サラリーマン符術士~試験課の慌ただしい日々~

八百十三

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第1章 護符工房アルテスタの一員として

第7話 戦士二人

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 倒されたアイアンゴーレムの素材がアルテスタとエヌムクラウに分配され、残った死骸が警察によって回収される中、それぞれの社員が和やかに会話をしながら池袋駅の方面に、すなわちこちらに近づいてくる。
 戦闘に参加していた七名の顔も判別できるくらいに近づいたところで、俺は矢も楯もたまらずに七名の――正確にはアルテスタ試験課の二名の前に飛び出していた。

「あのっ、アルテスタの試験課の方ですよねっ!?」
「あぁ? なんだ小僧、こちとら一仕事終えて気分がいいんだ、邪魔するんじゃねぇ」

 アイアンゴーレムにとどめを刺した社員、二挺のハンドガンを腰に下げた目つきの鋭い小柄な男性が、不機嫌さを露にしながら俺を睨みつけた。
 そのあまりにも粗暴な物言いに俺がひるんでいると、彼の隣に立った大柄で戦鎚を背負い、アイアンゴーレムの素材の入った袋を持ったアルテスタの社員が、慌てた表情になりながら手をわたわたと振り始める。

「ダメですよ、牟礼むれさん……エヌムクラウさんとこじゃなくてわざわざ僕達の方に声かけてくるんですから、うちとこのファンとか、符術士候補生とか、そういうのかもしれないじゃないですか」
しめぎ、お前ならやっと仕事が終わってさぁ帰るぞってなった時に邪魔・・が入っても平静でいられるだろうが、俺はお前ほど気が長くねぇんだよ」

 標と呼ばれた大柄な社員が、牟礼と呼ばれた小柄で粗暴な社員の言葉に押されて言い淀んでいる。どうやら、俺のせいで相当機嫌が悪いらしい。
 彼らの隣で呆然としているエヌムクラウの社員たちも、居心地が悪そうだ。そそくさと先に歩を進めようとしている。

「あー、じゃあ、牟礼君も標君もお疲れ様。今度また飲みに行こうよ」
「あっ、はーい。よろしくお願いしますねー」

 その場から離れながら二人の符術士に親し気に声をかけてくるエヌムクラウの社員に、にこやかに言葉を返す標さん。対して牟礼さんは顔を背けながら大きく舌打ちをしている。
 工房の枠組みを超えて、随分と親し気にしている様子に一瞬だけ呆気に取られた俺だが、すぐに気を取り直して二名に頭を下げた。邪魔をし続けているのは事実である。

「あの、急にすみませんでした! 俺、来年の四月からアルテスタに入社する予定の、符術士C級、交野元規です!」
「符術士? ってことは君、ひょっとして試験課志望?」

 俺の自己紹介に標さんが驚きに目を見開いた。そして試験課、というワードに反応したのか、牟礼さんの獣のごとき鋭い視線がこちらに向けられる。
 吾妻先生が昨日話をしていた。間渕さんの他に今いる試験課の社員は二人。牟礼むれ 考志たかし。そして派遣社員のしめぎ 圭二けいじ
 つまりこの二人ともが、後々俺の先輩になる人間なわけだ。今のうちに交流を持っておいて損になることはない、と信じたい。
 俺は努めて晴れやかに、牟礼さんの気を引けるように精一杯笑顔を作った。

「はいっ! 試験課志望で、昨日内定をいただき、四十万社長とも一戦交えさせてもらいました!」
「社長が……?」
「へぇ、直接稽古をつけてもらったってこと? 凄いね君、僕の時はシミュレーターで魔物相手だったからなぁ」

 俺の言葉に、牟礼さんの瞳が一瞬細められた。標さんも驚きを露にして小さく口を開いている。
 二人の反応を見るに、やはり昨日の内定直後に社長と直接模擬戦をしたのは、普通のことではなかったらしい。昨日の模擬戦の最中にシミュレーターが使われていたという可能性も、無きにしも非ずだが。
 ともあれ、自己紹介はしっかりさせてもらい顔も知れた。満面の笑みで俺が再び口を開く。

「はい、それで今日から時間のある時に工房にお邪魔して研修を受けるよう言われていて、これから伺おうとおも――」
「おい小僧」
「……っ!?」

 不意に、牟礼さんが俺の肩を掴んできた。その手は俺の肩に食い込むほどに、ものすごい力が篭もっている。
 痛みに顔を顰めていると、その顔に牟礼さんがぐいと自分の顔を近づけてきた。

「小僧、てめえひょっとしてキャリアか」
「ちょっ、牟礼さん何してるんですか!?」
「っっ、はい、確かに、そうっすけど……何すか、いきなり」
「……チッ」

 困惑する標さんの隣で顔を顰めながら発せられた俺の答えに、牟礼さんが一つ大きく舌打ちをする。そのまま振り払うように、俺の肩から乱暴に手を離した。身体がぐらりと傾ぎ、足を延ばして踏ん張る。
 転ぶことなく体勢を維持した俺と、俺を支えようと手を伸ばした標さんを尻目に、牟礼さんはすたすたと歩き始めた。

「余計に時間を取られちまった。行くぞ標、小僧も来るならさっさと来い」

 俺達二人に視線を投げることも無く、真正面を見据えたままで人混みの中に消えていく牟礼さん。
 あんまりにも粗暴というか、感じが悪いというか。少なくとも第一印象は最悪である。俺の眉間も自然と皺が寄った。

「なんすか、あれ」
「ごめんね交野君……牟礼さん、仕事を終えたら早く帰りたい人だから、帰るのを邪魔されるといつもああなんだ。
 それに、うん……牟礼さんはキャリアの人をあんまりよく思ってないっていうか、好いていないっていうか、ね」

 悪態をついた俺に、標さんが申し訳なさそうな表情をして頭を下げた。そのまま牟礼さんの後を追うようにして足を踏み出しつつ、俺の背中をぽんと叩く。
 そう、このままここで留まっているわけにはいかない。足を止めていて工房に行くのが遅れてしまったら、多分またあの人がキレるだろう。
 池袋駅前の人混みの中に突入しながら、標さんと一緒に西武池袋線の池袋駅の改札に行くと、果たして牟礼さんは改札前で足をトントン鳴らしながら俺達を待っていた。

「行くぞ」
「はい」

 くいと顎をしゃくりながら、短く標さんに告げた牟礼さんがくるりと向きを変える。
 標さんが背負った大きな袋と共に、改札口にタッチされるICカード、ピッと鳴る電子音。俺も一緒になってPASMOをタッチし、改札を通る。
 道中も電車の中でも、牟礼さんは無言だった。俺の話し相手はもっぱら標さんである。

「交野君ってあれでしょ、キャリアはキャリアでもグレード4でしょ」
「えっ、なんで分かったんっすか?」
「試験課の中でも話題に上ってたからね、うちにグレード4の新人が来るかもしれないってことは。だから牟礼さんは、最近ずっとピリピリし通しでね」

 ちらり、と標さんの視線がこちらから少し離れたところに立つ牟礼さんに向けられる。そっぽを向いて車窓の外に視線を向ける牟礼さんが、こちらを気にする様子はない。
 俺は牟礼さんに視線を投げつつ、声を潜めて標さんに問いかけた。

「標さんに聞いてもあれかもしれないっすけど、なんで牟礼さん、そんなにキャリアが嫌いなんっすか?」
「今さん曰く、牟礼さんのご家族がどうのって話らしいけれどね……詳しいことは、教えてもらっていないんだ。一応まだ有期雇用の最中だしね」

 小さくため息を零しながら答える標さんが肩をすくめる。
 元々は個人事業主フリーランスの標さんは現在アルテスタに雇用されているとは言えど、その位置づけは社員とは幾分か異なる。有期雇用であることもあって、踏み入った話には立ち入れないのだろう。
 対して牟礼さんは工房立ち上げ時からのメンバーということもあり、恐らくかなり深い部分の話にも踏み込む権利は持っているだろう。
 人間的な面から言えば、標さんの方がよっぽど『いい人』だとは思うのだけれど。
 そんな思いを抱かれているとは気づかない牟礼さんは、変わらず扉の脇に陣取って窓の外を睨んでいる。
 車窓の外でだんだんと、練馬駅の駅舎が近づいてきていた。
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