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インスタントのコーヒー・2
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「奈央ー、コーヒー飲む?」
久しぶりに実家に帰って、のんびり猫と戯れている時。
キッチンに立つ母から、私にそうして声がかかった。
私はリビングに敷かれたカーペットの上に腰を下ろしたままで、私の足元でごろごろと喉を鳴らす猫のお腹をもにもにしながら、顔だけをキッチンに向ける。
「飲むー。何があるの?」
「ブラックもあるし、カフェオレもあるし……全部インスタントのスティックの奴だけど」
カウンターキッチンの向こうに立つ母の手が顔の横まで持ちあがる。その手の中には黒、白、茶色の三本のスティックタイプのインスタントコーヒーがあった。
自宅で書道教室を開いている母は、こういうスティックタイプのインスタントコーヒーやインスタントココアを大量に常備している。前までは急須で茶を淹れていて、私が実家住まいだった頃はお茶出しを手伝わされたものだが、効率化というのは得てして図られるものである。
元々コーヒー好きだが牛乳やミルクポーションが得意でなく、私が物心つく前から一貫してブラック派の母と私は、コーヒーに関して趣味が合う。それでいて父はコーヒーにミルク必須というタイプの人だから面白い。
私はまどろむ猫の傍から立ち上がり、キッチンに足を運んだ。システムキッチンの引き出しからマグカップを出し、母の手から一本のスティックを受け取った。選ぶのは勿論、黒いのだ。
「やっぱりブラックなのね?」
「そりゃ、私はいつだってブラックでしかコーヒー飲まないしね。お湯は?」
「電気ケトルで沸かして使ってちょうだい。水はそこにあるから」
そう言いながら母が指さしたのは、キッチンの隅に置かれた電気ケトルだ。私が家で使っているものと同じメーカー、でも容量はちょっと大きい。
2リットルのペットボトルに入れた浄水を適度に注いで、蓋をしてスイッチオン。沸くまでの間にマグカップに、封を切ったスティックの中身を注ぐ。ついでに母の分も、母のマグカップに。
そうこうするうちにパチリと切れるケトルのスイッチ。その音を確認した私は電気ケトルを持ち上げた。
私のマグカップと、母のマグカップ。それぞれに200ミリリットルずつ。
スプーンでくるりとかき混ぜると、電気ケトルを元の位置に戻して私はマグカップを持ち上げた。
「入ったよ、お母さん」
「ありがと」
淡々とした、短い会話。
それでも、全くの無言よりは随分と救われると私は思う。
自分のために淹れるのではなく、他人のために淹れるのだから。短くてもお礼の言葉があった方がいいし、あっていいと思う私だ。
かくして、キッチンから二人して歩み出て、リビングのローテーブル前に腰を下ろす、私と母。傍らには日向ぼっこしてうとうとする猫。CDコンポから流れるジャズのピアノインスト。
私の実家での光景は、大概がこんな感じだ。
猫の姿を見やって目を細めつつ、私はマグカップに口をつける。
うん、美味しい。少し粉っぽい感じは拭えないけれど、味わいはしっかりしているし、香りも程よい。
サッと入れてサッとお湯を注ぐだけで完成するという、時間もかからないこの手軽さは、やはり何物にも代えがたい。
「はー……最近はインスタントも淹れるの楽になっていいよねー」
「まぁねー、量を計ったり調節したりしなくて済むからね」
私と向かい合うようにしてローテーブルの前に座る母が、こくりと頷きながら自分の手の中にあるマグカップを口に寄せた。
そのまま、私は再びマグカップの中のコーヒーを飲む。母も同じように。
そうして流れる、静かな時間。何も話さず、ただ淡々とコーヒーを飲みながら、ピアノのメロディが流れるのを聞いている。
実家での、何もない、穏やかな時間。
私が実家に帰る目的の、一つがこれだ。
ちなみに帰る理由は他に二つある。実家の猫と触れ合うことと、お米や野菜を貰いに行くこと。
「あっ、そうそう。奈央、ほうれん草と小松菜要らない?大根もあるけど」
「ありがとう。くれるんだったら貰ってく」
ほら、来た。
実家は今、母と妹の二人暮らし。私を含めて料理はよくやる家だし、一家揃って野菜が好きなので食べるには食べるのだが。
生協、母の友人の家庭菜園(とは言うものの、とてもじゃないが家庭菜園の規模ではない)、父の実家、と野菜の出所が非常に多く、二人だけでは食べきれないのが常なのだ。
父の実家は米農家なので、実家や我が家で食べる米はそこから送られてくるものだ。
ぶっちゃけた話、米をスーパーなどで買うことは殆どせずに育ってきた私である。
「ところで、仕事の方は順調?最近寒暖差激しいけど」
「んー、寒暖差もそうだし気圧差もあるけれど、今年の年度末はめっちゃ忙しくてさー。毎日毎日うんざりするほど仕事が舞い込んできて嫌になっちゃう。
来週末にでもスーパー銭湯行こうかなー」
そう零しながら、私は再びマグカップに口をつけた。
カップの中で黒々とした液体が、たぷんと揺れつつ私の口の中に流れ込んでいく。
日々の仕事の疲れをまとめて一緒に流し込むようにして、私は苦み走ったコーヒーをごくりと飲み込むのだった。
久しぶりに実家に帰って、のんびり猫と戯れている時。
キッチンに立つ母から、私にそうして声がかかった。
私はリビングに敷かれたカーペットの上に腰を下ろしたままで、私の足元でごろごろと喉を鳴らす猫のお腹をもにもにしながら、顔だけをキッチンに向ける。
「飲むー。何があるの?」
「ブラックもあるし、カフェオレもあるし……全部インスタントのスティックの奴だけど」
カウンターキッチンの向こうに立つ母の手が顔の横まで持ちあがる。その手の中には黒、白、茶色の三本のスティックタイプのインスタントコーヒーがあった。
自宅で書道教室を開いている母は、こういうスティックタイプのインスタントコーヒーやインスタントココアを大量に常備している。前までは急須で茶を淹れていて、私が実家住まいだった頃はお茶出しを手伝わされたものだが、効率化というのは得てして図られるものである。
元々コーヒー好きだが牛乳やミルクポーションが得意でなく、私が物心つく前から一貫してブラック派の母と私は、コーヒーに関して趣味が合う。それでいて父はコーヒーにミルク必須というタイプの人だから面白い。
私はまどろむ猫の傍から立ち上がり、キッチンに足を運んだ。システムキッチンの引き出しからマグカップを出し、母の手から一本のスティックを受け取った。選ぶのは勿論、黒いのだ。
「やっぱりブラックなのね?」
「そりゃ、私はいつだってブラックでしかコーヒー飲まないしね。お湯は?」
「電気ケトルで沸かして使ってちょうだい。水はそこにあるから」
そう言いながら母が指さしたのは、キッチンの隅に置かれた電気ケトルだ。私が家で使っているものと同じメーカー、でも容量はちょっと大きい。
2リットルのペットボトルに入れた浄水を適度に注いで、蓋をしてスイッチオン。沸くまでの間にマグカップに、封を切ったスティックの中身を注ぐ。ついでに母の分も、母のマグカップに。
そうこうするうちにパチリと切れるケトルのスイッチ。その音を確認した私は電気ケトルを持ち上げた。
私のマグカップと、母のマグカップ。それぞれに200ミリリットルずつ。
スプーンでくるりとかき混ぜると、電気ケトルを元の位置に戻して私はマグカップを持ち上げた。
「入ったよ、お母さん」
「ありがと」
淡々とした、短い会話。
それでも、全くの無言よりは随分と救われると私は思う。
自分のために淹れるのではなく、他人のために淹れるのだから。短くてもお礼の言葉があった方がいいし、あっていいと思う私だ。
かくして、キッチンから二人して歩み出て、リビングのローテーブル前に腰を下ろす、私と母。傍らには日向ぼっこしてうとうとする猫。CDコンポから流れるジャズのピアノインスト。
私の実家での光景は、大概がこんな感じだ。
猫の姿を見やって目を細めつつ、私はマグカップに口をつける。
うん、美味しい。少し粉っぽい感じは拭えないけれど、味わいはしっかりしているし、香りも程よい。
サッと入れてサッとお湯を注ぐだけで完成するという、時間もかからないこの手軽さは、やはり何物にも代えがたい。
「はー……最近はインスタントも淹れるの楽になっていいよねー」
「まぁねー、量を計ったり調節したりしなくて済むからね」
私と向かい合うようにしてローテーブルの前に座る母が、こくりと頷きながら自分の手の中にあるマグカップを口に寄せた。
そのまま、私は再びマグカップの中のコーヒーを飲む。母も同じように。
そうして流れる、静かな時間。何も話さず、ただ淡々とコーヒーを飲みながら、ピアノのメロディが流れるのを聞いている。
実家での、何もない、穏やかな時間。
私が実家に帰る目的の、一つがこれだ。
ちなみに帰る理由は他に二つある。実家の猫と触れ合うことと、お米や野菜を貰いに行くこと。
「あっ、そうそう。奈央、ほうれん草と小松菜要らない?大根もあるけど」
「ありがとう。くれるんだったら貰ってく」
ほら、来た。
実家は今、母と妹の二人暮らし。私を含めて料理はよくやる家だし、一家揃って野菜が好きなので食べるには食べるのだが。
生協、母の友人の家庭菜園(とは言うものの、とてもじゃないが家庭菜園の規模ではない)、父の実家、と野菜の出所が非常に多く、二人だけでは食べきれないのが常なのだ。
父の実家は米農家なので、実家や我が家で食べる米はそこから送られてくるものだ。
ぶっちゃけた話、米をスーパーなどで買うことは殆どせずに育ってきた私である。
「ところで、仕事の方は順調?最近寒暖差激しいけど」
「んー、寒暖差もそうだし気圧差もあるけれど、今年の年度末はめっちゃ忙しくてさー。毎日毎日うんざりするほど仕事が舞い込んできて嫌になっちゃう。
来週末にでもスーパー銭湯行こうかなー」
そう零しながら、私は再びマグカップに口をつけた。
カップの中で黒々とした液体が、たぷんと揺れつつ私の口の中に流れ込んでいく。
日々の仕事の疲れをまとめて一緒に流し込むようにして、私は苦み走ったコーヒーをごくりと飲み込むのだった。
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