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第2章 ビトの研鑽
第14話 猫人、思い出す
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スカンツィオ村のギルド出張所に向かい、先程回収した人面獅子の素材を預け、クエスト達成の報告をして、鉄食い鼠駆除のクエストを受注して。
もうのっぴきならない状況になりつつ、「跳ねる猫」との合流場所であるスカンツィオ鉱山に向かいながら、俺は沈鬱な表情で前を行く三人についていっていた。
俺の顔を下から見上げるエルセが、不思議そうな顔をしながら声をかけてくる。
「ねービト、どうしたのさっきから」
「なんでもない……」
その問いかけにぶぜんとして返しながら、顔をそらす俺だ。
知らないのも無理はない。何しろ、俺はそれについて、三人に何も話していないのだ。話していないなら知りようもない。
しかし、俺の上を飛ぶヒューホは目ざとく俺の変化を見つけてきた。俺の頭をつつきながら口を開く。
「なんでもないという割には、先程から耳が伏せられているよ」
「ばっ……い、いいだろそのくらい!」
その言葉にとっさに頭を抑えながら言葉を返す。しかし、言い訳としてはだいぶ苦しいだろう。こんな見え見えの変化、気にしないほうがおかしい。
俺たちのやり取りを気にしてか、先をゆくアンベルがこちらを振り返って言った。
「良くはないぞ。もし都合が悪いというなら言ってくれ。私も不安要素は極力排除して現場に入りたい」
パーティーのリーダーとしてのその言葉に、口をつぐむ俺だ。
アンベルの言う通り、クエストに臨むに当たっての不安要素は、可能な限り排除したいのが常だ。不確定要素を抱えたままでクエストに臨んで、事故が起こってはたまらない。
だから、俺も素直に口を開いた。
「都合が悪いってほどじゃない。ただ……」
「ただ?」
だが、どうしてもすんなりと言葉が出てこない。言いよどむ俺に、アンベルが声をかけてくる。
彼女の返答に、顔をそむけながら俺は言った。
「……気が重いってだけだ。鉄食い鼠が大量発生する現場だなんて、ぞっとする」
俺の発言にエルセとヒューホが揃って目を見開いた。
「気が重い? なんで?」
「確かに、Bランクとそこそこ強い魔物ではあるけれど……」
二人とも不思議そうな顔をしながら口を開く。
そうだろう、アイアンイーターは小型の魔獣としてはそれなりにランクの高い魔物ではあるが、見た目の恐ろしさもなく、おぞましい風体をしているわけでもない、ただ表皮の頑丈なネズミだ。
それを、ぞっとすると感じる冒険者もそういないだろう、そんな空気が俺たち四人の中に流れる。と。
「ははあ……」
「アンベル、どうしたんだ?」
アンベルがしたり顔であごに手をやった。ヒューホが首をかしげながら問いかけると、彼女は目を細めつつ俺に視線を投げる。
「ビト。これは推測だが、君は過去にアイアンイーター、もしくはそれに類する魔物に、痛い目に遭わされたことがあるんじゃないか」
その問いかけに、俺の表情は固くなった。
こうまでしっかりと言い当てられるとは。やはり、アンベルの洞察力は油断ならない。
「っ、う……」
「図星か」
言いよどむ俺に、更に言葉を投げかける彼女だ。こうまで言われては言い逃れが出来ない。
そうして顔をますますそむける俺に、ヒューホとエルセが揃って言葉をかけてきた。
「あぁ、なるほど。それなら苦手意識がぬぐえないのも無理はない」
「魔物への嫌な思い出かー、分かるよ、あたしも粘液体嫌いだもん」
二人の言葉に、少しだけ俺の緊張が和らぐ。
魔物と言えども多種多様、いろんな魔物がいる以上、その中で得意不得意はあるものだ。拳闘士であるエルセが、殴っても手応えのないスライムを苦手とするのも無理ない話ではある。
そういう流れに持ってこられるのなら、俺としても明かさないわけにはいかない。ぼそぼそと、小声で話した。
「……まだD級だった頃に受けたクエストで、大鼠の群れの討伐をするのを受けて……その時にあいつらに囲まれて、やられたんだ、これ」
俺は頬を染めつつ話しながら、フードを持ち上げた。右の三角耳、皮膚が薄くなっているところが裂かれて破けている俺の耳があらわになる。
それを見ながら、アンベルがそっと目を細めた。
「そんな逸話がその耳にはあったのか。辛そうだな、引きつるような痛みもあったことだろう」
「ああ……もう今は、気にならないくらいには、なってるんだ、けど」
彼女の言葉に、俺は詰まりながらも返事を返した。
もう一年近くは前のことだ。痛むも何も、普段どおりに生活できるくらいには回復している。それでも、ネズミ系の魔獣に対する苦手意識は、どうしてもぬぐえない。
その先の言葉が出てこない俺に、アンベルが小さく頭を下げた。
「そうか。だが、嫌なことを思い出させてしまった。すまない」
そう言いながら、アンベルが足を止める。同時に足を止めた俺に対して、彼女は正面から向き直りながら口を開いた。
「しかしな、ビト。これは君にとっても大きなチャンスだと、私は思う。過去の君より、今の君は何倍も強い。レベルも上がったし使える魔法の幅も広がった。もう、第一位階の魔法で一体ずつ撃ち抜いていかなくてもいいんだぞ」
「それは……そうだけど」
さとすように話しかけてくるアンベルに、俺は言葉に詰まりながらも返す。
確かに彼女の言うとおりだ。以前の俺は第一位階の魔法でいちいち魔物を射抜いていくしかなかったが、今は第十位階まで思いのままだ。広範囲に作用する魔法も多種多様に扱える現状、小さな魔物を一気に飲み込むなど、たやすいことでもある。
俺が言葉に詰まったのを好機にと、ヒューホも俺の顔の横で口を開いた。
「ビト君、この間イーターライオンを退治した時のことを思い出してごらん。あの時も洞穴の中だった。それを君は焦熱波で焼き尽くした。あの時のようにやればいいんだよ」
「そうそう。アイアンイーターでしょ? ビトが焦熱波を使えば、一撃で消し炭だって!」
エルセも一緒になって俺に声をかけてきた。三人がそこまで言うのなら、本当に俺にも出来るのかもしれない、と思う節がちらと見えてくる。
「……そうかな」
「そうだとも」
自信を持てずに俺が返すと、アンベルがさっと言葉を返してきた。
そうこうしながら俺たちは再び歩きだして、「跳ねる猫」の待つスカンツィオ鉱山の入り口までやって来た。既に到着していた相手方の三人が、待ちかねたようにこちらを見ている。
「『跳ねる猫』の各々、待たせたな。『眠る蓮華』、ただいまより貴パーティーに合流する」
「ああ、よろしく頼む」
アンベルが代表として挨拶をすると、相手の戦士もこくりとうなずきを返した。ここから、俺たちのパーティーと向こうのパーティーは共同でクエストに当たる仲間というわけだ。
先んじて、アンベルがこちらに手を伸ばしながら話しだす。
「自己紹介といこう。私がリーダー、重装兵のアンベル、こちらから拳闘士のエルセ、治癒士のヒューホ、魔法使いのビトだ」
アンベルが、順々にエルセ、ヒューホ、俺を紹介していく。一見して全員魔物という俺たちのパーティー、しかしそれを目にしても向こうの面々は驚いていないようだった。やはり、ギュードリン自治区支部所属という肩書きは大きい。
アンベルの自己紹介を受けて、「跳ねる猫」のリーダーも胸に手を当てながら口を開いた。
「丁寧にありがとう。俺が『跳ねる猫』のリーダー、戦士のアルチデ、彼女が付与術士のカールラ、そしてそちらの彼が魔法使いのパルミロだ」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
リーダーのアルチデ・ルケッティの言葉を受けて、付与術士の女性のカールラ・マンモリーティ、魔法使いの男性のパルミロ・コルシーニも各々口を開く。
なるほど、戦士を前衛に置いて後衛二人でそれを支える構成だ。なかなか理に適ったパーティーだ。三人でAランクまで上ってきただけはある。
「こちらこそ、急にクエストに加えていただき感謝する。なにとぞよろしく頼む」
「ああ、早速行こう。スカンツィオ鉱山の旧坑道が、現場だということだ」
アンベルが頭を下げると、早速アルチデが手を動かした。目指すはこの先、スカンツィオ鉱山の坑道の中。俺たちは連れ立って、鉱山の中へと足を踏み入れた。
もうのっぴきならない状況になりつつ、「跳ねる猫」との合流場所であるスカンツィオ鉱山に向かいながら、俺は沈鬱な表情で前を行く三人についていっていた。
俺の顔を下から見上げるエルセが、不思議そうな顔をしながら声をかけてくる。
「ねービト、どうしたのさっきから」
「なんでもない……」
その問いかけにぶぜんとして返しながら、顔をそらす俺だ。
知らないのも無理はない。何しろ、俺はそれについて、三人に何も話していないのだ。話していないなら知りようもない。
しかし、俺の上を飛ぶヒューホは目ざとく俺の変化を見つけてきた。俺の頭をつつきながら口を開く。
「なんでもないという割には、先程から耳が伏せられているよ」
「ばっ……い、いいだろそのくらい!」
その言葉にとっさに頭を抑えながら言葉を返す。しかし、言い訳としてはだいぶ苦しいだろう。こんな見え見えの変化、気にしないほうがおかしい。
俺たちのやり取りを気にしてか、先をゆくアンベルがこちらを振り返って言った。
「良くはないぞ。もし都合が悪いというなら言ってくれ。私も不安要素は極力排除して現場に入りたい」
パーティーのリーダーとしてのその言葉に、口をつぐむ俺だ。
アンベルの言う通り、クエストに臨むに当たっての不安要素は、可能な限り排除したいのが常だ。不確定要素を抱えたままでクエストに臨んで、事故が起こってはたまらない。
だから、俺も素直に口を開いた。
「都合が悪いってほどじゃない。ただ……」
「ただ?」
だが、どうしてもすんなりと言葉が出てこない。言いよどむ俺に、アンベルが声をかけてくる。
彼女の返答に、顔をそむけながら俺は言った。
「……気が重いってだけだ。鉄食い鼠が大量発生する現場だなんて、ぞっとする」
俺の発言にエルセとヒューホが揃って目を見開いた。
「気が重い? なんで?」
「確かに、Bランクとそこそこ強い魔物ではあるけれど……」
二人とも不思議そうな顔をしながら口を開く。
そうだろう、アイアンイーターは小型の魔獣としてはそれなりにランクの高い魔物ではあるが、見た目の恐ろしさもなく、おぞましい風体をしているわけでもない、ただ表皮の頑丈なネズミだ。
それを、ぞっとすると感じる冒険者もそういないだろう、そんな空気が俺たち四人の中に流れる。と。
「ははあ……」
「アンベル、どうしたんだ?」
アンベルがしたり顔であごに手をやった。ヒューホが首をかしげながら問いかけると、彼女は目を細めつつ俺に視線を投げる。
「ビト。これは推測だが、君は過去にアイアンイーター、もしくはそれに類する魔物に、痛い目に遭わされたことがあるんじゃないか」
その問いかけに、俺の表情は固くなった。
こうまでしっかりと言い当てられるとは。やはり、アンベルの洞察力は油断ならない。
「っ、う……」
「図星か」
言いよどむ俺に、更に言葉を投げかける彼女だ。こうまで言われては言い逃れが出来ない。
そうして顔をますますそむける俺に、ヒューホとエルセが揃って言葉をかけてきた。
「あぁ、なるほど。それなら苦手意識がぬぐえないのも無理はない」
「魔物への嫌な思い出かー、分かるよ、あたしも粘液体嫌いだもん」
二人の言葉に、少しだけ俺の緊張が和らぐ。
魔物と言えども多種多様、いろんな魔物がいる以上、その中で得意不得意はあるものだ。拳闘士であるエルセが、殴っても手応えのないスライムを苦手とするのも無理ない話ではある。
そういう流れに持ってこられるのなら、俺としても明かさないわけにはいかない。ぼそぼそと、小声で話した。
「……まだD級だった頃に受けたクエストで、大鼠の群れの討伐をするのを受けて……その時にあいつらに囲まれて、やられたんだ、これ」
俺は頬を染めつつ話しながら、フードを持ち上げた。右の三角耳、皮膚が薄くなっているところが裂かれて破けている俺の耳があらわになる。
それを見ながら、アンベルがそっと目を細めた。
「そんな逸話がその耳にはあったのか。辛そうだな、引きつるような痛みもあったことだろう」
「ああ……もう今は、気にならないくらいには、なってるんだ、けど」
彼女の言葉に、俺は詰まりながらも返事を返した。
もう一年近くは前のことだ。痛むも何も、普段どおりに生活できるくらいには回復している。それでも、ネズミ系の魔獣に対する苦手意識は、どうしてもぬぐえない。
その先の言葉が出てこない俺に、アンベルが小さく頭を下げた。
「そうか。だが、嫌なことを思い出させてしまった。すまない」
そう言いながら、アンベルが足を止める。同時に足を止めた俺に対して、彼女は正面から向き直りながら口を開いた。
「しかしな、ビト。これは君にとっても大きなチャンスだと、私は思う。過去の君より、今の君は何倍も強い。レベルも上がったし使える魔法の幅も広がった。もう、第一位階の魔法で一体ずつ撃ち抜いていかなくてもいいんだぞ」
「それは……そうだけど」
さとすように話しかけてくるアンベルに、俺は言葉に詰まりながらも返す。
確かに彼女の言うとおりだ。以前の俺は第一位階の魔法でいちいち魔物を射抜いていくしかなかったが、今は第十位階まで思いのままだ。広範囲に作用する魔法も多種多様に扱える現状、小さな魔物を一気に飲み込むなど、たやすいことでもある。
俺が言葉に詰まったのを好機にと、ヒューホも俺の顔の横で口を開いた。
「ビト君、この間イーターライオンを退治した時のことを思い出してごらん。あの時も洞穴の中だった。それを君は焦熱波で焼き尽くした。あの時のようにやればいいんだよ」
「そうそう。アイアンイーターでしょ? ビトが焦熱波を使えば、一撃で消し炭だって!」
エルセも一緒になって俺に声をかけてきた。三人がそこまで言うのなら、本当に俺にも出来るのかもしれない、と思う節がちらと見えてくる。
「……そうかな」
「そうだとも」
自信を持てずに俺が返すと、アンベルがさっと言葉を返してきた。
そうこうしながら俺たちは再び歩きだして、「跳ねる猫」の待つスカンツィオ鉱山の入り口までやって来た。既に到着していた相手方の三人が、待ちかねたようにこちらを見ている。
「『跳ねる猫』の各々、待たせたな。『眠る蓮華』、ただいまより貴パーティーに合流する」
「ああ、よろしく頼む」
アンベルが代表として挨拶をすると、相手の戦士もこくりとうなずきを返した。ここから、俺たちのパーティーと向こうのパーティーは共同でクエストに当たる仲間というわけだ。
先んじて、アンベルがこちらに手を伸ばしながら話しだす。
「自己紹介といこう。私がリーダー、重装兵のアンベル、こちらから拳闘士のエルセ、治癒士のヒューホ、魔法使いのビトだ」
アンベルが、順々にエルセ、ヒューホ、俺を紹介していく。一見して全員魔物という俺たちのパーティー、しかしそれを目にしても向こうの面々は驚いていないようだった。やはり、ギュードリン自治区支部所属という肩書きは大きい。
アンベルの自己紹介を受けて、「跳ねる猫」のリーダーも胸に手を当てながら口を開いた。
「丁寧にありがとう。俺が『跳ねる猫』のリーダー、戦士のアルチデ、彼女が付与術士のカールラ、そしてそちらの彼が魔法使いのパルミロだ」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
リーダーのアルチデ・ルケッティの言葉を受けて、付与術士の女性のカールラ・マンモリーティ、魔法使いの男性のパルミロ・コルシーニも各々口を開く。
なるほど、戦士を前衛に置いて後衛二人でそれを支える構成だ。なかなか理に適ったパーティーだ。三人でAランクまで上ってきただけはある。
「こちらこそ、急にクエストに加えていただき感謝する。なにとぞよろしく頼む」
「ああ、早速行こう。スカンツィオ鉱山の旧坑道が、現場だということだ」
アンベルが頭を下げると、早速アルチデが手を動かした。目指すはこの先、スカンツィオ鉱山の坑道の中。俺たちは連れ立って、鉱山の中へと足を踏み入れた。
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