サラリーマン符術士~試験課の慌ただしい日々~

八百十三

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第1章 護符工房アルテスタの一員として

第1話 最終面接

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 東京都練馬区桜台。ほとんど住宅地のただなかに建つ、二階建ての小さなコンクリート製のビル、その2階にて。
 一人がけのソファが二つ置かれ、応接室の体裁を保っている社長室兼応接室にて、リクルートスーツに身を包んだ絶賛就活中の俺は、緊張のあまり口から心臓が飛び出そうだった。
 ガチガチになっている俺が座るソファと、ローテーブルを挟んで向かいに座る、黒スーツに身を包んでサングラスをかけた、いかつい金髪の大男。
 顔や首筋に何本もの傷跡が残されているその姿を見たら、十人中十人がヤの付く自由業の人間だと断じるだろう。
 そんな見た目が完全にアウトローなその男性が、俺が持参した履歴書と健康診断書から俺へと、サングラス越しに視線を移した。

「さて、交野かたの 元規げんき。俺がこの『護符工房アルテスタ』の代表取締役、四十万しじま 竜三りゅうぞうだ。
 お前はこれから、俺直々にやってやる採用の最終面接を受けるわけだが……」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!!」

 鋭い視線を受けて体が跳ねあがるのを押さえるようにしながら、俺は声を張った。

 符術士界隈では伝説にもなっている、かつては自分で開発した非合法ノンライセンスの護符を片手に世界最強の名をほしいままにしていた戦士。
 五年前の魔竜王オルガドロンの地球侵攻にあたっては最前線に立ち続け、ついにその首を刈り取った大勇者。
 二つ名の「黄金竜」は魔物を喰らう最先鋒として、今もその名声を世に轟かせている。
 それが護符工房アルテスタの代表を務める、この四十万竜三だ。
 そんな男が自分で護符工房を立ち上げ、彼の現役時代に彼が開発したものをなぞるような唯一無二の品々を世に送り出すようになって五年。
 たったの・・・・五年で、既に業界内で一定の地位を築いている護符工房の主は、肩に力の入る俺を見て小さく口角を持ち上げた。

「緊張を緩めろ。脳内で反芻している、判で押したような志望動機や自己PRも要らん。敬語も最低限整っていればそれでいい。もう十一月だ、そんな型にはまった面接なんぞやっても仕方ない。
 俺が知りたいのは、のお前だ。お前がうちの会社で働くに値するか――俺はそれが見たい」
「……は、はいっ!」

 強面の外見と威圧感はそのままだが、表情が和らいだことを確認した俺の緊張が、僅かに和らぐ。
 背筋を伸ばしたままでありながらも膝の上で握られる手が僅かに緩んだ俺を見て、社長は改めて履歴書に視線を落とした。

「まず、そうだな。自己PRも兼ねてここから行くか。
 東京符術士専門学校 戦士コース出身ということだが、お前の得意とする『武器・・』はなんだ?」
「一番は剣っす、あ、いや剣です! 特にブロードソードが使い慣れていて、護符を使いながら戦うのが得意です!」

 思わず普段の砕けた敬語が飛び出してしまって慌てて言い直す俺に、社長の右手がふわりと動いた。

「言い直さなくていい、その口調のが話しやすいならそのまま話せ……続けろ」

 予想外にも、砕けた敬語を指摘されなかった。それどころかその砕けたままで話していいとのこと。
 これもまた、先程に述べた「素の自分」を見るためなのだろう。緊張がさらにほぐれるのを感じながら、俺は口を動かした。

「ありがとうございます! はい、専門学校在学中に直剣愛好会ってサークルに所属していて、仲間と魔物退治をしながら腕を磨いていました。
 二年次の春にサークルの仲間と協力して中型のグリフォンを倒した時には、俺がリーダーになって皆の先頭に立って戦ったっす!」
「なるほど……中型のグリフォンを相手取ったことがあるなら、大怪我、昏睡、魔素症まそしょうの発症には一度くらい触れたことがあるだろう。
 お前にとって魔物とはどんな存在だ?」

 両手を組んで顎の下に置きながら、社長が真っすぐに俺を見た。
 魔物。
 異世界から地球に溢れ出してくる、異形の怪物たち。核爆弾も化学兵器も細菌兵器も通用しない、地球の技術では為す術のないモンスター。
 体内に『魔素まそ』という物質を満たし、それに触れたものを侵食して肉体や精神を変質させていく『魔素症』を媒介する危険生物。
 魔物と一緒に流入してきた異世界の技術を使って作り出した『武器』と、日本に古くから伝わる陰陽術と欧州で細々と受け継がれてきた魔術を複合的に昇華させて、魔物への対抗手段として生み出された『護符・・』によってのみ、対抗しうる存在。
 最早地球のあちこちで普通に見られるようになった生き物を思い出しながら、俺は僅かに目を細めた。

「正直……怖い生き物だと思うっす。
 高校生の頃に、クラスメイトが魔物に襲われて大怪我した、って話も何度かありましたし、近所に住む知り合いの女性が魔物に襲われて魔素症を発症した話も聞かされているっす。
 俺は、魔物は怖いものだから、魔物に遭遇して怖い思いをする人が少しでも減ればいいな、減らせたらいいなって思って戦ってるっす。
 でも、いつどこで俺自身が大怪我したり、魔物になる・・・・・かは分かんないから、注意しないといけないなって思うっす」

 俺は話しながら、緩んでいた両手が再びぎゅっと握られるのを感じていた。
 魔物の爪や牙、放つブレスや魔法は、容易に地球の人間の体を傷つける。退治の専門家である符術士ですら殺される時は殺されるのだから、一般人にとって魔物の危険度は非常に高い。
 加えて魔素症の問題もある。魔素症にはいくつかの段階があり、最終段階の深度四まで身体が魔素に侵されると、患者の身体は自分で魔素を生産するようになる。つまり、魔物と化してしまう・・・・・・・・・のだ。
 俺の家の近所に住んでいた、俺が小さい時から知っているお姉さんも、ある時帰宅途中にウェアウルフと遭遇して魔素を身体に受け、魔素症を発症した。
 すんでのところで魔物化は免れて、先日治療が終了して家に戻って来たそうだが、魔素によって変質した肉体は、二度と元には戻らない。
 深度三の魔素症により自分を襲ったウェアウルフと同じ姿になって、「人間の権利は残されているからいいんだけれどね」と力なく笑ったお姉さんの姿が脳裏に思い起こされた。
 社長もサングラスの向こうの瞳を、悲しそうに細めてみせた。

「……そうだな、確かにその通りだ。
 うちの試験課しけんか――符術士だとまずここに配属になるんだが、そこでも負傷や昏睡や魔素症の発症によって長期離脱を余儀なくされる社員ってのは少なくない。試験課の課長も先月魔素症をやって、今は病院の中だ。
 予防接種が徹底されている今日においても、魔素症の脅威は変わらず高い。殊に魔物の血を浴びやすい、お前たち戦士は余計にリスキーだ。
 うちは小さい工房だから、雇える人数も多くないんでな。魔物にはなっても死んでくれるなよ?」
「はいっ! 努力します!」

 前かがみになって俺を見つめる社長の眼差しを真正面から受け止めて、俺ははっきりと返事を返した。
 本当ならもっと力強く、自信満々に返事をしたいのだが、軽々しく返事を出来ないのが戦士職の悲しいところだ。いつどこで何があるのか、自分でも分からないのだから。
 俺の答えに満足したらしい社長が、こくりと頷く。

「よし……それじゃ最後の質問だ。
 お前にとって、『護符』はどういう存在だ?」

 まっすぐ俺の顔を見つめながら、端的に、シンプルに問いかける社長。
 これまで採用面接で問いかけられた質問とは、ちょっと違う。これまで「何を思って使いますか?」とか「どういう時に使いますか?」とか聞かれてきたけれど、「どういう存在か?」っていうのは、初めて問われた。
 だが、その答えなら俺の中に既にある。背筋をピンと伸ばして、ハキハキと。自信に満ちた笑顔で、俺は口を開いた。

「はいっ! 俺にとって護符は、生き残るために必要な、強力な武器です!」

 俺の答えを受けて、社長が大きく、ゆっくりと頷いた。その表情には確かな笑みが浮かんでいる。

「分かった……これで面接は終了。合格・・だ」
「へっ!? もうここで結果が出るんですか!?」

 その場で合格を言い渡されて、俺はソファから立ち上がりそうになった。
 アルバイトの面接でもないのに、その場で社長から面接合格の判定を下されるとは。
 しかし、合格ということは、これはつまり内定が出たということになるのだろうか。この俺が、アルテスタの新入社員として。
 再び口をキュッと結んだ表情になった社長が、ソファの背もたれに身体を預けながら気だるげに言ってのける。

「勿体つけてもしょうがないだろ? さっきも言った通りうちは小さい工房なんだ。戦力になる人材はすぐにでも欲しい。
 まぁ、学校の卒業までは正式な入社は待ってやる。それが社会のルールだし、うちも受け入れの用意がいるからな。だが、空き時間に工房に足を運んで、入社してすぐに仕事に入れるようにしてもらうぞ」
「は、はいっ!!」

 社長の言葉に、俺は気を取り直して返事を返した。
 さすがに現代社会、学生の身分である就活生を卒業前に会社で拘束する、なんてことはしないようだが、つまりこれから入社までの時間が新入社員研修の扱いなのだろう。
 その辺りは予想の範疇だ。就活サイトの募集要項にもその旨が記載されていたし、特に符術士は現場仕事だ。早いうちから現場に出られるに越したことは無い。
 ソファの背もたれにもたれつつサングラスを直した社長が、ゆっくりと身を起こした。指輪のはめられた右手を、俺へと差し出してくる。

「入社にあたっての手続きと制服のサイズ採寸は後日行う。うちの総務から登録しているメールアドレス宛に連絡が行くから、そん時に日取りを相談しろ。
 お前の働きに期待しているぞ、交野元規」

 手を差し出したままで、再び口元に笑みを浮かべた社長。
 俺はその手をしっかりと取って。

「……うっす!! ありがとうございます!!」

 これからお世話になる工房の主と、固い握手を交わしたのだった。
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