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第2章 苦悩する男と人狼騎士
第13話 白狼封印
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顔合わせを終えた俺、牟礼さん、社長、レイラさんの四人は、工房地下二階の訓練室に降りてきていた。
持参していた鞄を訓練室の壁際に置き、靴を脱いだレイラさんが、手の内に一枚の護符を握る。和紙製で、表面に朱色の様々な漢字と魔法陣が描かれた護符。アルテスタの護符に刻印されている黄金の竜の横顔は、まだこれにはない。
そいつを額に当てて、レイラさんは瞳を閉じた。そして凛とした声で叫ぶ。
「爪牙疾走、白狼来来!」
淀みの無い、しかし若干イントネーションに外国人らしさを残したレイラさんの声が響くや、タイトなスーツをまとった彼女の身体が光に包まれる。
一瞬生じたまばゆい光が収まると、人間の美女の姿はそこには無く。
スーツに身を包んでいるのは変わらずとも、元の髪色と同じく淡く青みがかかった白銀の被毛に全身を覆われ、透き通るような碧玉の瞳を持った、長い口吻と毛量の豊かな尻尾を備えた一匹のウェアウルフが、そこに立っていた。
魔獣化。アルテスタが世に送り出す護符の中でも飛びぬけて特殊な護符の、その原型。
そして、全くの人間の俺から見ても、美麗という言葉がふさわしいウェアウルフは、額に寄せていた護符をゆっくりと離して社長と牟礼さんに視線を向けた。
「どうかしら、リューゾー、タカシ。貴方たちの目から見て、私の今の状況は」
声も、口調も、人間の時と全く同じ、しかし姿かたちを大きく変えたレイラさんが、腰に手を当てつつこちらを見ている。
水を向けられた社長と牟礼さんが、揃って「うーん」と唸っていた。
「効果自体に問題は無い、だが……」
「……そうですね、忌憚のない意見を、言わせていただいても?」
「いいわよ、そういう意見を聞きに来たんだから。ゲンキも、何か気付いたことがあれば言ってちょうだい」
「えっ……」
唐突に話を振られて、困惑の色をにじませる俺だ。
正直なところ、レイラ・ガヴリーロヴナ・ルウェリンのことは写真やテレビでしか見たことがない。彼女の変身した姿を直接目にするのは、これが初めてだ。
このウェアウルフの姿でファッションモデルまでやっているというのだからすごい話だとは思うが、俺の意見が果たしてどこまで役に立つのか。
社長や牟礼さんと同じように「うーん」と唸って、俺は口を開いた。
「気付いたことと言っても……写真やテレビで見るより全然綺麗だし、身体つきのラインも違和感とかないし、これと言っておかしなところは、無いように思うんっすけど……」
「そこだ、交野元規」
「へっ?」
俺の発言に、言葉をぶつけてきたのは社長だ。
訳も分からず返事を返す俺に、牟礼さんが鋭い視線を向けてくる。
「これと言っておかしなところがない。違和感がない。そこが一番の問題なんだよ」
「え、どういうことっすか、それ」
言葉を返された俺が首を捻っていると、レイラさんが目を伏せて小さくため息をついた。口元から鋭い牙が覗いている。
「やっぱりね……閾値に迫ることも増えてきたし、そろそろ、そうなってくる時期かとは思っていたのよ」
「一枚の護符を長く使い過ぎだ、レイラ。俺は前々から話をしていただろ」
「変身の所要時間も前より短くなっています。骨格変形の痛みや違和感も薄いでしょう。そろそろ、白狼を封じる時期かと思われます」
俺をそっちのけで話を続ける三人。俺の抱えた疑問は解消されないまま会話を続ける牟礼さんの腕に、思わず俺の手が上に伸びる。
「牟礼さん、どういうことなんっすか、封じるって」
「小僧、魔獣化の護符の効果を、今ここでもう一回言ってみろ」
腕を掴んだ俺の手をそのままに、牟礼さんが淡々と告げる。
魔獣化の護符の効果。確かこないだ間渕さんが渡してくれた製品一覧の書類に記載があった。面接の後の社長との模擬戦でも、社長自ら説明してくれていたはずだ。
記憶の糸を手繰って、確認するように口を開く。
「『疑似的に深度四の魔素症を発症させ、肉体と運動能力、反応速度を魔物に変える』、っすよね?」
「まぁ間違っちゃいないが、一つ重要な言葉が抜けてるな。疑似的に『体内を魔素で満たして』深度四の魔素症を発症させるんだ」
「……それが、今回の問題に、どう絡んでくるんっすか?」
眉をひそめる俺。その答えを提示してくれたのは、傍らでじっと話を聞いていた社長だった。
「魔獣化の護符は、実際に身体の中に魔素を満たすわけじゃない。魔素が身体に満ちている、と脳に誤認させるだけだ。
要するに脳味噌の認識をバグらせて、そのバグによって身体が変化しているに過ぎん。
実際に体内に魔素が満ちていて、それに従って肉体が変化しているならいざ知らず、体内に魔素が無いのにあると錯覚させて変化しているんだ。違和感のない肉体に変わる方がおかしい。
証拠を見せてやる――爪牙収斂、猛虎来来!」
流れるような動作で胸ポケットから護符を取り出し、社長はウェアビーストに変身して見せる。そしてレイラさんの隣に並んで、俺と牟礼さんの前に立った。
こうして見ると、社長と牟礼さんの言わんとすることが分かってくる。
「見比べてみれば分かるだろう、交野元規」
「はい……全然違うっす、特に脚が。レイラさんのはかかとが地面についてないっすね……」
「それだけじゃない。ミス・ルウェリンの腕の方が、社長の腕より長いだろう。手も大きい」
そう、見比べてみたら一目瞭然だった。
獣人種の魔物の脚は、地球の哺乳類の動物と同様、かかとが地面に付かない爪先立ちのような構造になっている。腕も人間のより少々長く、手のサイズも比して大きい。
社長の変身したウェアタイガーは人間と同様、かかとを地面に付けて腕が腰くらいにあるのに対し、レイラさんの変身したウェアウルフは爪先立ちになり、腕は太もも辺りまである。
確かに、獣人種の魔物としてみた場合、社長の肉体は違和感のある肉体だ。対してレイラさんの肉体は全く違和感がない。
「本来はここまで、変身した姿が魔物のそれに近づいちゃいけないの。
人間らしさを残しつつ、魔物の力を振るう――それがこの魔獣化という護符のコンセプト。
しばらく、符術士の仕事はお休みしてモデル業に専念したほうがいいかしらね?リューゾー」
「さてな。今更魔物を殺すことを休んでも、お前の置かれた状況は変わらんかもしれん。ウェアウルフ状態のお前をモデルとして求められているのもあるわけだからな。
だが、護符を使って脳をバグらせ続けるよりは、自力で変身した方がお前にとってもいいだろう」
「えっ?護符なしで変身できるもんなんっすか?」
社長の言葉に、目を見開く俺だった。
魔獣化の護符を使わずに魔物に変身する、そんなことが出来たら護符の存在する意味とは。
しかし、言葉を投げかけられたレイラさんは諦めたように肩を竦めて笑ってみせた。
「リューゾーには敵わないわね。そこまでお見通しだったの?」
「どれだけお前と付き合いがあると思っているんだ、レイラ。努力して隠していたようだが、その目も、髪も、変身前と後で変化がないことに気が付かないとでも思ったか?」
腕組みしてため息をつく社長が、レイラさんから俺へと視線が移される。サングラスの奥で、真紅の瞳が僅かに細められた。
「魔獣化の護符はAD法の基準に則り、使用者に害を及ぼさないよう念には念を入れて保護術式を組んでいるが……それでも長期間、継続して何度も使っていると肉体に影響が出る。
魔素を生産する身体になっちまう奴もいれば、護符の術式が無くても自分の意思で魔物に変身できるようになっちまう奴もいる。レイラはその状態だ。
だから俺はもっと早い段階でこまめにメンテに来い、と言ってたんだがな……」
「そこは全面的に私が悪いわ、私の責任よ……そのことは、よく分かっている」
苦笑しながら小さく肩をすくめるレイラさん。その黒々とした鼻先に、社長はびしっと指を突き付けた。
「そうだ、お前の責任だ。お前の護符の使い方が悪かった、これはそういうことだ。
だが、俺の作った護符がその発端になったことは間違いない……しばらく、白狼の護符は封印しろ。何ならうちで引き取って、代わりに新しく別の魔物に変身できる魔獣化を渡す」
「感謝するわリューゾー。出来れば、獣人種じゃない魔物でお願いね……そうね、どうせだから魔獣種がいいわ、うちの子達と遊べるもの」
「相変わらず、保護した魔物と仲良くやっているのか。ロシア最強の符術士が行き場のない魔物を保護するというのも、皮肉な話だ」
にっこりと笑うレイラさんに、毒気を抜かれたように肩の力を抜いて、社長が真顔のままに視線を投げかけた。
レイラさんが、地球で生まれて住む場所や生きる力を持たない魔物を、私財を投じて保護しているという話は、日本でも有名だ。彼女が支援している孤児院が、東京にもいくつかある。
異世界からやってきた魔物同士が地球で子供を作り、その親が討伐されて子供が取り残される、という事例は後を絶たない。さらには魔素症にかかった女性が魔物の子を産み落とす例も数多く報告されている。そうして行き場をなくした魔物が、人々の新たな脅威となることは日常的にあることだ。
彼女は、そういう行き場のない魔物の子供をロシアの自宅や孤児院で保護しているのだ。
魔物を倒す符術士が魔物を育み慈しむ、確かに皮肉な話だ。皮肉だが、これが世界の現実でもある。
解除の詠唱も行動も無しに、ウェアウルフから人間に戻ってみせたレイラさんに、社長がくいと顎をしゃくった。
「ともあれ、俺の方で新しい護符は作ってやる。実装試験まで完了したら連絡するから、それまでは好きにしてろ。どうせ、来日したのは他の仕事もあるんだろ」
「ええ、テレビ局にも呼ばれているし、雑誌の撮影もあるし、シロクラボやエヌムクラウからもお呼びがかかっているから。
タカシ、ゲンキ、手間を取らせてしまうけれど、私の新しい護符、よろしく頼むわね」
「は、はい……牟礼さん?」
「……」
社長と言葉を交わした後、こちらに笑みを見せてくるレイラさんに頭を下げ返した俺は、隣に立つ牟礼さんがずっと黙りこくったままで前を見つめていたことに、ようやく気が付いた。
声をかけても、小突いても、一向に反応を返さないその表情は、思いつめたような、張りつめたような、そんな危うい空気を孕んでいるようだった。
持参していた鞄を訓練室の壁際に置き、靴を脱いだレイラさんが、手の内に一枚の護符を握る。和紙製で、表面に朱色の様々な漢字と魔法陣が描かれた護符。アルテスタの護符に刻印されている黄金の竜の横顔は、まだこれにはない。
そいつを額に当てて、レイラさんは瞳を閉じた。そして凛とした声で叫ぶ。
「爪牙疾走、白狼来来!」
淀みの無い、しかし若干イントネーションに外国人らしさを残したレイラさんの声が響くや、タイトなスーツをまとった彼女の身体が光に包まれる。
一瞬生じたまばゆい光が収まると、人間の美女の姿はそこには無く。
スーツに身を包んでいるのは変わらずとも、元の髪色と同じく淡く青みがかかった白銀の被毛に全身を覆われ、透き通るような碧玉の瞳を持った、長い口吻と毛量の豊かな尻尾を備えた一匹のウェアウルフが、そこに立っていた。
魔獣化。アルテスタが世に送り出す護符の中でも飛びぬけて特殊な護符の、その原型。
そして、全くの人間の俺から見ても、美麗という言葉がふさわしいウェアウルフは、額に寄せていた護符をゆっくりと離して社長と牟礼さんに視線を向けた。
「どうかしら、リューゾー、タカシ。貴方たちの目から見て、私の今の状況は」
声も、口調も、人間の時と全く同じ、しかし姿かたちを大きく変えたレイラさんが、腰に手を当てつつこちらを見ている。
水を向けられた社長と牟礼さんが、揃って「うーん」と唸っていた。
「効果自体に問題は無い、だが……」
「……そうですね、忌憚のない意見を、言わせていただいても?」
「いいわよ、そういう意見を聞きに来たんだから。ゲンキも、何か気付いたことがあれば言ってちょうだい」
「えっ……」
唐突に話を振られて、困惑の色をにじませる俺だ。
正直なところ、レイラ・ガヴリーロヴナ・ルウェリンのことは写真やテレビでしか見たことがない。彼女の変身した姿を直接目にするのは、これが初めてだ。
このウェアウルフの姿でファッションモデルまでやっているというのだからすごい話だとは思うが、俺の意見が果たしてどこまで役に立つのか。
社長や牟礼さんと同じように「うーん」と唸って、俺は口を開いた。
「気付いたことと言っても……写真やテレビで見るより全然綺麗だし、身体つきのラインも違和感とかないし、これと言っておかしなところは、無いように思うんっすけど……」
「そこだ、交野元規」
「へっ?」
俺の発言に、言葉をぶつけてきたのは社長だ。
訳も分からず返事を返す俺に、牟礼さんが鋭い視線を向けてくる。
「これと言っておかしなところがない。違和感がない。そこが一番の問題なんだよ」
「え、どういうことっすか、それ」
言葉を返された俺が首を捻っていると、レイラさんが目を伏せて小さくため息をついた。口元から鋭い牙が覗いている。
「やっぱりね……閾値に迫ることも増えてきたし、そろそろ、そうなってくる時期かとは思っていたのよ」
「一枚の護符を長く使い過ぎだ、レイラ。俺は前々から話をしていただろ」
「変身の所要時間も前より短くなっています。骨格変形の痛みや違和感も薄いでしょう。そろそろ、白狼を封じる時期かと思われます」
俺をそっちのけで話を続ける三人。俺の抱えた疑問は解消されないまま会話を続ける牟礼さんの腕に、思わず俺の手が上に伸びる。
「牟礼さん、どういうことなんっすか、封じるって」
「小僧、魔獣化の護符の効果を、今ここでもう一回言ってみろ」
腕を掴んだ俺の手をそのままに、牟礼さんが淡々と告げる。
魔獣化の護符の効果。確かこないだ間渕さんが渡してくれた製品一覧の書類に記載があった。面接の後の社長との模擬戦でも、社長自ら説明してくれていたはずだ。
記憶の糸を手繰って、確認するように口を開く。
「『疑似的に深度四の魔素症を発症させ、肉体と運動能力、反応速度を魔物に変える』、っすよね?」
「まぁ間違っちゃいないが、一つ重要な言葉が抜けてるな。疑似的に『体内を魔素で満たして』深度四の魔素症を発症させるんだ」
「……それが、今回の問題に、どう絡んでくるんっすか?」
眉をひそめる俺。その答えを提示してくれたのは、傍らでじっと話を聞いていた社長だった。
「魔獣化の護符は、実際に身体の中に魔素を満たすわけじゃない。魔素が身体に満ちている、と脳に誤認させるだけだ。
要するに脳味噌の認識をバグらせて、そのバグによって身体が変化しているに過ぎん。
実際に体内に魔素が満ちていて、それに従って肉体が変化しているならいざ知らず、体内に魔素が無いのにあると錯覚させて変化しているんだ。違和感のない肉体に変わる方がおかしい。
証拠を見せてやる――爪牙収斂、猛虎来来!」
流れるような動作で胸ポケットから護符を取り出し、社長はウェアビーストに変身して見せる。そしてレイラさんの隣に並んで、俺と牟礼さんの前に立った。
こうして見ると、社長と牟礼さんの言わんとすることが分かってくる。
「見比べてみれば分かるだろう、交野元規」
「はい……全然違うっす、特に脚が。レイラさんのはかかとが地面についてないっすね……」
「それだけじゃない。ミス・ルウェリンの腕の方が、社長の腕より長いだろう。手も大きい」
そう、見比べてみたら一目瞭然だった。
獣人種の魔物の脚は、地球の哺乳類の動物と同様、かかとが地面に付かない爪先立ちのような構造になっている。腕も人間のより少々長く、手のサイズも比して大きい。
社長の変身したウェアタイガーは人間と同様、かかとを地面に付けて腕が腰くらいにあるのに対し、レイラさんの変身したウェアウルフは爪先立ちになり、腕は太もも辺りまである。
確かに、獣人種の魔物としてみた場合、社長の肉体は違和感のある肉体だ。対してレイラさんの肉体は全く違和感がない。
「本来はここまで、変身した姿が魔物のそれに近づいちゃいけないの。
人間らしさを残しつつ、魔物の力を振るう――それがこの魔獣化という護符のコンセプト。
しばらく、符術士の仕事はお休みしてモデル業に専念したほうがいいかしらね?リューゾー」
「さてな。今更魔物を殺すことを休んでも、お前の置かれた状況は変わらんかもしれん。ウェアウルフ状態のお前をモデルとして求められているのもあるわけだからな。
だが、護符を使って脳をバグらせ続けるよりは、自力で変身した方がお前にとってもいいだろう」
「えっ?護符なしで変身できるもんなんっすか?」
社長の言葉に、目を見開く俺だった。
魔獣化の護符を使わずに魔物に変身する、そんなことが出来たら護符の存在する意味とは。
しかし、言葉を投げかけられたレイラさんは諦めたように肩を竦めて笑ってみせた。
「リューゾーには敵わないわね。そこまでお見通しだったの?」
「どれだけお前と付き合いがあると思っているんだ、レイラ。努力して隠していたようだが、その目も、髪も、変身前と後で変化がないことに気が付かないとでも思ったか?」
腕組みしてため息をつく社長が、レイラさんから俺へと視線が移される。サングラスの奥で、真紅の瞳が僅かに細められた。
「魔獣化の護符はAD法の基準に則り、使用者に害を及ぼさないよう念には念を入れて保護術式を組んでいるが……それでも長期間、継続して何度も使っていると肉体に影響が出る。
魔素を生産する身体になっちまう奴もいれば、護符の術式が無くても自分の意思で魔物に変身できるようになっちまう奴もいる。レイラはその状態だ。
だから俺はもっと早い段階でこまめにメンテに来い、と言ってたんだがな……」
「そこは全面的に私が悪いわ、私の責任よ……そのことは、よく分かっている」
苦笑しながら小さく肩をすくめるレイラさん。その黒々とした鼻先に、社長はびしっと指を突き付けた。
「そうだ、お前の責任だ。お前の護符の使い方が悪かった、これはそういうことだ。
だが、俺の作った護符がその発端になったことは間違いない……しばらく、白狼の護符は封印しろ。何ならうちで引き取って、代わりに新しく別の魔物に変身できる魔獣化を渡す」
「感謝するわリューゾー。出来れば、獣人種じゃない魔物でお願いね……そうね、どうせだから魔獣種がいいわ、うちの子達と遊べるもの」
「相変わらず、保護した魔物と仲良くやっているのか。ロシア最強の符術士が行き場のない魔物を保護するというのも、皮肉な話だ」
にっこりと笑うレイラさんに、毒気を抜かれたように肩の力を抜いて、社長が真顔のままに視線を投げかけた。
レイラさんが、地球で生まれて住む場所や生きる力を持たない魔物を、私財を投じて保護しているという話は、日本でも有名だ。彼女が支援している孤児院が、東京にもいくつかある。
異世界からやってきた魔物同士が地球で子供を作り、その親が討伐されて子供が取り残される、という事例は後を絶たない。さらには魔素症にかかった女性が魔物の子を産み落とす例も数多く報告されている。そうして行き場をなくした魔物が、人々の新たな脅威となることは日常的にあることだ。
彼女は、そういう行き場のない魔物の子供をロシアの自宅や孤児院で保護しているのだ。
魔物を倒す符術士が魔物を育み慈しむ、確かに皮肉な話だ。皮肉だが、これが世界の現実でもある。
解除の詠唱も行動も無しに、ウェアウルフから人間に戻ってみせたレイラさんに、社長がくいと顎をしゃくった。
「ともあれ、俺の方で新しい護符は作ってやる。実装試験まで完了したら連絡するから、それまでは好きにしてろ。どうせ、来日したのは他の仕事もあるんだろ」
「ええ、テレビ局にも呼ばれているし、雑誌の撮影もあるし、シロクラボやエヌムクラウからもお呼びがかかっているから。
タカシ、ゲンキ、手間を取らせてしまうけれど、私の新しい護符、よろしく頼むわね」
「は、はい……牟礼さん?」
「……」
社長と言葉を交わした後、こちらに笑みを見せてくるレイラさんに頭を下げ返した俺は、隣に立つ牟礼さんがずっと黙りこくったままで前を見つめていたことに、ようやく気が付いた。
声をかけても、小突いても、一向に反応を返さないその表情は、思いつめたような、張りつめたような、そんな危うい空気を孕んでいるようだった。
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