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第1章 古本屋を出たら異世界でした
第7話 貴族階級に蔓延る闇の話
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日本語の分かるウェイトレスさんの存在に驚く私とベンさんだったが、そうしている間にも頼んだ料理は次々と運ばれてくる。
ベンさんには先ほどのジャガイモスープと、鴨肉のロースト。私には蒸し野菜とフライドチキン。どれも出来立てで熱々、ほかほかの湯気が立っている。
そしてそれらの料理を運んでくるのは、決まってあの犬を思わせる顔がかわいい獣人族のウェイトレスさんだった。
彼女の名前はパメラ。パメラ・ユウナガ=レストン。ユウナガは日本人のお母さんの名字だそうだ。
「じゃあ、パメラちゃんは、ここで働き始めたのは最近なんだ」
「ハイ。二月前マデハ、パーパ、マーマ、フラーテト一緒ニ、竜人族ノオウチデ、働イテタ」
「はー……で、そのフラーテ――お兄ちゃんってのが」
「そう、僕が手配して、明日会うことになっている、ミノリちゃんのガイド兼通訳ってわけ」
そう言って、ベンさんは切り分けた鴨肉を口に運ぶと、傍らの鞄から一枚の紙を取り出して私に手渡した。
履歴書や経歴書のようなその紙に書かれた内容を、私は理解できないけれど、ベンさんが日本語で書き加えてくれていた箇所に目を走らせることで、大体の内容を読み取ることが出来た。
パーシー・ユウナガ=レストン。24歳。狼の獣人族。獣人族の父と短耳族で日本人の母を持ち、妹が一人。
二ヶ月前までさる貴族の屋敷で下働きをしていたが一家ごと放逐され、現在はフーグラー市の市営商会で父と一緒に働いている、とのことだ。
ということは目の前のパメラちゃんも狼の獣人族なのか。犬かと思っていた。
「凄い偶然ですよね……でもなんで、ベンさんはそんなに彼女のことを知ってるんですか?」
「ワタシ、アガターサンノオ店、何度カ行ッテル。マーマト一緒ニ」
「まぁ、そういうこと。パメラちゃんのお母さん――アサミさんも、ミノリちゃんと同様に『湯島堂書店』にお客さんとしてやって来て、こっちに転移してきたんだ。
最近お店に来てなかったから心配していたけれど、まさかパメラちゃんが、ここで働いているとはねぇ。
アサミさんも、ここで働いているの?」
まるで祖父が孫にそうするように、優しく微笑みかけながらパメラちゃんに声をかけるベンさん。
しかしパメラちゃんは、ふるふると首を振った。
「マーマ、今、仕事シテナイ。Boala……病気シテ、休ンデル」
「病気……?」
気になる単語がパメラちゃんの口から零れ出た。フライドチキンを頬張りながら目を見開く私の向こう側の席で、ベンさんが腕を組んで唸る。
「なるほどねぇ、あれ、まだ長引いていたか……やっぱり先代のアータートン伯がお隠れになったのが大きいなぁ。
先代は差別意識の無いお方だったし、面倒見の良い方だったから、病気をしたアサミさんにも医者を付けたりと、よくしてくれてたんだけどねぇ。
跡を継いだ弟君が随分な保守派でねぇ。おかげで首を切られて一家丸ごと追い出された短耳族や獣人族の下働きが多かったんだ」
「そんな……ひどい話ですね」
ベンさんの話に眉を顰める私である。解雇するにしたって理由がなんとも理不尽だ。日本だったら訴えを起こされてもおかしくない。
しかしパメラちゃんはそんな理不尽を感じさせないように、気丈に私に笑ってみせる。
「前ノ旦那様ノ奥様ガ、仕事ノ紹介、シテクレタ。オカゲデマーマガ働ケナクテモ、生キテイケル。
デモ、パーパモ、フラーテモ、ギルドノオ仕事、毎日イツモ忙シイ」
「なるほど、そこに私のガイド兼通訳の仕事が舞い込んできたわけか」
パメラちゃんの言葉に、私は何度か頷いて改めて経歴書に視線を落とした。
普段どんな仕事をしているのかは私には想像がつかないが、きっと母や妹を養うために激務を強いられているのだろう。
そんな中に舞い込んだ、旅行者のガイドという自身のスキルを活かせる仕事。渡りに船だったことは想像に難くない。
ベンさんも満足そうに、口元に笑みを浮かべながら口を開いた。
「パーシー君なら日本語もだいぶ喋れるし、先代のアータートン伯が礼儀や振る舞い方、教育を仕込んでくださったから、考え方もしっかりしているしね。
獣人族であるとは言え、市営商会所属のフーグラー城から放逐された身元のしっかりしている人材を、無期限80アルギンで契約できたのは幸運と言っていい」
「竜人族……この世界の貴族階級、でしたっけ。やっぱりそこで働いていたっていう実績って強いです?」
私は今日の昼にベンさんからレクチャーされた種族の階級を思い返しながら問いかける。果たしてベンさんは大きく頷いた。
「そりゃあ強いとも。立身出世の一番の近道だからね。
雇ってくれた竜人族の主人に気に入ってもらい、大きな町の要所の仕事を口利きしてもらう、という流れが、この国で成り上がるためには一般的な流れになる。地球で言ったら、一部上場企業への就職のようなものだよ。
雇う側もちゃんとした人間、素性の明らかになっている人間を雇いたいからね……勿論、主人が真っ当な考えを持っているなら、だけど」
「……あー」
含みのあるベンさんの言い方に、何となしに言いたい内容を察した私である。
生まれた時から特権階級を約束され、しかもよほどのことがなければそれを剥奪されることのない環境だ。内部が腐敗していたとしても不思議じゃない。
むしろ、獣人種であるパーシー君やパメラちゃんにも平等に接し、適切な教育を施していた先代のアータートン伯爵という人物が珍しい部類なのだろう。
今代の伯爵だって、保守派で差別意識があるというだけだ。案外、それが貴族の在り方として一般的なのかもしれない。
ベンさんが額に指を置きながらため息をついた。
「まぁ、ある程度の察しはつくよね、ここまでの話を聞いたら。
立身出世の道を付けることを餌にして人をかき集め、使い捨てたり苛め抜いたりするような貴族は、やっぱりある程度はいるよ、この国にも。
酷いのになると自身の欲望のはけ口に使って、壊れるまで使い切って、後はポイ、なんて事例も聞かない話じゃない……その犠牲になるのは、いつだって立場の弱い短耳族や、獣人族だ」
「日本にだってありますもんねー、そういうの……病気の人とか、身寄りのない子供とか、被害に遭ってますし」
力なく零した私を見て、パメラちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「"ニホン"モ、獣人族ミタイニ、弱イ人、イル?」
「ん……そうね。ある程度はね」
「Oh……」
苦笑する私の顔を見て、パメラちゃんは信じられないという風にため息をこぼした。
と、そこでパメラの後ろに別の獣人族のウェイトレスが立った。年長者なのだろう、山猫らしい姿をした彼女はパメラちゃんよりも頭一つ以上大きい。
眉間にしわを寄せて、山猫のウェイトレスはパメラちゃんに厳しい口調で言葉を投げる。
「Pamela! Despre ce vorbesti? Reveniti la lucru in curand!」
「Da, imi pare rau. ゴメンナサイ、仕事ニ戻ラナキャ」
「うん、ごめんね長々と引き留めちゃって。ありがとうパメラちゃん」
背中を叩かれながらもこちらに頭を下げるパメラちゃんに、ベンさんが改めてにこりと笑った。
私も一緒に笑いかけながら、パメラちゃんと山猫のウェイトレスに小さく頭を下げる。
山猫のウェイトレスに付き添われるようにして、こちらに背を向けるパメラちゃん。だが、テーブルを離れる間際に、私の方に視線を向けて、彼女は小さく告げた。
「ミノリ。フラーテヲ……宜シク、オ願イシマス」
「あっ……うん」
置手紙のように残された言葉に、慌てて返事を返しながら頷いた頃には、パメラちゃんの背中はもうだいぶテーブルから離れている。
どんどん小さくなって、やがて厨房に消えていくその背中を、私はどうしてか目を離すことが出来なくて、ベンさんに声をかけられるまで暫くの間じっとそちらを見つめていた。
ベンさんには先ほどのジャガイモスープと、鴨肉のロースト。私には蒸し野菜とフライドチキン。どれも出来立てで熱々、ほかほかの湯気が立っている。
そしてそれらの料理を運んでくるのは、決まってあの犬を思わせる顔がかわいい獣人族のウェイトレスさんだった。
彼女の名前はパメラ。パメラ・ユウナガ=レストン。ユウナガは日本人のお母さんの名字だそうだ。
「じゃあ、パメラちゃんは、ここで働き始めたのは最近なんだ」
「ハイ。二月前マデハ、パーパ、マーマ、フラーテト一緒ニ、竜人族ノオウチデ、働イテタ」
「はー……で、そのフラーテ――お兄ちゃんってのが」
「そう、僕が手配して、明日会うことになっている、ミノリちゃんのガイド兼通訳ってわけ」
そう言って、ベンさんは切り分けた鴨肉を口に運ぶと、傍らの鞄から一枚の紙を取り出して私に手渡した。
履歴書や経歴書のようなその紙に書かれた内容を、私は理解できないけれど、ベンさんが日本語で書き加えてくれていた箇所に目を走らせることで、大体の内容を読み取ることが出来た。
パーシー・ユウナガ=レストン。24歳。狼の獣人族。獣人族の父と短耳族で日本人の母を持ち、妹が一人。
二ヶ月前までさる貴族の屋敷で下働きをしていたが一家ごと放逐され、現在はフーグラー市の市営商会で父と一緒に働いている、とのことだ。
ということは目の前のパメラちゃんも狼の獣人族なのか。犬かと思っていた。
「凄い偶然ですよね……でもなんで、ベンさんはそんなに彼女のことを知ってるんですか?」
「ワタシ、アガターサンノオ店、何度カ行ッテル。マーマト一緒ニ」
「まぁ、そういうこと。パメラちゃんのお母さん――アサミさんも、ミノリちゃんと同様に『湯島堂書店』にお客さんとしてやって来て、こっちに転移してきたんだ。
最近お店に来てなかったから心配していたけれど、まさかパメラちゃんが、ここで働いているとはねぇ。
アサミさんも、ここで働いているの?」
まるで祖父が孫にそうするように、優しく微笑みかけながらパメラちゃんに声をかけるベンさん。
しかしパメラちゃんは、ふるふると首を振った。
「マーマ、今、仕事シテナイ。Boala……病気シテ、休ンデル」
「病気……?」
気になる単語がパメラちゃんの口から零れ出た。フライドチキンを頬張りながら目を見開く私の向こう側の席で、ベンさんが腕を組んで唸る。
「なるほどねぇ、あれ、まだ長引いていたか……やっぱり先代のアータートン伯がお隠れになったのが大きいなぁ。
先代は差別意識の無いお方だったし、面倒見の良い方だったから、病気をしたアサミさんにも医者を付けたりと、よくしてくれてたんだけどねぇ。
跡を継いだ弟君が随分な保守派でねぇ。おかげで首を切られて一家丸ごと追い出された短耳族や獣人族の下働きが多かったんだ」
「そんな……ひどい話ですね」
ベンさんの話に眉を顰める私である。解雇するにしたって理由がなんとも理不尽だ。日本だったら訴えを起こされてもおかしくない。
しかしパメラちゃんはそんな理不尽を感じさせないように、気丈に私に笑ってみせる。
「前ノ旦那様ノ奥様ガ、仕事ノ紹介、シテクレタ。オカゲデマーマガ働ケナクテモ、生キテイケル。
デモ、パーパモ、フラーテモ、ギルドノオ仕事、毎日イツモ忙シイ」
「なるほど、そこに私のガイド兼通訳の仕事が舞い込んできたわけか」
パメラちゃんの言葉に、私は何度か頷いて改めて経歴書に視線を落とした。
普段どんな仕事をしているのかは私には想像がつかないが、きっと母や妹を養うために激務を強いられているのだろう。
そんな中に舞い込んだ、旅行者のガイドという自身のスキルを活かせる仕事。渡りに船だったことは想像に難くない。
ベンさんも満足そうに、口元に笑みを浮かべながら口を開いた。
「パーシー君なら日本語もだいぶ喋れるし、先代のアータートン伯が礼儀や振る舞い方、教育を仕込んでくださったから、考え方もしっかりしているしね。
獣人族であるとは言え、市営商会所属のフーグラー城から放逐された身元のしっかりしている人材を、無期限80アルギンで契約できたのは幸運と言っていい」
「竜人族……この世界の貴族階級、でしたっけ。やっぱりそこで働いていたっていう実績って強いです?」
私は今日の昼にベンさんからレクチャーされた種族の階級を思い返しながら問いかける。果たしてベンさんは大きく頷いた。
「そりゃあ強いとも。立身出世の一番の近道だからね。
雇ってくれた竜人族の主人に気に入ってもらい、大きな町の要所の仕事を口利きしてもらう、という流れが、この国で成り上がるためには一般的な流れになる。地球で言ったら、一部上場企業への就職のようなものだよ。
雇う側もちゃんとした人間、素性の明らかになっている人間を雇いたいからね……勿論、主人が真っ当な考えを持っているなら、だけど」
「……あー」
含みのあるベンさんの言い方に、何となしに言いたい内容を察した私である。
生まれた時から特権階級を約束され、しかもよほどのことがなければそれを剥奪されることのない環境だ。内部が腐敗していたとしても不思議じゃない。
むしろ、獣人種であるパーシー君やパメラちゃんにも平等に接し、適切な教育を施していた先代のアータートン伯爵という人物が珍しい部類なのだろう。
今代の伯爵だって、保守派で差別意識があるというだけだ。案外、それが貴族の在り方として一般的なのかもしれない。
ベンさんが額に指を置きながらため息をついた。
「まぁ、ある程度の察しはつくよね、ここまでの話を聞いたら。
立身出世の道を付けることを餌にして人をかき集め、使い捨てたり苛め抜いたりするような貴族は、やっぱりある程度はいるよ、この国にも。
酷いのになると自身の欲望のはけ口に使って、壊れるまで使い切って、後はポイ、なんて事例も聞かない話じゃない……その犠牲になるのは、いつだって立場の弱い短耳族や、獣人族だ」
「日本にだってありますもんねー、そういうの……病気の人とか、身寄りのない子供とか、被害に遭ってますし」
力なく零した私を見て、パメラちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「"ニホン"モ、獣人族ミタイニ、弱イ人、イル?」
「ん……そうね。ある程度はね」
「Oh……」
苦笑する私の顔を見て、パメラちゃんは信じられないという風にため息をこぼした。
と、そこでパメラの後ろに別の獣人族のウェイトレスが立った。年長者なのだろう、山猫らしい姿をした彼女はパメラちゃんよりも頭一つ以上大きい。
眉間にしわを寄せて、山猫のウェイトレスはパメラちゃんに厳しい口調で言葉を投げる。
「Pamela! Despre ce vorbesti? Reveniti la lucru in curand!」
「Da, imi pare rau. ゴメンナサイ、仕事ニ戻ラナキャ」
「うん、ごめんね長々と引き留めちゃって。ありがとうパメラちゃん」
背中を叩かれながらもこちらに頭を下げるパメラちゃんに、ベンさんが改めてにこりと笑った。
私も一緒に笑いかけながら、パメラちゃんと山猫のウェイトレスに小さく頭を下げる。
山猫のウェイトレスに付き添われるようにして、こちらに背を向けるパメラちゃん。だが、テーブルを離れる間際に、私の方に視線を向けて、彼女は小さく告げた。
「ミノリ。フラーテヲ……宜シク、オ願イシマス」
「あっ……うん」
置手紙のように残された言葉に、慌てて返事を返しながら頷いた頃には、パメラちゃんの背中はもうだいぶテーブルから離れている。
どんどん小さくなって、やがて厨房に消えていくその背中を、私はどうしてか目を離すことが出来なくて、ベンさんに声をかけられるまで暫くの間じっとそちらを見つめていた。
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