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第2章 ケモノ男子と古都観光
第19話 ドルテのタブー
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私とパーシー君はホテルに戻り、買った服とパンを部屋に置くと、昨夜と同様「ホテルル・サルカム」併設のレストランで食事をしていた。
「まさか両替窓口がもうしまってるだなんて……」
「ドルテの貨幣が無いと鞄を買いに行けないですシ、安い買い物でもありませんからネ。明日の朝に両替シテ、それから買いに行きまショウ」
ボイルされた腸詰めをナイフで切って、口に運びながら肩を落とす私に、ザワークラウトのような付け合わせのキャベツをフォークで掬いながらパーシー君が鼻を鳴らした。
本当はホテル横の銀行で両替をして、そこからヘルトリング通りに戻って鞄屋に行く予定だったのだが、見通しが甘かった。
聞けば、銀行の両替窓口は午後4時でしまってしまうのだそうだ。やはり遅くまで開けておく需要は無いのだろう。
「グロリアさんのところに行ってたりしないかなぁ、盗まれたお金」
「奥様がお預かりしてイル可能性はありかもしれませんネ、明日屋敷に伺った時、聞いてみましょうカ」
ザワークラウトを丁寧に口に運んで食むパーシー君が、そう言いつつ小さく頷いた。
今日の昼にも一緒に食事をしたから見ているが、この国の人々は野菜をよく食べる。竜人族も、獣人族も。身分の違いで食べるものの内容が変わるのはよくあることだが、食べるものそのものはどの種族も一緒らしい。
とはいえ、私が食事を共にしたことのある獣人族はいずれも、ちゃんと定職についていたり、グロリアさんの庇護下にあったりで、本当に獣人族の一般的な暮らしとは違う暮らしをしているのだろうが。
狼の長い口吻で美味しそうにザワークラウトを食べるパーシー君に微笑ましいものを感じ、腸詰めにフォークを突き刺しながら、私は口を開いた。
「そういえばずっと気になっていたんだけどさ」
「ハイ?」
「この世界って、お葬式はどんなふうにやるものなの?」
私がそう口にした瞬間、パーシー君の表情からスッと色が抜け落ちた。
そのまま、彼の視線があちこちに泳ぐ。困惑しているというより、発する言葉に悩んでいる様子だ。
やがて、僅かに眉をひそめながら、パーシー君の口が開かれる。
「サワさん、その……ハッキリ申し上げますト、そういう話題ハ、こういう時にはチョット」
「駄目だった?」
予想していなかった反応と言葉に、目を見開く私だ。
鼻先をそっとこすりながら、パーシー君の目元が伏せられる。
「ハイ、駄目デス。
サワさんはニホンの方ですカラ、マー大公国の……ひいてはドルテ全体ノ、風習や慣習にはお詳しくナイ。それは仕方のないことデス。
ただ、普段の食事の時ニ……故人の事、葬儀の事を話すことハ、ドルテでは禁忌とされていマス」
「そう……だったんだ」
真面目な口調と表情で話すパーシー君に、私は数瞬言葉に詰まった。
食事時と、葬儀。あんまり結びつかないこれらが、どうしてこの世界ではタブーになるのだろう。そりゃあ、日本でも食事時にする話ではないけれども、葬儀の話なんて。
私の言葉を忘れる様に、振り払うように、パーシー君のナイフが皿の上の厚切りベーコンに入れられた。大きくカットして、フォークで刺す。
「なのでこの話は、後でやりまショウ。まずは食事をするのが先デス」
「……」
ベーコンを口に含むパーシー君の表情が、今までに見たことないくらいに悲しみを帯びていて、私はフォークを動かすことも忘れてその顔から眼を離せずにいたのだった。
「はー美味しかったー、フーグラーって野菜もパンも美味しいけれど、お肉もすごく美味しい」
「マー大公国は草原が広がる土地柄ですノデ、畜産も盛んなのですヨ。特に豚肉が格別デス」
食事を終えて、「ホテルル・サルカム」のロビーにて。私とパーシー君はソファーにゆったりと腰を落ち着けていた。
あの腸詰めはジューシーで味が濃厚で、本当に美味しかった。今のところフーグラーに来てから、食べて「これマズイ!」って思うものに当たったことがない。凄いと思う。
さて、場所が変わり食事時でもなくなったので。私はパーシー君に上目遣いになりながら言葉をかける。
「で、さっき話そうとした、お葬式のこと……なんだけど」
「ハイ。今なら大丈夫デス。ただ……サワさん、話を聞いていて気分が悪くなったラ、すぐに言ってくだサイ」
目尻を下げて再び悲しそうな表情になったパーシー君の言葉に、私は首を傾げた。お葬式の話が、気分が悪くなる話なのだろうか。
「そんなにえぐいの?」
「人によってハ、気分を悪くする場合もあると思いマス。ドルテの外から来テ、その慣習が無い方には特ニ。
ボクのマーマは先代の伯爵様……エイブラム様がお隠れになっテ、葬儀を執り行ったその日から、三日間、肉類を口に出来なくなっていましたカラ」
「えっ……」
頷きながら答えるパーシー君。その答えに私は息を呑んだ。
あれだけ美味しかったお肉を、三日間も口に出来ないとなると相当だ。ショックの大きさが窺える。
パーシー君の手が、彼の胸元に当てられた。自分の胸に手を置きながら、パーシー君はゆっくりと、噛み含めるようにして話し始める。
「まずそもそもの話、ドルテにおいて『人間の血肉を取り込む』ということにハ、特別な意味合いがありマス。
獣人族の婚姻の際ニ互いの血液を舐めさせ合うのは先に話した通りですシ、奴隷を購入した際は主人が新しい奴隷に自らの血を飲ませマス。
生涯続く契約ヤ、重大な約束を行う際、ドルテ人は自らの血を証として用いマス。『人は裏切れても、飲み込んだ血は裏切れない』ということわざもあるくらいデス。
そしてそれは、生きている人だけではナイ。死んだ人との間にも交わされマス」
その説明に私の目が大きく見開かれた。
結婚の証に血を使う風習が、獣人族の中でとはいえ今日まで残っている世界だ。その意味合いが重いのは容易に想像は付く。
しかし、それを生きている人だけでなく、死んだ人との間でも行うということは――予想できる行動は一つしかない。
「えっちょっと待って、それってつまり……」
「そうデス。ボク達にとって葬儀とはすなわチ、死者の肉を喰らうということに他なりまセン」
パーシー君の胸の上の手が、ぐっと握られて腹の上に降りた。
目だけでなく口も大きく開く私に、パーシー君は説明を続ける。
「死んだ人の血肉を取り込ミ、自らと一つとすることデ、その人を心から悼む、哀悼の意を示すことになる、というのが理由デス。
死者の側モ、自らの肉体を多数の人の内に取り込ませることデ、その存在を広く遺すという意味合いもありマス。
皮や鱗を剥ギ、岩塩と白ビール、香草で清めてカラ、イリスの薪で熾した炎で炙った肉を分けて食べル。これが葬儀の中核を担いマス」
「えぇ……ちょ、皮や鱗ってことはなに、竜人族とか短耳族とかもその葬儀をするの!?」
彼の言葉を飲み込んで落とし込んだ私の目が、更に大きく開かれた。
結婚の話がそうだったから、てっきり獣人族のみに残った風習だと勝手に思っていたが、どの種族でも須らく行われているのは予想外だ。
パーシー君の首がゆっくりと、大きく前に倒されて起き上がる。
「その通りデス。竜人族も、長耳族も、短耳族も、獣人族も。半獣だってそうデス。
竜人族は特ニ、よほど身分を落とした方でなければ国葬がされますシ、参列者の数も大きく膨れ上がりマス。町中や国中から、人が集まりますカラ、食べられる肉の総量も多くなりマス。
エイブラム様がお隠れになった際ハ、フーグラー市の市民全員ガ葬儀に参列しましたカラ、そこそこ大柄だったエイブラム様の首から下の肉ガ、全て削がれ食べられましタ。内臓以外、全てデス」
「うっ……」
その言葉に思わず私は口元を覆った。
若干、喉の奥からこみ上げてくるものを感じる。何だろう、吐き気を催したわけではないのだけれど、せり上がってくるこの感覚は。
パーシー君が言葉を区切り、私の背中に手を添えた。
「大丈夫ですカ、サワさん……やはり、この話は日本人には刺激が強いでしょうカ」
「ううん大丈夫、具合を悪くしたわけじゃないんだけど……予想以上に、生々しいなって……」
口元の手を外して深呼吸をしながら、私はパーシー君に小さく笑顔を見せる。
そうして気を取り直して、さらに解説を求める私だ。
「内臓は食べないで、肉だけ食べてってことは、骨は残るの?」
「ハイ。残った身体の骨と内臓ハ、高温の炎で焼かれマス。灰になった骨と内臓は大地に還されますが、角や牙、大きな骨は形が残りマス。
そういった形を残した骨ヲ、家庭で持っているお墓や、国営の墓地、大きな屋敷だとその人物を象った石像の台座の中に納めマス」
パーシー君の説明に、私は首を再び傾げる。
家でお墓を持つのは日本でもやるから分かる。国営墓地があってそこに納まるのも分かる。しかし、その人物を象った石像というのは。
ある意味、個人単位のお墓に近くなるのだろうが、いまいちイメージが掴めない。
「石像? 死んだ人の?」
「歴代の市長トカ、貴族の当主トカは、屋敷の庭に石像を作っテその姿を残すことが多いのですヨ。
フーグラーのお城の庭園にモ、市長を務めた歴代のアータートン伯爵の石像が飾られていマス。エイブラム様の石像も勿論ありマス」
「お城の庭園……」
説明を受けて、私は手元に置いていた鞄から「みるぶ」を取り出した。
最初の方のページ、「古都・フーグラーには観光スポットがいっぱい!」と書かれた見出しの載った見開きページを開いてパーシー君に見せる。
「これだよね、この21、22ページに見開きで大きく載ってるやつ。中に入って見れるんでしょ?」
「そうそう、それデス。庭園は市民に一般開放されていますカラ、明日奥様とお会いした後に行ってみまショウ」
頷くパーシー君に、私は少し明日が楽しみになった。
ブレンドン伯爵は感じの悪い人間だったが、アータートン伯爵家の庭園は写真が綺麗で、「みるぶ」を読んだ時から気になっていたのだ。
私の手から「みるぶ」を取ったパーシー君が、興味深げに彩り鮮やかな庭園の載せられたページを見ている。
「それにしても、ガイドブック……マー大公国のガイドブックですカ? 日本にはそんな本が売られているのですネ」
「んー、私もベンさんの古本屋で見かけて買っただけだからなぁ、これは……」
そうしてフーグラーの観光スポットについて軽く話し、明日の段取りを相談した後。
パーシー君は「おやすみなサイ」と私に言い残し、微笑みながらホテルのロビーを後にしたのだった。
「まさか両替窓口がもうしまってるだなんて……」
「ドルテの貨幣が無いと鞄を買いに行けないですシ、安い買い物でもありませんからネ。明日の朝に両替シテ、それから買いに行きまショウ」
ボイルされた腸詰めをナイフで切って、口に運びながら肩を落とす私に、ザワークラウトのような付け合わせのキャベツをフォークで掬いながらパーシー君が鼻を鳴らした。
本当はホテル横の銀行で両替をして、そこからヘルトリング通りに戻って鞄屋に行く予定だったのだが、見通しが甘かった。
聞けば、銀行の両替窓口は午後4時でしまってしまうのだそうだ。やはり遅くまで開けておく需要は無いのだろう。
「グロリアさんのところに行ってたりしないかなぁ、盗まれたお金」
「奥様がお預かりしてイル可能性はありかもしれませんネ、明日屋敷に伺った時、聞いてみましょうカ」
ザワークラウトを丁寧に口に運んで食むパーシー君が、そう言いつつ小さく頷いた。
今日の昼にも一緒に食事をしたから見ているが、この国の人々は野菜をよく食べる。竜人族も、獣人族も。身分の違いで食べるものの内容が変わるのはよくあることだが、食べるものそのものはどの種族も一緒らしい。
とはいえ、私が食事を共にしたことのある獣人族はいずれも、ちゃんと定職についていたり、グロリアさんの庇護下にあったりで、本当に獣人族の一般的な暮らしとは違う暮らしをしているのだろうが。
狼の長い口吻で美味しそうにザワークラウトを食べるパーシー君に微笑ましいものを感じ、腸詰めにフォークを突き刺しながら、私は口を開いた。
「そういえばずっと気になっていたんだけどさ」
「ハイ?」
「この世界って、お葬式はどんなふうにやるものなの?」
私がそう口にした瞬間、パーシー君の表情からスッと色が抜け落ちた。
そのまま、彼の視線があちこちに泳ぐ。困惑しているというより、発する言葉に悩んでいる様子だ。
やがて、僅かに眉をひそめながら、パーシー君の口が開かれる。
「サワさん、その……ハッキリ申し上げますト、そういう話題ハ、こういう時にはチョット」
「駄目だった?」
予想していなかった反応と言葉に、目を見開く私だ。
鼻先をそっとこすりながら、パーシー君の目元が伏せられる。
「ハイ、駄目デス。
サワさんはニホンの方ですカラ、マー大公国の……ひいてはドルテ全体ノ、風習や慣習にはお詳しくナイ。それは仕方のないことデス。
ただ、普段の食事の時ニ……故人の事、葬儀の事を話すことハ、ドルテでは禁忌とされていマス」
「そう……だったんだ」
真面目な口調と表情で話すパーシー君に、私は数瞬言葉に詰まった。
食事時と、葬儀。あんまり結びつかないこれらが、どうしてこの世界ではタブーになるのだろう。そりゃあ、日本でも食事時にする話ではないけれども、葬儀の話なんて。
私の言葉を忘れる様に、振り払うように、パーシー君のナイフが皿の上の厚切りベーコンに入れられた。大きくカットして、フォークで刺す。
「なのでこの話は、後でやりまショウ。まずは食事をするのが先デス」
「……」
ベーコンを口に含むパーシー君の表情が、今までに見たことないくらいに悲しみを帯びていて、私はフォークを動かすことも忘れてその顔から眼を離せずにいたのだった。
「はー美味しかったー、フーグラーって野菜もパンも美味しいけれど、お肉もすごく美味しい」
「マー大公国は草原が広がる土地柄ですノデ、畜産も盛んなのですヨ。特に豚肉が格別デス」
食事を終えて、「ホテルル・サルカム」のロビーにて。私とパーシー君はソファーにゆったりと腰を落ち着けていた。
あの腸詰めはジューシーで味が濃厚で、本当に美味しかった。今のところフーグラーに来てから、食べて「これマズイ!」って思うものに当たったことがない。凄いと思う。
さて、場所が変わり食事時でもなくなったので。私はパーシー君に上目遣いになりながら言葉をかける。
「で、さっき話そうとした、お葬式のこと……なんだけど」
「ハイ。今なら大丈夫デス。ただ……サワさん、話を聞いていて気分が悪くなったラ、すぐに言ってくだサイ」
目尻を下げて再び悲しそうな表情になったパーシー君の言葉に、私は首を傾げた。お葬式の話が、気分が悪くなる話なのだろうか。
「そんなにえぐいの?」
「人によってハ、気分を悪くする場合もあると思いマス。ドルテの外から来テ、その慣習が無い方には特ニ。
ボクのマーマは先代の伯爵様……エイブラム様がお隠れになっテ、葬儀を執り行ったその日から、三日間、肉類を口に出来なくなっていましたカラ」
「えっ……」
頷きながら答えるパーシー君。その答えに私は息を呑んだ。
あれだけ美味しかったお肉を、三日間も口に出来ないとなると相当だ。ショックの大きさが窺える。
パーシー君の手が、彼の胸元に当てられた。自分の胸に手を置きながら、パーシー君はゆっくりと、噛み含めるようにして話し始める。
「まずそもそもの話、ドルテにおいて『人間の血肉を取り込む』ということにハ、特別な意味合いがありマス。
獣人族の婚姻の際ニ互いの血液を舐めさせ合うのは先に話した通りですシ、奴隷を購入した際は主人が新しい奴隷に自らの血を飲ませマス。
生涯続く契約ヤ、重大な約束を行う際、ドルテ人は自らの血を証として用いマス。『人は裏切れても、飲み込んだ血は裏切れない』ということわざもあるくらいデス。
そしてそれは、生きている人だけではナイ。死んだ人との間にも交わされマス」
その説明に私の目が大きく見開かれた。
結婚の証に血を使う風習が、獣人族の中でとはいえ今日まで残っている世界だ。その意味合いが重いのは容易に想像は付く。
しかし、それを生きている人だけでなく、死んだ人との間でも行うということは――予想できる行動は一つしかない。
「えっちょっと待って、それってつまり……」
「そうデス。ボク達にとって葬儀とはすなわチ、死者の肉を喰らうということに他なりまセン」
パーシー君の胸の上の手が、ぐっと握られて腹の上に降りた。
目だけでなく口も大きく開く私に、パーシー君は説明を続ける。
「死んだ人の血肉を取り込ミ、自らと一つとすることデ、その人を心から悼む、哀悼の意を示すことになる、というのが理由デス。
死者の側モ、自らの肉体を多数の人の内に取り込ませることデ、その存在を広く遺すという意味合いもありマス。
皮や鱗を剥ギ、岩塩と白ビール、香草で清めてカラ、イリスの薪で熾した炎で炙った肉を分けて食べル。これが葬儀の中核を担いマス」
「えぇ……ちょ、皮や鱗ってことはなに、竜人族とか短耳族とかもその葬儀をするの!?」
彼の言葉を飲み込んで落とし込んだ私の目が、更に大きく開かれた。
結婚の話がそうだったから、てっきり獣人族のみに残った風習だと勝手に思っていたが、どの種族でも須らく行われているのは予想外だ。
パーシー君の首がゆっくりと、大きく前に倒されて起き上がる。
「その通りデス。竜人族も、長耳族も、短耳族も、獣人族も。半獣だってそうデス。
竜人族は特ニ、よほど身分を落とした方でなければ国葬がされますシ、参列者の数も大きく膨れ上がりマス。町中や国中から、人が集まりますカラ、食べられる肉の総量も多くなりマス。
エイブラム様がお隠れになった際ハ、フーグラー市の市民全員ガ葬儀に参列しましたカラ、そこそこ大柄だったエイブラム様の首から下の肉ガ、全て削がれ食べられましタ。内臓以外、全てデス」
「うっ……」
その言葉に思わず私は口元を覆った。
若干、喉の奥からこみ上げてくるものを感じる。何だろう、吐き気を催したわけではないのだけれど、せり上がってくるこの感覚は。
パーシー君が言葉を区切り、私の背中に手を添えた。
「大丈夫ですカ、サワさん……やはり、この話は日本人には刺激が強いでしょうカ」
「ううん大丈夫、具合を悪くしたわけじゃないんだけど……予想以上に、生々しいなって……」
口元の手を外して深呼吸をしながら、私はパーシー君に小さく笑顔を見せる。
そうして気を取り直して、さらに解説を求める私だ。
「内臓は食べないで、肉だけ食べてってことは、骨は残るの?」
「ハイ。残った身体の骨と内臓ハ、高温の炎で焼かれマス。灰になった骨と内臓は大地に還されますが、角や牙、大きな骨は形が残りマス。
そういった形を残した骨ヲ、家庭で持っているお墓や、国営の墓地、大きな屋敷だとその人物を象った石像の台座の中に納めマス」
パーシー君の説明に、私は首を再び傾げる。
家でお墓を持つのは日本でもやるから分かる。国営墓地があってそこに納まるのも分かる。しかし、その人物を象った石像というのは。
ある意味、個人単位のお墓に近くなるのだろうが、いまいちイメージが掴めない。
「石像? 死んだ人の?」
「歴代の市長トカ、貴族の当主トカは、屋敷の庭に石像を作っテその姿を残すことが多いのですヨ。
フーグラーのお城の庭園にモ、市長を務めた歴代のアータートン伯爵の石像が飾られていマス。エイブラム様の石像も勿論ありマス」
「お城の庭園……」
説明を受けて、私は手元に置いていた鞄から「みるぶ」を取り出した。
最初の方のページ、「古都・フーグラーには観光スポットがいっぱい!」と書かれた見出しの載った見開きページを開いてパーシー君に見せる。
「これだよね、この21、22ページに見開きで大きく載ってるやつ。中に入って見れるんでしょ?」
「そうそう、それデス。庭園は市民に一般開放されていますカラ、明日奥様とお会いした後に行ってみまショウ」
頷くパーシー君に、私は少し明日が楽しみになった。
ブレンドン伯爵は感じの悪い人間だったが、アータートン伯爵家の庭園は写真が綺麗で、「みるぶ」を読んだ時から気になっていたのだ。
私の手から「みるぶ」を取ったパーシー君が、興味深げに彩り鮮やかな庭園の載せられたページを見ている。
「それにしても、ガイドブック……マー大公国のガイドブックですカ? 日本にはそんな本が売られているのですネ」
「んー、私もベンさんの古本屋で見かけて買っただけだからなぁ、これは……」
そうしてフーグラーの観光スポットについて軽く話し、明日の段取りを相談した後。
パーシー君は「おやすみなサイ」と私に言い残し、微笑みながらホテルのロビーを後にしたのだった。
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