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第3章 賓客として、旅行者として

第30話 大学生ってどこでも同じ

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 市立中央大学に入って私たちがまず最初に向かったのは、正門からも見えていた大講堂だ。
 近くまで寄ると、その年季の入っている造りがよく分かる。正面入り口の上にはめ込まれたステンドグラスが、とても綺麗だ。

「綺麗……百五十年も前から、あんなに綺麗なステンドグラスを作る技術があったんですね、この世界」
「建設されたのガ大陸暦1733年、その当時のマー大公国の技術ヲ結集して建てられたそうデス。このステンドグラスヴィトラリウモ、リリエンソール皇国から職人を招聘シテ、作らせたとの記録が残っていマス」
「スティクラを作るのハ今でこそ大公国内でも出来ますガ、リリエンソール皇国の製品ニハ敵いませんからネ。あちらの国のスティクラを使った製品ハ、特に高値デ取引されていますヨ」

 目をキラキラさせながらステンドグラスを見上げる私の両脇を固めながら、パーシー君とデュークさんが解説をしてくれる。デュークさんの話した「スティクラ」に首を傾げた私だが、「ガラス」をドルテ語で「Sticlaスティクラ」と言うらしい。
 感心した表情を顔いっぱいに貼り付けた私に、デュークさんがにっこり笑いかけてくる。

「中に入ってみますカ? ミノリ様」
「今、中に入って大丈夫なの?」
「今ハ大講堂で何もやっていないカラ、大丈夫ですヨ。入学式や卒業式ナド、イベントをやっている時ハ入れないですケレド……」

 そう言いながら、磨りガラスが填め込まれた入り口扉を、デュークさんはゆっくりと押し開いた。
 石造りの外観と同様、中も石材が多く使われていて重厚な雰囲気だ。足元の床に使われている、ピカピカに磨かれた白い石が天井の電灯の明かりを反射して光っている。
 古めかしい造りをした建物の天井に、棒状の蛍光灯が取り付けられている光景は、古いものと新しいものの融合という感じがして、ちょっとかっこいい。ああいうものの中に、地球から流入してきた技術も、いくらかの割合であったりするのかもしれない。

中央大学ウニヴァーシタート・セントゥルの大講堂ハ、大陸暦1700年代初頭に活躍シタ建築家、アラスター・スクリヴェンの作品と伝わってイマス。
 スクリヴェンは石材ヲ巧みに組み合わせた作風が特徴デ……ホラ、壁のところ、白や黒、茶色ノ石材がモザイク状に組み合わさっているでショウ。アレが色々な色ノ組み合わせになっテ、いろんなところニ作られているんデス。
 それぞれの場所ノ色や組み方の違いヲ楽しんだリ、見て回ったりするノガ、ここの大講堂ノ観光としてお勧めデス」
「へー……あれを、百五十年も前に作ったんだ……すごくモダンでかっこいいですね」

 デュークさんが指し示した、大講堂正面入り口から真正面に見える壁。
 両脇に扉が設えられて、恐らくその中が大講堂のホール部分になるのだろうその壁に、白、黒、茶色の正方形の石材が、薄く細く切られた別の石材と組み合わさって、モザイク状の複雑な図形を作り上げている。
 今の時代でも充分に通用するであろう、モダンでスタイリッシュな造形だ。普通の石壁がシンプルなだけに、その彩られた箇所が際立って美しく見える。
 歩み寄ってみると、モザイク状の石材には段差がつけられており、出っ張ったりへこんだりしていた。これをそんなに昔に作り上げたというのなら、結構すごい。
 そうして私が複雑なモザイクアートになっているその壁を見ていると、右手側から数人の学生たちが歩いてきた。竜人族バーラウだったり長耳族ルングだったり獣人族フィーウルだったり、種族は一定ではないが、いずれも男性だ。
 その学生たちの一人、一際大柄な体格をした竜人族バーラウが、私達、というよりデュークさんの姿を認めて、手を挙げながら気さくな感じで声をかけてきた。

「Buna ziua, Inaltime!」
「Buna zuia, Clifford. S-ar putea sa nu spuneti intotdeauna ca Inaltimea va rugam sa va opriti.」
「Inaltime, se pare ca si tu esti bine astazi.」
「Peter, deci, va rog opriti!」

 クリフォードと呼ばれた竜人族バーラウの学生に笑いながらデュークさんが手を振ると、それを受けてかペーターと呼ばれた鹿の獣人族フィーウルの学生がさらに言葉を続ける。
 反論か否定か、いずれにせよそんなニュアンスをにじませながら強い口調で話すデュークさんと、彼らは随分と親し気だ。種族の壁を越えて睦みあっている様子が見て取れる。
 私の視線は自然と、彼らの話の輪に加われないままでいるパーシー君へと向いた。

「なんか、デュークさん、楽しそうだね?」
「マー大公国ハ全国的に種族差別撤廃の動きを見せていますガ、中でも大学の構内は特に種族差別の無イ、全ての種族が等しく学びの機会を得る場所とシテ運営されてイマス。
 ここ中央大学ウニヴァーシタート・セントゥルはフーグラー市の市立大学、運営ノ母体はアータートン伯爵家ですからネ。殊更に差別なく、優秀であればあらゆる種族ノ学生を受け入れているのデス。
 デューク様もああして『殿下』などト呼ばれておりますガ、ある種のあだ名のようなものですヨ。同じ社会学部の学生ヤ、奥様が講師を務める文学部の学生とハ、ああして仲良くされていらっしゃいマス」
「イナルティーメ、っていうのが、殿下?」
「その通りデス」

 こくりと頷いたパーシー君が、学友たちとわちゃわちゃしているデュークさんを眺めながら、すっと目を細めた。
 その眼差しはまるで兄が弟を見るような優しいものだ。いつもの従者が主人を見るような気の張ったものではない。
 と、デュークさんと一緒に話していた、スティーヴンと呼ばれていた長耳族ルングの青年がこちらに目を向けた。そのままデュークさんへと声をかける。

「Apropo, inaltime. Este femeia asta cu parul brun, noul tau prieten sau ceva de genul asta?」
「Nu, nu. Ea este un calator din Japonia si un oaspete al familiei Arterton. Acum conduc in jurul campusului universitar.」
「Calatorii din Japonia!? Vorbeste japoneza!?」

 デュークさんの答えに、クリフォードさんが驚愕を露わにした。彼も、ペーターさんも、スティーヴンさんも、驚きに目を見張ったままで私を見ている。
 突然に意味も分からないまま注目を集めて、きょとんとしながらも、私がこてんと首を傾げると。
 デュークさんの横を通り抜けるようにして、学生三人が私に近づいてきた。一様に顔を真っ赤にして、なんとか笑顔を作ろうと顔面の筋肉がピクピクしている。

「ハ、ハジメマシテ、日本ジャポーニアのお嬢サン!」
「マー大公国ニ、イヤ、フ、フーグラーにヨウコソ!」
「遠いトコロからワザワザご苦労様デス!」
「えっ、えっ!? 突然なに!?」

 突然、彼らの口から飛び出してきたのは日本語だった。たどたどしい部分は多分に見られるが、確かに日本語だ。
 私だけでない、隣に立つパーシー君も目を丸くしていた。
 興奮しっぱなしの三人の後ろで、デュークさんが肩をすくめてため息をついている。

「彼らは三人トモ、マーマが受け持つ日本語の講義ノ受講者なんですヨ……本物の日本人ジャポネーザト話が出来るのガ、嬉しいんデス」
文学部ファークルタータ・デ・リテーレ日本語学科ストゥディ・ジャポネーゼ三年、クリフォード・マート=ニューウェルデス!」
「同ジク三年、スティーヴン・オハリヒーデス!」
「オ、同ジク三年、ペーター・ヘイズデス!」
「は、初めまして、日本人のミノリ・サワです……」
「「「ウォォォォォォ!!」」」

 私が軽く自己紹介をしながら頭を下げると、クリフォードさんも、スティーヴンさんも、ペーターさんも、抱き合うようにして感情を爆発させていた。
 なんだろう、多分自分たちが今までに勉強してきたことを実践できたことが嬉しいんだろうと思うけれど、そこまで喜びを爆発させられるほどの相手だろうか、私は。
 思わず、傍らで立ち尽くしたままのパーシー君に視線を向ける。私以上にぽかんとした、呆気に取られた表情のパーシー君の視線と、私の視線が交錯した途端、パーシー君の頬にさっと紅が刺した。
 その挙動に、私が首を傾げると、パーシー君は赤く染めた頬を掻きながら、ドルテ語で何やら話し合っている三人に視線を向けつつ口を開いた。

「マサカ、大学で日本語を話せる人ガ普通にいるなんテ……ビックリです、世界は広イ……」
「あー、パーシー君大学通ってないもんね、伯爵家で働きながら勉強してたから」
「と言いますカ……あー、ペーター? 久しぶりですネ」
「エッ?」

 唐突にパーシー君が、鹿の獣人族フィーウルのペーターさんに声をかけた。呼びかけられたペーターさんが、何事かという風にこちらを見やる。
 視線を集めたところで、パーシー君がくいくい、と親指を自分に向けてみせた。

「ボクですよ、パーシー・ユウナガ=レストン」
「Eh... Percy!? A trecut mult timp, se pare ca esti bine si mai presus de toate!」
「エッ、パーシー殿、ペーターと知り合いだったんデスカ?」
「ボクのマーマと、ペーターのマーマが友人なんですヨ。ボクのマーマが一時期開いてイタ日本語の教室ニ、彼も通っていたんデス」

 肩を竦めながら、パーシー君は苦笑した。
 思わぬところで発覚した人の繋がり。私もデュークさんも、目を丸くしながら顔を見合わせるほかなかった。
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