サラリーマン符術士~試験課の慌ただしい日々~

八百十三

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第3章 日本の魔物と符術士の権利

第33話 人魔交流

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 腕を移植された、その日の午後三時過ぎ。
 俺はA棟4階にある、談話室の扉をゆっくり開けた。

「失礼しまーっす」

 挨拶をしながら中に入る。と、既に入室していて談笑していた患者たちの視線が、俺へと向いた。
 人間も魔物も、分け隔てなく交流している様子。そして俺に一番近いところのテーブルに座っていた三人の魔物が、こちらに向かって手を振った。

「ああ、405号室の若いのか!」
「おいでおいで、こっち空いてるから」

 それぞれ、蜥蜴人リザードマン巨鱗鳥シャンタク猫小人ケットシー。見た感じ全員壮年の男性らしい。
 しかし、三人とも俺とは面識がないはずだ。それにしては随分と親し気というか、馴れ馴れしいというか。居心地の悪さを覚えながらも、俺は誘われた席に腰かけた。

「どうもっす……えーと、すんません皆さんは」

 ぺこりと頭を下げながら問いかけると、まるまるとした腹を叩きながら蜥蜴人リザードマンの男性が磊落に笑った。

「はっはっは、そりゃそうだ、入院して二日三日じゃ、顔も覚えらんないわな」
「鷹嘴さんと同室の符術士の方、ということで、我々は存じてますけれどね、あちらから認識されているとは言い難い」

 猫小人ケットシーの男性がカップ式自動販売機で買ったと思われるコーヒーを飲みながら、丁寧な口調で話す。俺が有名というよりは、鷹嘴さんが有名で、それに伴って知られている、ということか。
 何かを納得した俺の前で、三人が俺へと向き直る。

「じゃ、改めて。俺が416号室の鮫島さめじまだ」

 蜥蜴人リザードマン――鮫島さんがまず名乗り。

「僕が502号室の弓田ゆみたです。よろしく」

 その隣に座る巨鱗鳥シャンタク――弓田さんが頭を下げ。

「私は503号室の赤川あかがわと申します。初めまして」

 最後に俺の隣に座る猫小人ケットシー――赤川さんが俺へと笑いかけた。
 魔物がしたとは思えない、丁寧な自己紹介。しかしこの病院に入院している時点で、彼らはつまりそういうこと・・・・・・だ。慌てて俺も大きく頭を下げる。

「えっと、405号室の交野っす。よろしくお願いします……」
「おう、そんな畏まらんくていい! 若いんだから! はっはっは」
「鮫島さんがあけっぴろげすぎるんですよ、もう」
「ほどほどが良いかと思います。交野さんが困っていらっしゃる」

 身を乗り出して俺の肩を叩く鮫島さんを、弓田さんが困ったように笑いながら諫めた。赤川さんはもう一度コーヒーに口をつけながら醒めた目をしている。
 この三名はどうも、そこそこ親しい間柄のようだ。体格も、種類も大きく違うが、日本国民であるのは、きっと一緒なのだろう。
 もう一度小さく頭を下げながら、上目遣いで俺は三人を見る。

「はあ、その、どもっす。で、不躾ぶしつけで申し訳ないんっすけど……」

 俺の言葉に、鮫島さんと赤川さんが面白そうに笑って。その笑顔に申し訳なさを感じながら、俺は率直に問うた。

魔物・・なんっすよね? 皆さん」

 魔物。
 捉えようによっては不躾どころか失礼な言葉だが、三人は特に気分を害したわけではなさそうだ。こんな質問、それこそ慣れているのだろう。
 鮫島さんが再び笑いながら、椅子の背もたれに身を預けた。

「はっはっは。まぁそういうこったな」
「鮫島さんは魔素症深度四の患者さんなので、厳密にはちょっと違いますけどね」
「私と弓田さんは、どちらも日本生まれの魔物となります」

 そう話して、弓田さんと赤川さんも目元を緩めた。
 曰く、三人ともが符術士派遣会社の関東退魔株式会社に勤めていて、鮫島さんは国際ライセンスA級の前衛型符術士、弓田さんはオペレーター職、赤川さんは事務職なのだという。道理で互いに親し気にしているわけだ。
 今は日本国内の魔物に一年に一度義務付けられている、定期健診のための入院中なのだという。そういえばそんなシステムがあるんだったか。
 あっけらかんと魔物だと認めた三人に、俺は三度頭を下げた。

「あー……その、すんません、センシティブな話題だったっすか」
「いやもう全然」
「日本は魔物にも権利が手厚く認められていますから、いいですよね」

 俺の言葉に首を振りながら、弓田さんと赤川さんが話す。そうして二人が視線を向けるのは鮫島さんの方だ。
 話を振られた鮫島さんが、テーブルに腕を乗せながらにやりと笑う。

「おうそうだぞ。俺がベトナムで仕事してて、軽く病気にかかっちまった時なんざ、大変だったんだからな。聞くか?」
「もう、鮫島さん、またその話ですか」
「何度もされてもう耳タコですよね」

 彼の言葉に、弓田さんと赤川さんが揃って肩をすくめた。同じ会社の人間だということだし、きっと飲み会の席なんかでもしょっちゅう話す話題なのだろう。定番のネタ、というやつだ。
 既に耳タコだという弓田さんと赤川さんに申し訳なさを感じながら、俺は僅かに身を乗り出す。

「いや、でも、興味あるっす。東南アジアの方だとまだまだ法整備が進んでないって聞くっすけど、やっぱそうなんっすか?」

 俺も専門学校の授業で習ったことはあるのだ。日本は特に、魔物への差別をせずに平等に権利が認められている国だ、と。
 逆を言えば世界にはまだまだ魔物差別が横行し、法による保護が行き届いていない国はたくさんあるのだ。東南アジアなどの発展途上国では特にそうだ。
 鮫島さんが大きく頷きながら口を開く。

「おう、ベトナムはまだまだ魔物差別が横行しててなぁ。俺が行って病気をやったのが十二年前だが、符術士の国際ライセンスもパスポートも見せてんのに『動物病院に行け』の一点張りよ。結局日本大使館に助けを求めて、国営病院を紹介してもらって何とかなったんだが」
「えー……それ、町の小さな病院で、とかじゃ……ないんっすよね、話を聞く限りだと」

 話を聞きながら、げっそりとする俺だ。何と言うか、予想以上に生々しい。
 確かに、「魔物が病気したら動物病院に連れていけ」という人間はいる。しかし日本ではそういうことを声高に言う人はおらず、いても「魔物を診れる病院に行ってほしい」がせいぜいだ。
 ところが日本の外では、声高に言う人がまだまだいるのだ。だから政府も、魔素症深度四の人や日本生まれの魔物の人に向けて、「海外への渡航は注意してください」と発表している。
 俺の発した言葉に、弓田さんも赤川さんも頭を振る。

「ないんですね。私営のそこそこ大きい病院で……まあ、鮫島さんその時は、急性の胃腸炎だったということで、そこまで大ごとではなかったことが幸いしましたが」
「東南アジアで、発信チップを入れていれば安心して街中を歩けるのはシンガポールくらいですね。他はもう、人間の方が同行していても安心できません」

 弓田さんの言葉の後を継ぎながら、溜め息をつく赤川さんが再びコーヒーに口をつけた。
 彼らも彼らで生まれついての魔物だから、苦労したこともきっと多いだろう。日本国内だからいろいろと守られているし周囲の人間の理解もあるだろうが、国外ではそうも言っていられない。
 鮫島さんは符術士だから特に、国外に出なければならないことも多いだろう。自分の額をトン、と叩きながら、彼が再び口を開く。

「俺は絶望したね。そんときゃまだ深度三だったが、それでもあっちじゃ人間扱いしちゃもらえねぇ。今じゃ海外の仕事はそこまで振られないように配慮してもらっているが……今でも、ヨーロッパに仕事に行った時、時々変な目で見られることはあるからな」

 そうぼやく鮫島さんに、俺は悲しい表情をするのを抑えられなかった。
 やはりまだまだ、完全に魔物になった人間や、魔物として生まれた者の権利は充分ではない。今のこの時代になって、魔素症のことが一般常識になってもまだ、足りないところには足りないのだ。
 意気消沈する俺へと、弓田さんが視線を向けてくる。

「交野さんも、符術士なんですよね? 気を付けてくださいね、国外に仕事に出る時、魔物の姿だと不利になることって絶対ありますから」
「はい。その腕も、じきに外皮形成して人間のものになるだろうと思いますが、気を付けるといいでしょう」
「あー……」

 赤川さんも俺の腕に目を向けながら話を振ってくる。それに対し、その半分くらいウェアウルフの腕で頬をかきながら、俺は言葉を濁した。
 これで、俺がグレード4キャリアだ、魔物になる心配はないなんて言い出したら、絶対に話がこじれるだろう。完全に魔物な人の前で言うことじゃない。
 なので、表情を緩めながら俺は再び頭を下げた。

「……そうっすね、ありがとうございます」
「おう、気を付けろよ。今のうちに鷹嘴さんに色々教えてもらえ! はっはっは」

 お礼を言う俺へと、鮫島さんが豪快に笑う。この人は随分と笑う人だ。だがその細かいことを気にしない豪胆さが、好ましくもあった。
 鷹嘴さんが戻ってきたら、いろいろ話を聞かせてもらおう。
 そう心の中で思ったところで、鮫島さんが笑顔を浮かべたままで目をにやりと細めた。

「魔物と言えばよ、若いの」
「はい?」

 突然話を振られて、首を傾げる俺に。
 彼は細かい鱗に覆われた顔に悪戯っぽい笑みを浮かべ、牙を見せて笑いながら、こう言うのだった。

「お前、『異世界出身の魔物・・・・・・・・』がこの病院に入院してるって話、知ってるか?」
「……はい??」
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