ビトは隠れて暮らしたい

八百十三

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第1章 ビトの別れ

第5話 猫人、暴れる

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 平原をゆっくり歩いていたAランクモンスター、鮮血サイブラッディライノが、角を俺の方に向ける。突進してくる相手に向かって俺は手を振り下ろした。

「大気に満ちる魔力よ、槍となってくだれ! 根源たる力は汝の命を刈り取る! 善も悪も等しく地に伏せろ! 魔力槍マジックジャベリン!」
「ブァッ――!」

 俺の手の動きに合わせ、生成された巨大な魔力の槍が一直線に飛んだ。槍に貫かれたブラッディライノが、額から血を吹き出しながらどうと倒れ伏す。
 それを見届けるより先に身体をひるがえした。俺の後方から巨大なコウモリがこちらに向かって飛んでくる。あのサイズは、Bランクモンスターの殺人コウモリマーダーバットか。

「悪魔の使徒よ、その手を高く天へと掲げよ! 願わくば天をくほどの暗き雷を! 光を切り裂き、空を闇で染めよ! 黒雷ブラックライトニング!」
「ギャァァァッ!!」

 詠唱を唱え終わった瞬間、漆黒の落雷がマーダーバットの身体を貫いた。全身に闇の電撃を受けた巨大なコウモリが全身を硬直させ、黒焦げになって地面に落下する。

「あはは……あはははははは!!」

 俺は笑いが止まらなかった。根源魔法第八位階の魔力槍マジックジャベリンも、闇魔法第九位階の黒雷ブラックライトニングも、問題なく発動した。それどころか二つを連続で使ったのに、まだMP魔法力が残っている。

「すげえ……すげえ!! なんてこった、第八位階も第九位階も思いのままだ!! 二人がかりでもあんなに苦労した魔物が、一撃で次々倒れていく!!」

 ブラッディライノもマーダーバットも、マヤとパーティーを組んでいた時には到底倒せなかった相手だ。ブラッディライノは装甲が厚いから物理攻撃の通りが悪いし、マーダーバットは空を飛ぶから魔法でも狙いがつけにくい。
 それが、俺の魔法で一撃のもとに沈んだわけである。信じられない。

「……も、もしかして」

 よもやと思いながら、俺は息と魔力を整えた。MPを最大値近くまで回復させてから、しっかりと前を見据える。

「……」

 敵の姿はないが、今はその方が良い。高位の魔法は詠唱も長いのだ。しっかり勉強して丸暗記してこそいるが、万一ということもある。
 改めて詠唱文句を頭の中で繰り返してから、俺は息を吸い込んで両手を突き出した。

「罪人よ、偉大なる力の前にこうべを垂れよ! 汝の罪はここに明らかとなり、今絶大な力をもって全てさばかれる! 万象一切ばんしょういっさいやぶるその名を称えてひれ伏せ!」

 体内の魔力が突き出した両手を満たしていく。魔法を溜め込んでいる俺の両手が薄っすらと淡い光を帯びた。
 一瞬、目を閉じてから、俺は叫ぶ。

魔帝の鉄槌マナバニッシャー!!」

 刹那、魔力の大爆発が平原に巻き起こった。押し出された風が俺の体毛と尻尾を後方に流していく。

「おぉぉ……!!」

 俺は感動の声を漏らしていた。MPの大半を一気に持っていかれたことで軽い脱力感を感じるが、そんなことはどうでも良い。
 根源魔法第十位階、魔帝の鉄槌マナバニッシャー。魔法の最高位である第十位階、しかも扱えるものが数少ない根源魔法だ。高位の魔導士ウィザードでも、これを実際に発動できる者は多くないだろう。

「これが、第十位階……こんな魔法、魔導書に載っているだけで実際に発動させるものじゃないって思っていたのに……!」

 それを、俺が発動させた。実際にこれを使って魔物を殺したわけではないが、この威力だ。確実に高ランクの魔物も殺せるだろう。
 俺は笑みを浮かべながら両腕を広げた。そのまま空を見上げながら発する。

「これだけの……これだけの力があれば! 『銀の鷲アクィラダルジェント』どころか、『青き旋風ヴォルティチェブルー』の一員になることだって……!」

 アンブロシーニ帝国に籍を置く勇者の所属パーティーの名前を出しながら、俺は声を高く上げた。
 これだけ魔法を使える腕があるなら、Sランクパーティーでも活躍の場はあるはずだ。C級の冒険者を受け入れてくれるSランクパーティーがあるかどうか、という点は置いておくにしても。
 と、そこまで考えたところで俺はふと我に返った。

「あ……でもなぁ。パーティーに加わるためには、町に行かないとならないし……ギルドで能力鑑定もしないとだよなぁ……」

 そう、今の俺に第十位階の魔法を使いこなせることを、他の人間に証明する機会がないのだ。
 冒険者ギルドには能力鑑定の装置があり、そこで鑑定したステータスは冒険者ギルドに保存されて管理される。冒険者のランクを上げる試験を受けるのにも、他のパーティーに自分の情報をギルドを通して開示するにも、能力鑑定をした結果のステータスが使われるのだ。
 今、冒険者ギルドに記録されている俺のステータスは、連鎖解放のスキルレベルが1の時のステータスだ。つまり、魔法スキルのスキルレベルも、1。これでは、お誘いがかかるはずもない。能力鑑定のためにギルドに行こうにも、魔物らしい姿のままで町に入れるわけがないし、冒険者ギルドの中で人化転身を解いたら、間違いなく大混乱だ。

「この格好のままで……出来るかなぁ」

 ふと、不安が頭をよぎった。今のままでは、俺はまだ平均以下の能力しか無い冒険者なのではないか。それでは、一人で行動するしか、無いのではないか。
 嫌な考えに支配されそうになるのを、頭を振って振り払う。そうして魔物解体用のナイフを腰から抜き、先ほど倒したブラッディライノに近づいた。

「ま、後で考えよう。素材回収素材回収」

 どうすればいいかは、後で考えることも出来る。今は倒した魔物の素材を回収して、明日からの生活のかてにするのが重要だ。この後魔物の集落に向かうにしろ、人間の町に向かうにしろ、先立つものは必要なのだから。
 ブラッディライノの鎧のような表皮の隙間にナイフの刃を突き入れる。硬い皮膚を裂きながら、俺は静かに考え込んでいた。
 一人で倒した、それは間違いない。しかしそれは同時に、俺がこの二体の魔物を倒したことを、証明できないということでもある。何しろここは真夜中の平原。キャンプをしているような冒険者パーティーも見当たらない。

「(しかし……折角倒したけれど、いないよなぁ、この周辺に他の冒険者。これじゃ突発クエスト認定は無理かな……いや、ギルド支部なら物見鳥リトルバードがいるはず。照会してもらえば――)」
「――え――」

 突発でモンスターを倒した時、倒したことを証明できる人間が自分のパーティー以外にいれば、突発クエストということで後から報酬を受け取ることが出来る。しかし今、周りに他のパーティーはいなさそうだから、それは無理かもしれない。とはいえ素材分の報酬だけでも、俺には十分だ。
 俺が脇目もふらずにブラッディライノの皮膚を切り裂いていって、ようやく首の皮が切れて体内が見えた、というところで。

「ねえってば」
「うわっ!?」

 俺は唐突に後方から背中をつつかれた。同時に少女の声色で声をかけられて、驚きのあまり大きくのけぞる。
 慌てて後ろを見ると、そこにいたのは一匹の角有り兎ユニホーンバニーだった。体格は小さいが立派な魔物である。魔物だが、人間語を喋っていたから間違いなく強い。見た目で侮ってはいけないだろう。
 だがそれでも、驚いたことには変わりがない。ブラッディライノに身体を寄せながら声を上げた。

「な、なんだよっ!?」
「びっくりしたー、大声出さないでよー」

 俺の言葉にほほをぷくーっと膨らませながら、ユニホーンバニーが人間語で声を上げた。やっぱり人間語だ。ここまですらすら話されると逆に怖い。
 ここまで人間語を滑らかに話してくる魔物は、低く見積もってもAランクだ。大概がSランク、あるいはXランクだろう。明らかに格が違う。俺が敵う相手ではない。
 と、いつの間にかそのユニホーンバニーの傍に、一匹の妖精竜フェアリードラゴンと一人の狼の獣人ファーヒューマンが立っていた。狼獣人は全身に重厚な鎧をまとい、メイスを腰に下げて盾を背負っている。重装兵ガードなのだろう。
 フェアリードラゴンが腰に手を当てながら口角を下げた。

「エルセ、今のは君が悪い。急に後ろから角でつついたら、誰しも驚くに決まっているだろう」
「だってー、この子呼びかけても全然返事しないんだもん」

 その言葉に、エルセと呼ばれたユニホーンバニーがまたもほほを膨らませた。どうやら先程から俺の後ろにいて、俺に呼びかけていたらしい。全然気が付かなかった。
 あまりにも自然に、人間語で異種族同士で交流をしている様子に、俺の目が丸くなる。目をまたたかせながら俺が口を開いた。

「ま……魔物?」
「ああ、冒険者でもあるがな。ギュードリン自治区冒険者ギルド所属、『眠る蓮華ロートドルミーレ』だ。ここには人喰い獅子イーターライオン討伐の依頼で来ている」

 俺の言葉に、狼獣人が緑がかった金色のタグを見せながら返事をする。そして胸元の膨らみの目立つ彼女の言葉に、ますます俺は目を見開いた。
 イーターライオン、最低でもAランクの強力な魔物だ。確実に、複数パーティーで協力して対応する大規模戦闘レイドに参加するために来たのだろう。
 そして、三人ともS級冒険者だ。彼女らの頭上に表示された簡易ステータスのウインドウが、揃って薄緑色だから間違いない。おまけにそこには、彼女らのパーティーがSランクであることを示す印も点っている。
 おまけにギュードリン自治区。俺も話には聞いたことがある。昔の魔王が魔王領を離れてから作った、人間に友好的な魔物の住処である地区だと。

「ギュードリン自治区……って、あの大陸の北にある、魔物の楽園の?」
「そうよ。人間と仲良くしたい魔物の住むところ」

 俺が言葉を発すると、エルセが耳をぴこぴこさせながらうなずいた。つまり、この三匹はギュードリン自治区の出身で、そこで冒険者のパーティーを組んで人間界を冒険しているということか。
 と、狼獣人が満足そうな表情をしながら、俺に銀色の瞳を向けてきた。

「君の魔法は遠くからだが、確かに見させてもらった。そのレベルで第十位階を、しかも根源魔法を発動させるとは大したものだ。威力も範囲も申し分ない、C級にしては特筆すべき腕だ」
「あ……その、これは」

 魔法のことをツッコまれて、思わず俺がまごつく。確かに先程まで派手に魔法をぶっ放していたけれど、まさかそこまで見られているとは思わなかった。
 と、俺のことをじっと見ていたフェアリードラゴンが、難しい表情をしながら狼獣人に話しかける。

「アンベル」
「ヒューホ、どうした」

 アンベルと呼ばれた狼獣人が、ヒューホと呼ばれたフェアリードラゴンに振り返る。するとヒューホは俺に指を向けながら、淡々と告げた。

「その子、人間だ・・・
「何……?」

 その言葉に、アンベルが目を見開いた。振り返って俺の顔をまじまじと見てくる。
 ごくりとつばを飲み込んだ。まさか一目で、半人間メッゾだと見破られるとは思わなかった。
 しかし何をされるのだろう、敵意はないことは分かるけれど。というか彼女たちも冒険者なのだから、俺を傷つけるようなことはしないだろうけれど。
 と、アンベルが俺にぐっと顔を近づけてきた。そのまま俺のあごをつかんでくる。

「失礼」
「なん……っ!?」

 抵抗する間もなく、アンベルが俺に口づけをした。舌が俺の口の中に入ってくる。
 キスされた。向こうから。驚きに目を白黒させていると、すぐにアンベルが舌を抜いて口を離した。どうやら俺の唾液の味を確認していたらしい。ぺろりと舌をなめずる。

「……ふむ。確かに、人の血の味がする。半人間メッゾ・ウマーノか」

 その言葉に俺の背筋に冷たいものが走った。
 一発で見破ってくる辺りはさすが狼と言わざるを得ないが、それでもこんなにすぐに見破られるとは思わなかった。今の俺なんてどこからどう見ても獣人ファーヒューマンだろうに。
 と、何かを納得したかのようにアンベルが顎をしゃくった。

「まあいい、半人間メッゾ・ウマーノだろうと真人間ベロ・ウマーノだろうと、戦えるなら構いはしない。C級だろうと、先程の魔法が撃てるなら戦力としては十分だ。君、イーターライオン討伐のため、私たちについてきてくれるか」

 そう言ってアンベルが俺のことを見下ろしてくる。エルセとヒューホもそれに異を唱えるつもりはないようだ。
 予想外だ。ここでよそのパーティーの仕事に誘われるとは。
 しかしこれはチャンスかもしれない。ランクの高いパーティーの仕事についていければ、おこぼれで報酬もたくさん貰えるだろう。

「あ……ああ」

 だから、俺はまごつきながらもこくりとうなずいたのだった。
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