ビトは隠れて暮らしたい

八百十三

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第4章 ビトの憤怒

第31話 猫人、貴族を見る

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 ある日のこと。俺たち「眠る蓮華ロートドルミーレ」の四人は首都ザンテデスキの冒険者ギルド本部で受けた依頼を終わらせ、ギルド本部の扉を開けていた。

「腹減ったな。達成報告終わったら、何食べる?」

 先程まで、ピント郡ガルラーニ山で暴れる大角牛ギガントホーンブルの討伐依頼を行っていた俺たちだ。依頼そのものは例によって俺が高位の魔法をぶちかまして終わらせたのだが、如何せん暴れていた数が多く、ガルラーニ山をあちこち移動していたのだ。
 たくさん動けば、当然腹は減る。アンベルもエルセも先程から、腹の虫が空腹を訴えてくうくう鳴いていた。

「先程狩った大角牛ギガントホーンブルの肉は血抜きを済ませてあったはずだな。あれを買い取って酒場に持ち込むか」
「いいね、肉質も良かったから、きっと美味いぞ」

 アンベルが肩に担いだ保存袋を持ち上げると、ヒューホも同意を示しながらうなずいた。
 大角牛ギガントホーンブルの肉は、適切に血抜きをして保管すればなかなか美味い。塩を振ってハーブと一緒に焼くといい味が出るので、酒場でも人気のメニューだ。
 仕事終わりに美味しい肉を食べて英気を養う。最高ではないか。エルセもニコニコと笑いながら声を上げる。

「そうと決まればさっさと――あれ?」

 そう言いながら依頼受付カウンターの方に走っていこうとしたエルセだが、すぐに足を止めた。見れば何やら、カウンターの前が騒がしいし人だかりができている。

「エルセ?」
「む、ビト、端に寄れ」

 何事か、と俺が声を上げると同時に、その騒ぎの主に気がついたアンベルが俺の肩に手を置いた。そのままくいと後ろに引かれ、結果的に正面扉の前を開けることになる。
 すると依頼受付カウンターの前でやり取りをしていたらしい集団が、こちらに歩いてきた。同時にカウンターの前でその集団を取り囲んでいた、数多の冒険者がさっと道を開ける。
 こちらに歩いてきたのは、やたらと派手な装いをした若い女性だった。結い上げられた黄金色の長い髪。磨き上げられた大理石のような白い肌。キラキラと輝かんばかりのドレス。
 育ちの悪い俺でもひと目見て分かる。貴族・・というやつだ。

「それでは、皆様。またよろしくお願いいたしますわね」
「お任せ下さい、クラウディア様」
「我々が無事にご領地までお送りして差し上げます」

 クラウディアなる貴族の女性が、後ろについて歩く冒険者のいちパーティーへと声をかける。パーティーの方も勝手が分かった様子で、クラウディアへと返事を返しつつ頭を下げていた。
 そのまま、通り過ぎていくクラウディアと冒険者を、邪魔しようという人間はいない。と、俺たちの横を通り過ぎようかというところで、クラウディアの視線がフードを目深にかぶった俺たち四人へと向いた。
 その時の俺たちを見る目は、何と言えばいいか、すごく驚くような、ぎょっとするような眼差しだった。
 だがそんな感情をあらわにするわけでもなく、誰に邪魔されることもなく彼らは正面扉まで到着し、冒険者の一人がうやうやしく開いた扉を開けて、集団はギルドの建物から出ていった。
 扉が閉められ、姿が見えなくなったことを確認して、ようやくギルド内の空気が普段どおりの雑多なものに戻る。再びざわざわとし始めたギルドの中で、アンベルが小さく息を吐きだしつつ言った。

「珍しい現場に居合わせたな」
「今のって……貴族だよな?」

 アンベルの顔を見上げながら俺が問いかけると、彼女はこくりとうなずきながら口を開いた。

「アンブロシーニ帝国西フルラン郡を治めているサンドレッリ子爵家のご息女、クラウディア・ディ・サンドレッリ嬢だな。おそらくは年に一度の皇帝陛下への顔見せ、その帰りだろう」
「同行していたのは『笑う大鷹ファルコチェリーデ』か。サンドレッリ家お抱えのパーティーだから、そうだろうね」

 アンベルに続いて、ヒューホも腕を組みながら話す。
 アンブロシーニ帝国の貴族は、年に一度、首都ザンテデスキへとやってきて皇帝陛下に顔見せし、一年間の領地運営の状況報告をすることが義務付けられている。あのクラウディアも、そのために領地から出てきてここに来たのだろう。
 だが、貴族がこんな、冒険者ギルドの建物内にまでやってくるとは。ご苦労なことだ。

「……ふーん」
「ビト、どうしたの? そんなむすっとして」

 扉を見つめながら俺が眉間にシワを寄せていると、エルセが不思議そうな顔で俺を見上げてくる。
 その問いかけを聞いて俺はハッとした。しまった、顔に出ていたか。慌てて表情を戻すと、俺の隣でアンベルが肩をすくめる。

「仕方がないさ。冒険者の中で貴族に良い感情を持たない者は、珍しくもない」
「基本的に自分たちとは別世界の人間だからね。そうもなるさ」

 アンベルの横でヒューホもうなずく。
 確かに俺たち一般の冒険者にとって、貴族は正しく別世界の住人だ。自分たちでは絶対に住めない豪邸に住み、自分たちとは比べ物にならない良い生活をしている。自分であくせく働くこともしない。そういうものだ。
 それは分かっている。俺だって一応はアンブロシーニ帝国の国民だから、貴族がどういう存在で、俺たち平民がどう接するべきかも理解している。しかし、それはそれとしてさっきの俺を見る目は、どうも気に入らない。

「別に、俺だって毛嫌いしているわけじゃないさ。だけど……さっきの貴族の、俺を見る目が」
「ほう、何か感じたか?」

 俺の言葉にアンベルが目を見開いた。なるほど、どうやらあの目つきを見たのは俺だけだったらしい。
 しかし、この話題であれこれ引っ張ってもよくないことだ。話題を変えるべく俺はヒューホに視線を向ける。

「ヒューホ」
「なんだい」

 俺が声をかけると、ヒューホは小さく微笑みながら返してきた。そんな彼に、僅かに目を細めながら俺は声を問いかける。

「あの冒険者たちが貴族のお抱えなら、なんでここにいたんだ?」

 そう、先程のヒューホの話が真実なら、あの冒険者パーティー「笑う大鷲ファルコチェリーデ」はサンドレッリ子爵家のお抱え冒険者だ。お抱え冒険者なら子爵家からいくらかの資金は出ているだろう、と俺も分かる。こうしてギルドで仕事を貰いに来る必要があるのだろうか。
 俺の疑問に、ヒューホが小さく笑いながら答えた。

「そりゃあ、貴族のお抱えパーティーだからといって、冒険者ギルドから離脱するわけにはいかないからね。懇意こんいにしてもらっていても、彼らの雇い主は間違いなく冒険者ギルドの方だ」

 ヒューホの話すところによると、お抱えというのはあくまでもその家と仲良くさせてもらい、優先的に仕事を振ってもらうだけの間柄だということだ。
 つまり、連中も普段の生活をするためには冒険者ギルドに来て依頼を受け、日銭を稼がないとならないわけであり。それなら確かに、冒険者ギルドにも来るわけだ。アンベルがからからと笑う。

「まあ、『笑う大鷲ファルコチェリーデ』ほどとなれば、サンドレッリ家からいくらか金ももらっているだろう。だが、だからといって貴族からの仕事ばかりでは暮らしていけないし、力も磨けない」
「貴族のお抱えでも、冒険者ギルドから出される仕事をやるのが普通なのよ。だって年に一度の領地と首都の行き帰りの警護と、領内の魔物退治だけじゃ、暮らしていけないでしょ?」

 エルセもアンベルに同調しながら俺を見た。
 なるほど、言わんとすることは分かる。一年に一度の護衛任務と、そこまで広いわけではない領地内の魔物退治。それだけで生活が成り立ったら、それはその領地内がきちんと管理されていない・・・・・・・・・・・・ことに他ならない。
 納得しながら、俺はもう一度正面扉の方を見た。既にクラウディアは去った後なのだろう。普通に一般の冒険者が出入りしている。

「なるほど……そうか」
「そういうことだ。だからお呼びがかかった時にはすぐに駆けつけ、それ以外では普段の仕事をするのさ」

 俺が言葉を漏らすと、アンベルが俺の肩に手を置きながら言った。そういうことなら、あの冒険者たちがここにいて、クラウディアがここにいたことにも説明がつく。
 と、そこでくいとアンベルが俺の肩を引く。そちらに視線を向ければ、肩に担いだままの保存袋を持ち上げた彼女がいた。

「さて、私たちは私たちの仕事をするぞ。クエスト達成を報告して、腹ごしらえをしたら次の仕事だ」

 そう言いながら改めて、アンベルが依頼受付カウンターへと歩いていく。エルセとヒューホもさっさと、アンベルの後を追ってそちらに向かっていった。
 置いていかれる訳にはいかない。アンベルの高い背を追いかけて、俺も小走りでギルドの床を蹴った。
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