40 / 56
第3章 賓客として、旅行者として
第40話 接続点の苦悩
しおりを挟む
※舞台が地球のため、日本語で記載します。
スマートフォンを取り、電話帳アプリを起動して、英字の欄から彼の名をタップする。
そうして通話ボタンを押して数コール待てば、受話部の向こうから聞きなれた声が聞こえてくる。予想の通り、ドルテ語で。
「Buna ziua, este Hunt magazin situat in Brayham strada sunca.」
「ハイ、ジャック? 神保町のベン・アガターだ」
軽く英語も交えて言葉を投げれば、向こうはすぐに気が付いたらしい。米国人らしからぬ流暢な日本語に切り替え、言葉をかけてきた。
「おぉー、ベン、久しぶりだな。そうか、もう地球に切り替わったんだったか」
「ああ。だから今君の後ろに広がっているのはサンフランシスコのバレンシアストリートのはずだよ。ドルテ語を話す必要もない」
からからと笑いながら、そんな事実を告げるベンだ。
今は地球だ。マー大公国のフーグラー市もなく、首都はオールドカースル市でもない。勉とジャックは日本とアメリカに分かれていて、それぞれの店で電話を取っているはずなのだ。
そのことを向こうも理解したのだろう。ジャックが言葉を濁らせながら、困ったように舌を打つ。
「あぁなるほど、そうか、チクショウ」
「ジャック?」
憎らし気に言葉を吐く彼に、目を見開いて問いを投げると。ジャックは溜息を吐きながら、電話口でその事実を告げてきた。
「三人巻き込まれた。学生が二人にブラウニング侯爵家の使いが一人。ちっと説明をしてやらにゃならんな。すまん、後でかけ直す」
「ああ、分かった。また後で」
矢継ぎ早に告げて、すぐさま電話を切ったジャック。それを咎めるでもなく、勉は力なく肩を落とした。
やはり、やはりだ。今回も巻き込まれる人が出てしまった。
「やはり、首都に繋がるハントストアは転移のケースが多いか……今のうちに皆にも連絡を入れないと」
呟きながら勉がメッセージアプリを立ち上げると、そこには既にいくつもの通知がポップアップしていた。
神奈川県川崎市幸区のブルックスカフェ店主の斎藤さん。
埼玉県さいたま市大宮区の行田文具店店主の行田さん。
大阪府大阪市中央区の大衆酒場マーチ店主の秋本さん。
同市淀川区のカフェフリーズ店主の日向さん。
日本各地に点在する『接続点』の店主から、地球から何人転移した、ドルテから何人転移してきたと報告が上がってくる。
今回は地球側の切り替わり発生が地球側が土曜日の昼だったし、ドルテ側も土曜日の午後だったから、切り替わりに巻き込まれた人間が多い様子。どこの店も巻き込まれた人への対応には苦慮している様子だった。
「まいったなぁ……今回はあっちもこっちも土曜日だったから。僕のところは実里ちゃんだけだったから、むしろ少ない方だなぁ」
深々とため息をつき、肩を落としながら、勉は誰もいない店内で言葉を吐いた。
自分の店は古本屋だから、靖国通りに面しているとはいえこれだけの被害で済んでいると言える。これがもし、裏通りにあるようなカレー屋などだとしたら、巻き込まれる人の数はもっと多いはずで。
幸運だと思いながら、此度の切り替わりで転移していき、戻ってこなかったあの女性の行く末を案じる。ここで地球の時間がどれほど過ぎるかによって、彼女の生活もまた変わってくるのだから。
そわそわと通路の外を見やる勉。その耳に、メッセージアプリの呼び出し音が聞こえてくる。
「もしもし?」
「あっ、安形さん? 『鳥牧』の牧です」
通話ボタンをスワイプし、受話器を耳に当てれば向こうから明るい男性の声が聞こえてきた。その声色には覚えがある。店名と名字で、すぐに思い至った。
「あー、ユウジさん! ティーレマンの。お久しぶりです。今回どうでした、そちらは」
「今回は地球からもドルテからも何人か行っちゃってますね、うちは……ランチのタイミングだったのでどうしても」
電話の向こうにいるのは、新宿歌舞伎町に本店を構える居酒屋「鳥牧」のオーナー、牧 雄二だ。彼もまた地球とドルテを繋ぐ『接続点』の主であり、ドルテではザイフリード大公国の首都、ティーレマン市に店を構えている。
雄二が苦々しい声色で返事を返してくるのを聞いて、勉も肩を落とすしかない。
「そうですよねぇ……ユウジさんところは新宿ですし、居酒屋ですし」
「はい……というか今もお客さんがちらほらと入ってきてて……ドルテ側の人に説明するのが大変で」
そう話す雄二の背後では、彼の雇用する店員がしきりに声を張っているのが聞こえる。今は十二時を少し回ったくらい。土曜日だからこそ、この時間に居酒屋をランチ目的で利用する客も多い。
だからこそ、だからこそだ。こういうタイミングで転移が起こると、飲食店が『接続点』になっていると巻き込まれる人が増える。
そのことは勉もよくよく分かっていた。分かっていたからこそ、頭を振る程度で済ませるのだ。
「了解です。うちの店は幸い、地球から一人行っただけで済みましたが……人数の多い少ないじゃないですからね」
「全くです。ハントさんのアプリが入ったスマートフォンが手元にあれば何とかなるんですが……生憎今は全部出ちゃってて」
勉の言葉を受けて雄二もため息をついた。
簡素なスマートフォンにジャックの作ったアラームアプリをインストールし、転移に巻き込まれた者に持たせるサポートは徐々に進められているが、台数にはどうしたって限りがある。スマートフォンだってタダではないのだ。
加えて、ある程度のサーバー管理の技術が要る。勉のような高齢者では、よくよくそういったサポートは出来ない。だから『彼女』にも案内はしなかったのだ。
「私もそういう形でサポートできればいいんだがなぁ……年のせいか、とんと、機械類には弱いもんで」
「ははは、安形さんは『接続点』の取りまとめ役の仕事がありますからしょうがないですよ。うちも若い子に機器管理は任せちゃってますし」
頭を掻きながら勉が零すと、それに笑みを返しながら雄二も言葉を吐いた。曰く、若い店員で機械類に明るい者に、サーバーの管理と保守を任せているのだそうで。
それはそれとしてだ。勉は話題を切り替え、必要な事柄を聞きにかかる。
「そうだねぇ、ひとまず、内訳を教えてください」
「はい。新宿からは男性三名、女性一名。ティーレマンからは竜人族の女性一人に短耳族の女性一名、短耳族の男性二名。それぞれ転移です。
今回の新宿からの男性二名と女性一名は、今日の切り替わりで復帰できました。前回の新宿からの女性一名と、前回のティーレマンからの獣人族男性一名も、今回で復帰しています」
雄二の述べた内訳に、ほっと胸を撫で下ろす。
一度の切り替わりで巻き込まれても、その直後の切り替わりで戻ってこられれば、元の世界には何の影響も及ぼさない。ただ『その店にいた』だけに留まる。
だから『接続点』の店主は、一度の切り替わりで元の世界に戻ったか、どの切り替わりで転移した者が今回で戻ったかなどを、『復帰』という形で共有し合うのだ。
雄二の告げた内容を手元の紙に書きとりながら、勉が口を動かしていく。
「了解しました、三人すぐに戻れたのはよかった。他の人も……一日二日で、また切り替わってくれるといいんですがねぇ」
「はい、皆さん気が気ではないでしょうから……ザイフリードは差別も激しいし。マーにいる皆さんが羨ましいですよ」
そう零しながら、電話の向こうで雄二がため息をつくのが聞こえる。
ザイフリード大公国はドルテの中でも人種差別が根強い地域だ。どうあがいても短耳族にしかなれない地球人は、あの国ではそれなりの立場に甘んじるしかない。
歯がゆい。歯がゆいがこればかりは何をどうしようもない。
「こればかりはどうしてもね。根強い問題ですから……大公家の皆様も、いろいろと各国に働きかけてはいるけれど――おっと」
勉がため息をつくと、スマートフォンが振動するのが分かった。割り込みの電話だ。
「電話ですか?」
「うん、ジャックからだ。ごめん、一度切るね」
「はい、お疲れ様です」
メッセージアプリの通話を切り、すぐさま通話アプリのボタンを押す。果たして、先程こちらから電話をかけたジャック・ハントが、受話器の向こうでからからと笑っていた。
「やあベン、待たせてすまなかった。説明に時間を食っちまってな」
「いやいいよ。納得してもらえたかい?」
こちらも朗らかに言葉を返せば、ジャックがくつくつと喉を鳴らして答える。言うに、なかなか状況を飲み込むのに時間がかかった御仁がいたらしい。
「ブラウニングの使いの方が、なかなかな。学生二人はスマホ片手に嬉々として出かけて行ったよ、『校外学習の一環として楽しみます』だとさ。片方は獣人族だったが、恐れ知らずだ」
そう話すジャックに、勉も笑みがこぼれた。
マー大公国の首都オールドカースルは、学術都市フーグラーほどではないにせよ、あらゆる種族に学問の道が開かれている。竜人族と獣人族が轡を並べて学ぶ光景も、この国では見慣れたものだ。
話を聞くに、件の学生はいずれもアメリカ語学科の学生らしい。熱心にジャックの話を聞いては、サンフランシスコの街に飛び出していったという。
笑みをそのままに椅子の背に持たれながら、軽口をたたく勉だ。
「若いっていいねぇ。案外そのまま、サンフランシスコに居つくんじゃないかい?」
「有り得るねぇ、こっちじゃ獣人族も竜人族も一緒くたに『ドルテ人』だ。行政もよく面倒を見てくれるから生活もしていける」
その軽口にジャックも軽く答えた。
アメリカ合衆国は異世界ドルテの存在について、地球と不定期に『接続点』で繋がる異世界、であることを認識し、市民に広く伝えている。『接続点』の多さで言えば日本がトップだが、市民への認知度はアメリカが最上位だ。
それ故に、彼の国はドルテからの住民も快く受け入れている。もともと白人と黒人で人種差別があった背景があるから、人種差別には殊更に敏感だ。世界各地からの移民が多いカリフォルニア州では余計にである。
「了解です、っと。あぁそうそう、ジャック、一つお願いしたいことがあるんだった」
「おう、なんだ」
頷きながら本題に入る勉に、ジャックが明るく答える。
その声色に幾らかの安堵を感じながら、勉は口を動かしていった。
「前回の地球からドルテへの切り替わりで、うちの店から一人女性の転移があったんだが、今回戻ってこなくてね。それで、近々オールドカースルに向かわせようと思っているんだ。
日本語が堪能な狼の獣人族の通訳を連れている。すぐに分かるだろう」
「なるほど、了解だ。お嬢さんが店に来たら、ちゃんと俺の店の場所を伝えるんだぞ。オールドカースル二番街、ブレイハム通りだ」
相手は二つ返事で了解した。明瞭な答えに勉も安堵する。
手元の紙にペンを走らせながら、彼は朗らかに相手へと告げた。
「分かってるよ。じゃ、また」
「おう、よろしくな」
短く返して、ぷつりと切れる電話。スマートフォンの画面にはまだまだ、日本各地の『接続点』からの通知が飛んできている。
「ふー……さて、と」
今回と、その前の切り替わりで、どれだけの人が地球からドルテに転移し、またドルテから地球に転移してきたのか。
それを改めて取りまとめるため、勉はメッセージアプリに流れてくる通知に目を光らせた。
この時間を無駄にするわけにはいかない。情報収集に余念がなかった。
スマートフォンを取り、電話帳アプリを起動して、英字の欄から彼の名をタップする。
そうして通話ボタンを押して数コール待てば、受話部の向こうから聞きなれた声が聞こえてくる。予想の通り、ドルテ語で。
「Buna ziua, este Hunt magazin situat in Brayham strada sunca.」
「ハイ、ジャック? 神保町のベン・アガターだ」
軽く英語も交えて言葉を投げれば、向こうはすぐに気が付いたらしい。米国人らしからぬ流暢な日本語に切り替え、言葉をかけてきた。
「おぉー、ベン、久しぶりだな。そうか、もう地球に切り替わったんだったか」
「ああ。だから今君の後ろに広がっているのはサンフランシスコのバレンシアストリートのはずだよ。ドルテ語を話す必要もない」
からからと笑いながら、そんな事実を告げるベンだ。
今は地球だ。マー大公国のフーグラー市もなく、首都はオールドカースル市でもない。勉とジャックは日本とアメリカに分かれていて、それぞれの店で電話を取っているはずなのだ。
そのことを向こうも理解したのだろう。ジャックが言葉を濁らせながら、困ったように舌を打つ。
「あぁなるほど、そうか、チクショウ」
「ジャック?」
憎らし気に言葉を吐く彼に、目を見開いて問いを投げると。ジャックは溜息を吐きながら、電話口でその事実を告げてきた。
「三人巻き込まれた。学生が二人にブラウニング侯爵家の使いが一人。ちっと説明をしてやらにゃならんな。すまん、後でかけ直す」
「ああ、分かった。また後で」
矢継ぎ早に告げて、すぐさま電話を切ったジャック。それを咎めるでもなく、勉は力なく肩を落とした。
やはり、やはりだ。今回も巻き込まれる人が出てしまった。
「やはり、首都に繋がるハントストアは転移のケースが多いか……今のうちに皆にも連絡を入れないと」
呟きながら勉がメッセージアプリを立ち上げると、そこには既にいくつもの通知がポップアップしていた。
神奈川県川崎市幸区のブルックスカフェ店主の斎藤さん。
埼玉県さいたま市大宮区の行田文具店店主の行田さん。
大阪府大阪市中央区の大衆酒場マーチ店主の秋本さん。
同市淀川区のカフェフリーズ店主の日向さん。
日本各地に点在する『接続点』の店主から、地球から何人転移した、ドルテから何人転移してきたと報告が上がってくる。
今回は地球側の切り替わり発生が地球側が土曜日の昼だったし、ドルテ側も土曜日の午後だったから、切り替わりに巻き込まれた人間が多い様子。どこの店も巻き込まれた人への対応には苦慮している様子だった。
「まいったなぁ……今回はあっちもこっちも土曜日だったから。僕のところは実里ちゃんだけだったから、むしろ少ない方だなぁ」
深々とため息をつき、肩を落としながら、勉は誰もいない店内で言葉を吐いた。
自分の店は古本屋だから、靖国通りに面しているとはいえこれだけの被害で済んでいると言える。これがもし、裏通りにあるようなカレー屋などだとしたら、巻き込まれる人の数はもっと多いはずで。
幸運だと思いながら、此度の切り替わりで転移していき、戻ってこなかったあの女性の行く末を案じる。ここで地球の時間がどれほど過ぎるかによって、彼女の生活もまた変わってくるのだから。
そわそわと通路の外を見やる勉。その耳に、メッセージアプリの呼び出し音が聞こえてくる。
「もしもし?」
「あっ、安形さん? 『鳥牧』の牧です」
通話ボタンをスワイプし、受話器を耳に当てれば向こうから明るい男性の声が聞こえてきた。その声色には覚えがある。店名と名字で、すぐに思い至った。
「あー、ユウジさん! ティーレマンの。お久しぶりです。今回どうでした、そちらは」
「今回は地球からもドルテからも何人か行っちゃってますね、うちは……ランチのタイミングだったのでどうしても」
電話の向こうにいるのは、新宿歌舞伎町に本店を構える居酒屋「鳥牧」のオーナー、牧 雄二だ。彼もまた地球とドルテを繋ぐ『接続点』の主であり、ドルテではザイフリード大公国の首都、ティーレマン市に店を構えている。
雄二が苦々しい声色で返事を返してくるのを聞いて、勉も肩を落とすしかない。
「そうですよねぇ……ユウジさんところは新宿ですし、居酒屋ですし」
「はい……というか今もお客さんがちらほらと入ってきてて……ドルテ側の人に説明するのが大変で」
そう話す雄二の背後では、彼の雇用する店員がしきりに声を張っているのが聞こえる。今は十二時を少し回ったくらい。土曜日だからこそ、この時間に居酒屋をランチ目的で利用する客も多い。
だからこそ、だからこそだ。こういうタイミングで転移が起こると、飲食店が『接続点』になっていると巻き込まれる人が増える。
そのことは勉もよくよく分かっていた。分かっていたからこそ、頭を振る程度で済ませるのだ。
「了解です。うちの店は幸い、地球から一人行っただけで済みましたが……人数の多い少ないじゃないですからね」
「全くです。ハントさんのアプリが入ったスマートフォンが手元にあれば何とかなるんですが……生憎今は全部出ちゃってて」
勉の言葉を受けて雄二もため息をついた。
簡素なスマートフォンにジャックの作ったアラームアプリをインストールし、転移に巻き込まれた者に持たせるサポートは徐々に進められているが、台数にはどうしたって限りがある。スマートフォンだってタダではないのだ。
加えて、ある程度のサーバー管理の技術が要る。勉のような高齢者では、よくよくそういったサポートは出来ない。だから『彼女』にも案内はしなかったのだ。
「私もそういう形でサポートできればいいんだがなぁ……年のせいか、とんと、機械類には弱いもんで」
「ははは、安形さんは『接続点』の取りまとめ役の仕事がありますからしょうがないですよ。うちも若い子に機器管理は任せちゃってますし」
頭を掻きながら勉が零すと、それに笑みを返しながら雄二も言葉を吐いた。曰く、若い店員で機械類に明るい者に、サーバーの管理と保守を任せているのだそうで。
それはそれとしてだ。勉は話題を切り替え、必要な事柄を聞きにかかる。
「そうだねぇ、ひとまず、内訳を教えてください」
「はい。新宿からは男性三名、女性一名。ティーレマンからは竜人族の女性一人に短耳族の女性一名、短耳族の男性二名。それぞれ転移です。
今回の新宿からの男性二名と女性一名は、今日の切り替わりで復帰できました。前回の新宿からの女性一名と、前回のティーレマンからの獣人族男性一名も、今回で復帰しています」
雄二の述べた内訳に、ほっと胸を撫で下ろす。
一度の切り替わりで巻き込まれても、その直後の切り替わりで戻ってこられれば、元の世界には何の影響も及ぼさない。ただ『その店にいた』だけに留まる。
だから『接続点』の店主は、一度の切り替わりで元の世界に戻ったか、どの切り替わりで転移した者が今回で戻ったかなどを、『復帰』という形で共有し合うのだ。
雄二の告げた内容を手元の紙に書きとりながら、勉が口を動かしていく。
「了解しました、三人すぐに戻れたのはよかった。他の人も……一日二日で、また切り替わってくれるといいんですがねぇ」
「はい、皆さん気が気ではないでしょうから……ザイフリードは差別も激しいし。マーにいる皆さんが羨ましいですよ」
そう零しながら、電話の向こうで雄二がため息をつくのが聞こえる。
ザイフリード大公国はドルテの中でも人種差別が根強い地域だ。どうあがいても短耳族にしかなれない地球人は、あの国ではそれなりの立場に甘んじるしかない。
歯がゆい。歯がゆいがこればかりは何をどうしようもない。
「こればかりはどうしてもね。根強い問題ですから……大公家の皆様も、いろいろと各国に働きかけてはいるけれど――おっと」
勉がため息をつくと、スマートフォンが振動するのが分かった。割り込みの電話だ。
「電話ですか?」
「うん、ジャックからだ。ごめん、一度切るね」
「はい、お疲れ様です」
メッセージアプリの通話を切り、すぐさま通話アプリのボタンを押す。果たして、先程こちらから電話をかけたジャック・ハントが、受話器の向こうでからからと笑っていた。
「やあベン、待たせてすまなかった。説明に時間を食っちまってな」
「いやいいよ。納得してもらえたかい?」
こちらも朗らかに言葉を返せば、ジャックがくつくつと喉を鳴らして答える。言うに、なかなか状況を飲み込むのに時間がかかった御仁がいたらしい。
「ブラウニングの使いの方が、なかなかな。学生二人はスマホ片手に嬉々として出かけて行ったよ、『校外学習の一環として楽しみます』だとさ。片方は獣人族だったが、恐れ知らずだ」
そう話すジャックに、勉も笑みがこぼれた。
マー大公国の首都オールドカースルは、学術都市フーグラーほどではないにせよ、あらゆる種族に学問の道が開かれている。竜人族と獣人族が轡を並べて学ぶ光景も、この国では見慣れたものだ。
話を聞くに、件の学生はいずれもアメリカ語学科の学生らしい。熱心にジャックの話を聞いては、サンフランシスコの街に飛び出していったという。
笑みをそのままに椅子の背に持たれながら、軽口をたたく勉だ。
「若いっていいねぇ。案外そのまま、サンフランシスコに居つくんじゃないかい?」
「有り得るねぇ、こっちじゃ獣人族も竜人族も一緒くたに『ドルテ人』だ。行政もよく面倒を見てくれるから生活もしていける」
その軽口にジャックも軽く答えた。
アメリカ合衆国は異世界ドルテの存在について、地球と不定期に『接続点』で繋がる異世界、であることを認識し、市民に広く伝えている。『接続点』の多さで言えば日本がトップだが、市民への認知度はアメリカが最上位だ。
それ故に、彼の国はドルテからの住民も快く受け入れている。もともと白人と黒人で人種差別があった背景があるから、人種差別には殊更に敏感だ。世界各地からの移民が多いカリフォルニア州では余計にである。
「了解です、っと。あぁそうそう、ジャック、一つお願いしたいことがあるんだった」
「おう、なんだ」
頷きながら本題に入る勉に、ジャックが明るく答える。
その声色に幾らかの安堵を感じながら、勉は口を動かしていった。
「前回の地球からドルテへの切り替わりで、うちの店から一人女性の転移があったんだが、今回戻ってこなくてね。それで、近々オールドカースルに向かわせようと思っているんだ。
日本語が堪能な狼の獣人族の通訳を連れている。すぐに分かるだろう」
「なるほど、了解だ。お嬢さんが店に来たら、ちゃんと俺の店の場所を伝えるんだぞ。オールドカースル二番街、ブレイハム通りだ」
相手は二つ返事で了解した。明瞭な答えに勉も安堵する。
手元の紙にペンを走らせながら、彼は朗らかに相手へと告げた。
「分かってるよ。じゃ、また」
「おう、よろしくな」
短く返して、ぷつりと切れる電話。スマートフォンの画面にはまだまだ、日本各地の『接続点』からの通知が飛んできている。
「ふー……さて、と」
今回と、その前の切り替わりで、どれだけの人が地球からドルテに転移し、またドルテから地球に転移してきたのか。
それを改めて取りまとめるため、勉はメッセージアプリに流れてくる通知に目を光らせた。
この時間を無駄にするわけにはいかない。情報収集に余念がなかった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
素材採取家の異世界旅行記
木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。
可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。
個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。
この度アルファポリスより書籍化致しました。
書籍化部分はレンタルしております。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
俺の番が見つからない
Heath
恋愛
先の皇帝時代に帝国領土は10倍にも膨れ上がった。その次代の皇帝となるべく皇太子には「第一皇太子」という余計な肩書きがついている。その理由は番がいないものは皇帝になれないからであった。
第一皇太子に番は現れるのか?見つけられるのか?
一方、長年継母である侯爵夫人と令嬢に虐げられている庶子ソフィは先皇帝の後宮に送られることになった。悲しむソフィの荷物の中に、こっそり黒い毛玉がついてきていた。
毛玉はソフィを幸せに導きたい!(仔猫に意志はほとんどありませんっ)
皇太子も王太子も冒険者もちょっとチャラい前皇帝も無口な魔王もご出演なさいます。
CPは固定ながらも複数・なんでもあり(異種・BL)も出てしまいます。ご注意ください。
ざまぁ&ハッピーエンドを目指して、このお話は終われるのか?
2021/01/15
次のエピソード執筆中です(^_^;)
20話を超えそうですが、1月中にはうpしたいです。
お付き合い頂けると幸いです💓
エブリスタ同時公開中٩(๑´0`๑)۶
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】
雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。
そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!
気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?
するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。
だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──
でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる