10 / 84
1章:死のない世界編
第10話 首都ラーズ
しおりを挟む
【首都ラーズ】
地獄のようなゴーレム戦から5日が経った
昨日までの雨が嘘のように清々しい朝が訪れる
日中でも陽が届かない谷の底で一行は野営をしていた
「皆の様子はどうだ」
ロイ・ホロウ少佐が負傷者の様子を見に簡易テントまで顔を出す
それを迎えたのは小さな女の子だった
ハーフブリードのエルフの少女、ラピ・ララノアだ
「明日か明後日には目を覚ますと思うよー」
彼女は負傷者達の横に座り、頭部以外に回復魔法をかけて回っていた
あの死戦での負傷者は9名いる
神殿盾騎士団長、ガゼム・アン・ダイト
神殿盾騎士団、ダリル・ロッヂ
生の魔法使い、エール・ボア・エンジュ
宮廷魔導師・風の魔法使い、ブロス・ラジリーフ
エルフの水の魔法使い、エンビ・ルルラノ
大斧使い、アズル・ルゴス
盗賊団元頭領、クガネ
強弓使い、ガリア・ケルヌン
ドラスリア低級貴族、エイン・トール・ヴァンレンである
エイン以外の者は頭部を損傷していて未だ意識はない
だが、彼等の傷は急速に治り続けている、
潰れた頭などは元に戻りかけていた
アズルは上半身が吹き飛んだが、
今では顎まで再生し、歯が生え始めている
「そうか、疲れているだろうが、もう少しだけお願いする」
ロイはエルフの少女に頭を下げ、テント内の片隅に目をやる
横たわる黒髪の長身の男の枕元にもう一人少女がいる
彼女の名はマルロ・ノル・ドルラード、
9歳の女の子であり、地の巫女だ
長身の男、クガネの枕元から動こうとせず、
ゴーレム戦以降ずっと付き添っている
そんな彼女が気になり、ロイは足を進めた
「地の巫女殿、少しは休まれよ」
ロイの声にぴくりと反応するが、彼女は動こうとしない
「ろくに食べていないそうではないか、それでは貴女が倒れてしまう」
それでは彼が起きた時に困るだろう?と
ロイは少女の前に座り、顔を覗き込む
その顔は疲れ果て、ずっと泣いていたのか目や鼻は赤い
痛ましい彼女の姿にロイの心はズキッと痛む
「……はい」
マルロは小さく答え、ふらつきながら立ち上がる
ふらふらと出口に向かい歩き出し、
その普段よりも小さく見える背中をロイは眺めていた
マルロがテントから出て行き、目のやり場に困り、負傷者達を見渡す
「…こんな旅は二度としたくないものだな」
彼の呟きは誰にも届かず、負傷者達のテントを後にした
その頃、エインは目を覚ましていた
腕はほとんど再生し、感覚が戻ってきている
ゆっくりとその手を握り、緩め、また握りを繰り返していた
まだ皮膚が引っ張られるような感覚はあるが、問題は無さそうだ
不思議なものだな、腕が生えてくるというのは、そんな事を考えていた
そして、傍らに座りながら眠る女性に目を移す
ドラスリア三大貴族令嬢、ミラ・ウル・ラシュフォードだ
どうやら彼女は自分を看病してくれていたらしい
椅子に座り、その手にはハンカチを握ったまま、
涎を垂らしながら寝息を立てている
あのミラ様がな・・・エインの口元が緩む
そして目を瞑り、これまでの旅の思い出にふける
・・・・・
・・・
・
一行がラーズの首都に到着したのは、
トヒル火山を出立してから2日後の事だった
ラーズの首都、そのほとんどの建物はレンガや石のブロックなどで作られ
石畳で舗装された道が街中を走り、その脇には歩道すらある
歩道には一定間隔で魔法の街灯があり、
日が落ちてからでも暗くはない
山に寄りかかるようにして広がる街並は、
高い壁に囲まれ、安全を確保されている
山側の斜面には沢山の洞窟が掘られており、
それらにはドワーフ達が住んでいた
その麓には軍の宿舎があり、常時数千の兵が待機している
軍の宿舎の中央には、街の中でも目を引く巨大な建物がある
その巨大な建物から真っ直ぐ壁まで続く道があり、
それが中央通りと呼ばれている
ラーズで一番活気のある通りだ
たくさんの店が並び、市場が開かれ、連日賑わっていた
この中央通り付近は裕福層が暮らし、
壁に近づくほど貧民層が増える傾向があった
ラーズは他の国には無い高度な文明が築かれている
それはドワーフ達のもたらす技術によるところが大きい
古代文明の技術の流用
それがラーズという国を支える大きな柱となっているのだ
その技術で作られた武具や灯りなどは高値で取引され、
他国から買い付けに来る商人なども交え、中央通りは人でごった返していた
一行は正面門を抜け、中央通りに入ったところで立ち止まる
「俺は議員達に挨拶と旅の経過を報告してくる
宜しければ、アズルと巫女様達には御一緒願いたい」
ガゼムの問いにアズルとイエルとマルロは頷く
その時、巫女達の横から一人の女性が前へと出る
「わたくしも参りますわ」
ミラの後ろには金魚の糞のようにイシュタールの姿も見える
ガゼムは頷き、彼女達の同行を認める
「では、残りの者は負傷者達を宿に連れて行ってくれ
後は各々自由行動で構わない、夜に宿で落ち合おう」
「あの、ちょっといいですか」
シルトが片手を挙げ、頭だけで会釈し割って入る
「僕らは家が近いので帰ってもいいですかね」
ラーズの冒険者であるハーフブリードは首都を中心に活動している
1等級である彼等が家を持っていても何ら不思議ではないだろう
「シルト殿には御一緒願いたいが、他の者は自由にしてくれて構わない」
ラーズの者が誰も行かないのは不味かろう、とガゼムは続け
断る理由が思い浮かばなかったシルトは渋々了承する
そして、一行は解散となった
・・・・・
・・・
・
中央通りを真っ直ぐ進み、その先にある巨大な建物の前へと辿り着く
ここはラーズ軍本部であり、ラーズの議員達も集う場所だ
訪れたのは、カナランのガゼムとイエルとマルロ
ネネモリのアズル、ドラスリアのミラとイシュタール、
そして、ラーズのシルトの7名だ
彼等を出迎えたのは、
ラーズ軍総帥ドゥヴェルグ・アーグ・トールキンだった
彼はとても小さく、140センチほどしかないだろうか
その腕や足は太く、たくましい筋肉が盛り上がっている
長い髭を生やし、その髭は顔の下半分を覆うほどだ
バサバサとした赤黒い髪に、ごわごわした黒い髭、褐色の艶のある肌
そう、彼はドワーフだ
ラーズ軍の紋章が入った鎧を着ており、露出している腕には古傷が多い
片目は潰れて白くなっており、顔には大きな古傷が残っていた
「遠路遥々よく来てくれた
わしの名はドゥヴェルグ・アーグ・トールキン、ラーズ軍総帥をしておる者だ」
ドゥヴェルグは彼等を歓迎し、軍本部へと招き入れる
一行は彼の後に続き、巨大な建物へと入って行った
中は豪華とは程遠い装飾で、どちらかと言うと質素なくらいだ
正面に大きな階段があり、
階段を上がった踊り場にはラーズの国旗が描かれている
1階の左右には扉がいくつも並び、2階も同じように扉が並んでいる
赤い絨毯以外は石造りの重苦しさすら感じる作りだった
それは窓が無いのが原因だ
外からの光が全くと言っていいほど入ってきていないのだ
だが、各部屋の入口には魔法の灯りがあり、室内はそれほど暗くはない
「こっちだ」
ドゥヴェルグを先頭に、2階の奥にある一室の前へと辿り着く
その入口にはラーズ兵が2名立っており
ドゥヴェルグの顔を見るや敬礼し、そのまま固まる
そんな彼等をドゥヴェルグは手で制し、右の兵士が扉を開け、お辞儀をした
室内へと入り、最初に目につくのは大きな円形のテーブルだ
それを囲むように椅子が置いてあり、その数は13
ここは会議室のようである
「好きなとこにかけてくれ」
ドゥヴェルグは1つだけある豪華な椅子に座る
その椅子は他の質素な椅子と違い、煌びやかな装飾が施されていた
各自が適当な席に座り、それを確認したドゥヴェルグは口を開く
「さっそくで悪いが本題に入らせてもらう…成果はどうなっている」
ミラが手を挙げ、発言よろしいでしょうか、と進言する
ドゥヴェルグはそれに頷き、手で続けるよう合図を出す
「わたしくはドラスリア王国、ラシュフォード家三女
ミラ・ウル・ラシュフォードと申します、以後お見知りおきを」
彼女は綺麗な姿勢で小さく会釈する
「おお、あのラシュフォード家の御令嬢か」
ふむふむとドゥヴェルグは顎髭を撫でる
「はい、わたくしより今回の旅の経過を報告させていただきます」
続けたまえ、と彼は言い、一同がミラへと顔を向ける
ひと呼吸置き、ミラは全員の顔を見てから続ける
「まず、ナーテアで部隊を二つに分け、水と風の聖域を目指しました」
「ほう、それはなぜだ」
「時間の限られてる旅ですので、効率を求めた結果でございます」
「なるほど……して、どのように分けたのだ」
「ドラスリア、カナラン、ネネモリの計18名と、
ラーズの6名で聖域を目指しました」
「なんと!我がラーズだけ単独行動をしたのか!」
ドゥヴェルグはシルトへと目を向ける、その目つきは険しいものだ
彼はそんな視線にハハハと乾いた笑いを漏らし、
頭を掻きながらペコペコしている
その態度に僅かな苛立ちを覚えるが、
ドゥヴェルグは彼等の実力を知っている
彼等なら成し遂げたのだろうと確信するのだった
そして、その考えは的を得ていた
「はい、ラーズの一行は水の聖域に訪れ、神より宝玉を授かりました
それは風の聖域を訪れた、わたくし達一行も同じです
わたくし達は聖域で神の話を聞き、死の消失の原因を知ります」
ほほぅ、と唸り、ドゥヴェルグの目つきが鋭くなる
「死の神は衰退し、力を失っているそうです
それを神より授かりし宝玉で取り戻す事ができるそうです」
ミラはそう言い、イエルへと目を向ける
その意味を理解し、イエルは腰の革のバッグから火の宝玉を取り出し
大きな円形のテーブルへと置く
「これが…神の宝玉か……なんと素晴らしい……」
ドゥヴェルグの手がわなわなと震え、その目には赤き炎が宿るようだ
そんな彼を制すようにミラは続ける
「そちらは火の宝玉、トヒル火山の火の神より授かりました」
そこまで言い、ミラの顔色が曇る
それを感じ取ったドゥヴェルグが聞く
「何があったのだ」
「はい、火の聖域にて、突如死の神が降臨なされました
そして…死の巫女リリム・ケルトを殺害、亡骸を持ち去りました」
「なんと…死の巫女が…して、神はなんと」
「巫女は我が救う、そう言い神は死の巫女と共に消え去りました」
ドゥヴェルが考え込む、死の神が現存している事実は吉報だが
肝心の死の巫女が、この死の無い世界で死んだのだ、
しかもそれを神は救いと言う
そこで1つ疑問に思った事を聞く事にする
「その時に死の神に宝玉の力とやらを渡せなかったのか?」
「はい、あっという間の出来事で誰も何もできませんでした
それと、風の神のお話では宝玉は4つなければいけません
四神全てから宝玉を受け取り、
生と死の聖域におられます死の神へと届けねばならないようです」
「なるほど……して、残るは1つと」
「はい、地の神になります」
ふむ……ドゥヴェルグは考え込む
「あそこは亜人どもの…ワータイガーの領域ぞ」
それを聞き、シルトがガタッ!と椅子から立ち上がる
「ワ、ワータイガーですか?!僕は嫌ですよ、彼等は相手にしたくない」
あのシルトが慌てているを見て一同が驚く
それほどの相手なのか、一同に不穏な空気が流れる
「まぁまぁ座りたまえ…確かにワータイガーは驚異だ
人類を遥かに超える身体能力、
数こそ少ないが奴等の戦闘力は我が軍と互角だろう」
その言葉にミラ達は驚愕する
ラーズ軍と言えば優に5万はいる、それに匹敵する武力を有するというのだ
しかも彼等は高度な技術を持ち、その装備は他国の比ではない
そんな軍と互角?バカげている、そうミラは思った
しかし、そんな考えはドゥヴェルグにより打ち砕かれる事となる
「数十年前に一戦交えた事があるのだ……その時の傷がこれぞ」
ドゥヴェルグは自身の顔を撫で、目を細める
「あの時、我が軍は2万で戦に趣いた
ワータイガーどもはたったの2000だぞ?それで大敗を喫したのだ」
彼の顔から憎しみにも似た感情を感じる
その顔は怒りに歪み、拳は強く握られ、テーブルへと叩きつけられる
「奴等は武器を持たない、その肉体そのものが凶器なのだ
そして、奴らは魔法をも使う…我が軍ではどうしようもなかったのだ」
言葉を失っているミラに代わり、ガゼムが口を開く
「私はカナランのガゼム・アン・ダイトと申す、横から失礼する
ラーズには魔法部隊があると聞いているのだが、
それでも対処できなかったのだろうか」
「あぁ…奴等には生の巫女がついておるからな」
「なっ!」
ガゼムは驚きのあまり席を立ち、
そのせいで椅子が倒れ、バタンッと大きな音を立てる
シルトは何故か2回ほど頷いていた
「バカな…生の巫女が亜人…だと……」
「何を驚いてるんだい、私だってドワーフじゃないか」
人間だけが巫女になれると思ってるのかい?とイエルは続けた
「いや、そういう訳では……ドワーフと亜人は別です!」
「まぁそうなんだがね、でも奴等も知性ある生き物だ
メスがいるなら巫女もいるだろうよ、それは神がお決めになる事だからね」
ガゼムは黙るしか無かった
そこでドゥヴェルグが続けてよいか?と皆に聞く
それには頷く事で応えた
「生の巫女の究極魔法、あれが厄介なのだ
いくらワータイガーが驚異と言えど、
生物である以上は傷はつくし、いつかは死ぬ」
まぁ今は死なんがな、と笑いながら続ける
「生の巫女の究極魔法、
聖樹魔法は2000のワータイガーを同時に癒すぞ
それがどれほどの驚異か想像は容易かろう」
ガゼムは立ったまま動けずにいた
ミラも唇を噛み締め、思考を巡らせている
「それでも…行くのだな?」
「……もちろんです、それ以外に道は無いのですから」
ガゼムは俯きながら呟くように言う
シルトがハァとため息をし、ドゥヴェルグへと向く
「あの~…これは流石に契約金以上な気がするんですが」
「ふむ……よかろう、追加で払おう」
「どのくらいで?」
がめつい奴め、ドゥヴェルグはそう思っていた
しかし、ラーズ軍の戦力を今割くわけにはいかない
腹は立つが彼等に頼るしかないのだ
「金貨200ではどうだ」
「200かぁ……」
シルトは白々しい態度で考え込むフリをする
「…分かった、400出そう」
「まいどっ、なら僕等も参戦しますね」
いつもの緩い笑顔でニタニタしている
そんな彼を見てチッと心の中で舌打ちし、一同へと目を向ける
「我が軍は貸せぬが、君らだけで何とかなるだろうか」
しばしの沈黙が流れる
その沈黙を破ったのは意外にもアズルだった
「任せてくれ、亜人どもなんてぶっ倒して、さくっと聖域に行ってやりますよ」
力こぶを作りながら彼は言う
その姿にドゥヴェルグは苦笑し、
ガゼムとミラとイエルと目を合わせ、頷く
そこで会議は終了となった
軍本部から出た彼等は夜に宿で落ち合う事を再確認し、解散する
その足取りは重いものだった
・・・・・
・・・
・
クガネは中央通りから横道に入り、壁の方へと向かう
その後ろにはマルロがちょこちょこと着いて来ていた
コイツは何故着いてくるんだ、と思ってはいるが口には出さない
どうせ言ったところでコイツには意味が無い、クガネには分かっていた
徐々に道は細くなり、人がすれ違うのがやっとくらいの道に入る
正面からは貧民であろう小汚い少年二人がこちらへと向かってくる
クガネはそれをかわし、スタスタと歩いていた
後ろから、きゃっ、という声が耳に届く
何気なく振り向き、その声の主、マルロが転んでいるのが目に入る
先ほどの少年達とぶつかり転んだようだ
ったく、どんくさい奴だ……こんなガキが巫女だとか笑わせる
しかし、大森林でのマルロを思い出し、チッと舌打ちをする
少年達はニタニタと笑い、小走りに去って行く、
その手には小さな革袋があった
「おい、財布はあるか」
え?という顔をしながら自身の腰をまさぐるが、
マルロはそれが無い事に気づく
「やはりな……さっきのガキにすられたな」
マルロの瞳に涙が溜まり、今にも泣き出しそうになる
クガネは目を逸らし、頭を掻いて考える
「ったく…しょうがねぇな…追うぞ」
彼の言葉に目を輝かせ、はいっ!と力強く答え、クガネの後を着いて行く
彼は徐々に加速し、マルロは少しずつ距離を離される
クガネの視線の先に、さっきの少年二人が見えた、その距離150メートル
「やべっ!バレたぞ!」
少年達はクガネに気づき、走り出す
チッと舌打ちをし、クガネは一気に加速する
しかし道が狭い、そして入り組んでいる
子供達は右に左に曲がりクガネをかく乱する、
複雑なこの道に熟知しているようだ
逃げながら木材を倒し、道を塞ぎ、子供達は距離を離して行く
が、相手はクガネだ、そんなものは意味をなさない
どんどん近づく男に恐怖し、子供達はあっちだ!と右に曲がる
そこは壁になっている袋小路だった
「バカなガキだ」
クガネはニヤけ、ゆっくりと歩いて進む
やっとの思いでマルロは追いつき、
少年達にゆっくり進むクガネを見つける
少年達にはニヤニヤし、そして一気に壁へと走る
クガネはそれを見てもゆっくりと歩いていた
しかし、壁の下の方の隅に穴が見え、加速する
少年達はその穴へと身を潜らせ、するりと穴を抜けた
バーカバーカと壁の向こう側から聞こえ、クガネの顔が怒りに歪む
そのまま壁まで距離を詰めるが、高さは3メートル以上あるだろうか
くそっ!心の中で汚い言葉を吐き捨てた瞬間
目の前の大地が迫り上がる
クガネはチラっと後ろを見ると、
そこにはマルロが黒曜石の杖を構えていた
大地は1.5メートル近くまでまで迫り上がり、クガネの頬が緩む
歯が見えるくらいニヤリとし、
一気に迫り上がった大地に上がり、更に跳躍する
壁の頂上に手をつき、その勢いのまま一気に身体を引き上げ壁を超えた
「うそだろ!?」
少年達の声が狭い路地に響く
上から降って来たクガネに一瞬で捕まり、じたばたと暴れている
クガネは爆炎のダガーを抜き、少年の鼻先へと持っていく
ヒッという小さい声が洩れ、少年の股が濡れ、湯気を上げる
『まってくださーーーーーい!』
その大声にクガネは振り向くと、先ほどの少年達が抜けた穴に少女がいた
どうやら腰がハマってしまったようだ
前にも後ろにも動けないマルロは、うーうーと唸っている
「……お前は何をやっているんだ?」
ダガーを少年に突きつけたまま、マルロへと聞く
「う~…動けないんですよ~、助けてください~」
と情けない声を洩らしている
ハァ…とため息を洩らし、少年から財布を取り上げ、解放する
やれやれと頭を掻きながらマルロの元へと歩いて行き
しゃがみ、その両手を持ち、乱暴に引っ張る
「痛い痛い痛い痛いっ」
マルロは涙目だ
ったく…めんどくせぇ……
「ちょっと待ってろ、逆側から引っ張ってやる」
「はい…ありがとうございま…あ!ダメです!絶対ダメです!」
何なんだこのガキは……助けろと言ったりダメだと言ったり
本当にガキってやつは意味が分からん
「だって…あの…私…スカートですから……」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げる
9歳の少女に対してそんな発想がある訳がなかった
これだからガキは……クガネは頭が痛くなる
「どうすりゃいいんだ、言え」
「あの…見ないなら…足側からお願いします……」
力無くぺたっとマルロの手が伸びる
土下座ならぬ土下寝だろうか
「わかった、待ってろ」
「絶対ですよ!絶対見ないでくださいよ!」
「安心しろ、乳臭いガキに興味はねぇ」
クガネはダルそうに路地へと消えてく
一人になり寂しさと虚しさが込み上げてくる
「私…太ってるのかなぁ…?」
口にしてへこむ、彼女は太ってなどいない、標準体型と言ってもいい
あの少年達はマルロより年下だったから通れたのだ
しばらくしてマルロの足に何かが触れる感触がする
それに驚き、足をばたつかせる
「っ!お前!暴れるな!」
壁の向こうからクガネの声が聞こえ、ほっとする
「引っ張るぞ」
「…はい、お願いします」
ずるりと穴から抜け、マルロはホッとため息を洩らす…が、
自分の格好に気づき真っ赤になる
引っ張られた事によりマルロのワンピース型の法衣は胸元までめくれている
慌てて服を直し、キッとクガネを睨む
それ目にクガネは目を逸らした
「…見ました…よね?」
「知らん、お前みたいなガキに興味などない」
マルロは立ち上がり、
またガキって言いましたね!と真っ赤な顔で捲し立てる
それを無視し、クガネは歩き始めた
ぴったりと後ろに着いて行きながら、
マルロはクガネに文句を言い続けていた
そんなマルロの手に財布を落とし、頭にポンッと優しく手を置く
マルロは笑顔になり、上機嫌にスキップでもするように歩いていた
そんな少女を見て、
俺ってこんな奴だったか?と心の中で自問するクガネだった
・・・・・
・・・
・
シルトは自宅へと戻ってきていた
懐かしい我が家の扉を開き、家へと入る
そこは8畳ほどのダイニングキッチンがあり、
ハーフブリード達の憩いの場となっている
家にはここ以外に4つの部屋がある
1つは浴室だ、火の魔法により常時暖かい浴槽がある
この技術も古代文明の技術を流用したラーズ独自の物だが
その価値はかなりのものだ
しかし風呂好きのシルトはどうしてもこれが欲しかった
多少無理をしたが家を建てる時に付けたのだ
1つは客室、そこにはベッドが2つあり、サラとラピが寝泊りしている
1つは寝室、そこには大きいベッドが1つある
元はシルトの部屋だったが、人が増えた事により
現在はジーンとシャルルが使用している
肝心の家主であるシルトはダイニングのソファで寝起きしているのだ
そしてもう1つの部屋は地下にある
そこはハーフブリードが数々の冒険で手に入れて来た
価値あるアイテムの数々が保管されている
「おかえりー♪」
シャルルが出迎える、ソファにはサラとラピが座り
食事をするテーブルにはジーンが座っていた
「シルさん、ご飯~」
ラピが催促する、料理はシルトが担当なのだ
「ほいほい、って食材あるの?」
「さっきシャルルとジーンさんが買って来てくれた」
サラがキッチンを指差しながら答える
そこには少ないが食材が並んでいる
「ありがと、じゃ適当に作るよ」
その前に、と言ってシルトはソファへと向かう
ラピが空気を読んでソファからどき、そこへシルトがダイブする
「あぁ、もう働きたくな~い」
隣のサラがムっとした顔をし釘をさす
「シルトさん、ソファ使うなら鎧脱いでから」
ソファでジタバタしていたシルトがピタっと止まり
「はい、すみません」
謝り、地下へと降りて行く
しばらくして鎧を脱いだシルトが戻り、キッチンへと向かう
腕まくりをし、やっちゃいますかーと気合いを入れていた
「今日の献立はなに~?」
シャルルが聞いてくる、その横にはラピも興味深々に覗き込んでいる
「え?何か作る予定で買ってきたんじゃないの?」
「あはは、何も考えてなかった!」
左様ですか…とシルトは食材に目を移し、考える
「これならトマトのスープとステーキとサラダかな」
「やったー!肉!肉!ステーキ!」
ラピとシャルルは手を合わせ喜んでいる
サラもサラダが嬉しいようだ
ジーンはマイペースに本を読んでいる
いつもと変わらない……かな?
ジーンとシャルルを見てシルトは不思議そうに思う
先日の喧嘩があった後だ、気まずい雰囲気があってもおかしくはない
実際ラーズへ戻る最中、二人はほとんど会話が無かったのだ
シルトはサラに近寄り、耳元で囁く
「ジーンさんとシャルル、何かあった?」
それに合わせサラも小さな声で囁く
「うん、二人で買い物行かせたら仲直りしたみたいだよ」
「そっか、良かった」
シルトは満足そうにキッチンへと戻って行く
料理ができるまでラピとシャルルは肉!肉!と騒いでいた
人数分の料理が食卓に並び、全員が席につく
ジーンとシャルルが並んで座り、向かい合うようにラピとサラが座っている
シルトはその間の側面に座る
「んじゃ、いただきまーす」
「「「「いただきまーす」」」」
おいしー、久々のシルさんの手料理だー、など騒いでいた
あっという間に賑やかな食事が終わり
「シルさん、報告どうだったの?」
ジーンが食後のアイスを食べながら聞いてくる
「ん、まぁこれまでの事を説明して、次のとこ行く話をしただけだよ」
「そう、それで地の聖域について分かった事あるの?」
「あぁ…それなんだけどさ……ワータイガーの領土にあるんだってさ」
ジーンの目が開かれる
シャルルとサラからも先ほどまでの笑顔は消える
ラピだけどうしたの?と不思議そうに皆に聞いていた
「ラピは知らないんだっけか…1回やりあってるんだよ僕ら」
「へー」
ラピが聞きたい聞きたいと催促する
「んとね、ラピがうちに入る前に受けた仕事でね
たまたまワータイガーと遭遇しちゃって戦闘になったのね
戦士が強くてさー、ヤバかったヤバかった
その戦士もめちゃくちゃ強かったんだけど、
その後ろにいた魔法使いが厄介でさ」
「何の魔法使いなの?」
「生の魔法使い…さっき聞いて知ったけど、生の巫女みたい」
「巫女!?」
全員が目を丸くし、シルトの顔を見る
「そうみたい、ワータイガーに生の巫女がいるんだってさ」
「なるほど……今、やっと納得したわ」
ジーンが過去を思い出しながら頷く
シャルルとサラも、うんうんと頷いていた
「そんなにすごかったの?」
ラピが興味深々に聞く、彼女の知識欲に火がついたようだ
「凄いなんてもんじゃないよ
やっとの思いで腕切り落としたのに一瞬でくっつけられちゃうんだよ?」
「えー、そんな無茶苦茶なー」
「そう、無茶苦茶なの、だから戦いたくないんだよねぇ」
「で、シルさん、私達も行くの?」
ジーンはシルトの顔を伺う、そこでシルトがニヤっと笑い答える
「もち、追加報酬400金貨だってさ」
「「「「おおー」」」」
「それは行くしかないね!」
シャルルがにししと笑いながら立ち上がる
「だねぇ、でも相手が相手だから安全第一でね、最悪逃げるから」
「うんうん、虎さん強かったもんね」
サラの言葉にラピの目が輝く
彼女は動物や人外の生物が大好きなのだ
「ま、そういう訳なんで、みんな頑張ろう」
シルトが立ち上がり手を前へと突き出す
それに続き、皆が立ち上がり、手を重ねる
「「「「おー!」」」」
・・・・・
・・・
・
エインは宿に戻り、灯りも付けず部屋に閉じこもっていた
そして、2つの宝玉を眺めている
それはリリムが持っていた水と風の宝玉
底が見えないような闇を内に秘める神の至宝である
宝玉を見ているとエインの目頭が熱くなってゆく
「くそっ!なんで……なんで守れなかった!」
自身の膝を拳で殴り、その痛みを噛み締める
死の神は突然現れ、死の巫女リリムを殺し、連れ去った
神はあれが救いだと言っていた、だがエインには理解できなかった
自身の不甲斐なさ、守ると誓った約束、信じてくれたリリムの笑顔
その全てが彼を苛立たせていた
「たった一人すら守れない…俺は…無力だ……」
エインは幼少期の頃、乗っていた馬車が野盗に襲われた事がある
目の前で従者が殺され、エインは何もできず震えている事しかできなかった
その時、たまたま通りかかった冒険者が助けてくれたのだ
冒険者はあっという間に野盗を倒し、
エインに手を差し伸べた…大丈夫かい?と
その姿に憧れ、エインは剣術を覚えたのだ
あの時の冒険者のように、一人でも多くの人を救いたい
それがエインの生きる意味となったのだ
「あら、こんな暗い部屋で何をしてるのかしら?」
入口のドアが開き、ミラが顔を出す
「まさか…貴方、落ち込んでいるの?」
「………」
ふふ、ミラが笑う
そんな彼女に僅かにながら怒りが湧き上がる
「貴方は神を相手にどうにかできるとでも思っているのかしら?」
とんだ勇者様ね、とミラが続け、あざ笑う
エインは言い返せなかった、それがまた悔しかった
「人なんて小さな存在ですわよ、
貴方は自身を過大評価しすぎではないかしら」
「……そんな事は…」
「そうね、貴方は自身を過小評価する男
わたしくしの知るエイン・トール・ヴァンレンはとても強く、勇敢ですわ」
エインは顔を上げ、ミラを見る
「誰よりも速く、誰よりも鋭い突きを持ち
手の届く人を救う貴方は本当の勇者と言えるでしょう
ですが、今の貴方はなんですの?…ただの腰抜けですわ」
彼女の言葉が胸をえぐってゆく
「死の神がなんですの?貴方は死の巫女を守ると誓ったのでしょう?
わたくしの知るエイン・トール・ヴァンレンという男に二言はなくてよ」
そう言い、彼女は部屋を出て行く
その後ろ姿をしっかりと目に焼き付け、エインは深く頭を下げる
彼の瞳には輝きが戻りつつあった
ミラは廊下に出て、自室へと向かう
わたくしは何故あんな事を…?見ているのが嫌だったから?
それとも……いくら考えても答えは出なかった
彼女自身、何故エインを励ますような事をしたのか理解できなかったのだ
僅かに上気した顔を手で仰ぎながら彼女は部屋へと足を進めた
・・・・・
・・・
・
一行は数日ラーズで過ごす事となる
負傷者の再生を待ち、その間に装備や消耗品の補充などを済ませる
装備の手入れや消耗品に関してはラーズ軍が全面的に協力してくれた
それから5日が経ち、
23人が首都ラーズの南門へと集まっていた
「これより地の聖域へと向かう!」
ロイの合図で一同が頷く
「まともにやりあっては勝てない相手だ、できる限り隠密行動で行くぞ!」
「そうだな、出来れば戦闘は避けたいところだ」
ガゼムの言葉に部下のダリルは数度頷く
そして、軍より貰い受けた軍馬に跨り、一行は進軍する
ラーズでの束の間の休息により、
士気は僅かに上がったようにも見える
しかし、これから行く場所には
2万の兵でも勝てなかった亜人ワータイガーがいる
その事実が足を重くしていた
地獄のようなゴーレム戦から5日が経った
昨日までの雨が嘘のように清々しい朝が訪れる
日中でも陽が届かない谷の底で一行は野営をしていた
「皆の様子はどうだ」
ロイ・ホロウ少佐が負傷者の様子を見に簡易テントまで顔を出す
それを迎えたのは小さな女の子だった
ハーフブリードのエルフの少女、ラピ・ララノアだ
「明日か明後日には目を覚ますと思うよー」
彼女は負傷者達の横に座り、頭部以外に回復魔法をかけて回っていた
あの死戦での負傷者は9名いる
神殿盾騎士団長、ガゼム・アン・ダイト
神殿盾騎士団、ダリル・ロッヂ
生の魔法使い、エール・ボア・エンジュ
宮廷魔導師・風の魔法使い、ブロス・ラジリーフ
エルフの水の魔法使い、エンビ・ルルラノ
大斧使い、アズル・ルゴス
盗賊団元頭領、クガネ
強弓使い、ガリア・ケルヌン
ドラスリア低級貴族、エイン・トール・ヴァンレンである
エイン以外の者は頭部を損傷していて未だ意識はない
だが、彼等の傷は急速に治り続けている、
潰れた頭などは元に戻りかけていた
アズルは上半身が吹き飛んだが、
今では顎まで再生し、歯が生え始めている
「そうか、疲れているだろうが、もう少しだけお願いする」
ロイはエルフの少女に頭を下げ、テント内の片隅に目をやる
横たわる黒髪の長身の男の枕元にもう一人少女がいる
彼女の名はマルロ・ノル・ドルラード、
9歳の女の子であり、地の巫女だ
長身の男、クガネの枕元から動こうとせず、
ゴーレム戦以降ずっと付き添っている
そんな彼女が気になり、ロイは足を進めた
「地の巫女殿、少しは休まれよ」
ロイの声にぴくりと反応するが、彼女は動こうとしない
「ろくに食べていないそうではないか、それでは貴女が倒れてしまう」
それでは彼が起きた時に困るだろう?と
ロイは少女の前に座り、顔を覗き込む
その顔は疲れ果て、ずっと泣いていたのか目や鼻は赤い
痛ましい彼女の姿にロイの心はズキッと痛む
「……はい」
マルロは小さく答え、ふらつきながら立ち上がる
ふらふらと出口に向かい歩き出し、
その普段よりも小さく見える背中をロイは眺めていた
マルロがテントから出て行き、目のやり場に困り、負傷者達を見渡す
「…こんな旅は二度としたくないものだな」
彼の呟きは誰にも届かず、負傷者達のテントを後にした
その頃、エインは目を覚ましていた
腕はほとんど再生し、感覚が戻ってきている
ゆっくりとその手を握り、緩め、また握りを繰り返していた
まだ皮膚が引っ張られるような感覚はあるが、問題は無さそうだ
不思議なものだな、腕が生えてくるというのは、そんな事を考えていた
そして、傍らに座りながら眠る女性に目を移す
ドラスリア三大貴族令嬢、ミラ・ウル・ラシュフォードだ
どうやら彼女は自分を看病してくれていたらしい
椅子に座り、その手にはハンカチを握ったまま、
涎を垂らしながら寝息を立てている
あのミラ様がな・・・エインの口元が緩む
そして目を瞑り、これまでの旅の思い出にふける
・・・・・
・・・
・
一行がラーズの首都に到着したのは、
トヒル火山を出立してから2日後の事だった
ラーズの首都、そのほとんどの建物はレンガや石のブロックなどで作られ
石畳で舗装された道が街中を走り、その脇には歩道すらある
歩道には一定間隔で魔法の街灯があり、
日が落ちてからでも暗くはない
山に寄りかかるようにして広がる街並は、
高い壁に囲まれ、安全を確保されている
山側の斜面には沢山の洞窟が掘られており、
それらにはドワーフ達が住んでいた
その麓には軍の宿舎があり、常時数千の兵が待機している
軍の宿舎の中央には、街の中でも目を引く巨大な建物がある
その巨大な建物から真っ直ぐ壁まで続く道があり、
それが中央通りと呼ばれている
ラーズで一番活気のある通りだ
たくさんの店が並び、市場が開かれ、連日賑わっていた
この中央通り付近は裕福層が暮らし、
壁に近づくほど貧民層が増える傾向があった
ラーズは他の国には無い高度な文明が築かれている
それはドワーフ達のもたらす技術によるところが大きい
古代文明の技術の流用
それがラーズという国を支える大きな柱となっているのだ
その技術で作られた武具や灯りなどは高値で取引され、
他国から買い付けに来る商人なども交え、中央通りは人でごった返していた
一行は正面門を抜け、中央通りに入ったところで立ち止まる
「俺は議員達に挨拶と旅の経過を報告してくる
宜しければ、アズルと巫女様達には御一緒願いたい」
ガゼムの問いにアズルとイエルとマルロは頷く
その時、巫女達の横から一人の女性が前へと出る
「わたくしも参りますわ」
ミラの後ろには金魚の糞のようにイシュタールの姿も見える
ガゼムは頷き、彼女達の同行を認める
「では、残りの者は負傷者達を宿に連れて行ってくれ
後は各々自由行動で構わない、夜に宿で落ち合おう」
「あの、ちょっといいですか」
シルトが片手を挙げ、頭だけで会釈し割って入る
「僕らは家が近いので帰ってもいいですかね」
ラーズの冒険者であるハーフブリードは首都を中心に活動している
1等級である彼等が家を持っていても何ら不思議ではないだろう
「シルト殿には御一緒願いたいが、他の者は自由にしてくれて構わない」
ラーズの者が誰も行かないのは不味かろう、とガゼムは続け
断る理由が思い浮かばなかったシルトは渋々了承する
そして、一行は解散となった
・・・・・
・・・
・
中央通りを真っ直ぐ進み、その先にある巨大な建物の前へと辿り着く
ここはラーズ軍本部であり、ラーズの議員達も集う場所だ
訪れたのは、カナランのガゼムとイエルとマルロ
ネネモリのアズル、ドラスリアのミラとイシュタール、
そして、ラーズのシルトの7名だ
彼等を出迎えたのは、
ラーズ軍総帥ドゥヴェルグ・アーグ・トールキンだった
彼はとても小さく、140センチほどしかないだろうか
その腕や足は太く、たくましい筋肉が盛り上がっている
長い髭を生やし、その髭は顔の下半分を覆うほどだ
バサバサとした赤黒い髪に、ごわごわした黒い髭、褐色の艶のある肌
そう、彼はドワーフだ
ラーズ軍の紋章が入った鎧を着ており、露出している腕には古傷が多い
片目は潰れて白くなっており、顔には大きな古傷が残っていた
「遠路遥々よく来てくれた
わしの名はドゥヴェルグ・アーグ・トールキン、ラーズ軍総帥をしておる者だ」
ドゥヴェルグは彼等を歓迎し、軍本部へと招き入れる
一行は彼の後に続き、巨大な建物へと入って行った
中は豪華とは程遠い装飾で、どちらかと言うと質素なくらいだ
正面に大きな階段があり、
階段を上がった踊り場にはラーズの国旗が描かれている
1階の左右には扉がいくつも並び、2階も同じように扉が並んでいる
赤い絨毯以外は石造りの重苦しさすら感じる作りだった
それは窓が無いのが原因だ
外からの光が全くと言っていいほど入ってきていないのだ
だが、各部屋の入口には魔法の灯りがあり、室内はそれほど暗くはない
「こっちだ」
ドゥヴェルグを先頭に、2階の奥にある一室の前へと辿り着く
その入口にはラーズ兵が2名立っており
ドゥヴェルグの顔を見るや敬礼し、そのまま固まる
そんな彼等をドゥヴェルグは手で制し、右の兵士が扉を開け、お辞儀をした
室内へと入り、最初に目につくのは大きな円形のテーブルだ
それを囲むように椅子が置いてあり、その数は13
ここは会議室のようである
「好きなとこにかけてくれ」
ドゥヴェルグは1つだけある豪華な椅子に座る
その椅子は他の質素な椅子と違い、煌びやかな装飾が施されていた
各自が適当な席に座り、それを確認したドゥヴェルグは口を開く
「さっそくで悪いが本題に入らせてもらう…成果はどうなっている」
ミラが手を挙げ、発言よろしいでしょうか、と進言する
ドゥヴェルグはそれに頷き、手で続けるよう合図を出す
「わたしくはドラスリア王国、ラシュフォード家三女
ミラ・ウル・ラシュフォードと申します、以後お見知りおきを」
彼女は綺麗な姿勢で小さく会釈する
「おお、あのラシュフォード家の御令嬢か」
ふむふむとドゥヴェルグは顎髭を撫でる
「はい、わたくしより今回の旅の経過を報告させていただきます」
続けたまえ、と彼は言い、一同がミラへと顔を向ける
ひと呼吸置き、ミラは全員の顔を見てから続ける
「まず、ナーテアで部隊を二つに分け、水と風の聖域を目指しました」
「ほう、それはなぜだ」
「時間の限られてる旅ですので、効率を求めた結果でございます」
「なるほど……して、どのように分けたのだ」
「ドラスリア、カナラン、ネネモリの計18名と、
ラーズの6名で聖域を目指しました」
「なんと!我がラーズだけ単独行動をしたのか!」
ドゥヴェルグはシルトへと目を向ける、その目つきは険しいものだ
彼はそんな視線にハハハと乾いた笑いを漏らし、
頭を掻きながらペコペコしている
その態度に僅かな苛立ちを覚えるが、
ドゥヴェルグは彼等の実力を知っている
彼等なら成し遂げたのだろうと確信するのだった
そして、その考えは的を得ていた
「はい、ラーズの一行は水の聖域に訪れ、神より宝玉を授かりました
それは風の聖域を訪れた、わたくし達一行も同じです
わたくし達は聖域で神の話を聞き、死の消失の原因を知ります」
ほほぅ、と唸り、ドゥヴェルグの目つきが鋭くなる
「死の神は衰退し、力を失っているそうです
それを神より授かりし宝玉で取り戻す事ができるそうです」
ミラはそう言い、イエルへと目を向ける
その意味を理解し、イエルは腰の革のバッグから火の宝玉を取り出し
大きな円形のテーブルへと置く
「これが…神の宝玉か……なんと素晴らしい……」
ドゥヴェルグの手がわなわなと震え、その目には赤き炎が宿るようだ
そんな彼を制すようにミラは続ける
「そちらは火の宝玉、トヒル火山の火の神より授かりました」
そこまで言い、ミラの顔色が曇る
それを感じ取ったドゥヴェルグが聞く
「何があったのだ」
「はい、火の聖域にて、突如死の神が降臨なされました
そして…死の巫女リリム・ケルトを殺害、亡骸を持ち去りました」
「なんと…死の巫女が…して、神はなんと」
「巫女は我が救う、そう言い神は死の巫女と共に消え去りました」
ドゥヴェルが考え込む、死の神が現存している事実は吉報だが
肝心の死の巫女が、この死の無い世界で死んだのだ、
しかもそれを神は救いと言う
そこで1つ疑問に思った事を聞く事にする
「その時に死の神に宝玉の力とやらを渡せなかったのか?」
「はい、あっという間の出来事で誰も何もできませんでした
それと、風の神のお話では宝玉は4つなければいけません
四神全てから宝玉を受け取り、
生と死の聖域におられます死の神へと届けねばならないようです」
「なるほど……して、残るは1つと」
「はい、地の神になります」
ふむ……ドゥヴェルグは考え込む
「あそこは亜人どもの…ワータイガーの領域ぞ」
それを聞き、シルトがガタッ!と椅子から立ち上がる
「ワ、ワータイガーですか?!僕は嫌ですよ、彼等は相手にしたくない」
あのシルトが慌てているを見て一同が驚く
それほどの相手なのか、一同に不穏な空気が流れる
「まぁまぁ座りたまえ…確かにワータイガーは驚異だ
人類を遥かに超える身体能力、
数こそ少ないが奴等の戦闘力は我が軍と互角だろう」
その言葉にミラ達は驚愕する
ラーズ軍と言えば優に5万はいる、それに匹敵する武力を有するというのだ
しかも彼等は高度な技術を持ち、その装備は他国の比ではない
そんな軍と互角?バカげている、そうミラは思った
しかし、そんな考えはドゥヴェルグにより打ち砕かれる事となる
「数十年前に一戦交えた事があるのだ……その時の傷がこれぞ」
ドゥヴェルグは自身の顔を撫で、目を細める
「あの時、我が軍は2万で戦に趣いた
ワータイガーどもはたったの2000だぞ?それで大敗を喫したのだ」
彼の顔から憎しみにも似た感情を感じる
その顔は怒りに歪み、拳は強く握られ、テーブルへと叩きつけられる
「奴等は武器を持たない、その肉体そのものが凶器なのだ
そして、奴らは魔法をも使う…我が軍ではどうしようもなかったのだ」
言葉を失っているミラに代わり、ガゼムが口を開く
「私はカナランのガゼム・アン・ダイトと申す、横から失礼する
ラーズには魔法部隊があると聞いているのだが、
それでも対処できなかったのだろうか」
「あぁ…奴等には生の巫女がついておるからな」
「なっ!」
ガゼムは驚きのあまり席を立ち、
そのせいで椅子が倒れ、バタンッと大きな音を立てる
シルトは何故か2回ほど頷いていた
「バカな…生の巫女が亜人…だと……」
「何を驚いてるんだい、私だってドワーフじゃないか」
人間だけが巫女になれると思ってるのかい?とイエルは続けた
「いや、そういう訳では……ドワーフと亜人は別です!」
「まぁそうなんだがね、でも奴等も知性ある生き物だ
メスがいるなら巫女もいるだろうよ、それは神がお決めになる事だからね」
ガゼムは黙るしか無かった
そこでドゥヴェルグが続けてよいか?と皆に聞く
それには頷く事で応えた
「生の巫女の究極魔法、あれが厄介なのだ
いくらワータイガーが驚異と言えど、
生物である以上は傷はつくし、いつかは死ぬ」
まぁ今は死なんがな、と笑いながら続ける
「生の巫女の究極魔法、
聖樹魔法は2000のワータイガーを同時に癒すぞ
それがどれほどの驚異か想像は容易かろう」
ガゼムは立ったまま動けずにいた
ミラも唇を噛み締め、思考を巡らせている
「それでも…行くのだな?」
「……もちろんです、それ以外に道は無いのですから」
ガゼムは俯きながら呟くように言う
シルトがハァとため息をし、ドゥヴェルグへと向く
「あの~…これは流石に契約金以上な気がするんですが」
「ふむ……よかろう、追加で払おう」
「どのくらいで?」
がめつい奴め、ドゥヴェルグはそう思っていた
しかし、ラーズ軍の戦力を今割くわけにはいかない
腹は立つが彼等に頼るしかないのだ
「金貨200ではどうだ」
「200かぁ……」
シルトは白々しい態度で考え込むフリをする
「…分かった、400出そう」
「まいどっ、なら僕等も参戦しますね」
いつもの緩い笑顔でニタニタしている
そんな彼を見てチッと心の中で舌打ちし、一同へと目を向ける
「我が軍は貸せぬが、君らだけで何とかなるだろうか」
しばしの沈黙が流れる
その沈黙を破ったのは意外にもアズルだった
「任せてくれ、亜人どもなんてぶっ倒して、さくっと聖域に行ってやりますよ」
力こぶを作りながら彼は言う
その姿にドゥヴェルグは苦笑し、
ガゼムとミラとイエルと目を合わせ、頷く
そこで会議は終了となった
軍本部から出た彼等は夜に宿で落ち合う事を再確認し、解散する
その足取りは重いものだった
・・・・・
・・・
・
クガネは中央通りから横道に入り、壁の方へと向かう
その後ろにはマルロがちょこちょこと着いて来ていた
コイツは何故着いてくるんだ、と思ってはいるが口には出さない
どうせ言ったところでコイツには意味が無い、クガネには分かっていた
徐々に道は細くなり、人がすれ違うのがやっとくらいの道に入る
正面からは貧民であろう小汚い少年二人がこちらへと向かってくる
クガネはそれをかわし、スタスタと歩いていた
後ろから、きゃっ、という声が耳に届く
何気なく振り向き、その声の主、マルロが転んでいるのが目に入る
先ほどの少年達とぶつかり転んだようだ
ったく、どんくさい奴だ……こんなガキが巫女だとか笑わせる
しかし、大森林でのマルロを思い出し、チッと舌打ちをする
少年達はニタニタと笑い、小走りに去って行く、
その手には小さな革袋があった
「おい、財布はあるか」
え?という顔をしながら自身の腰をまさぐるが、
マルロはそれが無い事に気づく
「やはりな……さっきのガキにすられたな」
マルロの瞳に涙が溜まり、今にも泣き出しそうになる
クガネは目を逸らし、頭を掻いて考える
「ったく…しょうがねぇな…追うぞ」
彼の言葉に目を輝かせ、はいっ!と力強く答え、クガネの後を着いて行く
彼は徐々に加速し、マルロは少しずつ距離を離される
クガネの視線の先に、さっきの少年二人が見えた、その距離150メートル
「やべっ!バレたぞ!」
少年達はクガネに気づき、走り出す
チッと舌打ちをし、クガネは一気に加速する
しかし道が狭い、そして入り組んでいる
子供達は右に左に曲がりクガネをかく乱する、
複雑なこの道に熟知しているようだ
逃げながら木材を倒し、道を塞ぎ、子供達は距離を離して行く
が、相手はクガネだ、そんなものは意味をなさない
どんどん近づく男に恐怖し、子供達はあっちだ!と右に曲がる
そこは壁になっている袋小路だった
「バカなガキだ」
クガネはニヤけ、ゆっくりと歩いて進む
やっとの思いでマルロは追いつき、
少年達にゆっくり進むクガネを見つける
少年達にはニヤニヤし、そして一気に壁へと走る
クガネはそれを見てもゆっくりと歩いていた
しかし、壁の下の方の隅に穴が見え、加速する
少年達はその穴へと身を潜らせ、するりと穴を抜けた
バーカバーカと壁の向こう側から聞こえ、クガネの顔が怒りに歪む
そのまま壁まで距離を詰めるが、高さは3メートル以上あるだろうか
くそっ!心の中で汚い言葉を吐き捨てた瞬間
目の前の大地が迫り上がる
クガネはチラっと後ろを見ると、
そこにはマルロが黒曜石の杖を構えていた
大地は1.5メートル近くまでまで迫り上がり、クガネの頬が緩む
歯が見えるくらいニヤリとし、
一気に迫り上がった大地に上がり、更に跳躍する
壁の頂上に手をつき、その勢いのまま一気に身体を引き上げ壁を超えた
「うそだろ!?」
少年達の声が狭い路地に響く
上から降って来たクガネに一瞬で捕まり、じたばたと暴れている
クガネは爆炎のダガーを抜き、少年の鼻先へと持っていく
ヒッという小さい声が洩れ、少年の股が濡れ、湯気を上げる
『まってくださーーーーーい!』
その大声にクガネは振り向くと、先ほどの少年達が抜けた穴に少女がいた
どうやら腰がハマってしまったようだ
前にも後ろにも動けないマルロは、うーうーと唸っている
「……お前は何をやっているんだ?」
ダガーを少年に突きつけたまま、マルロへと聞く
「う~…動けないんですよ~、助けてください~」
と情けない声を洩らしている
ハァ…とため息を洩らし、少年から財布を取り上げ、解放する
やれやれと頭を掻きながらマルロの元へと歩いて行き
しゃがみ、その両手を持ち、乱暴に引っ張る
「痛い痛い痛い痛いっ」
マルロは涙目だ
ったく…めんどくせぇ……
「ちょっと待ってろ、逆側から引っ張ってやる」
「はい…ありがとうございま…あ!ダメです!絶対ダメです!」
何なんだこのガキは……助けろと言ったりダメだと言ったり
本当にガキってやつは意味が分からん
「だって…あの…私…スカートですから……」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げる
9歳の少女に対してそんな発想がある訳がなかった
これだからガキは……クガネは頭が痛くなる
「どうすりゃいいんだ、言え」
「あの…見ないなら…足側からお願いします……」
力無くぺたっとマルロの手が伸びる
土下座ならぬ土下寝だろうか
「わかった、待ってろ」
「絶対ですよ!絶対見ないでくださいよ!」
「安心しろ、乳臭いガキに興味はねぇ」
クガネはダルそうに路地へと消えてく
一人になり寂しさと虚しさが込み上げてくる
「私…太ってるのかなぁ…?」
口にしてへこむ、彼女は太ってなどいない、標準体型と言ってもいい
あの少年達はマルロより年下だったから通れたのだ
しばらくしてマルロの足に何かが触れる感触がする
それに驚き、足をばたつかせる
「っ!お前!暴れるな!」
壁の向こうからクガネの声が聞こえ、ほっとする
「引っ張るぞ」
「…はい、お願いします」
ずるりと穴から抜け、マルロはホッとため息を洩らす…が、
自分の格好に気づき真っ赤になる
引っ張られた事によりマルロのワンピース型の法衣は胸元までめくれている
慌てて服を直し、キッとクガネを睨む
それ目にクガネは目を逸らした
「…見ました…よね?」
「知らん、お前みたいなガキに興味などない」
マルロは立ち上がり、
またガキって言いましたね!と真っ赤な顔で捲し立てる
それを無視し、クガネは歩き始めた
ぴったりと後ろに着いて行きながら、
マルロはクガネに文句を言い続けていた
そんなマルロの手に財布を落とし、頭にポンッと優しく手を置く
マルロは笑顔になり、上機嫌にスキップでもするように歩いていた
そんな少女を見て、
俺ってこんな奴だったか?と心の中で自問するクガネだった
・・・・・
・・・
・
シルトは自宅へと戻ってきていた
懐かしい我が家の扉を開き、家へと入る
そこは8畳ほどのダイニングキッチンがあり、
ハーフブリード達の憩いの場となっている
家にはここ以外に4つの部屋がある
1つは浴室だ、火の魔法により常時暖かい浴槽がある
この技術も古代文明の技術を流用したラーズ独自の物だが
その価値はかなりのものだ
しかし風呂好きのシルトはどうしてもこれが欲しかった
多少無理をしたが家を建てる時に付けたのだ
1つは客室、そこにはベッドが2つあり、サラとラピが寝泊りしている
1つは寝室、そこには大きいベッドが1つある
元はシルトの部屋だったが、人が増えた事により
現在はジーンとシャルルが使用している
肝心の家主であるシルトはダイニングのソファで寝起きしているのだ
そしてもう1つの部屋は地下にある
そこはハーフブリードが数々の冒険で手に入れて来た
価値あるアイテムの数々が保管されている
「おかえりー♪」
シャルルが出迎える、ソファにはサラとラピが座り
食事をするテーブルにはジーンが座っていた
「シルさん、ご飯~」
ラピが催促する、料理はシルトが担当なのだ
「ほいほい、って食材あるの?」
「さっきシャルルとジーンさんが買って来てくれた」
サラがキッチンを指差しながら答える
そこには少ないが食材が並んでいる
「ありがと、じゃ適当に作るよ」
その前に、と言ってシルトはソファへと向かう
ラピが空気を読んでソファからどき、そこへシルトがダイブする
「あぁ、もう働きたくな~い」
隣のサラがムっとした顔をし釘をさす
「シルトさん、ソファ使うなら鎧脱いでから」
ソファでジタバタしていたシルトがピタっと止まり
「はい、すみません」
謝り、地下へと降りて行く
しばらくして鎧を脱いだシルトが戻り、キッチンへと向かう
腕まくりをし、やっちゃいますかーと気合いを入れていた
「今日の献立はなに~?」
シャルルが聞いてくる、その横にはラピも興味深々に覗き込んでいる
「え?何か作る予定で買ってきたんじゃないの?」
「あはは、何も考えてなかった!」
左様ですか…とシルトは食材に目を移し、考える
「これならトマトのスープとステーキとサラダかな」
「やったー!肉!肉!ステーキ!」
ラピとシャルルは手を合わせ喜んでいる
サラもサラダが嬉しいようだ
ジーンはマイペースに本を読んでいる
いつもと変わらない……かな?
ジーンとシャルルを見てシルトは不思議そうに思う
先日の喧嘩があった後だ、気まずい雰囲気があってもおかしくはない
実際ラーズへ戻る最中、二人はほとんど会話が無かったのだ
シルトはサラに近寄り、耳元で囁く
「ジーンさんとシャルル、何かあった?」
それに合わせサラも小さな声で囁く
「うん、二人で買い物行かせたら仲直りしたみたいだよ」
「そっか、良かった」
シルトは満足そうにキッチンへと戻って行く
料理ができるまでラピとシャルルは肉!肉!と騒いでいた
人数分の料理が食卓に並び、全員が席につく
ジーンとシャルルが並んで座り、向かい合うようにラピとサラが座っている
シルトはその間の側面に座る
「んじゃ、いただきまーす」
「「「「いただきまーす」」」」
おいしー、久々のシルさんの手料理だー、など騒いでいた
あっという間に賑やかな食事が終わり
「シルさん、報告どうだったの?」
ジーンが食後のアイスを食べながら聞いてくる
「ん、まぁこれまでの事を説明して、次のとこ行く話をしただけだよ」
「そう、それで地の聖域について分かった事あるの?」
「あぁ…それなんだけどさ……ワータイガーの領土にあるんだってさ」
ジーンの目が開かれる
シャルルとサラからも先ほどまでの笑顔は消える
ラピだけどうしたの?と不思議そうに皆に聞いていた
「ラピは知らないんだっけか…1回やりあってるんだよ僕ら」
「へー」
ラピが聞きたい聞きたいと催促する
「んとね、ラピがうちに入る前に受けた仕事でね
たまたまワータイガーと遭遇しちゃって戦闘になったのね
戦士が強くてさー、ヤバかったヤバかった
その戦士もめちゃくちゃ強かったんだけど、
その後ろにいた魔法使いが厄介でさ」
「何の魔法使いなの?」
「生の魔法使い…さっき聞いて知ったけど、生の巫女みたい」
「巫女!?」
全員が目を丸くし、シルトの顔を見る
「そうみたい、ワータイガーに生の巫女がいるんだってさ」
「なるほど……今、やっと納得したわ」
ジーンが過去を思い出しながら頷く
シャルルとサラも、うんうんと頷いていた
「そんなにすごかったの?」
ラピが興味深々に聞く、彼女の知識欲に火がついたようだ
「凄いなんてもんじゃないよ
やっとの思いで腕切り落としたのに一瞬でくっつけられちゃうんだよ?」
「えー、そんな無茶苦茶なー」
「そう、無茶苦茶なの、だから戦いたくないんだよねぇ」
「で、シルさん、私達も行くの?」
ジーンはシルトの顔を伺う、そこでシルトがニヤっと笑い答える
「もち、追加報酬400金貨だってさ」
「「「「おおー」」」」
「それは行くしかないね!」
シャルルがにししと笑いながら立ち上がる
「だねぇ、でも相手が相手だから安全第一でね、最悪逃げるから」
「うんうん、虎さん強かったもんね」
サラの言葉にラピの目が輝く
彼女は動物や人外の生物が大好きなのだ
「ま、そういう訳なんで、みんな頑張ろう」
シルトが立ち上がり手を前へと突き出す
それに続き、皆が立ち上がり、手を重ねる
「「「「おー!」」」」
・・・・・
・・・
・
エインは宿に戻り、灯りも付けず部屋に閉じこもっていた
そして、2つの宝玉を眺めている
それはリリムが持っていた水と風の宝玉
底が見えないような闇を内に秘める神の至宝である
宝玉を見ているとエインの目頭が熱くなってゆく
「くそっ!なんで……なんで守れなかった!」
自身の膝を拳で殴り、その痛みを噛み締める
死の神は突然現れ、死の巫女リリムを殺し、連れ去った
神はあれが救いだと言っていた、だがエインには理解できなかった
自身の不甲斐なさ、守ると誓った約束、信じてくれたリリムの笑顔
その全てが彼を苛立たせていた
「たった一人すら守れない…俺は…無力だ……」
エインは幼少期の頃、乗っていた馬車が野盗に襲われた事がある
目の前で従者が殺され、エインは何もできず震えている事しかできなかった
その時、たまたま通りかかった冒険者が助けてくれたのだ
冒険者はあっという間に野盗を倒し、
エインに手を差し伸べた…大丈夫かい?と
その姿に憧れ、エインは剣術を覚えたのだ
あの時の冒険者のように、一人でも多くの人を救いたい
それがエインの生きる意味となったのだ
「あら、こんな暗い部屋で何をしてるのかしら?」
入口のドアが開き、ミラが顔を出す
「まさか…貴方、落ち込んでいるの?」
「………」
ふふ、ミラが笑う
そんな彼女に僅かにながら怒りが湧き上がる
「貴方は神を相手にどうにかできるとでも思っているのかしら?」
とんだ勇者様ね、とミラが続け、あざ笑う
エインは言い返せなかった、それがまた悔しかった
「人なんて小さな存在ですわよ、
貴方は自身を過大評価しすぎではないかしら」
「……そんな事は…」
「そうね、貴方は自身を過小評価する男
わたしくしの知るエイン・トール・ヴァンレンはとても強く、勇敢ですわ」
エインは顔を上げ、ミラを見る
「誰よりも速く、誰よりも鋭い突きを持ち
手の届く人を救う貴方は本当の勇者と言えるでしょう
ですが、今の貴方はなんですの?…ただの腰抜けですわ」
彼女の言葉が胸をえぐってゆく
「死の神がなんですの?貴方は死の巫女を守ると誓ったのでしょう?
わたくしの知るエイン・トール・ヴァンレンという男に二言はなくてよ」
そう言い、彼女は部屋を出て行く
その後ろ姿をしっかりと目に焼き付け、エインは深く頭を下げる
彼の瞳には輝きが戻りつつあった
ミラは廊下に出て、自室へと向かう
わたくしは何故あんな事を…?見ているのが嫌だったから?
それとも……いくら考えても答えは出なかった
彼女自身、何故エインを励ますような事をしたのか理解できなかったのだ
僅かに上気した顔を手で仰ぎながら彼女は部屋へと足を進めた
・・・・・
・・・
・
一行は数日ラーズで過ごす事となる
負傷者の再生を待ち、その間に装備や消耗品の補充などを済ませる
装備の手入れや消耗品に関してはラーズ軍が全面的に協力してくれた
それから5日が経ち、
23人が首都ラーズの南門へと集まっていた
「これより地の聖域へと向かう!」
ロイの合図で一同が頷く
「まともにやりあっては勝てない相手だ、できる限り隠密行動で行くぞ!」
「そうだな、出来れば戦闘は避けたいところだ」
ガゼムの言葉に部下のダリルは数度頷く
そして、軍より貰い受けた軍馬に跨り、一行は進軍する
ラーズでの束の間の休息により、
士気は僅かに上がったようにも見える
しかし、これから行く場所には
2万の兵でも勝てなかった亜人ワータイガーがいる
その事実が足を重くしていた
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる