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第2章 ケモノ男子と古都観光

第24話 花の庭園

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 前庭から移動して、フーグラー城の向かって右側、城を取り囲むように広がる庭園エリアに入ると、様々な彩り鮮やかな花々が私達を出迎えた。
 ダリアにジニアにタチアオイ、バラにクチナシにガクアジサイ。
 夏の花々があちらこちらで咲き誇り、芳しい香りを放っている。

「わぁ……綺麗」

 思わず私の口から感嘆の息が漏れた。

「凄いでショウ? これがフーグラー城自慢ノ庭園ヨ。
 今私達が居るのガ夏の庭。ここから先、湯場棟の正面ニ広がるのが春の庭。ここからお城を挟んで反対側ニ広がるのが秋の庭。
 春、夏、秋。この三種類の季節の花をそれぞれ楽しめるようニ、庭園が造られているのヨ」

 グロリアさんが自慢げに胸を張りながら、傍で咲くダリアの花を下から支えてみせた。
 藍色の鱗を持つグロリアさんの手と、鮮やかな赤色をしたダリアの花弁の対比が目に鮮やかで、とても美しい。
 普通に地球で花を愛でるだけでは、決して味わうことの出来ない美しさだなと、心底から私は感嘆した。

「御覧の通リ、これらの庭園ハ全て湯場棟から眺めることが出来るようニ造られておりマス。
 四代目の伯の先奥方様ガお花が好きな方でいらっしゃいまシテ、伯爵夫人となられル前から、庭師と一緒になっテ熱心に手入れされていたのデスヨ」

 私の隣に立つデュークさんが、数メートル続く生垣の向こうにそびえるフーグラー城の石壁を指さした。
 石壁の上の方、三階あたりの位置に、庭園を見下ろすように設けられたガラス窓が見える。
 なるほど、伯爵家の人々はあの窓から階下の庭園の花々を愛でるわけか。

「やっぱり、庭園を管理する専門の庭師の方がいるんですね」
「ハイ。三代目の伯の時代カラ、アータートン家に仕え続けている短耳族スクルトの庭師の一家がいまス。
 アビントン家と言いましテ、この家の人間だけはブレンドン閣下ガ伯爵となってからモ、唯一短耳族スクルトとしてフーグラー城に住まうことを許されていまス。
 実際、バーニーさんハ大公国の中デモ五指に入る庭師ですカラ、閣下としても手放すわけにはいかないでしょうシ」

 パーシー君が説明してくれるところによると、毎年七月に首都で開かれる大公家主催のガーデニングコンテストで、何度も金賞を取っているのがバーニー・アビントンという庭師なのだそうだ。
 すなわち、国内有数の庭師がフーグラー市の一大シンボル、このお城の庭園を管理しているということ。
 なるほど、それはいかに伯爵閣下が差別主義者であろうと、手元に置いておきたくなるわけだ。
 デュークさんがこくりと頷きながら、少しだけ寂しそうな表情をした。

「Cand unchiul meu era in viata, au existat ai niste fiule de lucru inferior...」
「へ? ウンチ?」

 きょとんとした顔で聞き返す私に、ハッとした表情を浮かべるデュークさんの頬が、さぁっと赤く染まった。
 いや、そこだけピンポイントで聞き取った私も私だが。というかなんでよりによってそこだけを聞き返したんだ私は。
 わたわたと慌てて、顔の前で両手を振りながら、デュークさんが弁明を口にする。

「イ、イヤ、違うんデスミノリ様、別に私はそういう意図を以テ口にしたわけではないのデス。
 『伯父』や『叔父』のことなのデス、ドルテ語で『Unchiウンチ』という単語ハ」
「あー……そういう」

 得心が行って肩の力を抜く私の後ろで、くすりとパーシー君が笑った。グロリアさんもだ。

「『伯父が存命だった頃は、弟子の獣人族フィーウルも何人かいましたが……』と仰ったのですヨ、サワさん」
「そうネ、日本語で『ウンチ』と言ったら、汚らしい意味になっちゃうものネ」
「マ、マーマ……やめてくだサイ、私が悪かったデス……」

 あたふたしっぱなしのデュークさんが、がっくりと肩を落とした。
 先程の、自分の父親(血縁的には叔父だが)に食って掛かる様子といい、今の失言を拾われてあたふたする様子といい、なんとも感情表現が素直で豊かである。
 パーシー君とはまた別の意味で、好青年だと私は思う。

「というか、伯父さんなんですね。今のデュークさんにとって、エイブラムさんは」
「Da. やはり、パーパがいる以上、本来のパーパをパーパと呼ぶわけにハ参りませんカラ。
 とは言え、ややこしいのモ事実ですけれどネ。言葉とシテ、パーパとウンチが立場をそっくり入れ替えているわけですカラ。
 一緒に暮らしてキタ時期が長かったノデ、『今日から私がお前たちの父親だ』と言われテモ、あぁそうかとしか思いませんでしたケレド」
「父が伯父になって、叔父が父になって、ですものね……それは、ややこしい」

 デュークさんの言葉に頷く私だ。ややこしいなんてものじゃないし、今の日本でそんな展開になったら親子関係がぎくしゃくするどころの話じゃない。
 まぁ、昔の時代に関してはそういう再婚や養子縁組とかはあったと聞くけれども。
 やはり異世界、現代日本の常識が通じない。電気は普通に通っているし上下水道も整備されているのに。
 と、私はふと、先頭を行くグロリアさんに言葉を投げた。

「フーグラー城って、電気や水道は通ってるんですか?」
「エェ、通っているワ。庭園のあそこに噴水が見えるでショウ?
 飲料用の水道管とハ分けられているから飲めないケレド、ちゃんと冷たい水ガいつでも湧くようになっているのヨ。
 電気もソウ。電線は全部地下に埋設してあるカラ、表には見えないケレド……だから私、日本ジャポーニアに行った時ニ、架線が地上で柱に渡されているのを見テ、驚いたのよネ」

 こちらを振り返ったグロリアさんが、スッと腕を前に伸ばす。
 その指が示す先には確かに、滾々と水を吐き出す噴水が設けられていた。大規模というほどでもないが、なかなか美麗で立派な造りだ。噴水の周囲には庭園の植物に撒く時に水を汲むためだろう、水汲み場も見受けられる。
 そして電線。見当たらないと思ったが地下に埋設されていたのか。そういえば今は欧米諸国などではほとんど電線が地中に埋められていて、電信柱が一本も無い国が多いのだと聞く気がする。
 私は顎に手をやりながら小さく首を傾げつつ、庭園のあちこちに聳えている細長くレトロなデザインの夜間灯を見つめていた。
 日本だと確か、地震だったり津波だったりと災害が多いから、その復旧を早くするために電柱と架線が未だ、幅を利かせているんだったか。あとは電話会社だとかテレビだとかその他諸々、架線の権利の問題も面倒臭かったような。

「電線を地中にかぁ……街中に街灯はたくさんあるし、家やホテルにも電気が通っているのに、電線が全く無いから逆に不思議に思っていたんですよね」
「マー大公国の中でもフーグラーは観光地とシテ成り立っていますからネ、景観は大事にされていマス。アータートン領の収入の中デモ、領都であるフーグラーの観光による割合は多いデス。
 とはいえ、ドルテの大概の国でハ地下埋設方式らしいですガ……大海洋に面した島国サルーシアなどは、架線方式と聞いていますネ。地下に埋められないトカ」

 考えをめぐらすように宙を見上げながら説明をするパーシー君の話に、私は興味深く聞き入っていた。
 水道事情、電気事情、やはり国によっても色々と違う。その辺りは、地球と一緒だ。

「アラ、ミノリサン見て見てあそこ。薔薇がちょうど見頃ダワ」
「あっ、ほんとですね! すごく綺麗」
「薔薇は三つの庭園いずれニモ別々の品種が植えられてオリ、どの季節デモ楽しめるようになっているのデス。私の二人目のマーマも薔薇が特に好きデ……」
「ダフニー様は薔薇のジャムやローズティーなどモ、ご自身デ作っていらっしゃいましたからネ。後で閣下のところにご挨拶ニ伺う際、召し上がれると思いますヨ」

 そう話しながら四人で、庭園に咲き誇る黄色い花弁の薔薇の花を愛で始める私達。
 お手製の薔薇の花びらのジャムやローズティーが味わえるのなら、あの厭味ったらしい伯爵閣下に挨拶に行くのも悪いことではないかもしれない。
 私はそう結論付けて、芳しい薔薇の香りに目を細めるのだった。
 が、ふと私は今まで気づかなかった、結構重大な事実に思い至る。

「……ん? パーシー君待って、さっきの観光地云々の話。領都?」
「ン? ハイ、フーグラー市はアータートン領の領都ですガ」
「えっ初耳……じゃあ待って、その市長であるアータートン家って……っていうかアータートン領って……」
「アラ、ミノリサンご存じなかったノ? アータートン家の当主は、市長と領主を兼任しているのヨ」

 全く何でもないことのように、パーシー君もグロリアさんも言葉を返してきた。
 ちょっと待ってほしい。私はこの後ブレンドン伯爵閣下と面会するのだ。
 フーグラー市の市長、というだけでもあれなのに、それに加えてアータートン領の領主様である、彼と。

「え……えぇぇーーー!?」

 私はあらん限りの大声で叫んだ。
 やばい。緊張しすぎて気が変になりそうだ。
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