシニス
長い白い髭の眼光鋭い老人である
今日も長い帽子をかぶっており、地面に擦るような長いローブを着ている
その手には杖が握られており、
先端には教会のシンボルである太陽のマークが施されている
自然国家ネネモリ、族長オグマ・ケヒト
筋肉がむき出しになった露出の多い男、それがオグマの第一印象だ
彼は上着を着ていない、その代わり、肩と胸に鎧を付けている
黒髪短髪の褐色の肌をしており、その肌が鋼のような肉体を強調していた
年齢はまだそこまでいっておらず、
30代後半から40代といったところだろうか
腕を組み、足を開き、堂々とした立ち姿だった
産業国家ラーズ、総帥ドゥヴェルグ・アーグ・トールキン
ごわごわした赤髪に黒く長い髭、140センチほどしかない身長
片目が潰れており白くなっている彼はドワーフだ
ラーズ軍の鎧を身にまとっており、
そこから出ている腕には逞しい筋肉がついている
彼は片目で穴の中を見て目を細めていた
角笛が止み、この場から音というものが姿を消す
そして、彼等4人に魔法がかけられる
「大いなる波長よ」
4人の風の魔法使いが彼等に魔法をかける
この魔法は空気の振動を操る魔法、対象者の発する音を大きくするものだ
魔法の効果を肌で感じ、大司祭エレアザルが口を開く
『『ラルラースに生きるの者達よ!神々と英雄により世界は救われた!』』
彼の声は魔法により辺り一帯に響き渡る
『『しかし、世界に死は溢れ、再び世界に危機が迫っている…』』
そこでネネモリの代表オグマが続けるように声を上げる
『『このままじゃぁ病が広がっちまう!それは困るよなぁ!』』
彼の大きなダミ声が響き渡り、ドゥヴェルグがそれに続く
『『この共同火葬は必要な事なのだ!』』
エレアザルが隣にいるイーリアスを見て頷く
そして、少年王は口を開く
『『私達はこの悲しみを忘れてはいけません!
今日という日を心に刻み、語り継ぐのです!』』
まだ幼く、透き通るような透明感のある高い声が大穴に響き
最後の別れを惜しむ声、演説により興奮した者の歓声
未だ反対し続けている者の批判、
それらが混じり合い、大きなうねりとなっていく
代表4名が頷き、各国の火の魔法使い達が前へと出る
それは大穴をぐるりと囲むように配置され、代表4名の前にはイエルが立つ
それに続き、風の魔法使いが火の魔法使いの後ろへと立つ
イエルの後ろにはリリムが立っていた
彼女の服は黒と白を基調とした袴のような祭服で、
金色の装飾が施されている
頭には薄いヴェールのようなものをかぶっており
それが透けて彼女の顔が見えている
手には鈴の沢山着いた錫杖を持っており、動く度にシャラと音を立ていた
兵士たちが民を大穴から離れるよう促す
代表4名も10メートルほど下がり、魔法使い達を見守る
風の魔法使い2名がイエルとリリムに魔法をかけた
「大いなる波長よ」
その効果を感じたイエルはリリムを見て頷き、彼女もまた小さく頷く
イエルは正面を見据え、その手に輝く溶焔の宝玉を高く掲げた
『『我は炎の目なり、手なり、足なり……』』
彼女の腰周りに8メートル近い円形の魔法陣が3重に出現する
その2つは次第に大きくなり、10メートルと9メートルほどになる
下の魔法陣が小さく、上の魔法陣が大きかった
足元から力の波動が吹き荒れ、彼女の祭服がバタバタと音を立ててなびく
イエルの詠唱が辺りに響く……長い詠唱が続き、
誰もが息を飲んでそれを見守っている
これは火の巫女の究極魔法の1つ、浄火魔法だ
『『浄化の焔よ、今ここに顕現せよ!!』』
彼女の大きな声が木霊する
魔法陣が30メートルほど一気に上がり、上空で飛散する
飛散した後、そこに白い炎が出現すた
その大きさは10センチほどだ、それが脈打つように巨大化していく
10センチは20センチへ、20センチは40センチへ、倍々になっていく
6メートルを超えたところで止まり、その白い火球は激しい熱を放つ
辺り一帯の気温が急上昇し、火球の周りはその熱により視界が歪む
イエルの鼻や耳からは血が流れ、
大汗を流している彼女は手を前へと振った
火球が辺りを照らし、闇を払っていく
白い火球が大穴の中央へと行き、停止した
そこへ各国の火の魔法使い数百人が同時に詠唱を始める
「「「「闇夜を照らす導たる炎よ!」」」」
火の魔法使い達から一斉に50センチほどの火球が放たれる
それは全方位から白い火球へと向かい、そして衝突する
刹那、白い火球は炸裂し、大穴へと白と赤の火の雨が降り注ぐ
藁が燃え、木材が燃え、遺体に火がついていく
火の魔法使いは風の魔法使いと入れ替わる
「「「「道を阻む風の壁よ!」」」」
数百の風の魔法使いから放たれた魔法は見えない壁となり
大穴から来る熱気と轟音を遮る
イエルがフラフラと後ろへ下がり、司祭達に抱えられ連れて行かれる
それを見送った後、リリムは火の海と化した大穴を見据える
『『死よ……彼等に救いを与えたまえ……』』
彼女の綺麗な声が辺りに響き、涙していた民達は死の巫女を見る
そして、リリムが舞い始める、その動きは流れる水のようで
止まる事なく、柔らかく、しなやかな動きだった
時折、彼女の持つ錫杖がシャン、シャン、と音を立て、リズムを刻む
彼女の錫杖が鳴る度に火の粉が舞う、中空で躍るように
『『万物の理りたる死は、
平等に与えられ、苦しみから解放せられる』』
彼女の唄にも似た言葉が続く
『『魂は浄化され、いずれ帰りゆく、神の元へ』』
大きくシャンッ!と錫杖を鳴らし、彼女は止まる
突きたてられた錫杖を離し、その両手は広げられる
言葉ではない音を発し始め、それが葬送唄となる
この場にいる誰もが彼女の唄に、姿に目を奪われていた
次第に火の粉は彼女の周りへと集まり、渦巻く
その光景は幻想的で、火の粉が彼女の顔や身体を照らし輝く
一つ一つの火の粉はまるで魂のようで、彼女の周りを舞っていた
エインは横から彼女を見ていた
彼は幾多の戦場を経て、1つだけ好きなものを見つけた
それは夜空に煌く星だ、それだけが彼にとって綺麗なものであり
それ以上の綺麗なものを見た事がなかった……そう、今までは
彼は目にした、この世で何よりも美しいものを
「……美しい…」
無意識に口から洩れた言葉は彼の本心だった
一瞬たりとも目が離せず、ただじっと見つめている
その胸に高鳴るものがあるのに、彼はまだ気づいていなかった
リリムの唄は続いている
大穴は火の海になっており、遺体は見えない
そこから上がる火の粉が舞い、
彼女の周りへと引き寄せられるように集まり
巨大な竜巻のような渦を作っている
リリムは唄いながら錫杖を手に取り、それをシャンッ!と鳴らし
再び流れるような舞いを始めた
それを見た民達は跪き、涙を流し、その光景を目に焼き付けていた
リリムが腕を振るえば火の粉はそれに合わせて舞っていく
彼女が回れば火の粉は勢いよく回る
そして、錫杖を鳴らす度、一部の火の粉は飛散する
そんな光景がしばらく続いた
マルロの頬から涙が伝い、彼女はその場に座り込む
頭の中にはクガネの顔や仕草、声、手の感触、
様々な事が走馬灯のように流れる
……お前が生きているならそれでいい……
マルロは堪え切れず、声を出して泣いた
「ぜんぜん…よくないですよ…クガネさん……うぅ」
少女の背中は小さく、この痛みを受け入れるだけの大きさはなかった
彼と離れてからのマルロは何も考えないようにしていた
クガネの事も、世界の事も、何もかも考えないようにしていた
それだけが少女の生きる術だったのだ
人形のように、ただ言われた事をする、そうしていれば何も考えないで済む
痛みを感じないで済む、悲しみに潰されないで済む
初めて芽生えた恋心、初めて近くに居たいと思えた相手
初めて親しくなった人、マルロにとってクガネは特別だった
………マルロ………
その時、彼の声が聞こえた気がした
ハッとなり、マルロは顔を上げる
そこには、舞い躍るリリムがいて、キラキラと輝く火の粉が渦巻いている
上へ上へと火の粉が舞い、飛散していく
その先を見つめ、マルロはクガネの顔と声を思い出す
「クガネさん……見ていてくれてるのですか?」
マルロはすがるように、天へと手を伸ばした
その時、リリムの唄が佳境を迎える
今までよりも大きな唄声が響き、舞いも激しさを増す
火の粉は大蛇がとぐろを巻くように彼女の元へ一気に集まる
大きなシャンッ!という音と、彼女の唄が響き
彼女のヴェールが火の粉と共に天へと舞い、燃え尽きる
全ては天へと帰り、消えてゆく
大穴の火はまだ消えていないが、葬儀は終わりとなった
火が消えた後は各国の地の魔法使い、地の巫女マルロが穴を塞ぐのだ
そして、そこに石碑を立て鎮魂する手筈となっている
民の大半は帰路に着き、一部の者は燃え盛る大穴を未だに見つめている
その炎は闇夜を照らし、黒煙が上がっていた
各国の代表達はエイン達を呼び出す
集められたのは、エイン、ミラ、マルロ、イエル、リリムの5名だ
イエルは究極魔法を使った事により衰弱していたが意識はあった
ネネモリの族長オグマが彼等に言う
「お前等、また生と死の聖域に行ってくれねぇか」
「なっ!」
エインが声をあげ、目を大きく開いている
リリムはその横から彼に聞く
「オグマさん、どういう事なんですか?」
彼女の問いにオグマは頭を掻く
「面倒な事は分からんから後は任せる」
そう言い、オグマは横を向く
彼の横にいる人物、ドゥヴェルグへと歯を見せ笑う
「わしに振っても困るぞ、エレアザル殿がよかろう」
エレアザルはやれやれと首を振り、口を開く
「今回の火葬で人の遺体の大半は処理できました
しかし、世界には動物や虫の死体が溢れております
そこから病は広がるでしょう、これは誰にも止められません
そこで、再び神に頼ってはという話になったのです」
大司祭の言葉にミラ達は俯く
自分たちはあれだけの犠牲を出して、あれだけの命を奪って
それでも世界は救えてないのか、と
しかし、エインは違っていた
「わかりました、謹んでお受けいたします」
彼は迷ってなどいなかった、後悔などしていなかった
自分との覚悟の違いを再び見せられ、ミラは少し悔しかった
「私は…穴を塞ぎ次第、カナランに戻ります」
マルロが口を開いた、それには誰もが驚いた
イエルはそんな少女の変化が嬉しかった
「そうかい、なら私が行こうかね」
イエルは杖で身体を支えながらマルロに笑顔を向け
任せときな、と胸を軽く叩く
マルロはイエルに頭を下げる…少女には僅かに表情が戻ってきていた
「私も同行します」
リリムはエインを見ながら言う、しかし彼女の視線にエインは気づかない
むすぅとするがそれもまた気づいてもらえない
若干涙目になり、リリムは肩を落とすのだった
「わたくしは……国へ帰らせてもらいますわ」
ミラの進言にはドラスリア国王であるイーリアスが口を開く
「なぜでしょうか」
ミラは少年王に膝をつき、頭を垂れて言う
「はっ、今回の共同火葬に参列した者達を見て思いました
世界にはこれだけ悲しみ、苦しんでいる人達がいるのだと
そして、わたくしはその方達を助けたいと思っているのです」
「ふむ、私の命令でもか?」
「はっ、申し訳ありません」
「なら、よい、好きにするといい」
少年王は笑顔でミラに許しを出す
ミラはそんな小さな王に改めて忠誠を誓うのだった
「それでは、皆様……再び過酷な旅になるやもしれませんが
宜しくお願い致します」
エレアザルが帽子を取り、頭を深く下げる
それに各国の代表達も続く
しばらくして頭を上げ、オグマが忘れてたと付け足す
「お前等に新しい仲間をくれてやる」
おい!と少し離れた場所に待機していた者達を呼ぶ
3人の男達が彼等へと近づく
「こいつらを貸してやる、好きに使え」
オグマは歯を見せ、親指を立てて笑う
「初めまして、オルト・ルゴスです」
そう言った男は大柄で、物静かな雰囲気を持っていた
声も落ち着いており、黒髪で糸目の大男だ
甲冑を着込んでおり、その手には大きなハンマーが握られている
ハンマーは棒状の部分が1メートル20はあるだろうか
その先端には60センチにもなる鋼鉄の固まりが付いている
それを軽々と持っているところを見ると、彼は相当な怪力なのだろう
ルゴスの名の通り、彼はアズル・ルゴスの兄だった
しかし、彼等は腹違いの兄弟であり、髪の色や容姿はだいぶ違う
「おら、モンジ」
こちらも大柄の男で、ぼーっとした印象を受ける
舌足らずな喋り方で、その印象を強めている
髪は綺麗に剃られており、形の良い頭が現わになっていた
彼は何かの動物の毛皮を着込んでおり、右胸から右腕は露出している
そこに見える筋肉は逞しく、鍛えられているのが見て取れる
彼の武器は2本のメイスで、両方スチール製だ
普通の人が持てば大きいメイスだが、彼が持つと小さく見えてしまう
「よろしくな、俺はザンギってんだ」
ザンギと名乗る彼は細身で、モンジと一緒の猟団に所属している
彼は長い刀のような剣を背負っている
腰に毛皮を巻き、上には革の鎧を身に付けていた
背はオルトやモンジに比べたら小さいが、エインよりは大きかった
顎はしゃくれており、顔が縦に長いのが特徴的だ
一切手入れなどしてない黒髪の頭に、
赤い紐をハチマキのように巻いている
彼等は今回の旅に同行する事となり、簡単な挨拶を済ませた
エイン、リリム、イエル、オルト、モンジ、ザンギは握手をする
その日はイエルを休ませる必要があるため、翌日出立となった
・・・・・
・・・
・
エイン達6名が旅立ち、2日が経った
その頃、大穴では穴を塞ぐ作業が進められていた
数百にもなる地の魔法使い達が作業に当たっており
地の巫女マルロもそれに参加している
今はまだ半分程度しか埋められていなかった
マルロは穴の状況を見て、ため息を洩らす
そして天気の良い青空を仰ぎ
「クガネさん、私がんばってますよ?見ててくださいね」
彼に向けるように笑顔を空へと向けるのだった
そして、彼女は詠唱を始める
大地は大きく変形し、大穴の一部を埋めていく
肩で息をし、誰が見ても疲れ果てている彼女の表情だけは晴れていた
・・・・・
・・・
・
ミラはドラスリアの村々を回っていた
家族を失った者、怪我や病気に苦しむ者、彼等を助けていた
彼女は自身の資産を使い、食糧や薬を配っていたのである
剣を置き、鎧を脱ぎ、髪を解き、民を救う道を選んだのだ
青空のようなワンピースを身に纏い、動きやすい格好をしている
「はいはい、押さないでくださいまし」
彼女に群がる子供達が食べ物くださいと手を伸ばしている
「みんなの分あるから大丈夫よ、ちゃんと並びなさいな」
優しい笑顔で言う彼女に子供達は従い、綺麗に整列する
そんな彼女の行動が国中に広がるのに時間は掛からなかった
ミラの行動は称えられ、周りからの支援も届くようになる
それは大きな流れとなり、多くの者が民を救うため力を貸していった
彼女はドラスリアだけに留まらず、他国の村々をも巡り始める
いつしか彼女は"尊者"と呼ばれ始めていた
尊者ミラの噂はラルアース全土に広がり、世界が彼女を支持した
賛同者は増え、その行いは伝染するように広がっていったのだった
・・・・・
・・・
・
エイン達一行は生命の泉を超え、
死の谷に入り、その先にある階段を上る
ここまで5日が過ぎていた
急がなくては病が世界へと広がってしまう
一人でも多くの命を救いたいエインの足は早くなっていった
「エインっ、待って、くだ、さ~いっ」
へろへろになりながらリリムが言う
彼女は息を切らしており、胸に手を当て呼吸を整えている
そんな彼女の様子に気づいたエインは我に返る
「すまない…また俺は自分を見失いそうだった」
頭を下げ、皆が来るのを待つ
「気にすんじゃないよ、皆だって同じ気持ちさね」
イエルがエインのお尻をパンッと叩き、エインがよろめく
それにはザンギが笑う、その隣で意味が分かってないモンジも笑う
「にしてもキッツい階段だな、アンタら前回もこれ登ったのか」
ザンギが目を細めながら上を見て言う
「はい、あの時は9歳の子もいましたよ」
エインが笑いながら答える
「ひぇ~、9歳でこれ登ったのかよ、地の巫女ちゃんだろ?すげぇなぁ」
「あの子は装備の魔法効果で持久力が常人のそれじゃないけどね」
イエルが笑いながら少女の種明かしをする
それにはエインも驚き、そうだったのですか、と感心していた
「俺にもそれくれ~、もう無理だ~」
ザンギは階段に横になる
横にいたモンジが彼の頭を撫でる
「おら、背負う」
「モンジあんがとよ、平気だ、平気」
そう言い、彼は起き上がり、腕を回す
モンジはそんな彼を見てニタァと笑顔になった
「そろそろ行きましょう、日が暮れてしまいます」
オルト・ルゴスがその巨大なハンマーを担いで立ち上がる
それに続き、一行は再び階段を登り始めるのだった
しばらくして頂上に辿り着き、広場に出る
そこでザンギ、モンジが大の字に寝転がる
彼等はゼエゼエと息を切らしており、たまにオエっとえづいている
上るペース配分を間違えたのだろう
「あれが神の聖域ですか……」
オルトは聖域を眺め、弟アズルを思い出す
腹違いでほとんど会った事もないが、世界を救った英雄となった弟
それはオルトにとっては自分の事のように嬉しかった
しかし、彼が死んだと聞き、オルトは悲しみ、泣き喚いた
そんな時にオグマから今回の話を持ちかけられる
オルトはアズルの意志を継ぎ、世界のため立ち上がったのだ
彼は根が真面目な男なのである
一行が少しの休憩を終え、聖域へと足を進める
一歩踏み込んだ瞬間、大波のように神の波動が押し寄せてくる
しかし、それはエイン、リリム、イエルにだけだった
オルト、モンジ、ザンギは不思議そうな顔で彼等を見ている
そう、彼らには神の波動は感じられなかったのだ
そして、その姿を見る事も、その声を聞く事もできなかった
「ん?ここが聖域なのか?何もいねぇな」
「え?」
エインとリリムとイエルが驚く
彼等の目の前には10メートルにもなる巨大な闇が浮いている
その横には透明な膜に覆われた胎児のようなものが浮いている
それが見えないと言うのだ、驚くしかないだろう
「神さま、留守?」
モンジも辺りを見渡している
それはオルトもそうだった
「神はおられないのですか?」
彼の言葉で確信する、この3人には神が見えていないと
リリムはそんな彼等に説明する
「神はすでに目の前におられます」
「は?」
ザンギが頭を傾け、リリムを見ている
彼女の視線の先、中空辺りを見ても何も見えない
オルトは理解した、自分に神を感じる事はできないのだと
「そうですか……残念ですが仕方ありません」
オルトは落胆していた
アズルの意志を継ぎ、彼の代わりになろうと誓って旅に出たのにこれだ
これでは神の使いにはなれない、世界を救うなど夢のまた夢だ
心の中で舌打ちをし、彼は神がいるであろう方向を見つめる
やはり何も見えず、その現実が彼の心を沈ませて行く
エインとリリムが数歩前に出て、神へと話しかける
「神よ、お願いがあって参りました」
しばしの沈黙の後、神の声が響く
《……わかっています……》
生の神の声が脳に直接響き、エインとリリムとイエルはそちらを向く
それに釣られてオルト、ザンギ、モンジも見るが何も見えない
《……やまいをとめるには……れいやくがいります……》
「霊薬とはどこにあるのでしょうか」
《……せいめいの……いずみに……》
「生命の泉…ここへ来る途中にあった泉でしょうか?」
リリムが神へと問う
「……はい…そのいずみのそこ…れいやくがねむります…》
「泉の底……あれかっ!」
エインは思い出す、初めて生命の泉を通った時に事を
ミラが泉の底で見つけた光る物、それこそが霊薬だったのだ
《…せいめいのいずみ……せいめいのあふれるいずみ……》
神がまだ何かを伝えようとしてる、彼等は黙ってそれを聞く
《………きをつけなさい……れいやくのばんにんがいます……》
それを聞き、エインが戦う覚悟を決め、頷く
《……れいやくをもつにたるものか…ちからをしめすのです……》
「はい」
《……れいやくをてに……ここへもどりなさい……》
「はい、分かりました」
《……いきなさい…くれぐれも…きをつけて……》
3人は頭を下げ、踵を返す
オルト達は訳が分からず、彼等の後へと続いた
聖域を出て、広場で簡単な話の流れを説明する
それを聞いてザンギがニヤっとした
「ようは番人ってのをぶっ倒せばいいんだろ?なら簡単だ」
ここまで戦闘は一度も無かった
彼等は腕に自信がある、それを振るえないのが不満だったのだろう
やっと力を見せられると喜んでいるくらいだった
しかし、これまでの旅を経験してきたエインとリリムとイエルは違っていた
神が与えた試練、それが簡単な理由が無い
彼等は兜の緒をしめる思いで、生命の泉へと足を進めるのだった
コムラーヴェでの話し合いから10日が経ち
各国の軍が遺体を運んでナーテアの南
15キロほど行った場所の荒野へと集まっていた
遺体の数は4国合計21万にも及ぶ
腐敗は進んでおり、辺りからは死の臭いが漂っていた
一般人達も参列しており、ほとんどの者が喪服を着ている
誰もが口に布を当てていたり、マスクをしている者もいた
それほど臭いが酷いのもあるが、病に感染したくないのもあるだろう
その群衆の中央には巨大な穴が掘られていた
4国の地の魔法使いを総動員して連日連夜作られた長方形の大穴である
南北の長さは500メートル、東西の幅は300メートルにもなる
その深さは15メートルはあるだろうか、遺体は綺麗に並べられており
周りには木材で出来た骨組みのようなものがあり、
そこには藁が敷き詰められている
今回の共同火葬に参列した者は各国合わせておよそ80万人
穴の東と南と西側に遺族達が集まっており
北側には各国の幹部や代表、巫女達もそこへ集まっている
参列者の多くが、家族や友や恋人との別れを悲しんで涙していた
彼等の中にはこの火葬を反対する者も含まれていた
敵国と一緒になど、そういう考えの者は必ずいる
まとめてなんて、そういう考えの者も少なからずいた
日も落ち、辺りはオレンジと青紫の空が支配していく
その時、巨大な角笛が低い大きな音を発した
ブオオオオオォ……
辺りのすすり泣く声が消え、その音に誰もが顔を向けた
北側の東西に設置された二つの巨大な角笛が鳴らされ
中央にいた4つの人影が前へと出る、各国の代表者達だ
ドラスリア王国、国王イーリアス・ベル・ドラスリア6世
まだ幼い彼は7歳の時に王位を継承、現在は12歳である
幼さに合っていない王冠をかぶり、赤いマントをしている
身の丈もありそうな錫杖を手にしている金髪碧眼である彼は
言われなければ女の子と間違えそうなほどの美少年だった
ふわりとした柔らかそうな髪質で、
肌はきめ細かく、人形のような美しさだった
宗教国家カナラン、大司教エレアザル・オシニス
長い白い髭の眼光鋭い老人である
今日も長い帽子をかぶっており、地面に擦るような長いローブを着ている
その手には杖が握られており、
先端には教会のシンボルである太陽のマークが施されている
自然国家ネネモリ、族長オグマ・ケヒト
筋肉がむき出しになった露出の多い男、それがオグマの第一印象だ
彼は上着を着ていない、その代わり、肩と胸に鎧を付けている
黒髪短髪の褐色の肌をしており、その肌が鋼のような肉体を強調していた
年齢はまだそこまでいっておらず、
30代後半から40代といったところだろうか
腕を組み、足を開き、堂々とした立ち姿だった
産業国家ラーズ、総帥ドゥヴェルグ・アーグ・トールキン
ごわごわした赤髪に黒く長い髭、140センチほどしかない身長
片目が潰れており白くなっている彼はドワーフだ
ラーズ軍の鎧を身にまとっており、
そこから出ている腕には逞しい筋肉がついている
彼は片目で穴の中を見て目を細めていた
角笛が止み、この場から音というものが姿を消す
そして、彼等4人に魔法がかけられる
「大いなる波長よ」
4人の風の魔法使いが彼等に魔法をかける
この魔法は空気の振動を操る魔法、対象者の発する音を大きくするものだ
魔法の効果を肌で感じ、大司祭エレアザルが口を開く
『『ラルラースに生きるの者達よ!神々と英雄により世界は救われた!』』
彼の声は魔法により辺り一帯に響き渡る
『『しかし、世界に死は溢れ、再び世界に危機が迫っている…』』
そこでネネモリの代表オグマが続けるように声を上げる
『『このままじゃぁ病が広がっちまう!それは困るよなぁ!』』
彼の大きなダミ声が響き渡り、ドゥヴェルグがそれに続く
『『この共同火葬は必要な事なのだ!』』
エレアザルが隣にいるイーリアスを見て頷く
そして、少年王は口を開く
『『私達はこの悲しみを忘れてはいけません!
今日という日を心に刻み、語り継ぐのです!』』
まだ幼く、透き通るような透明感のある高い声が大穴に響き
最後の別れを惜しむ声、演説により興奮した者の歓声
未だ反対し続けている者の批判、
それらが混じり合い、大きなうねりとなっていく
代表4名が頷き、各国の火の魔法使い達が前へと出る
それは大穴をぐるりと囲むように配置され、代表4名の前にはイエルが立つ
それに続き、風の魔法使いが火の魔法使いの後ろへと立つ
イエルの後ろにはリリムが立っていた
彼女の服は黒と白を基調とした袴のような祭服で、
金色の装飾が施されている
頭には薄いヴェールのようなものをかぶっており
それが透けて彼女の顔が見えている
手には鈴の沢山着いた錫杖を持っており、動く度にシャラと音を立ていた
兵士たちが民を大穴から離れるよう促す
代表4名も10メートルほど下がり、魔法使い達を見守る
風の魔法使い2名がイエルとリリムに魔法をかけた
「大いなる波長よ」
その効果を感じたイエルはリリムを見て頷き、彼女もまた小さく頷く
イエルは正面を見据え、その手に輝く溶焔の宝玉を高く掲げた
『『我は炎の目なり、手なり、足なり……』』
彼女の腰周りに8メートル近い円形の魔法陣が3重に出現する
その2つは次第に大きくなり、10メートルと9メートルほどになる
下の魔法陣が小さく、上の魔法陣が大きかった
足元から力の波動が吹き荒れ、彼女の祭服がバタバタと音を立ててなびく
イエルの詠唱が辺りに響く……長い詠唱が続き、
誰もが息を飲んでそれを見守っている
これは火の巫女の究極魔法の1つ、浄火魔法だ
『『浄化の焔よ、今ここに顕現せよ!!』』
彼女の大きな声が木霊する
魔法陣が30メートルほど一気に上がり、上空で飛散する
飛散した後、そこに白い炎が出現すた
その大きさは10センチほどだ、それが脈打つように巨大化していく
10センチは20センチへ、20センチは40センチへ、倍々になっていく
6メートルを超えたところで止まり、その白い火球は激しい熱を放つ
辺り一帯の気温が急上昇し、火球の周りはその熱により視界が歪む
イエルの鼻や耳からは血が流れ、
大汗を流している彼女は手を前へと振った
火球が辺りを照らし、闇を払っていく
白い火球が大穴の中央へと行き、停止した
そこへ各国の火の魔法使い数百人が同時に詠唱を始める
「「「「闇夜を照らす導たる炎よ!」」」」
火の魔法使い達から一斉に50センチほどの火球が放たれる
それは全方位から白い火球へと向かい、そして衝突する
刹那、白い火球は炸裂し、大穴へと白と赤の火の雨が降り注ぐ
藁が燃え、木材が燃え、遺体に火がついていく
火の魔法使いは風の魔法使いと入れ替わる
「「「「道を阻む風の壁よ!」」」」
数百の風の魔法使いから放たれた魔法は見えない壁となり
大穴から来る熱気と轟音を遮る
イエルがフラフラと後ろへ下がり、司祭達に抱えられ連れて行かれる
それを見送った後、リリムは火の海と化した大穴を見据える
『『死よ……彼等に救いを与えたまえ……』』
彼女の綺麗な声が辺りに響き、涙していた民達は死の巫女を見る
そして、リリムが舞い始める、その動きは流れる水のようで
止まる事なく、柔らかく、しなやかな動きだった
時折、彼女の持つ錫杖がシャン、シャン、と音を立て、リズムを刻む
彼女の錫杖が鳴る度に火の粉が舞う、中空で躍るように
『『万物の理りたる死は、
平等に与えられ、苦しみから解放せられる』』
彼女の唄にも似た言葉が続く
『『魂は浄化され、いずれ帰りゆく、神の元へ』』
大きくシャンッ!と錫杖を鳴らし、彼女は止まる
突きたてられた錫杖を離し、その両手は広げられる
言葉ではない音を発し始め、それが葬送唄となる
この場にいる誰もが彼女の唄に、姿に目を奪われていた
次第に火の粉は彼女の周りへと集まり、渦巻く
その光景は幻想的で、火の粉が彼女の顔や身体を照らし輝く
一つ一つの火の粉はまるで魂のようで、彼女の周りを舞っていた
エインは横から彼女を見ていた
彼は幾多の戦場を経て、1つだけ好きなものを見つけた
それは夜空に煌く星だ、それだけが彼にとって綺麗なものであり
それ以上の綺麗なものを見た事がなかった……そう、今までは
彼は目にした、この世で何よりも美しいものを
「……美しい…」
無意識に口から洩れた言葉は彼の本心だった
一瞬たりとも目が離せず、ただじっと見つめている
その胸に高鳴るものがあるのに、彼はまだ気づいていなかった
リリムの唄は続いている
大穴は火の海になっており、遺体は見えない
そこから上がる火の粉が舞い、
彼女の周りへと引き寄せられるように集まり
巨大な竜巻のような渦を作っている
リリムは唄いながら錫杖を手に取り、それをシャンッ!と鳴らし
再び流れるような舞いを始めた
それを見た民達は跪き、涙を流し、その光景を目に焼き付けていた
リリムが腕を振るえば火の粉はそれに合わせて舞っていく
彼女が回れば火の粉は勢いよく回る
そして、錫杖を鳴らす度、一部の火の粉は飛散する
そんな光景がしばらく続いた
マルロの頬から涙が伝い、彼女はその場に座り込む
頭の中にはクガネの顔や仕草、声、手の感触、
様々な事が走馬灯のように流れる
……お前が生きているならそれでいい……
マルロは堪え切れず、声を出して泣いた
「ぜんぜん…よくないですよ…クガネさん……うぅ」
少女の背中は小さく、この痛みを受け入れるだけの大きさはなかった
彼と離れてからのマルロは何も考えないようにしていた
クガネの事も、世界の事も、何もかも考えないようにしていた
それだけが少女の生きる術だったのだ
人形のように、ただ言われた事をする、そうしていれば何も考えないで済む
痛みを感じないで済む、悲しみに潰されないで済む
初めて芽生えた恋心、初めて近くに居たいと思えた相手
初めて親しくなった人、マルロにとってクガネは特別だった
………マルロ………
その時、彼の声が聞こえた気がした
ハッとなり、マルロは顔を上げる
そこには、舞い躍るリリムがいて、キラキラと輝く火の粉が渦巻いている
上へ上へと火の粉が舞い、飛散していく
その先を見つめ、マルロはクガネの顔と声を思い出す
「クガネさん……見ていてくれてるのですか?」
マルロはすがるように、天へと手を伸ばした
その時、リリムの唄が佳境を迎える
今までよりも大きな唄声が響き、舞いも激しさを増す
火の粉は大蛇がとぐろを巻くように彼女の元へ一気に集まる
大きなシャンッ!という音と、彼女の唄が響き
彼女のヴェールが火の粉と共に天へと舞い、燃え尽きる
全ては天へと帰り、消えてゆく
大穴の火はまだ消えていないが、葬儀は終わりとなった
火が消えた後は各国の地の魔法使い、地の巫女マルロが穴を塞ぐのだ
そして、そこに石碑を立て鎮魂する手筈となっている
民の大半は帰路に着き、一部の者は燃え盛る大穴を未だに見つめている
その炎は闇夜を照らし、黒煙が上がっていた
各国の代表達はエイン達を呼び出す
集められたのは、エイン、ミラ、マルロ、イエル、リリムの5名だ
イエルは究極魔法を使った事により衰弱していたが意識はあった
ネネモリの族長オグマが彼等に言う
「お前等、また生と死の聖域に行ってくれねぇか」
「なっ!」
エインが声をあげ、目を大きく開いている
リリムはその横から彼に聞く
「オグマさん、どういう事なんですか?」
彼女の問いにオグマは頭を掻く
「面倒な事は分からんから後は任せる」
そう言い、オグマは横を向く
彼の横にいる人物、ドゥヴェルグへと歯を見せ笑う
「わしに振っても困るぞ、エレアザル殿がよかろう」
エレアザルはやれやれと首を振り、口を開く
「今回の火葬で人の遺体の大半は処理できました
しかし、世界には動物や虫の死体が溢れております
そこから病は広がるでしょう、これは誰にも止められません
そこで、再び神に頼ってはという話になったのです」
大司祭の言葉にミラ達は俯く
自分たちはあれだけの犠牲を出して、あれだけの命を奪って
それでも世界は救えてないのか、と
しかし、エインは違っていた
「わかりました、謹んでお受けいたします」
彼は迷ってなどいなかった、後悔などしていなかった
自分との覚悟の違いを再び見せられ、ミラは少し悔しかった
「私は…穴を塞ぎ次第、カナランに戻ります」
マルロが口を開いた、それには誰もが驚いた
イエルはそんな少女の変化が嬉しかった
「そうかい、なら私が行こうかね」
イエルは杖で身体を支えながらマルロに笑顔を向け
任せときな、と胸を軽く叩く
マルロはイエルに頭を下げる…少女には僅かに表情が戻ってきていた
「私も同行します」
リリムはエインを見ながら言う、しかし彼女の視線にエインは気づかない
むすぅとするがそれもまた気づいてもらえない
若干涙目になり、リリムは肩を落とすのだった
「わたくしは……国へ帰らせてもらいますわ」
ミラの進言にはドラスリア国王であるイーリアスが口を開く
「なぜでしょうか」
ミラは少年王に膝をつき、頭を垂れて言う
「はっ、今回の共同火葬に参列した者達を見て思いました
世界にはこれだけ悲しみ、苦しんでいる人達がいるのだと
そして、わたくしはその方達を助けたいと思っているのです」
「ふむ、私の命令でもか?」
「はっ、申し訳ありません」
「なら、よい、好きにするといい」
少年王は笑顔でミラに許しを出す
ミラはそんな小さな王に改めて忠誠を誓うのだった
「それでは、皆様……再び過酷な旅になるやもしれませんが
宜しくお願い致します」
エレアザルが帽子を取り、頭を深く下げる
それに各国の代表達も続く
しばらくして頭を上げ、オグマが忘れてたと付け足す
「お前等に新しい仲間をくれてやる」
おい!と少し離れた場所に待機していた者達を呼ぶ
3人の男達が彼等へと近づく
「こいつらを貸してやる、好きに使え」
オグマは歯を見せ、親指を立てて笑う
「初めまして、オルト・ルゴスです」
そう言った男は大柄で、物静かな雰囲気を持っていた
声も落ち着いており、黒髪で糸目の大男だ
甲冑を着込んでおり、その手には大きなハンマーが握られている
ハンマーは棒状の部分が1メートル20はあるだろうか
その先端には60センチにもなる鋼鉄の固まりが付いている
それを軽々と持っているところを見ると、彼は相当な怪力なのだろう
ルゴスの名の通り、彼はアズル・ルゴスの兄だった
しかし、彼等は腹違いの兄弟であり、髪の色や容姿はだいぶ違う
「おら、モンジ」
こちらも大柄の男で、ぼーっとした印象を受ける
舌足らずな喋り方で、その印象を強めている
髪は綺麗に剃られており、形の良い頭が現わになっていた
彼は何かの動物の毛皮を着込んでおり、右胸から右腕は露出している
そこに見える筋肉は逞しく、鍛えられているのが見て取れる
彼の武器は2本のメイスで、両方スチール製だ
普通の人が持てば大きいメイスだが、彼が持つと小さく見えてしまう
「よろしくな、俺はザンギってんだ」
ザンギと名乗る彼は細身で、モンジと一緒の猟団に所属している
彼は長い刀のような剣を背負っている
腰に毛皮を巻き、上には革の鎧を身に付けていた
背はオルトやモンジに比べたら小さいが、エインよりは大きかった
顎はしゃくれており、顔が縦に長いのが特徴的だ
一切手入れなどしてない黒髪の頭に、
赤い紐をハチマキのように巻いている
彼等は今回の旅に同行する事となり、簡単な挨拶を済ませた
エイン、リリム、イエル、オルト、モンジ、ザンギは握手をする
その日はイエルを休ませる必要があるため、翌日出立となった
・・・・・
・・・
・
エイン達6名が旅立ち、2日が経った
その頃、大穴では穴を塞ぐ作業が進められていた
数百にもなる地の魔法使い達が作業に当たっており
地の巫女マルロもそれに参加している
今はまだ半分程度しか埋められていなかった
マルロは穴の状況を見て、ため息を洩らす
そして天気の良い青空を仰ぎ
「クガネさん、私がんばってますよ?見ててくださいね」
彼に向けるように笑顔を空へと向けるのだった
そして、彼女は詠唱を始める
大地は大きく変形し、大穴の一部を埋めていく
肩で息をし、誰が見ても疲れ果てている彼女の表情だけは晴れていた
・・・・・
・・・
・
ミラはドラスリアの村々を回っていた
家族を失った者、怪我や病気に苦しむ者、彼等を助けていた
彼女は自身の資産を使い、食糧や薬を配っていたのである
剣を置き、鎧を脱ぎ、髪を解き、民を救う道を選んだのだ
青空のようなワンピースを身に纏い、動きやすい格好をしている
「はいはい、押さないでくださいまし」
彼女に群がる子供達が食べ物くださいと手を伸ばしている
「みんなの分あるから大丈夫よ、ちゃんと並びなさいな」
優しい笑顔で言う彼女に子供達は従い、綺麗に整列する
そんな彼女の行動が国中に広がるのに時間は掛からなかった
ミラの行動は称えられ、周りからの支援も届くようになる
それは大きな流れとなり、多くの者が民を救うため力を貸していった
彼女はドラスリアだけに留まらず、他国の村々をも巡り始める
いつしか彼女は"尊者"と呼ばれ始めていた
尊者ミラの噂はラルアース全土に広がり、世界が彼女を支持した
賛同者は増え、その行いは伝染するように広がっていったのだった
・・・・・
・・・
・
エイン達一行は生命の泉を超え、
死の谷に入り、その先にある階段を上る
ここまで5日が過ぎていた
急がなくては病が世界へと広がってしまう
一人でも多くの命を救いたいエインの足は早くなっていった
「エインっ、待って、くだ、さ~いっ」
へろへろになりながらリリムが言う
彼女は息を切らしており、胸に手を当て呼吸を整えている
そんな彼女の様子に気づいたエインは我に返る
「すまない…また俺は自分を見失いそうだった」
頭を下げ、皆が来るのを待つ
「気にすんじゃないよ、皆だって同じ気持ちさね」
イエルがエインのお尻をパンッと叩き、エインがよろめく
それにはザンギが笑う、その隣で意味が分かってないモンジも笑う
「にしてもキッツい階段だな、アンタら前回もこれ登ったのか」
ザンギが目を細めながら上を見て言う
「はい、あの時は9歳の子もいましたよ」
エインが笑いながら答える
「ひぇ~、9歳でこれ登ったのかよ、地の巫女ちゃんだろ?すげぇなぁ」
「あの子は装備の魔法効果で持久力が常人のそれじゃないけどね」
イエルが笑いながら少女の種明かしをする
それにはエインも驚き、そうだったのですか、と感心していた
「俺にもそれくれ~、もう無理だ~」
ザンギは階段に横になる
横にいたモンジが彼の頭を撫でる
「おら、背負う」
「モンジあんがとよ、平気だ、平気」
そう言い、彼は起き上がり、腕を回す
モンジはそんな彼を見てニタァと笑顔になった
「そろそろ行きましょう、日が暮れてしまいます」
オルト・ルゴスがその巨大なハンマーを担いで立ち上がる
それに続き、一行は再び階段を登り始めるのだった
しばらくして頂上に辿り着き、広場に出る
そこでザンギ、モンジが大の字に寝転がる
彼等はゼエゼエと息を切らしており、たまにオエっとえづいている
上るペース配分を間違えたのだろう
「あれが神の聖域ですか……」
オルトは聖域を眺め、弟アズルを思い出す
腹違いでほとんど会った事もないが、世界を救った英雄となった弟
それはオルトにとっては自分の事のように嬉しかった
しかし、彼が死んだと聞き、オルトは悲しみ、泣き喚いた
そんな時にオグマから今回の話を持ちかけられる
オルトはアズルの意志を継ぎ、世界のため立ち上がったのだ
彼は根が真面目な男なのである
一行が少しの休憩を終え、聖域へと足を進める
一歩踏み込んだ瞬間、大波のように神の波動が押し寄せてくる
しかし、それはエイン、リリム、イエルにだけだった
オルト、モンジ、ザンギは不思議そうな顔で彼等を見ている
そう、彼らには神の波動は感じられなかったのだ
そして、その姿を見る事も、その声を聞く事もできなかった
「ん?ここが聖域なのか?何もいねぇな」
「え?」
エインとリリムとイエルが驚く
彼等の目の前には10メートルにもなる巨大な闇が浮いている
その横には透明な膜に覆われた胎児のようなものが浮いている
それが見えないと言うのだ、驚くしかないだろう
「神さま、留守?」
モンジも辺りを見渡している
それはオルトもそうだった
「神はおられないのですか?」
彼の言葉で確信する、この3人には神が見えていないと
リリムはそんな彼等に説明する
「神はすでに目の前におられます」
「は?」
ザンギが頭を傾け、リリムを見ている
彼女の視線の先、中空辺りを見ても何も見えない
オルトは理解した、自分に神を感じる事はできないのだと
「そうですか……残念ですが仕方ありません」
オルトは落胆していた
アズルの意志を継ぎ、彼の代わりになろうと誓って旅に出たのにこれだ
これでは神の使いにはなれない、世界を救うなど夢のまた夢だ
心の中で舌打ちをし、彼は神がいるであろう方向を見つめる
やはり何も見えず、その現実が彼の心を沈ませて行く
エインとリリムが数歩前に出て、神へと話しかける
「神よ、お願いがあって参りました」
しばしの沈黙の後、神の声が響く
《……わかっています……》
生の神の声が脳に直接響き、エインとリリムとイエルはそちらを向く
それに釣られてオルト、ザンギ、モンジも見るが何も見えない
《……やまいをとめるには……れいやくがいります……》
「霊薬とはどこにあるのでしょうか」
《……せいめいの……いずみに……》
「生命の泉…ここへ来る途中にあった泉でしょうか?」
リリムが神へと問う
「……はい…そのいずみのそこ…れいやくがねむります…》
「泉の底……あれかっ!」
エインは思い出す、初めて生命の泉を通った時に事を
ミラが泉の底で見つけた光る物、それこそが霊薬だったのだ
《…せいめいのいずみ……せいめいのあふれるいずみ……》
神がまだ何かを伝えようとしてる、彼等は黙ってそれを聞く
《………きをつけなさい……れいやくのばんにんがいます……》
それを聞き、エインが戦う覚悟を決め、頷く
《……れいやくをもつにたるものか…ちからをしめすのです……》
「はい」
《……れいやくをてに……ここへもどりなさい……》
「はい、分かりました」
《……いきなさい…くれぐれも…きをつけて……》
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彼等は腕に自信がある、それを振るえないのが不満だったのだろう
やっと力を見せられると喜んでいるくらいだった
しかし、これまでの旅を経験してきたエインとリリムとイエルは違っていた
神が与えた試練、それが簡単な理由が無い
彼等は兜の緒をしめる思いで、生命の泉へと足を進めるのだった
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