ビトは隠れて暮らしたい

八百十三

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第2章 ビトの研鑽

第19話 猫人、試験を受ける

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 翌朝。俺たちはプラチドの町の西門を出て街道を進み、プラチド丘陵の中ほどまで差し掛かっていた。街道を少し外れた所に、アンブロシーニ帝国の国章を印刷した旗が立っているのが見える。
 あの旗のある場所が、集合場所ということだ。

「あそこだな」
「うう……大丈夫かな」

 アンベルが短く言えば、俺は歩きながらローブの布地をギュッと握った。正直、今の時点でだいぶ胃が痛い。
 町の外ということもあって魔物姿を惜しげもなくさらしている三人は気楽なものだ。エルセがぴょんぴょんと跳ねながら言う。

「大丈夫大丈夫。心配すること無いって」
「『跳ねる猫ガットリンバルザ』の三人があそこまで保証してくれたんだ、心配することはないさ」

 ヒューホも俺の顔のそばを飛びながら、気楽な調子で言った。
 二人の言葉に、思わず視線が下がる。俺の様子を見たアンベルが、鋭い爪をそなえた左手で頭をなでてきた。

「不安か?」
「そりゃあ……だって、俺のスキルランクはギルドの人に全部把握されてるんだぞ。それでランク以上の魔法を使ったらおかしいじゃないか」

 彼女の言葉に言い返す俺は、アンベルの手をそっと頭からどけさせる。
 正直、一番の心配事はそこだった。俺の魔法関連のスキルレベルは、冒険者ギルドには全て3で伝わっているはずだ。しかし今は人化転身を完全に解いているから、いずれも10まで上がっている。
 この状況なら、どんな魔物が来てもだいたい大丈夫だろう、と思う。しかしギルド職員の目がある状況で、果たしてそれはいいものなのか。
 不安がぬぐえない俺に、ため息をつきながらアンベルが言った。

「それこそ取り越し苦労というものだぞ」
「なんでだよ、そんなはっきり」

 あまりにもはっきりと断言する彼女に、俺は口をとがらせる。だがもう旗のすぐそばだ。冒険者ギルドの職員が立っているのも見えている。
 声をひそめながら、アンベルが小さく笑った。

「後ですぐに分かるさ」
「む……」

 また、この含みのある言い方だ。眉間にうっすらシワを寄せる俺だが、文句を言ってもいられない。
 はたして、俺たちが旗のそばまで来たところで、待機していた冒険者ギルドの女性職員が頭を下げた。

「おはようございます。準備はいいですか、ビトさん?」
「ああ、問題ない」

 俺が真剣な表情をして返事を返すと、職員が自分のとなりにある旗に手を置いた。風がかすかに吹いて、旗の布地を揺らす。

「只今からこの旗を中心に、半径50ラインの魔力増幅結界を張ります。発生する魔物を倒してください。結界が解除されるまで旗が倒されなければ合格です」
「……分かった」

 職員の言葉に、三角耳を軽く伏せながら俺は答えた。半径50ラインとなると、結構範囲が広い。
 その範囲の土地の魔力を増幅し、わざと魔物が出現しやすい環境にして、四方八方から旗を襲わせる。それを防衛するのがこの試験の概要、というわけだ。それを一人で対処しなければならないため、意識をあちこちに向けていないとならない。
 と、説明が行われたところで職員がさっと手を持ち上げた。手には魔法を記した巻紙が握られている。あれを使って結界を張り、同時に結界の上に乗って空へと退避するわけだ。

「では、私は上空で見させていただきます。アンベルさん、エルセさん、ヒューホさんも退避をお願いします」

 職員が巻紙を手に握りながら空へと登っていく。既に結界は張られ始めているが、アンベルたちは試験に無関係。巻き込まれているわけにはいかない。

「了解した。ヒューホ、飛べるか?」
「ああ、問題ない」

 アンベルがヒューホに声をかけると、すぐさまヒューホが地面へと降り立った。次の瞬間、彼の身体が一気に膨れ上がる。
 巨獣転身きょじゅうてんしんのスキルだ。見上げるほどの巨竜に姿を変えたヒューホが、俺たちを見下ろす。

「わ……!」

 ヒューホがこのスキルを使うところを、俺は初めて見た。ここまで大きくなれるとは予想外だ。なるほど、長時間維持できないというのもうなずける。
 アンベルとエルセがヒューホの背に乗った。そのままヒューホが、透明なままながら大きくなった翼を、高速で羽ばたかせる。

「ビト、頑張ってね!」
「君ならやれる、心配するな」

 応援する言葉を残して、アンベルとエルセ、ヒューホも空へと退避していった。旗の周辺には、もう俺しかいない。

「……見てろよ!」

 ここまで来たらやるしか無い。しっかり俺の力を見せつけて試験に合格してやるのだ。
 フードを外す。朝の太陽が俺の目に光を当て、猫の瞳孔をきゅっと細くした。その状況で俺は周囲に視線を巡らせる。
 既に魔物は出現してきている。小型の魔獣が何匹も、俺の周りに出現して旗を見ていた。

「キキキッ」
「クク……」
「げっ」

 だが、出現した魔物を見て俺は声を漏らす。
 殺人兎ヴォーパルバニーだ。ランクとしてはC、強力な魔物ではないが、どうしたって同じウサギ系の魔物であるエルセの姿がちらつく。

「マジかよ……やりづらいな」

 仲間と同じような姿をした魔物に攻撃するというのも、正直言っていい気分ではない。しかし、だからといって攻撃をためらったら試験は失敗だ。受験料を出してくれた「跳ねる猫ガットリンバルザ」の面々にも申し訳がない。

「(四方八方から魔物はやってくる、あまり詠唱に時間をかけてはいられない……なら!)」

 迷っている暇はない。すぐさまに対処しなくては魔物はどんどん増えていく。俺は両手を前につき出しながら叫んだ。

「熱き炎よ、熱き炎よ!」

 炎魔法第一位階、火矢ファイアアローを重複詠唱で連射できるようにする。魔法名を省略しても威力が落ちないのが、第一位階の魔法のいいところだ。
 果たして、俺の両手から次々に炎の矢が撃ち出される。そのまま身体を回転させて全方向に矢をばらまいた。撃ち出された矢に貫かれたヴォーパルバニーが苦しそうな声を上げる。

「キュゥッ!」
「キ――!」

 貫かれ、身体を焼かれたヴォーパルバニーはそのまま地面に倒れて動かなくなった。他の魔物も俺の火矢ファイアアローで一撃で倒せている。

「よしっ、これなら!」

 これなら魔物があちこちから襲ってきても対処は出来るし、MP魔法力の残量を気にすることもない。いけそうだ。
 それから十数分、俺はどんどん魔法を切り替えながら四方八方に魔法をばらまき、魔物を片付けていった。今もまた、俺の石矢ストーンアローに貫かれた風イタチウインドウィーゼルが地面に倒れる。

「ギャゥッ!」
「よし……この調子で続けていければ、あとは耐えるだけ――」

 そうしてようやく、俺の方にも余裕が出来たところで。俺の後方に大きな気配を感じた。すぐさまそちらを振り返ると。

「ガォォォ!」
「うっ……マジかよ!?」

 出現した魔物の姿に、俺は思わず声を上げた。
 血塗れ犬ブラッドドッグ。Bランクでも上位に位置する魔獣で、新米冒険者殺しとの異名も名高い、強力な魔物だ。この魔物に出くわしたらすぐに逃げること、と、俺もD級に上がった頃によく言われた。
 だが、今なら相手にすることは出来る。魔力を練り上げながら俺は考えを巡らせた。

「(小型の魔物の波状攻撃は落ち着いた、あのブラッドドッグを一気に片付けて次に備える!)」

 闇属性に強い魔物だ。ならば光属性の魔法で倒すのがいい。このランクの魔物を一発で仕留めるには第六位階以上がいるだろう。すぐさま杖を振り上げ詠唱を唱える。

やみく光よ、あくうつつ輝きよ、ここに来たれ! その光条こうじょう暗雲あんうんを打ち払う一閃いっせん、全ての影はここにくっする!」

 光魔法第九位階、豪雷ヘビーサンダー。強力な雷を落として攻撃するこの魔法で、一気に終わらせる。
 ブラッドドッグがこちらに走ってくるのにタイミングを合わせて、俺は唱えた。

豪雷ヘビーサンダー!!」

 その瞬間、視界を覆うほどの閃光と共に雷が落ちてきた。落雷がブラッドドッグの身体を包み込み、その全身を焼きこがしていく。

「ガォォォォォ……!!」
「よしっ、次は――」

 落雷が消えるとともにブラッドドッグが倒れていくのを見つつ、次の魔物に備えるべく俺が視線を周囲に巡らせた時だ。
 シュン、という音を立てて結界が解除された。同時に地面から立ち上るように感じていた、土地の魔力も落ち着く。

「あれ?」

 唐突に状況が変わって、目を見開きながらきょろきょろと辺りを見回す俺のそばに、ギルドの職員が降りてきた。

「お疲れさまでした、試験終了です」

 職員の告げた言葉に、ぽかんと口を開いた俺だ。
 試験終了。今のブラッドドッグが、最後だったというのか。正直なところ、もっと試験時間が長いと思っていたのだけれど。

「もう終わり?」
「はい、文句なしの合格です。おめでとうございます」

 合格、その言葉を耳にして、俺の耳がぴょこんと跳ねた。
 合格。つまり俺は、これで晴れてB級冒険者だと認められたということだ。
 バサバサと翼を羽ばたかせながら、ヒューホが地面に降りてきた。アンベルとエルセを地面に下ろして、すぐに元の大きさに戻ったヒューホがへばっているのをよそに、エルセがぴょんと大きく跳ねる。

「ほらねー、大丈夫だって言ったでしょ?」
「ヴォーパルバニーが現れた時にためらいが見えたのが危なかったくらいだな。他は全く危なげなくて何よりだ」

 アンベルもぐるりと肩を回しながら、にこりと笑って言った。
 仲間の祝福の言葉に、俺もついつい口元がゆるむ。と、そこにギルドの職員が、手元の紙に何やら書き加えながら口を開いた。

「それにしても、驚きました。『連鎖解放』の解放条件は人によって様々ですが、ビトさんはどれだけ魔物に近づくか、というのが解放条件なのですね。スキルの影響範囲も含め、初めてのケースです」
「えっ」

 その言葉に、はっとして職員の方を見る俺だ。
 俺の「連鎖解放」スキルについて、彼女は言った。解放の条件も、スキルが効果を及ぼす範囲も。
 ぎ、ぎ、と音が鳴りそうな動きで首を回し、アンベルに視線を向ける。

「……アンベル?」
「だから私は言っただろう、取り越し苦労だと」

 対して肩をすくめながら、ニヤリと笑うアンベルだ。
 どうやら彼女は、ギルド職員が俺が高位の魔法を使っても驚かないことなど、最初から分かっていたらしい。ヒューホが地面にはいつくばりながら言う。

「スキルの保有はギルドには知られているんだ。『連鎖解放』もレアなスキルだけれど、今まで保有者がいなかったわけじゃない。スキルの特性である『解放条件によって複数のスキルのスキルレベルが変動する』という特性は変わらないんだから、今更だろう?」
「ビトの場合、その対象スキルが全部の属性の魔法に及ぶってのが凄いんだもんねー」

 エルセも耳の根元を後ろ足でかきながら言った。その言葉に俺のあごがますます落ちる。
 始めから、冒険者ギルドの職員には分かられていたのだ。俺が「何かしらの理由」でスキルレベルが1から上がらず、「何かしらの理由」さえ分かればそのレベルが一気に上がる、ということは。
 自分一人で悩んでいたのが、今更バカみたいだ。その場に崩れ落ちながら声をもらす。

「そういうことかよ……もう……」
「新しいタグが発行されたら、ご連絡いたします。それまではなるべく、プラチドの町周辺からは移動しないようにしてくださいね」

 俺の姿に苦笑を見せながら、ギルド職員が旗を抜く。
 俺が無事にB級へと昇格し、銀色のタグを支給されるのは、この試験の日から数えて二日、試験合格をアルチデやオルフェオたちと祝っていたその時だった。
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