ビトは隠れて暮らしたい

八百十三

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第2章 ビトの研鑽

第12話 猫人、無双する

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 人面獅子マンティコアが出現したスカンツィオ村の傍に広がるスカンツィオ高原で、俺たちはマンティコアと対峙していた。
 アンベルがマンティコアの意識を引きつけ、エルセがちょっかいを出しながら打撃を加えていく。アンベルとエルセがマンティコアの爪や牙、尾の毒針で傷を負えば、ヒューホが二人の傷を癒やしていった。
 そして俺は敵を見据えながら自分の両手に魔力を集める。いつも以上に魔力を集めて、素早く詠唱を発した。

静寂しじまたずさえて来たれ、雷光の公主こうしゅ! 刹那せつな永遠とわに、悠久を瞬刻しゅんこくに! 万象一切ばんしょういっさいをつんざくその名を称えてひれ伏せ!」

 光魔法第十位階、最上級の魔法である雷帝の鉄槌マキシマムカレントを惜しみ無く。俺が詠唱を唱え終わったのを見計らって、アンベルとエルセが道を開けた。俺とマンティコア2体の間に障害物がないことを確認して、俺は両手を前に突き出した。

雷帝の鉄槌マキシマムカレント!!」

 魔法名を発した瞬間、俺の両手の先から光り輝く極太の光線が放たれた。電撃と閃光をまとった光線がマンティコアの身体を飲み込み、全身に強烈な刺激を与えていく。

「ギァァァァ……!!」
「オォォォ……!!」

 口の中を焼かれたマンティコアの断末魔が光線の中から聞こえてくる。その声が聞こえなくなり、光線が途絶えた時、そこには下草のはげた地面と、力なく横たわるマンティコア二体の死体があった。

「ふぅっ」

 息を吐きながら俺が両腕を下ろす。MP魔法力は大半が持っていかれたが、まだ第一位階や第二位階の魔法を連続して使うくらいの量はありそうだ。我ながら恐ろしい。
 アンベルやエルセもそれぞれの武器を下ろし、俺に向かって微笑んだ。

「見事」
「やっぱりちょっと強いやつの依頼を選んで正解だったねー」

 エルセがぴょんぴょんと跳ねながら俺に言葉をかけてくる。
 確かに、エルセによる牽制もいくらかあった上とはいえ、第十位階の魔法一発で殺せるのならば、Aランクと言えども恐れるものではない。俺は十分に、パーティー内での最大火力役という役目を果たせるということだ。
 ヒューホが嬉しそうに笑いながら、俺のそばに飛んできて肩を叩いた。

「ああ。強い敵と相対し、強い魔法を使い、倒す。それが冒険者としてのレベルアップには、一番近道だ。第十位階を使い慣れるためにも、こうして使っていくのがいい」

 俺にそう話しかけながら、ヒューホが俺の頭上を見た。そこには俺の簡易ステータスがあるはずで、今しがたレベルが1上がったのが出ているだろう。

「しかし、すごいな。ビト君は獣化度を上げれば上げるほど、MP魔法力の最大量も増えるのか」

 感心した様子で腕を組むヒューホに、俺も首元を触りながらうなずいた。俺のMPの問題は、俺から言い出さなければ誰も気付けないことだ。

「そうらしい……俺も、こんなに上がるとは思ってなかったんだが」

 俺の「連鎖解放」スキルは、スキルレベルを上下させるのと同時にMPの最大量を上下させることが分かっている。スキルレベル1の状態だと1,000前後の俺のMPも、スキルレベル10になれば10,000を超える。これだけあれば、第十位階の魔法の発動に必要なMPも、十分まかなえるというものだ。
 ここまで上がるとMPの回復速度が不安だったが、MP総量が増えるのと同時に回復量も上がるようになったらしい。秒間100とか200とかの速度で、ぐいぐい回復していたから安心した。
 アンベルが盾を背中に戻しながら口を開く。

「簡易ステータスだけでは、具体的な数値は見えないからな。割合で増えているのなら一見しては分からないだろう」

 そう話しつつ、アンベルの視線も俺の頭上に向く。俺の簡易ステータスで、MPが徐々に回復している様子が彼女の目にも見えているはずだ。
 簡易ステータスで表示されるHP体力MP魔法力は棒状で表示され、具体的な数値は出てこない。その冒険者がどの程度の割合傷ついて、魔法力が枯渇しているかしか見えないのだ。
 すると、アンベルの視線が俺の顔に向けられた。驚いた様子で目を見開きながら彼女は言う。

「にしても、扱えるものがそもそも少ない第十位階も、すらすらと詠唱するのだな。いったい、どこでそれを身につけた?」

 彼女の質問に、俺はほほをかきながら答える。いつか質問されるだろうとは思っていたことだ。

「ギルドの図書館で、勉強だけはずっとしていたんだ。いつ使えるようになってもいいようにって……まさかこんな形で役立つとは、思ってなかったけど」

 冒険者ギルドの本部や支部には、冒険者なら誰でも使える図書館がある。そこで読み書きの勉強をしたり、スキルについての知識を深めたり、戦術を学んだり出来るのだ。
 俺は早い段階から複数属性の魔法スキルを持っていたし、勉強を重ねて全属性の魔法スキルを会得したから、魔法に関連する書物はあらかた読み漁っていた。孤児院で基本的な読み書き計算は教わっていたが、それ以上の読解力はギルドの図書館でつちかっていった。
 だからマヤと一緒に冒険していた時は、知識が必要になる場面では俺がマヤよりも前に出ていたのだ。Cランクパーティーでは必要な知識も限られていたが。
 アンベルが納得した様子で、腕を組みながら言う。

「なるほどな、勤勉なのはいいことだ。魔法の詠唱文は定まっているがゆえに、事前の学習というものが出来るからな」

 そう話しながら、アンベルが足を進める。その向かう先には、倒れ伏したままのマンティコア二体と、俺たちから離れてマンティコアの解体を行っていたエルセがいた。

「さて、一体目はどうだ、エルセ」
「うん、もう終わった。大丈夫だよー」

 エルセが口元と角を血まみれにしながら、顔をこちらに向けた。角有り兎ユニホーンバニーの角はナイフのように鋭く、歯もかなり強い。マンティコアの皮膚くらいなら容易に貫けるし、骨や歯を抜くことも出来る。
 素材回収の終わった一体はそのままに、アンベルは横たわったままのもう一体に手を触れながらこちらを振り返った。

「さあ、ビト。ここからは君の役目でもある。レベルアップのためには素材回収は重要な仕事だ。君の手で、これを解体するんだ」
「……分かってる」

 彼女に言われるがままに、俺はマンティコアに歩み寄りながら素材回収用のナイフを取り出した。
 こうした大型のモンスターを解体するには、それ相応の手順というものが存在する。適当に解体しては、取れる素材の数も少なくなるのだ。冒険者ギルドで、C級の冒険者がまず最初に教えられることである。

「(マンティコアは身体の構造は普通の魔獣と同じはずだ……なら、首と腹は裂ける。まずは首を……)」

 ナイフをマンティコアのあごの下にもぐり込ませ、一気に首を裂く。太い血管が切られてバッと開いた首から、たくさんの血があふれ出した。
 マンティコアの血には毒が含まれているから、その血は被らないように飛び退いた。エルセがあんなにマンティコアの血で口元を染めているが、魔物である彼女と俺を一緒にするわけにはいかない。
 俺の迷いのない動きを見て、アンベルとヒューホが一緒にうなずいた。

「そうだ」
「万一と言うことがあるからね、確実に息の根を止めるのは大事なことだ」

 満足そうに話す二人に、少しだけ批判的な視線を向ける俺だ。こんな基本的なことも覚束ないと思われていたのだとしたら、いくら何でもあなどられすぎた。

「バカにすんなよ、俺だってC級までは上がって来てるんだ」

 文句を言いながら、俺はマンティコアの身体にナイフを入れていく。血管は断ったし血もあらかた抜けた。後は心臓に手を出さないようにしながら、内臓と骨、尻尾の毒針を処理する必要がある。
 アンベルがすんと鼻を鳴らしながら俺に視線を投げる。

「それもそうだ。では、後の処理も一人で出来るか?」
「……それは」

 そう言われて、言葉に詰まる俺だ。正直これだけの巨体のマンティコアを、俺一人で解体するのは骨が折れる。エルセが一人で解体した後で言うのも何だが、場数が違うのだ。
 ため息をつきながら、俺はアンベルに声をかける。

「アンベル、こいつの尻尾を固定しておいてくれ。先に毒針を抜く」

 マンティコアのだらりと伸びた尻尾の方に向かう俺に、アンベルがうなずきながらついていく。
 マンティコアの尻尾の毒針には、血に含まれているものより何杯も強烈な毒が含まれている。おまけにふとした衝撃で毒針が発射されてしまうから、下手に手を出すと大怪我をするのだ。なるべくなら早くに処理したい。

「正しいやり方だ。協力しよう」
「あっ、あたしもやるー!」
「そうだな、僕も手伝おう。ただ見ているというのも収まりが悪い」

 アンベルの後ろからエルセも、ヒューホも付いてきた。結局総掛かりで解体だ。何のために俺に解体させたのやら。
 ともかく、これで尻尾はしっかりと固定されている。この状態で根本からねじるように抜けば、安全に抜けるのだ。一番太い針に俺は手をかける。

「ありがとう……よいしょ、っと」

 ぐい、とねじりながら針を引っ張ると、するりと肉の間から針が抜けた。それと同時に、俺の頭上でレベルアップの表示がポップする。

「お……」

 再びのレベルアップ音が脳内で響いて、俺は目を見開いた。
 倒して1レベル、素材回収でもう1レベル。気付けばもう、俺のレベルは31だ。もう少しでB級の昇格に必要なレベルに手が届く。

「レベルアップか。順調だな」
「いいね、もう何匹か倒したらもっと強くなれるよ、ビト!」

 アンベルとエルセも嬉しそうに笑っていた。彼女たちとしても、俺のレベルアップは急務だし、喜ばしいだろう。
 そのことに少し嬉しくなりながら、俺は再びマンティコアの尻尾の毒針に手をかけたのだった。
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